2005/11/09(水)00:58
マゼールの場合 ~再びブラームス交響曲第3番~
マゼール=ベルリン・フィルのブラームス第3番。
噂どおり,凄い録音だ。
まるで真剣での果し合いのようなピンと張り詰めた緊張感と音のキレ。
メリハリが利いてて,最初の一音から最後の一音まで全体の見通しがよく,ぶれることがない。
武道の達人の計算されつくされた演武を見ているような演奏。
1959年の録音。
1930年生れのマゼールわずか29歳のときの記録。
29歳という若さにして,カラヤン就任間もないベルリン・フィルの強者たちを完全にねじ伏せ支配してしまっている。
もはやこれ以上のものは想定できないほど完璧なオーケストラ・コントロール。
最晩年のカラヤン盤に勝るとも劣らない仕上がり。
しかも,通常は多少なよなよっとしてしまう第3楽章でさえ緊張感をもってちゃんと聴かせるところが凄い。
ここでのマゼールは完全無欠の指揮者であり,完成された芸術家である。
しかもこのころのマゼールは,新進気鋭の若手指揮者で肉食獣のような迫力があった。
どんな曲に対しても両手でむんずとわしづかみにして「オラオラオラ!」「無駄無駄無駄!」「あたたたた!」と思いっきり叩いて揺さぶりをかけるという旺盛な表現意欲と気迫に満ちていた。
でも1970~80年代以降になると,相変わらずのオーケストラ・コントロールは見事だが,「あらよっと」「ざっとこんなもんで」的な演奏が目立ってきた。
音楽にプラスアルファの「意味」が感じられない。
日本的な言い方をすれば,技に心がついていっていない。
八方美人だが,器用貧乏。
日本人が一番嫌いな芸人のタイプ。
自らの才能に安住しそれを磨くことを怠ってしまったのか。
それとも,あまりに早熟な天才だったために,人間としての成長と音楽家としての成長のバランスを取ることができなかったのか。
はたまた,音楽表現に自己の内面を投影しない新しいタイプの指揮者なのか。
90年代後半からはまたちょっと70・80年代とは違った芸風を出しつつあるが,僕の中では何をやりたいのかいまひとつ掴めない不思議指揮者の一人である。
僕もここ5年くらい彼の新譜に縁がないのであまり偉そうなことは言えないが。
ともかくも,
2005年,「巨匠」ロリン・マゼール75歳。
まだあと10年は元気に指揮をしてくれないと困る。
若いころはこんなにも凄かったんだ。
壮年期は才能の出し惜しみ?無駄遣い?だったのか?
いずれにしてもそろそろ心技一体の円熟の「芸術」を見せて欲しい。
子曰く,「苗にして秀でざる者あり,秀でて実らざる者あり。」
天賦の資質はそれを磨くためにある。