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2009年09月20日
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カテゴリ:雑記
 山と渓谷の先月号に信仰の山の特集をしていました。
 明治初めの神仏分離で修験道というのは廃れてしまいましたが、この辺でもいろいろな伝説が残る山があります。浅間山、独鈷山、烏帽子岳、四阿山、美ヶ原、高峰山などです。小さな祠は多くの山頂に残っています。日本百名山四阿山(あずまやさん)にも残ります。信州祠と上州祠、頼朝伝説、花童子宮、的岩に伝説が残ります。荒れ果てた光景の西の河原もあります。根子岳裏の米子不動滝、大谷不動滝など不動滝と名づけられた滝も数々あります。ある日、夕方に太郎山の麓白蛇神社(上田市新田)に行ったら神主さんがお勤めしていました。バイパスから少し登った場所ですが静寂で心が洗われるというより怖さを感じます。五月の連休に火渡り、刃渡りを見ようと思ったら勘違いで、すでに日にちが過ぎていました。お袋が生きていた頃は祢津のお姫尊には占いをする巫女さんが居たようですが、今はそういうのは廃れてしまったかもしれません。
>祢津の古見立地籍には「ののう小路」と呼ばれる通りがあった。「ののう」とは歩き巫女の呼称であり、神との口寄せ、針、占いなどを行い、江戸時代には多くの巫女が全国をまわり、祢津にさまざまな文化をもたらした。
 もとは武田家家臣、望月盛時の後室「千代女」が武田信玄より巫女頭として任命されてから祢津に多くの巫女が養成された。ときには「くのいち」として諸国をスパイしてまわり、武田家に報告したのであろう。
「日本一の巫女の里」とは中山太郎著(日本巫女史)による。<近隣の文化財より






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最終更新日  2009年09月20日 14時40分16秒
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