政治家のゴーストライターと夕食
先週末は、有名政治家のゴーストライターと夕食をともにしました。そもそも彼を友人の枠の隅っこに置いたのは、叔父の紹介によるものから渋々そうしているのであって・・・・・・私の正直な主張からいえば“仕方なく”友人にしてあげてるのであります。はっきり言えばただの知人!にしたいのに、その主張という火種は、あのときの約束の水によってあえなく消されてしまうのでありました。「君の叔父さんから聞いたとおりだ。君ははっきりしているね。会いたくもない人と、叔父さんの介添えでこうして会わなければならないのだから。私は彼から君のことを聞いてからというもの、どうしてもこんな時間がほしくてね。いや、友達になりたいんだ。いやだって? つまらない中年のオッサンだから? ファッションセンスがなってないって? え? そもそも顔が気に入らないって? アンパンマン? あはは、さすがに君は個人主義の国から来た人だ。容赦がないね。さて、こんな約束はどうだろう? 君の叔父さんがこの喫茶店へ来る前に、一度でも私が君を笑わせたなら、そのときこそ友達になってくれないか?君もおもしろい人だから、笑える人なら友達にしてもいいはずだ」私が知っている“ただの”作家とは訳が違うその舌は、独裁的な地平と、独裁者を揶揄するカリカチュアの二枚刃からなっていた。ようはえらぶってても自らを諧謔的に見せるセンスに長けていたのです。政治家のゴーストライターとしての敏腕は、こんなところでも、選挙戦にきらめく汚れた白手袋のメトロノームのリズム感覚を、滑稽に躍らせていたのです。さあ、私はコーヒーの湯気の向こうに見える、饒舌なアンパンマンにあえて視線を送るまいとして、ガラス越しに広がる人々の往来を追っていました。いっぽう、耳はといえば、店内に広がるポール・モーリアの旋律にしがみついて、いやがおうでも日本の城にまつわる趣味談義に足をとられまいと葛藤しなければなりませんでした。その真下でかまえているのは、約束のホオジロザメの開口。城の研究につぎ込む話にはじまって、おかしな離婚劇、お子さんによる電話での挑戦状・・・・・・サメ退治に有効な鼻っつらをぶっ叩く勢いで、私の耳なる両足は、それをまさに一蹴せんとサッカー選手になりきって蹴り続けておりました。そこへ、いかにもわざとらしい登場を成した叔父の姿が、私の横にへとあらわれた。そしてそれは、片眉をいやらしく上げたさぐりの表情で以ってして、私と彼をひとまとめにする最後の仕上げを、カウボーイの投げ縄さながらに、ギュッと締めてきました。「二人のコーヒーが減ってないところを見れば、話が弾んだってことかな?」そのとき、アンパンマンの喜びようは、まん丸の顔枠を内から押しのけるあまり、その顔立ちを三角形のおにぎり型に仕立て上げていた。かたや私は、想像するに、下あごを左にずらすという悔しまみれのひとつの癖を、あらわにしていたに違いない・・・・・・アボガドの種にも似た大きくて硬いものによって、土砂になりたげな我が台詞を、呑み込まねばならなかったのだから。けれども、好物である笑いの果肉部分を食べた結句のことであります、仕方がないといえばそれまでのことですが、それだけにあって、その仕方なさの苦しい大きさと硬さは、いっそう私の喉を圧迫しました。そう、ヤツは私の好物の笑いのアボガドをほおばらせた果てに、黙らせる種の大砲を仕込んでいたのです! 決して食べてはならない禁断のアボガドを心ならずも食べてしまった私は、相手を拒絶出来る権利という名の楽園から、まんまと追放されてしまった!(イチジク大嫌い人間なので、好物のアボガドに例えてしまいました・・・笑)叔父は、テーブルの伝票をカード遊びの指先でスマートに手にました。そのぺロッとひかれた伝票が、どんなにか悪戯な舌を模していたことでしょうか!「さあ、食事に行こう、美味しいスペイン料理をみんなでたいらげよう」我が視線は、そう言い残した叔父の背中に的をしぼって叫ぶ代替物とし、自らを宥める手段とする。アマゾンが放つ最後の一本の弓矢の強さでね!「待って、私が払うよ!」即座に、向かいのアンパンマンは、叔父の足を追おうと中腰になった。ところがどうでしょう、彼ときたら、飲むに耐えない残っていたコーヒーを、慌てて喉へ流し込むという育ちの悪さをわるびれもせずに、私の前で披露したではありませんか! かと思うと、いけしゃあしゃあとこちらを見据えて、ニヤリのオマケ。そこには、私の反応を楽しむ余裕がありありと見て取れた。「あーら、私、いいこと思いついたわ! この私の残ってるコーヒーは、あなたにひっかけるためにあるのかもしれないわね!」コーヒーカップに指を通した私がそう言えば、「お~こわ!」彼はそそくさとイノシシ体型をゆすりながらも、叔父のもとへと弾んでゆく。しかし、その後姿をしとめる狩人の趣味たるは、私には全くありませんでした。