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カテゴリ:小説A
051 走っていた。けれども走っても、どれだけ早く走っても、目の前にあるのは闇だった。 抜けることのできない永遠の闇のループを、けれども勇人は走り続けた。 走りながら後ろを振り返った。 実乃里がすぅっとこちらへ近づいてくる。 やめろ、これ以上近づくな!そんな叫びなど空しく実乃里は微笑しながら勇人との距離を縮める。 勇人は必死で実乃里から逃げていた。腕をぶんぶん振り、胸を突き出す。汗がどっと流れ、服は汗でびっしょりだった。 ◇◇◇ 「ぶわぁぁぁ」 勇人は勢いよく上体を起こした。白い天井が見える。 かすかな薬の臭い。考えずともわかる。ここは病院だ。 「おう、目が覚めたか、わが同志よ」 「・・・裕一」 裕一は白いタキシードに手にいっぱいの薔薇の花を抱えて参上した。 今時、どこに白いタキシードを身に纏い、両手に薔薇の花を抱えて病室に参上する高校生がいるものかとあきれて勇人は裕一を見ていた。 「勇人よ、発作など中学以来ではないか。原因はあえて問うまいがあまり無理はしないほうが身のためだ」 裕一が薔薇を近くの台に置くと、裕一はその手で勇人の頭をなでる。 「ミス河原もお前と同じように意識が昏睡しているぞ」 裕一が隣のベットを指差したので、隼人も顔を向ける。 実乃里が眠っていた。いそいで勇人は眼を逸らす。 「いくら喧嘩したとはいえ、互いに意識が消えるほどの大乱闘とは・・・。わが同志にして情けない・・・」 「喧嘩なんて、生ぬるいもんじゃねぇよ」 勇人はどす黒い声で裕一に言う。勇人は実乃里の実態を知っている裕一にこれまでの経緯を話していた。戸田という男に出会ったこと、実乃里が急にいなくなったこと、雨の中捜しに走りまわったこと、やっと見つけたのに裏切られたこと。 裕一はそれを真面目に聞いていた。口を挟むことなく、真剣なまなざしで聞いている。 勇人はようやく話し終えると「だから俺と実乃里はもう関係ないんだよ」と締めくくった。 ◇◇◇ いきなり裕一に殴られた。一瞬、何が起こったか分からなかった。 鈍い音とともに鋭い痛みが頬に伝わる。ずきずきと痛むことコンマ一秒、勇人は裕一に殴られたのだと気づいた。裕一がそのまま襟元をつかみあげ、勇人に怒りのこもった視線で睨みつける。 「っつ!何すんだよ!」 勇人は思いっきり裕一を睨み返した。 「残念だ勇人よ。お前がそこまで醜い男だとは思わなかった。一条殿の事故死がミス河原のせいだと?やつあたりもいいとこだ」 裕一の言葉にメラメラと怒りの感情がこみあげてくる。 やつあたりだと?じゃぁ俺はどうすればよかったんだよ。ただ、そうですか、もう終わったっことだから気にするなと開き直ればよかったのか? 本人が自分が殺したといったんだ。 怒って何が悪い?大切な人を失った時の気持ちがお前にはわかんのか、なぁ裕一! 「ミス河原が神だろうとなかろうとそんなのは関係ない。ミス河原がいなくても、事故は確実に起こった。事故の相手が麻薬常習犯かつ居眠り運転だからな。たまたま一条殿の車と激突したにすぎん。あれは不慮の事故だ。それをミス河原を責めるとは、見損なったな」 「不慮の、事故だと?」 勇人の声は驚くほどに冷たかった。 勇人はベットから出て裕一の胸元を掴み返す。掴んでいる手に汗が染み出る。 「お前にはわかんのか?大切な人を失った原因が近くにいた時の気持ちが!どす黒いもんがこみあげてくること気持ちがよ!見損なっただと?俺はお前に分かってもらいたくてすべて話したのに、見損なっただと?ふざけんな!」 「あぁ、見損なったよ。殴らなきゃ目を覚まさないと思っていたが、殴っても夢の中とは、とんだ醜い男だな勇人よ」 勇人は殺気だって怒りが爆発し、気付くと裕一を殴っていた。 裕一はよろめき、尻もちをつく。勇人はそのまま馬乗りになって裕一を殴りかかろうとする。 そのとき、病室の扉が開いた。 目を向ける。そこには戸田が立っていた。 勇人は舌打ちをして、そのまま病室を飛び出した。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2008年04月27日 12時44分40秒
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