天の王朝

2021/08/02(月)17:25

八咫烏の八変化

歴史箱(346)

京都の下賀茂神社に参拝したことがあれば、タケツノミが八咫烏であることを知っている人は多いと思います。しかし、タケツノミがアヂスキタカヒコネと同一人物であると知っている人は少ないですね。竹内氏の継承した口伝『帝皇日嗣』には、ちゃんと同一人物であると書かれているそうです。 私も最初、竹内氏からその話を聞いたときに「本当に同一人物なのかな」と疑って、調べました。 すると、大国主と宗像三女神の長女タギリヒメとの間に生まれたアヂスキタカヒコネの別名は迦毛大御神で、神武天皇の道案内をしたことでしられるタケツノミは賀茂氏族の祖神となっていることに気づきます。 どちらもカモの祖神様ということになりますね。 更に調べると、最初アヂスキタカヒコネは九州や出雲にいますが、出雲神族とは袂を分かち、大年とともに大和の葛城山辺りに拠点を置いたことがわかります。 神武東征のときは八咫烏として先導して功を上げた後、カモタケツノミとして山城の国に移ったこともわかってきます。 つまり、二人が同一人物であると考えると、辻褄が合うんですね。 タケツノミはタケチヌツミともいいます。 神武の后となったイスズヒメの祖父(実際は義理の父らしい)とされるミシマミゾクイミミ、別名スエツミミもタケツノミの別名です。 クシヒカタアマヒカタタケチヌツミという異称も持っています。 最後の異称だけ説明しましょう。 クシヒカタとは「奇日方」、すなわち大年神流系(櫛玉)を指します。アマヒカタは「天日方」、すなわち天孫日向系を指します。喪屋を蹴り飛ばして出雲神族と決別したアヂスキタカヒコネは、大年神流大和族と天孫日向族の側に付いたことを示していますね。 そのクシヒカタアマヒカタタケチヌツミから「クシヒカタアマヒカタ」の称号をもらったのが、上賀茂神社のご祭神で、神武天皇とともに祭られているカモワケイカズチです。別名・鴨王。イスズヒメのお兄さんですね。カモワケイカズチの父親・火雷神とは、朱塗り矢ことオオヤマクイであるとすれば、すべてが説明できます。 アヂスキタカヒコネは、迦毛大御神であり、八咫烏であり、タケツノミであり、タケチヌツミであり、ミゾクイミミであり、スエツミミであり、クシヒカタアマヒカタであったわけです。 まさに八変化。 激動の時代を生き抜いたキーパーソンでした。

続きを読む

このブログでよく読まれている記事

もっと見る

総合記事ランキング

もっと見る