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うり坊の1億円ためたぞ計画!

うり坊の1億円ためたぞ計画!

親友

20歳を過ぎてから『親友』呼べる友達ができるとは思ってもみなかった。小学校から大学まで同じ学校に進んでいったので強い絆で結ばれている親友は普通の人よりは多いと思うのだけど彼らと同等、それ以上の親友がしかも外国人でできるなど本当に思ってもみなかった。

 彼と最初に会ったのは忘れもしない丁度4年前。UT(テキサス大学)のマックの前にある食事をするテーブルのところ。友達の紹介で会った(アメリカに行ったばっかりで友達がいなく日本人のクラスメートに誰か紹介してくれと頼んだのがきっかけ)。

初めて会った時のビッグスマイルは今でも忘れられない。彼は僕をやくざだと思ったらしいのだけどww。

僕がその時、彼の知っている日本人の中で一番英語を喋れたことと年齢が近いということですぐにうちとけるようになった。彼はイタリアからの移民のもろに白人のアメリカ人。

とある理由(長くなるので)から日本語に興味を持っており、日本人の友達を探していたのだった。僕がアメリカに滞在している時はいつも遊びに行く時に誘ってくれ、その時に彼が付き合っていた彼女に悪いんじゃないかなぁって思うくらいいろいろな所に連れていってもらった。

 彼の家庭は決して裕福ではなく、大学も行く必要がないと親に言われてお金も出してもらえておらず、ローンを組んでACC(短大みたいなもの)に通った後にUTに編入していた。

彼の専攻はダブルメージャーで、日本語とビジネス。UTのビジネスは全米のトップ10に必ず入る難関学部。僕に日ごろから本当に頑張って勉強してUTに入ったと良く言っていた。僕には、イマイチぴんときていなかったのだけどww。

僕がアメリカから帰る時(7ヶ月くらいかなぁ)に寂しくなると言って泣きそうになっていた顔も今でも忘れられない。それを見て僕も泣きそうになったのを覚えている。

彼は、僕に以前から日本に1年交換留学生として行けるのならば行きたいと言っていた。でも、問題はお金。それならばと、僕は両親に頼んで半年彼をホストファミリーとして受け入れられるようにした。

僕の母さんはかなりきつく言う人。アメリカ人の彼にはそれが、変に気を使わないで(嫌なことは嫌といい、怒るときは誰にでも怒るのでw)居心地がよかったのだと思う。僕の母親は彼を僕と同じ扱い本当に兄弟ができたみたいな気分になっていった。

 彼が日本に来たばっかの時は会話はほとんで英語だった。だけど彼の勉強に対する態度は本当に凄く、僕が英語を使うと凄く怒られたww。たぶん、僕の今までの人生であんだけ勉強をした人をみたことがないってくらいに日本語を勉強していたと思う。

彼の日本語への徹底ぶりは、学校でアメリカ人に対しても日本語で話すということ。普通に考えると(なんだこいつ!)って感じでしょww。まぁそう言っている人達も結構いたけどww。ってのはやりすぎってことね。

でも、そこまでやる彼の日本語を習得しようという姿勢には本当に感服した。滞在は1年だったのだけど彼はほぼ完全に(訛りはあるけどね)マスターした。彼は生きた日本語を習得したいみたいで、僕の日本語をコピーして覚えているので、僕の使う言葉を使う。

僕の言葉、かなり崩れた日本語ww。初めて彼の日本語を話すのを聞いたらびっくりするはず。『すっげ』『マジで?!』『かっけぇー』とか普通に出てくるからww。

僕が株に対して勉強できたのは、もしかしたら彼が僕の近くに存在していてくれたからかもしれない。あんなに勉強をしている人を見て僕もしなきゃって思ったというのはあったから・・・。

彼が留学生の時の彼の友達のほとんどは、僕が会う前から僕のことを良く知っていた。ってのは彼が僕のことをみんなに話していたからww。初めて会ったら『あぁ、あなたがKかぁ』って何回言われたかww。

 彼の1年の留学が終わって1度遊びに来たことがあるのだけど、外国人の友達に僕を紹介するときは(日本人にでも)、かならず『its my best friend 』『brother』って言ってくれていた。

言ってくれていたわけではなく、そう本当に感じていてくれているのだと思う。そしてまた、僕もそう感じている。

なんでそう感じているのか・・・。

彼とは今まで数回喧嘩をしている。この歳で喧嘩できる友達って普通いる?。思い出しても、僕がアメリカにいた時に1度、彼が日本に滞在していた時に2度くらい、そして今回・・・。

二十歳を過ぎて知り合った友達と喧嘩なんて、こいつ以外にいないんだよねぇ。昔からの知り合いでも喧嘩なんてしないし。喧嘩って、お互いの主張がしっかりと言い合えるという関係だと思う。

僕と彼の性格は非常に似ており、熱くなっても次の日は元通りの関係に戻れる。だからはっきりとモノが言えるのかなぁ。というか、『嫌われることがない』という自信があるから全てぶつけてモノが言えるのだと思う。


なんでこんなに仲良くなれたか。

アメリカで、留学中、日本でのインターンシップ中に様々な日本人を見てきた彼。
彼の中では僕は日本人らしくないらしい。彼の中での日本人というのは、言いたいことを遠まわしに言い(特に言いづらいこと、言わなかったりもする)、心をオープンにしてくれないイメージらしい。

今でも、大半の日本人は仮面をかぶっていると言っている。僕の誰に対しても全てぶつける性格(そりゃ僕も相手は選ぶけどねw)が彼にとって凄く特別なものとなっているのかなぁと思う。

共通点が結構多く親近感があるってのも要因かなぁ。身長も同じ、足のサイズもほぼ同じ、頭の大きさも、顔の形も結構にているらしいし、性格もそっくりだと(母親いわくだけど)。

 どのように『親友』と思えるようになっていったかを考えると、正直言うとこんなにも僕に興味を持ってくれた友達が存在しなく、そんなマイケルに興味を惹かれていったってのがあるのかもしれない。最初にUTで会った時には、君とこんな関係を築いていけるとは思いもしなかったよ。(遊んでいそうなwhite guy)って印象だったしww。

 いつでも僕のことを1番に考えてくれ、なんでも話してくれて(たまに話すぎだけどww)、そして僕のことを慕ってくれている(すぐ僕の髪型を真似するしねww)マイケルを今ではbest friendって胸を張って言える自分がいる。

人生で自分が『親友』って呼べ得る人って何人いるだろうか・・・・。

 別れた彼女のことを話しても僕の主張を理解してくれて、僕が望むような対応をしていくことを約束してくれたし(まぁ散々言われたけどw)。


 プライベート、仕事、家を出る等、いろいろとやることがあって日本を離れたくなかった時期に何故アメリカに来たか。

今回のアメリカ訪問、名目は彼の大学の卒業式に出ることなのだけど、はっきり言って僕にとって『大学の卒業式』ってのはあまりウェイトが重くない。ってか僕は自分の出席すらしてないし。

でも、彼にとっては凄く重大なことらしく、彼にとって大事な瞬間なら僕も行かないとと思ってきた。それから彼はLAで就職が決まって次にいつ会えるようになるかがわからないから。

いつも彼に会ったあと別れる時に思うこと、『来てよかった』『来てくれてよかった』(留学込みで4回日本に来てくれた)。今回も、後4時間後には数百キロ離れた所に移動してしまうのだけど、そう思う。

もっと長くいたいと思うけど、やらないといけないことが、やりたい事がありそれに向かって進んでいかないといけないので帰らないといけない。

いつも将来のことを一緒に話すのだけど、僕達の話していることは全て現実になるはず。今まで僕達が望んだことで、努力してできなかったことがないのだから。その時が来るまで離れていてもお互い頑張っていこう。

舞佳流が僕の幸せを願ってくれているのと同じくらい、僕も君の幸せを願っている。

love you bro peace out
case-k



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