カテゴリ:遊びに行きました
私、世間で言うGWはお仕事でございました
仕事終わりの5月5日夜から6日にかけて大分の鯛生金山へ行ってきました。 5日夜7時頃に出発し、甘木で一泊し10時頃にいざ、鯛生金山へ!!! 高速を使って行くことも考えたのですが、日田ICからかなり距離があり・・・ 高速を使わずに行っても1時間以上。高速を使っても30分程度早く着くだけ。 それなら、のんびりと下を通って行きましょう・・・ってことでドライブです。 夜明ダムを通過し、松原ダムを通り、下筌ダムを通過。 いくつダムがあるんじゃあ!?と突っ込みを入れたい。大分県民はどれだけ水を使っているの? と訳のわからないことを考えてみたりして・・・ 途中で「道の駅 水の郷 おおやま」だったかな? 水の郷?だったか覚えてないが、とにかく「おおやま」という道の駅で休憩。 川沿いの道の駅で景色がとっても良かったですよ そこでトイレ休憩をとり一路、鯛生金山へ。 山道グネグネ・・・車酔いのひどい私は運転していなかったら確実に吐いてます とにかく山道を走りまくって・・・着きましたよ、鯛生金山!!! 駐車場、案内されるがままに停めたところはバスの駐車スペース。 まあ、それだけ人が多いってことだよね。 何とか車を停めて道の駅・・・というか地底博物館へ。 砂金採りも出来ますが、砂金採りはせずに地底博物館だけを選択。 大人一人1000円でございました。でもJAFカードを提示して100円引(笑) 入口で一枚。 写ってるのは私ね~~~ 地底だけあって・・・寒いっす。入口でもひんやり。 入ってすぐに外人のマネキンがお出迎え(笑)。 ハンスなんとかって外人さんが金山を近代化したらしいけど・・・写真は取り忘れ。 温度計は12度を示していました。寒いっすなぁ。 順路にそって進むと、錆びたトラックが。 これで余分な岩盤を運び出したんですかね?? 鯛生金山は明治27年に発見され採掘開始。昭和47年に閉山とありました。 なぜか焼酎も貯蔵してあったりして。 寒いからちょうどいいんでしょうね。 トラックを超え、進むと巨大な巻き上げ機が。これで・・・何を?? よくわかりませんが、採掘に必要な機械だよね。 ワイヤーがずいぶん奥まで伸びていました。人が今のように大した機械もなくここまで掘ったのかと感心します。 ここを過ぎると第一立抗「のぞいてごらん」という言葉に惹かれてしまいます。 ・・・・おや、さっきの巻き上げ機のワイヤーはここに繋がっているらしい。 で導かれるままに覗いてみると・・・・深いっ 510mの深さだそうな・・・・ 吸い込まれそうっすな・・・ 一応金網がしてあって、安全なようにしてあります。 写真だとわからないでしょ(笑) 写した奴の努力のたまものです。何度も取り直し、フェンスが写らず、深さがわかるように必死に撮影しておりました。 ここにプチ自慢を叫んでごらんと書いてあったので叫んでみました。 恥ずかしいから小声で(笑) 「○○は足が長いと自慢してるぞ!!」 小声すぎて響きませんけど(;一_一) また先に少し行くと先程のトラックの裏側に出ました。 狭い湿った道をまだまだ進みます。 とにかく天井は低いし・・・大変です。私は164cmの身長ですが、ツレは180を超えてますし。 たびたび低姿勢!?な格好になってしまいます(笑) 当時、金の鉱石を運びだすのに使っていたのでしょうか? トロッコ?なんて言うんだろう、列車?そういうものが順路内に展示されていました。 必ずマネキンも一緒にいるんですが・・・微妙に怖い その先には奥深い穴。金を探すために掘り進んだんでしょうが・・・今ほど技術も機械もなかった時代に凄いなあと思わせる深さ 金への欲望っていつの時代も凄かったんでしょうねぇ 途中、鯛生金山の中で一番金が出たという鉱脈がありました。 そこに書いてあったのですが・・・鉱石1トンから金20グラムしか採れなかったそうです。 それって・・・ 素人考えだと、それってほとんど採れてないじゃん。赤字じゃんって思うんだけど。 今も金は含まれているんですが、これを1トン掘り出して20グラムの成果だと考えると疲れてしまいますね。 郵便の封書、ふつうに友達に送るくらいの重さだよね。定型25gまでが80円切手だし。 わかりにくい喩えでしょうか? 1トンは象くらいとして、その中に金は普通の消しゴム一個くらいの重さってことだよね。 微妙・・・・・ 順路を歩いていると途中に鯛生金山を隠し金山と見立てた映画の紹介がありました。 ずいぶん昔の映画なんでしょう。松平健や古手川裕子の若いこと!!!!! 中村敦夫さんも出ていたみたいですねぇ・・・タイトルはすっかり忘れましたが(^。^)y-.。o○ 先を進むと当時の砂金採りの様子が再現されていました。 地道にざるで水洗い?? 水も凄く流れているし、当時はこうして坑道内で水につかりながら1トン分洗って20gの金を探していたんでしょうかね? 長かった坑道も見て回れる場所はこれで終了~~~ やっと入口に戻り、外へ。 中が寒かっただけに、少し暖かく感じてホッと一息。 坑道をでると、鉱石や鯛生金山の歴史をしる展示室がありました。 そこに明治27年操業を開始、昭和47年に採掘のかいなく閉山とありました。 採掘のかいなく・・・?? かいなくって??? つまり、思ったより金は採れなかったぜ!?ってことかな。 76年の歴史に幕を閉じたとありましたが76年って結構歴史浅くないかい? ・・・・・・どうなんでしょう? そういえば、この鯛生金山、中津江村にあるんですけど・・・・ 中津江村って言えばカメルーンキャンプで有名になった場所。 カメルーンキャンプ10周年記念と銘打ってイベントまであってました。 カメルーンの民芸品を売っていたり、レストランでカメルーン料理を出したり、超カメルーン推し(笑) 10周年ってことは10年前のことなんだけどね。 地底博物館を出て、道の駅直売所へ。 そこで、この道の駅に来た最大の目的!!!(私だけの目的だけど) わさびソフトクリーム!!!!!!! これはもう食べないと!! うっかりと写真を忘れましたが・・・・ほんのりとワサビ風味だと思っていたら。 食べ進むと意外にピリッとするんですよね。 美味しかったです。近くに売ってないのが凄く残念 ソフトを食べ、目的を達したら昼飯・・・ 道の駅で食べるつもりでしたが、なんとなく食べたいものがなく移動することに。 とにかく走りまわって熊本は小国に入ったところでレストラン発見。 私はカレーオムライス、ツレはカツ丼。 運ばれてくるまでに時間がかかる、かかる・・・ そして運ばれてきたらビックリ これは多すぎだろ!?ってくらいビッグなオムライス。そして大きなカツ丼の丼。 ツレは必死で完食していましたが、私は無理・・・ってことで少し残しました。 だって、多いうえに味も微妙。 オムライスで見た目の卵はとろとろ風だけど、カレーがかかってるせいで完全に火が通って硬い。 つまりさ、卵は大目に使って卵焼き?をつくっているから硬いんだよね。 卵少なめで薄焼き卵ならまだいいんだけどさ。 そんなこんなでハズレ。でも腹は満たされましたが気づけば時間は15時。 ツレは明日から仕事だし、そろそろ地元に向かって帰りましょうかね。 熊本方面は混雑している模様なので、また大分方面に引き返し、日田から高速にのって帰りました。 17時すぎには帰りついたかな?ちょっと早いけど、ツレにご用があるそうなので仕方ないですね。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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