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お釈迦さんの言葉で、人物をつくる三ヵ条と言うのがあるんです。一つは「貧乏」二つ目は「読書」、三つ目は「母親の感化」 母親の影響ってことです。なぜ 「母親の感化」なのか、なぜ父親ではないのか、なぜ両親の感化ではないのかと言う事をずっと考えて来ました。で、ある日、その答えが解りました。
答 えは、母親が本来子供に教えるべきことというのは、(優しさ、温かさ、思いやり)でした。それは協調性であったり、人に力を貸すことであったり、分かち合 うことであったり、折り合うことであったり。と言うような価値観を教えるのが母親の役割だったんです。それを母性と言うのです。 父親の役 割は何かというと「能率、生産性、合理性」 自分を主張すること、自分を他人よりも抜きにでる存在にするこた。そう言う事が父性であったのではないかと思 うんです。お釈迦さんは、信頼される人、尊敬される人、安心される人のことを「人物」と言っているんだすが、その為には、生産性や合理性や能率というよう なことは全然要ないと言うのが、お釈迦さんの考え方だったんだと思います。 「人物」をつくるのに必要なものは、「優しさと温かさと思いや りと協調性」そういうことじゃあないかと思います。世のため、人のため、社会のために真に貢献するもの、それが母性なんです。その母性だけでいいと言うの がお釈迦さんの気持ちだったんではないかというのが私の考えです。 それで、どうしてこんなに荒れた子供が出来てしまうのかと、今の日本の教育を考えてみると、母性が父性を教え込んでいるからだという結論になりました。 母 親が「能率、生産性、合理性」を一生懸命に教え込んでいる。戦うこと、自己主張すること、自分が人より抜きにでることを、どうも母親が教え込んでいるので す。それを見かねた父親が一生懸命になって、母性を教え込んでいるのではないか。本来の役割とは逆に、たすき掛けで教わったときに子供の精神のバランスが 崩れるんじゃないかと思うのです。それによって子供は荒れているんじゃないかと。母性と言うものをもう一度見直す時代が来ているのではないでしょうか「能 率、生産性、合理性」というのは、実は西洋文化であって自分を主張する文化なのです。 それに対して、東洋思想というのは、優しさ、温か さ、思いやりなんです。ここのところが21世紀のテーマではないかと思っています。2000年の西洋文化の「比べる、戦う、競う」という文化が、今 これ から切り替わる、スイッチする時代が来ていると私は思っています。2500年ぶりに、ついに母性の時代に戻る時が来ているようです。人を蹴落とし、殺して 自分だけがいい目をする贅沢な時代より。助け会って、穏やかに生きて行く質素な時代の方が幸せだと思いませんか。 最後まで読んで頂いて ありがとうございますm(__)m あなたの幸せと健康を祈ります(^^)v ラッキーでした(^O^)/ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009.09.10 12:55:36
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