2005/12/22(木)17:38
デジタル放送の課題:地デジのIP再送信、積もる放送事業者の警戒感
地上波放送を11年までに完全デジタル化に移行させる一助として、IP方式による再送信が検討されているが、ここに来て、政府の目論見がFTTHの普及にあるように見え始めたことから、放送事業者側が警戒感を強めている。政策の優先順位がどちらにあるかを明らかにすることが急務だ。
◇IP再送信に対する異なる認識
総務省の情報通信審議会が05年7月末にまとめた中間答申では、11年に地上波のアナログ放送を予定通り停波させるために、過疎地など投資効率の悪い地域では、IP方式による再送信や衛星による再送信も検討することがうたわれた。
地上波放送事業者からすると、目標年限までに自力で中継局整備を終わらせることは難しいため、何らかの補完手段が講じられることに対して異存があろうはずはない。ただし、あくまでも地上波放送の基本路線は空中波による送信である。既存のCATV局のデジタル化投資の動向にもよるのだが、デジタル難視エリアを残さないことを前提とするからこそ、補完措置を補完措置と認めたるゆえんなのであって、空中波に取って代わることも視野に入れたようなメディアとして登場してくるようならば、それに対する拒否反応が見られ始めるのは当然のことだろう。
衛星はともかく、IP方式については、そもそも補完措置と成り得るのかという点からして疑問視された。衛星から電波を送るのであれば、人口密度や地形による影響がないことは明らかであったが、FTTHのような有線系の場合には、中継局を建てる以上に効率性を求めるのは難しいはずだ。空中波による送信の補完手段としてIP方式が提案された時から、放送事業者の胸中には、総務省の真意が本当にFTTHを地上波の補完手段と考えているのかに対する疑念が抱かれてきた。
政府にとっては、11年のアナログ停波による地上波デジタル放送完全移行が大きな政策目標であることも確かだが、相変らず「放送と通信の融合」といったあいまいなスローガンも掲げられたままである。あいまいであるがゆえに、単純に通信回線上に放送コンテンツを乗せれば良いと考えられがちであり、勘違いに終始した放送局買収騒動の遠因となってしまったことは否めない。
ハコモノ行政に対する批判が絶えないように、結局は目に見える成果を求めたがる当局にとって、FTTHの普及が「高度情報化社会の実現」のために欠かせざるものと認識されていることは明らかである。大きな政策目標が二つ並べば、一挙両得を狙う者が出てくるのは、官吏にありがちなことである。
しかしながら放送事業者にとっては、かつての規制緩和小委員会で提案された「水平分離」の提案が、今でも忌まわしきものとして脳裏から離れずにある。一部民放局でデジタル化投資が間に合わないことを理由に、その補完措置としてFTTHの活用が提案されたことに対しても、政府の本当の狙いが推し測られることになるのは当然の帰結である。
案の定、FTTHによるIP方式の再送信は過疎地などに限ることなく都市部でも展開されるべきだと提案されるに至り、放送のデジタル化自体がFTTHの普及促進策として使われるのではないかとの警戒感が増してくることとなった。
◇IP方式容認による堰の切れ
FTTHによる地上波の再送信については、光波長多重技術(WDM)、光の二芯を使うといった方法が採られているが、IP方式での再送信が認められることになれば、通信事業者にとってのコストダウン効果は大きい。
逆に、放送業界側としては、IP方式で再送信する旨について、著作権者たちとの了解を取り付けなければならない。再送信同意は放送局が出すものである以上、放送局側が権利処理を行う必要があるのは当然のことである。
IP方式で再送信することについて、著作権者たちの了解を取り付けるに当たっては、エリアを限定した上でのことになど出来ようはずがない。すなわち、本当に了解を取り付けられた暁には、過疎も都市部もOKとなるに決まっている。
世界的に見ても、IP方式で基幹放送が再送信されている例は無い。海外でのIP放送の事例は都合良く引用されることが多いが、映像作品も国際的に流通するようになっている現在、日本だけが遅れているわけがない。そうした事情は、放送事業者の側でも認識されている。日本で先陣を切ってスタートさせる意義があるとは思えないが、放送のデジタル化を国策として進め、その効果を顕現させるためには、11年問題の解消が不可欠であるとの事情はよく分かる。
質されるべきは政府のスタンスである。高度情報化社会を標榜していることから、ブロードバンドの普及を進めたいとの意図は分かる。二兎を追ってはいけないとは言わないが、知的財産立国も目指しているというのなら、著作権問題についての認識も深めておかないと、単純にFTTHの普及促進策として地デジを使おうとしているように見えてしまうことになる。
放送事業者としては、例え地域を限定してのことであっても、著作権者の同意を取り付けてしまうと、もはや後戻りが出来ないことになる。それだけの一線を越えさせておいて、実はFTTHの普及に役立ったなどと言われることにしかならない可能性が見え隠れしてくれば、ためらう気持ちが出てくるのは当然のことであろう。
最後に残るのは「再送信同意」を与える権限だけである。その同意すら無視されて勝手に再送信が行われてきた経緯にある。本来ならば、そうした事態が見られた際に、政府が賢明な解決を図るべきであり、民間企業同士の問題であるとして黙認してきたことへの不信感はぬぐいようのないものといえる。
政府は目前の問題を解決することだけに追われるのではなく、国家百年の計を明確に示すべき時にあることを自覚すべきだろう。