俳句
季語は『蟻』で夏。見にくいなあと眼鏡をはずすと、左のレンズにちいさくて黒い蟻。吹き払う。その昼、今立町の小次郎公園で鯉を観ていた。俳句の指南書に『一時間観察すべし』とあった。スマホのタイマーをかける。手近な石に腰掛け、池の鯉をみる。途中、同年齢っぽい男性が現れる。見事な鯉ですなあ関西弁だった。新幹線がナニしてから福井県も全国区になったわけだ。わたしには実は心配な鯉がいた。藻に首のみをつっこみ、まったく動かない緋鯉である。たぶん死にかけ寝たきりなんだなそのジーパンの老紳士にたずねた。あの鯉は病気なんですか。紳士がこたえる。これだけ綺麗な水ですからねえ、腐れ病はあらへんけどなあ緋鯉は永遠ほどにうごかない。紳士がしゃがむ。指で池をぱしゃぱしゃさせる。集まってきよるわ紳士が去る。タイマーが鳴るまで、わたしは石に座りつづける。気づくと動かない緋鯉のそばにもう一匹の緋鯉が添い寝をしていた。看取りかまったくもって不可解。鯉にこころがあったのか。またまた吃驚な事象が。二匹の緋鯉が泳ぎ出した。おいおい。まったくもって自然は理不尽。姫と名づけた死にかけの緋鯉が回遊をはじめる。添い寝ちゃんも何処へか。青黒の朝青龍は、なにごともなかったかのように縄張りを泳ぐ。赤あざちゃんは、おおぐち開けてゴンゴンと石の藻を。タイマー終了。石と化したわたしが立ちあがる。尻の石灰化。そのときだった、わたしの右のレンズに蟻がいたのだ。まちがいない。