人生初の挫折
息子5歳。絵描き志望?とにかく暇さえあればいつもクレヨンを握って、無心になにかを描いている。「ああ、ほんとに好きなんだなぁ」としみじみ思う。なにをするにもスローペースでああしろこうしろ促されないとなかなか行動できない彼だがお絵描きだけは、自らすすんでとりかかり、それは長い間ご飯もおやつも食べるのを忘れて、入り浸る。図鑑を横に、いろんな昆虫や植物をまねることもあれば自分の頭の中のイメージをいろんなカタチで絵にすることもある。知らない町、建物、迷路、恐竜の世界、幼稚園でのひとこま一枚の紙とクレヨンで創造する5歳の頭の中は本当に面白い。「運動は苦手だけど、お絵描きなら誰にも負けない」おのずと彼の中にそんな自負が芽生え始めた。もちろん親である私も、なにかひとつ自信の持てることを伸ばしてやりたいと常々思っていたのである。そんなとき、幼児雑誌でたまたまお絵描きコンテストを見つけた。しかも題材は、大好きな仮面ライダー。息子に教えてやると、ものすごいはりきりようで力作を仕上げた。金賞の賞品はずっと欲しがっていた、仮面ライダーの豪華な電車セットだったからますます燃えていた。仮面ライダーの仲間たちをズラリと整列させ、それぞれの特徴をきっちり書き込んだこの絵を初めてみたとき、親バカながら「もしかして!」と思った。子供っぽい雑なタッチであるけれどそこがまた健気な感じで、5歳にしては上出来ではないかとついつい息子を褒めたたえ、「電車セット来たらいいねぇ」なんて一緒に夢みて盛り上がってしまったのである。そしてきょう、待ちに待った結果発表の号が発売された。ドキドキしながら、ページを探し当てた。が、息子の絵はどこにも見当たらなかった。小さく名前が紹介される「がんばり賞」の欄にも名前はなかった。応募総数7000人。金賞の電車セットを手に入れたのはやはり息子と同じ5歳の男の子。はっとするほど丁寧なタッチだったし、アイデアや構図が息子とは全然違った。井の中の蛙とはまさにこのこと。世間はそんなに甘くない。とはいえ、自信満々だった息子にそれをどう告げるべきか悩んでいると、しびれをきらした彼が「貸して!どうだった?まだ見つけられんと?」と雑誌を奪い取る。しばしの沈黙。その後「あれ?あれ?あれ?なんでない。ぼくの絵がどこにも載ってない」その顔といったらこれまで一度も見たことのない、決まり悪そうな不安げな、悲しそうで悔しそうな、なんとも言えない表情だった。ふたつの目からポロポロポロポロ、涙がこぼれ落ちていた。ただ甘えて、わーんと泣くいつものスタイルでなくほんとうに自分の不甲斐なさというか、情けなさというかそういうものに泣けてくる…そんな泣き方をする息子を見るのは初めてだった。挫折。息子はきっと初めての挫折を味わったのに違いない。くやしい。くやしい。もう絵なんて絶対に描かない。そういって、ぽろぽろぽろぽろ泣きながら歩く道。結果が出せなかった頑張り。「がんばり賞」でもなかった頑張り。褒められることが大好きな5歳の苦い現実をかみしめて。「仕方ないよ。まきには、まきにしか描けない絵があるやろ おかあさんは、あの絵好きやったよ」「よし、おかあさんが特別に頑張り賞をあげようか」そう声をかけると、少しだけ晴れやかな顔。入園の頃、幼稚園で揃えた16色のクレヨン。途中で転園して、次の幼稚園でも園指定の新しいクレヨンが必要になったので、最初のクレヨンは家用になった。お絵描きが好きだからと、輸入物のおしゃれなクレヨンをもらったりもしたが、息子はこれが描きやすいからと、ずっとずっとこればっかり。赤や黒や青は、バラ売りで何度も買い足した。いい加減に箱もボロボロになったので、頑張り賞に新しいクレヨンを。24色入り。昔ながらのサクラクレパス。