ブラームスはお好き?

2007/01/10(水)23:41

メタモルフォーゼン

R.シュトラウス(6)

 「メタモルフォーゼン」とは、ドイツ語で「変容」の意。  「変容」なんて言葉、私たちにとっては、一生使いそうにもない言葉だ。  しかし、哲学するドイツ語にとっては、それほどマイナーな単語でもないし、  むしろドイツ語としては大変メジャーな存在である。  とてもドイツ語的な単語である、と僕は思う。  「変容」という意味を知らなくても、  「メタモルフォーゼン」という言葉の響きを聴いたことのある人も少なくないだろう。  「暗喩」の意味を知らなくても、「メタファー」ならピンとくるって具合に。  「メタモルフォーゼン」、  大和ことばで言うならば、  「うつろいゆく」  ことの名詞形、ということになるだろうか。  よろずのものは、たえずうつろいゆく。  すべてのものは常に変容する。  平家物語か、鴨長明の世界である。  無常感。  リヒャルト・シュトラウスが第二次世界大戦で焼け野原になった祖国を悼んで作曲した  ほとんど絶筆に近い作品、  「メタモルフォーゼン」  23人の弦楽器にそれぞれ違うパートを与えている。  カラヤンの演奏は、技量の超絶さを超えて、  私たちの心の隙間に入りこみ、万人の共感を呼ばざるを得ない類まれなるもの。  それが癒えない傷であることに気付かないまま、  放置していた心の傷の存在に気付く。  カラヤンとリヒャルト・シュトラウスはそれを徹底的にえぐり出してくるけれども、  それが最上の意味での、誤魔化しのない「癒し」となる。  否応なく、自分の心の底と正面から向かい合わされる。  その「底」にあるそれを名付けることは難しい。  ともかくも、この作品は美しい。  本当は、それだけで十分なのだが。

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