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2022.05.10
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第2章 ディサイデッド 9


 「ミサト様はこれからお出掛けされますので、外出用のお洋服を予備からですが、お選び下さい」
 エリカがドレッシングルームにあたしを誘った。
 「miss オブライエンは今日もそうですが、最近、ご主人様の急なご用件に同行する事が多くて、予備に残っているバッグが少ないかも知れません」
 セバちゃんが、申し訳なさそうにあたしにそう告げた。
 「あれ?もしかすると、予備ってオブライエンさん専用の品物だったの?」
 「ええ、業務で外出する女性は、この家では miss オブライエンだけですから。急な外出でTPOに合わせる必要が生じた時の為に、当家では事前に予備品をストックしているのです」
 「それじゃあ、あたしは本人に了解もなく、オブライエンさんの服を着ていたって訳ね!」
 言われてみれば、予備と言うからにはこの館の女性の為にストックされている品物である筈で、あたしはそれに気が付かずにオブライエンの服を無神経にも着てしまっていたのだ。
 「その点は全くご心配には及びません。ミサト様に備品類の中からお選びになる様にお願している事は、私めが miss オブライエンに伝えていますから。それに近々、備品は大幅に仕入れますので」
 「それなら良いんだけど・・・」
 「そうですよ、ミサト様!田宮さんが言う通りですよ。 miss オブライエンはサッパリした性格の人ですから心配は要りませんよ」
 田宮さん?そんな人、ここに居たっけ?
 エリカの言葉に、一瞬、あたしは違和感を持ったが、何だ、セバちゃんの名前は田宮甚八朗だったよね。すっかり忘れてた。
 「分かったわ。オブライエンさんには今度会った時に、あたしからお礼を言うから!」
 「さあ、ミサト様、あたくしがお手伝いをしますので今日のお洋服を選びに参りましょう!」
 「そうね」
 大きなカーブを描きながら2階へと続く白亜の螺旋階段をを登るあたし達の後ろ姿を、セバちゃんは笑顔で階下から見送った。

 「今日は、SPAだからカジュアルが良いかな?でも余り数がないね。まあ、この髪とメイクでカジュアルってのもどうかとは思うけど」
 「miss オブライエンにはカジュアルを着る様なTPOが殆どないので、数が少なくて申し訳有りません。ヘアとメイクのコンセプトはミステリアスのように感じますから、これなどは如何でしょうか?」
 「神秘的」と言う名前は私は密かに命名した物だが、ミサトもやはりこの髪とメイクにミステリアスな雰囲気を感じていたようだ。
 「あっそれ良いかも!ミステリアスと言えば聞こえは良いけど、要するにヤケクソって事だしね」
 「まあ、何と言う事を!ミサト様ったら!」
 エリカはあたしの言葉に顔を赤らめた。
 えっ?あたし、エリカの顔を赤らめる様な事を、何か言ったっけ?
 あたしは最後にグッチのバッグを選んで、カジュアル風ボーイッシュ&ガーリッシュコンサバディヴな装いが完成した。
 あたしは、ドレッシングミラーに映っている自分の姿を見ながら、
 「ねぇ、エリカちゃん、これってチンドンヤに間違われないかな?」
 とエリカに訊ねた。
 エリカの頬の赤みが更に増した。
 エリカはどの言葉に反応しているのだろう?チン?ドン?それともチンドン?
 「エリカちゃん、どうしたの?」
 「わ、わたくし自分の着替えを済まして来ます!」
 そう言うと、エリカは階段を急ぎ足で降りた。
 「あっ、エリカちゃん、あたし、エントランスのロビーで待ってるから」
 「かしこまりました。直ぐに参ります!」

 1Fのロビーに行くと、いつも直立姿勢を崩さないセバちゃんが、珍しくソファーに座っていた。
 幾ら慣れているといっても、セバちゃんはもうそんなに若くはないので、長時間の直立は腰に負担が来るのだろう。
 「おお、ミサト様。個性的なお洋服で!そのお髪とお化粧にお似合いでございます!」
 「そおぉ、セバちゃん、有難う」
 あたしは桂川家の人間ではないけど、ここの門から外出する以上、もしあたしの姿がチンドンヤに見えていたら桂川家の品位を保つ為に、セバちゃんなら婉曲にあたしに着替える事を薦めるだろう。
 と言う事は、きっと本当に個性的なのかも?
 勿論、流石のセバちゃんも、あたしの服装に対して何かを言う気力を失っている可能性を否定する事は出来なかったが。
 「ところでセバちゃん、朝から庭の方で何やら物音がするんだけど・・・」
 「ああ、あれは月1回のお庭のメンテナンスが行われている物音です。うるさかったですか?」
 「いえ、そんな事はないけど。そうだよね、あれだけ広いお庭でも庭師の方が来て手入れをするから、どの場所も綺麗なんだよね!」
 「ええ、季節で草花も入れ替えますし。それから今日は、週1回の家政婦が5人来る日でして、食材の買い物やゲストルームと骨董室の棟の掃除などをしますので、何かとドタバタします。だからお二人が外出されるのはむしろ有難いのです」
 「セバちゃんもお仕事とは言え、何かと大変だね!」
 「恐れ入ります。ところでもしミサト様が良ろしければ、今夜は外でゆっくりされて来て下さい。私めも今夜はディナーでのお勤めから解放されて、久し振りに橋本氏と酒でも酌み交わしながら男同士の話をしたいと存じております」
 「分かってるよ、セバちゃん!セバちゃんのたまの愉しみを、あたしは絶対に奪ったりはしないから!」
 あたしは、エリカで自信を持ったウインクをセバちゃんにも送った。
 セバちゃんは、愛想を崩しなら「ミサト様は本当に心がお優しい方でございます」とあたしに言った。
 あたしは他人から「優しい方」と言われたのは、これが初めてだった。
 これも「今週のミサトの初体験集」に記載して置こう!

 その時、玄関のドアが開いて、2人の男女が館に入って来た。
 「この二人が、今日からミサト様のボディガードをするジェファーのメンバーです。ご紹介しましょう」
 2人はあたしの前に整列した。
 「こちらの男性が、コードネーム鶺鴒(セキレイ)です」
 セキレイと呼ばれた男があたしに軽く会釈をした。
 「こちらの女性が、コードネーム桔梗(キキョウ)です」
 キキョウもあたしに対して、やや深めの会釈をした。
 2人共、コードネームで呼ばれているのか?
 あたしは一気に現実世界に呼び戻された。
 あたしって自分で思っているよりも、もっと遥かにヤバい立場にいるのかも知れない!


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    Last updated  2022.05.21 10:32:51
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