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カテゴリ:小説A
#3 僕には才能があると思いたかった。 人とは違う何かを持っていて、それで世界の人たちに貢献できて、僕は世界中の人から尊敬される人間になる。そんな空想的なことを、考えていた。 高校三年の夏、僕は現実を見た。 特別な何かなんて自分にはなくて、ただ、自分がぼんやりとしか見えなくて、僕は夢から覚めた。普通に大学に行って、卒業して就職して、普通に恋愛して結婚して家庭ができて、いつの間にか老人になって退職して、年金をもらい、静かに暮し、そして静かに死ぬ。それが現実で、今の僕の未来へと敷かれたレールで、僕はその上を拒むことなく歩き続ける。 そういう現実を、目の前の進路希望調査は語っていた気がして、そのたった一枚の紙の存在が、大きくて重くて、あの時の空想的な夢は、やはり空想的だってことを僕に示しつけていた。 その日の帰り、僕は教会裏に行った。こんな気持ちになったときは、その場所で本を読むことで忘れていた。でもその日、そこにある、只、一つのベンチには一人の少女が座っていた。 「あの、貴方は誰ですか?もしかして、以前、お会いしましたか?」 彼女が顔をのぞき込むように僕を見た。 「い、いや、初見だよ」 「―――よかった」 彼女は麦畑を見渡した。つられて僕も麦畑をみてしまう。何もない麦畑が、今の僕みたいで、すこし切なくなった。 「秋穂 夕と言います」 そういって見せた彼女の笑みは僕の心を貫いた。けれども、これ以上、僕はここにいてはいけない気がした。それは、理屈をなくして訴えかけてくる僕の何かだった。 「あ、それじゃ、僕はこれで…」 「あ、まだ名前、聞いてません」 「高橋 光(たかはし こう)」 「さよならです。高橋さん」 そうやって僕らは邂逅した。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2008年10月05日 02時33分16秒
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