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よろず屋の猫

序章 その3

《グシククル》

珍しい鳥がいたものだと、私は窓辺に降りてきた鳥を見る。
ブラックオパールの様に濃いグレーの中に有色の濃蒼が映える。しかし微かな身動きで光の当たる加減が変わると、それが青緑にも淡い蒼にも見える。
優雅でいながら、空から翼を広げて舞い降りた姿は力強く、狩りをする種であることを伺わせる。「なんと言う名だろう。」と王の声はかすれて細い。病に臥せってから三ヶ月がたち、既に気力のみで命を繋いでいる状態である。
「さて、初めて見ると思います。サオシュ様が名付けられてはいかがでしょうか。」
「いや、既に名を持っているかも知れぬ。私は守護神ではないから、二つ名を授けるわけには行かない。」
そう言った後、王は深く息を吐かれた。
私が幼い頃からおそばで御護りしていたサオシュ様は、この国の行く末を案じ、永久の眠りにつくことも出来ずにいる。こうやって柔らかな布団の上で身体を横たえて、何とか国の未来に良かれと考えていらっしゃる。
「私はファーメイとウルムジンが結婚してくれれば良いと、今でも思っている。ウルムジンはお前の息子、軍の抑えも効くだろう。」
王のその言葉は今一度ウルムジンを説得してくれと言う意味だ。確かにかつて軍の最高司令官であった私を今でも慕ってくれるものは多い。また王の政策に反感を持つ者でも、私に真っ向から対するものはいない。軍には未だに私の言う事に逆らってはいけないとの空気が残っている。しかし・・・。
「ウルムジンは私の息子である前に“トーチャウ様を護る者”なのです、サオシュ様。」
トーチャウ様を王位から遠ざけるファーメイ様との結婚など諾とするはずもない。
「私はトーチャウ様は王にふさわしい人格を持つ方と信じております。」
「言ってくれるな、グシククル。今一人の護る者をテムボタ側におされセヤクをつけるしかなかった。ミクラがテムボタと手を結んでしまったら、トーチャウはテムボタには逆らえるはずもない。・・・だが。」
と、サオシュ様は死の病におかされているとは思えない強い意志を瞳にたぎらせ、続ける。
「テムボタに国を渡すわけにはいかない、断じて。」
その思いは私も同じだ。
テムボタ様にこの国を思い通りにされては、サオシュ様が今までなさってきた事が何もかも無に帰してしまう。何としても王が逝ってしまわれるまでに、この国の未来の道筋をつけねば。
私の守護神の六合よ、私の願いが叶うよう、そのお力をお貸しください。


《ウルムジン》

王宮から執務棟をつなぐ渡り廊下に鳥が入り込んでいた。
この廊下の両壁は透かし彫りになっていて外の景色が眺められるようになっている。場所によっては鳥一羽が何とか入り込めるくらいの模様もある。そこから入ったは良いが、出るに出られなくなったのだろう。
王宮の方から待ち人が来た。私に一礼して片膝をつくと、うつむいたまま私を見ようとしない。
「お待たせいたしました、ウルムジン様。」
「また随分と堅苦しいことをしてくれるな、ティガシェ。」
「あなたは王の第一の側近・グシククル様のご子息。そしてファーメイ様の夫候補ですから。」
「夫候補はオマエも一緒だろう。」
「いいえ、王が考えていらっしゃるのはあなた様お一人。」
私はため息が出る。父がやっとあきらめたと思えば、今度はティガシェか。
「オマエ、本気で言っているのか。ファーメイ様はオレと結婚したいなどとは露ほども思ってないぞ。」
「ファーメイ様はこの国の第一王女。国のためとあれば意に副わぬとも受け入れなければならない事もございます。」
「いい加減にその口調はやめろ!!、ティガシェ。」
私が声を荒げると、ティガシェは顔を上げニヤリと笑って立ち上がった。
「オマエがファーメイ様と結婚すればこうなる。今から慣れておくのも良いぞ、ウルムジン。」
ティガシェがファーメイ様の“護る者”である以上、私とティガシェは対等、それはセムジン、セヤクも同じだ。血筋などと言うものに左右されるべきではないと、これは現王の時代になってから示された王政のあり方のひとつである。
私たちはそうやって育てられ、共に学び共に遊んだ。
「父にも言ってある、オレはファーメイ様とは結婚しない。何より王位はトーチャウ様のものであるべきと思っている。」
「トーチャウ様が王位に就けば国は乱れる。」
「何故トーチャウ様ではダメだと思うのだ。あの方は心細やかで思いやり深く、民からも慕われている。オレは王にふさわしいと思っている。」
「とぼけてもらっちゃ困る。理由はオマエだって分っているはずだ。」
ティガシェの声は静かで平坦で、それが余計に事実であることを私につきつける。
トーチャウ様は母上であられるミクラ様を誰よりも大切に思っていらっしゃる。そのミクラ様が王とは反目しあう王弟テムボタ様と手を組んでしまわれた。テムボタ様はトーチャウ様派を気取っているが、その実、望んでいるのはこの国の実権を手中に収めること。
分っている。そんなことは分っている。
「テムボタ様が政権を担ったとして、何故国が乱れると言い切れる。」
「テムボタ様は既に“凶”に堕ちた方。」
それだけで全てを説明しているかのような、ティガシェの言いようだった。
「“吉”と“凶”か。昔ケナティー様がオレ達を集めて話して下さったことがあったな。」
私は苦笑いする。
「テムボタ様に従えば、いずれオマエも“凶”となる。今オマエを覆っている気がくすんでいる事にきづいてない訳ではないだろう。」
ティガシェが私の肩に両手を置いて、身体をゆする。
「芝居はよせ。」
私はティガシェの手を払う。
「オレはトーチャウ様を護る者。それこそがオレにとっての第一義。それが“凶”への道となると言うのなら、それでもかまわない。白虎の力をトーチャウ様が王に為られるために使わせてもらう。」
とうにその覚悟は出来ている。
「オマエは“吉”だ何だときれい事に拘っていれば良い。オレは違う。」
ティガシェの瞳に一瞬よぎったのは色は、悲しみか、哀れみか。どちらにしても私の覚悟を覆そうとする言葉は聞きたくない。
私はきびすを返して、ティガシェの元を去った。


《ティガシェ》

ケナティー様が二つ名を持った子供達を集めて語られたことがある。
ファーメイ様、トーチャウ様、ナーシェ、ウルムジン、セムジン、セヤク、そして私だ。
今日のように砂の風に煩わされる季節が終わり、これから実りの季節を迎えようと言う気持ちの良い午後の庭だった。遊んでいる子供達を呼び寄せ、お付きの女達に用意させた飲み物とおやつを与え、自分のまわりに座らせて、ケナティー様はおっしゃった。
「人は皆、十二神将の守護を受けています。」
それが強いか弱いかは人によって違うけれど、あなた達は特に神将に愛されている者たち、二つ名を持つ者たちなのよ。
他の人がどの神将の守護を受けているかは、分る人と分らない人がいる。普通、守護の力がより強ければ他の人の力も感じ取ることが出来ると言われているけれど、本当のところはよく分らないの。
「例えば私は。」とケナティー様は両手を胸におかれて、
「ファーメイと同じ太陰を守護に持っているけれど、残念ながら二つ名は頂けなかったわ。でも小さい時から人の神将の力の全てを感じ取ることが出来たの。」
ケナティー様はよく私たちに物語を聞かせて下さった。だから神将の話も私たちは、いくつもの心踊らせる物語と同じように真剣に聞いていたのだった。
「神将はそれぞれ力を持っているけれど、それは神の力、ただそのものとしてある物。そこに善も悪ないのです。」
それは使う私たちによって吉とも凶ともなります。その力を善き事に使おうと言う心があれば、力は吉となって持ち主に及ぼし、欲望に負け自分の為にだけ使う時、力は凶となります。
「例えばティガシェ。」とケナティー様は私を名指しされた。
「あなたの守護神は朱雀。火を象徴し、知性を表します。吉であればその華やかな力はあなたの人生を潤し、凶であれば心のない無情、高慢な人となり、身を滅ぼすでしょう。分りますか、ティガシェ。」
ケナティー様の瞳はまっすぐにわたしの目を捉えていた。
「忘れないで、力を吉とするも、凶とするも、あなた達しだいなのですよ。」
皆に語られているようでいて、それは私に対しての訓戒なのだと分っていた。ケナティー様は私の本性を見抜いていらっしゃったのだろう。
凶に堕ちればその負の力の大きさに人の身も心も耐えられず、やがて自らを失うと言う。
「きれい事か。」と私はわざと声に出して言ってみる。
するとその皮肉な響きに思わず苦笑が漏れる。
思い浮かぶのは私にとっては母にも等しかった優しいケナティー様の私を見る瞳。しかし私の人差し指を小さな手で握る赤子のファーメイに変わる。
甘く見てくれたものだ、ウルムジン。
私はファーメイの幸せのためならば、どこまでも堕ちていける。


《ライムール》

「ハンサ!!。」
僕が声をかけるとハンサは中庭の上を大きく旋回した後、ゆっくりと降りてきて僕の肩に止まった。
中庭のバザールは品物も少なくなり、売り切ってしまいたい団長が、値を下げた事を伝えようと声を張り上げている。値打ち品を見つけようとしている下級の宮廷の女達以外は、既に中庭から引き上げている。
ハンサは僕の耳元にくちばしを寄せ、他人からは鳴き声にしか聞こえない声を出す。
「ふーん、この国もなかなかぶっそうだね。」
僕とハンサの姿を見た人たちはたいてい気味悪そうに離れていくか、「鳥と話しているのかよ。」とからかう。
「そうだよ。」と僕が返すと、バカにしたように笑う。
バカはそっちだよ。
僕はハンサの言葉が分るし、ハンサは僕の言う事をちゃんと理解する。
「あのお姫様、可愛らしかったのに、お気の毒。」
するとハンサは頷く。
「ま、僕には関係ないけどね。」
だって僕はただの旅の芸人、楽器をかき鳴らし、古の物語を詩にする吟遊詩人。お姫様や皇子様みたいな高貴な方達とは縁もゆかりもない。国政だの権力争いだのと、堅苦しくて面倒くさいこととは遠い存在。
ハンサは更に見聞きしてきたことを僕に伝える。
「えー、オマエ、狙われちゃってるの。それはまずいね。」
僕がクックッと笑うと、ハンサも同じように笑う。
「これは見せ物が終わったら、さっさと逃げ出さなきゃなぁ。」
ハンサを欲しがるなんて思い上がりもいいところだ。こいつは僕にだからこそ共をしている。
僕の守護神は天空。ハンサと一緒に空を飛んで逃げちゃうさ。


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