不可思議の海岸線が長くなる為に・・・

2007/08/22(水)23:20

宇和島(二)天赦園

日本旅行記(1267)

◇「宇和島市中心部ガイドマップ」は地図に印はありますが、説明がないので名前だけで推測しかできませんでした。 いろいろ墓地があるんですが、ほとんど誰だかわかりませんでした。 天赦園へ行く途中に大村益次郎居住址があるので探しました。 緒方洪庵塾で学び、緒方洪庵の推薦で宇和島藩に招聘することになった。 参勤交代の一行にくわわり、江戸で頭角を現した。 長州藩と宇和島藩が親類関係にあり、移籍方を頼まれ無下に断れ切れず移籍した。 宇和島藩在藩は七年ですが、宇和島に居住したのは僅か二年半である。 説明看板があるだけです。 幕末で有名な人なので、何か残っていてほしかったですね。 天赦園に訪れました。 宇和島城の西南を囲んだ海でしたが、1672年第二代藩主伊達宗利がここを埋め立てて造成した浜御殿の一部である。 天赦園は伊達政宗の作った詩からとったものである。 あんまり広い庭園ではありませんね。 回遊式庭園で中央部にも渡る事が出来ます。 鯉が腹をすかせているのか、口を開けて待っていますが餌は持っていませんでした。 写真を撮るには数ヶ所良い所はありますが、藤の花の咲く時期が綺麗だと思います。 今の時期の庭園は、葉が青々していて良いのですが、暑すぎて人も葉もバテ気味ですね。 天赦園の近くに伊達博物館があるので寄って見ました。 あまり期待していなかったですが、良かったですね。 白っぽい鎧など目につく物が多かったですね。 資料の本がありましたので買いそうになりましたが、二千円もしたので買いませんでした。 宇和島旅行は、まだ続きます。

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