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カテゴリ:お題
私はデートが苦手だ。 勿論、私自身が常識外れの出不精で外出なぞをするよりも家でまったり各々の好きな本を読んだり一緒にレンタルビデオ鑑賞をしたり適当に冷蔵庫にあるものでこしらえた食材でご飯を食べたりして寛ぐのが好きだ!というのも理由のひとつではあるのだが。 本当の理由はちょっと違う。 正確にいうと、私はデートという語彙が苦手なのだ。 「遊ぼ」とか「ちょっと食事に」とか「呑みに行かない?」とか「買い物しよう」とか「ドライブに付き合って」だとか。わざわざ件のキーワードを使わずとも行動を共にする方法はいくらでもあるし、女である以上その手の誘いを気のある相手からされる事に関してはやぶさかでないというか、むしろ好きな方である。 それなのに、それがたった一言。「デートしよう?」というキーワードに摩り替わるというだけで、声を掛けられた途端に態度が無意識に硬化してしまう。たかが言い方ひとつ違うだけのつまらない問題なのは理解しているのだが、何やら自分の予想しないところから恋愛のステップを踏まされているようで天邪鬼な私の足はピタリと竦んでしまうのだ。 デートなるものの順序や直前までの準備を考えると激しく面倒くさい事柄に挑んでいる気持ちになりウザったい気分半分、奇妙なものに対していつまで経っても苦手意識の抜けない自分自身に呆れる気持ち半分。稀にそれすらも通り越して、あまつさえ私と遊びたいという感情表現を『デート』という大仰な言葉でしかできない相手に、何故にもっと軽いノリで自分を連れ出せないのかと恨み事をいいたくなる時すらある。 それくらい、私はデートという言葉そのものが苦手なのである。 原因は分かっている。過去のトラウマだ。 トラウマといってもそう大それたエピソードでもなく、単に私も相手も若すぎた(それどころか幼かった)故に上手く事を運べず、初デートで派手に失敗をしたというそれだけの話なのだが。 今になって思い返すに、まず相手が私の自宅に電話をかけてきて「デートしてください」と約束を申し込んできた時点ですでにお互い普通の精神状態でなかった気がするがこの際だから細かい話は割愛してしまおう。とりあえず、相手は同い年で幼いながらも仲間内でも他愛のない話をして盛り上がる仲でこちらとしても憎からず想っていた男の子であったので、ふたつ返事でデートの申し出を受けた。 向こうがどうかは知らないが、こちらは浮き立つ気持ちと女としてのプライドとオンナノコとしての乙女心というものがあるので前日どころか約束を取り付けたその日から悩みに悩んで当日に望むにあたって着ていく服や髪型等を細々と研究したものである。 普段着とはまったく違う気合の入ったお出かけ用の服装を用意して着用し相手には見せた事がないちょっとしたメイクも施した状態で、初めてのデートという事実に胸を躍らせてちょっと早めの時間の待ち合わせ場所に出向いた。 今日はどんな予定で遊ぶつもりなのだろうとか、どんな会話のやり取りがあるのだろうとか、様々な期待やら乙女独特の空想やらをしつつ相手の男の子を待つ時間すら楽しみだった。 そうしているうちにふと顔を上げると、いよいよ彼が自分の居る場所へ向かってくる瞬間で、私は自分の居場所をアピールする為に軽く手を振った。 ・・・と、私に気付いた相手は目があった瞬間に固まったのである。 それも硬直という単語が適切なくらいバキバキに。それまで少年らしく躍動的な滑らかさを醸し出していた動作が何故か一瞬にしてぎこちなくなり、顔の角度は斜め35度下方。意図的にこちらの姿を視界に入れないように努力しているようにも感じられる。なんとかこちらに向かってくるものの足取りが心なしか重い。 一応、形式的にいつも交わすのと同じような文句の挨拶を済ませて「じゃあ行こうか」と並んで歩き出すものの、チラリと隣を窺うと明らかに通常とは違って強張った彼の表情があり、私はこれからはじまるデートに一抹の不安を覚えた。 『あれ、アタシってなんか変な格好とかしてるかな・・・。』などと彼の様子のおかしさの原因を恋愛経験の未熟な少女なりに推測してみるものの、何か相手の雰囲気の違和感というか、壁のようなものの存在のおかげで気軽に疑問を口にする事さえ容易でない。今くらい図太い神経を持ち合わせていればどれだけ相手がバリアを張っていようが「今日の格好、気に入らなかった?」程度の問いかけをして頑なな相手の態度の理由を訊き出す機転と勇気もあったであろうが、なにぶんこちらも初めての事で緊張していたのだ。 最初はそれでも言葉を選びつつ会話の糸口を掴もうとかなりの労力を費やしたが彼の返事は毎回どこか的外れで上手くキャッチボールができない。そんな歯がゆさの中、「どこかでお茶でも飲もうか」という彼の提案に従って適当なお店に入ったものの彼の態度は硬化したまま一向に変化の気配を見せず、段々とその緊張が私にも感染して、最終的には話題提起すらできない(要するに一言もしゃべらない)状態に陥ってしまった。 そのまま沈黙する事、約30分。沈黙が痛い。 過酷な状況に耐えられなくなった私は疲れ切ってしまい、そのまま帰宅する事を提案した。やっぱり彼はだんまりのままガクリと肩を落とし、頷くのみ。 今思うと散々な初デートの思い出である。 デートという語彙に特別な拒絶感を持つようになったのはそれからだ。 別にそういう嫌な経験をしたからデートのすべてがイヤだとかいう子供じみた駄々捏ねをしたいわけではないし、あれから事実上のデートなぞそれこそ何回したのかいちいち覚えていられない程の回数をこなしたのだから今更それに拘る必要もないのだが。 しかし、いまだに「デート」という言葉を聞くと例の初デートの苦い思い出と共に、相手の気に入る服装に気を使う労力だとか、楽しくふたりの時間を過ごす為の話題を提供する事だとか、一日の段取りのイニチアチブを男性が完全に取るような風習も薄れていると感じる昨今こちらもデートプランのひとつやふたつ提案を携えて行くのが気遣いではないのかとか、相手が何か失敗をやらかした時のさりげないフォローの入れ方だとか、自己反省の意味も込めて様々な責務感に気が重くなってしまい素直に好きな相手と時を過ごすトキメキに身を任せられなくなってしまっているのも事実である。 私はデートに対して引っ込み思案、なのだ。 ちなみに、初デートの男の子からはそれからもお手紙を頂いたり電話がかかってきたりする関係が約2年間ほど続いたが、二度とデートのお誘いには応じなかったし、あの時の硬直の理由も聞けずじまいで終わった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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