3684559 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

よろず屋の猫

第1章 『宴』 その3

「明日、宮廷の女達の間で話題もちきりになりそうな人だったわね。」
「あらナーシェは彼みたいな人がタイプ?。」
「そんなんじゃないわよ。でも興味はあるわね。」
ナーシェはファーメイに片目をつぶって見せた。
「では後で彼を呼んで、ちょっとお話してみましょうよ。」
などと話している間に、舞台では刀の舞いに移っている。浅黒い肌をしたたくましい男が二人、素肌の上に袖のない上着をつけ、下にはゆったりとしているが足首を絞っているズボンをはいている。頭には小さな帽子をつけ、そのてっぺんから長い飾りひもが垂れ下がっている。それが男達の動きに合わせ、クルリクルリと泳ぐ。
右手には幅がある環刀、左手には小さな盾。刀と刀、刀と盾がぶつかり合う度にカシーンカシーンと響く。
こう言うのセムジンが好きそうだなとファーメイが見てみれば、案の定彼は真剣なまなざしで、まさに食い入るようなと言う感じで、身体を乗り出している。小さいときからセムジンは刀さえ振り回していれば上機嫌と言うところがあった。
ファーメイは刀や剣などにはさっぱり興味がないが、さすがに舞ともなれば惹き付けられる。
構えた刀を振り下ろす、刃同士がぶつかりはじかれ、男達はくるりと回って再び刀を振り下ろす。次に盾にさえぎられ、一旦両者は飛びずさり距離を取る。力強いのにリズミカル、そして優美ですらあった。
男達は戦いの舞を踊りながら、王の席に近付く。今やファーメイとトーチャウの目の前で刀伎が繰り広げられている。
回る、飛びずさる、構える、盾を身体の前に出す、刀を大きく振りかざす・・・。
次の動きは男同士の刀のぶつかりあい。ところがトーチャウに近い男が、トーチャウの方に一歩を踏み出し、その刃を頭上めがけて振り降ろした。

ミクラが金切り声を上げた。
だがセヤクが横からトーチャウを突き飛ばして、トーチャウは椅子から転げ落ちていた。刀は椅子の背に深々と突き刺さっている。
ウルムジンが素早く動き、男を捕らえた。もう一人の舞い手は立ちすくんでする。衛兵達は慌てて刀を抜いて、トーチャウの前に立ちふさがり、守りを固めた。
「お前、何者だ。次期王の命を狙うなどと・・・。」
テムボタが立ち上がり詰問する声は怒りでかすれていた。男は後ろからウルムジンと衛兵、二人の男に腕を取られ、ガクリと膝を落とした。
「誰の命によるものだ。言わぬと今すぐ首を落すぞ。」
ウルムジンに腕をねじ上げられ、男は苦痛の声をもらしたが、一言も発しない。
焦れたテムボタは「かまわぬ、その男の首を取れ。」と衛兵達に怒鳴りつける。
「お待ちください。この男を殺しても真相がわからぬままでは・・・。」
慌ててウルムジンが訴えるが、テムボタは怒りに任せて、
「私が命じているのだ。首を取れ。」と繰り返すだけだ。
控えていた衛兵が刀を振り上げた。
「待ってくれ。」
さすがにテムボタの怒りが通じたか、男が青ざめた顔を上げた。
「オレは・・・オレは・・・そこのお姫様に・・・。」
事の成り行きを驚嘆の思いで見守っていたファーメイは、男と目があった。えっ、私の方を見ている?、などと理解しきれない頭で考える。
「これは謀反です。謀反よ、ファーメイが次期王を亡き者にしようと企てたのです。」
今度はミクラが叫び命じる。
「ファーメイを捕らえなさい。」
「ちょ・・・、ちょっと待って。」
ファーメイには何が何だか分らない。現実感がなくて寸劇でもみている気分だ。しかし衛兵達が四方から集まってファーメイを取り囲もうとする。
その時、舞台から離れた臣下や女官達の座から女の叫び声が上がった。立ち上がって隣にうずくまるものを指差している。女の服の裾が赤く染まっているのが、かがり火の灯りの中でも見て取れる。夜の冷気を引き裂く声がもう一度響き渡った。
「この人、死んでいる。」
宴の席は騒然となった。女の指差す先を見ようと、男達が女の周辺に集まり、口々に何かわめいている。その騒ぎを抑えようと庭を囲んで守っていた衛兵達が駆けつける。舞台の上の王家の者たちでさえ、その騒ぎに気を取られた。
けれどもファーメイは、現実に対応できずにいただけなのだが、自分の前をしっかりと見つめていた。ファーメイを遠巻きに囲む衛兵達、その中の一人が剣を抜いている。両手でしっかりと柄をにぎり、身体の前に突き出す形で構えて、ファーメイに向かってくる。
危ない、と感じていた。けれども身体が動かない。
刺される。ファーメイは目をつぶった。
ふいに強く後ろに引かれた。ファーメイはよろけ、だがすぐに背中が確かなものに当たった。
続いて耳に届く、キーンと金属と金属がぶつかる鋭い音。
ファーメイの身体にはティガシェの片腕がまわされ、抱きとめられていた。少し斜め前にはナーシェが見える。あのピッタリの服のどこに隠し持っていたのだろう、両手に短剣を握り構えている。
そしてファーメイの目の前には茶色の大きな背中。炎の様に闘気が立ち上っている。彼の足元には叩き落された衛兵の剣。
「事の真相も確かめない内に、王女に刃を向けるとはどう言うことだ。」
セムジンは一喝した。
セムジンの得物は大刀、ローヴァの十五才の成人の祝日に、王が鉱物資源豊かなケナティーの母国に頼み、セムジンの為に特別に打たせて送った品だ。
セムジン大刀.png
テムボタとミクラは呆然としてお互いを見やった。トーチャウがゆっくりと立ち上がり、ミクラの袖を取って、正面からミクラを見つめ、二、三度首を振った。
だがミクラはその手を振り払って上ずった声で言った。
「ファーメイ一味による、これは謀反です。許してはなりません。」
その声に意を得たりとテムボタが続ける。
「そうだ謀反なのだ。一人残らず殺してしまえ。」
「お待ち下さい、それは早計と言うものです。」
信じられないようなテムボタの命に、ウルムジンが必死に声を張り上げるも、衛兵達が上げる喚声にかき消されてしまう。
セムジンが大刀を水平にふりぬいた。刃を恐れて衛兵達の足が止まる。
「ファーメイには一人も近付けさせない」。
横から切りかかってきた衛兵の刃をナーシェが舞いの動きでふわりと避け、その流れのままに背中を切りつけた。短剣で自分の服のスカートを切り裂く。白い形の良い足が惜しげもなくさらされた。
「さぁて、私も本気を出すわよ。」
ナーシェ戦う.png
ティガシェは空いているほうの手で風の術を繰り出し、衛兵を吹き飛ばす。
しかし如何せん、衛兵達の数が多い。
「私も戦わねば。」
ティガシェが言った途端、ファーメイの頭の上でポンと何かがはじける感触があった。そして身体が浮いていく感覚。
ファーメイは透明な球体の中にいて、空へとあがっていく。
何?、これ。恐る恐る球の膜に触れてみると、思いのほか柔らかい。思いついてファーメイはティガシェがつけた髪飾りのあった辺りを探るが、やはりない。
「ティガシェ、下ろしなさい。疑われたままなんて冗談じゃないわ。」
しかしファーメイの言う事をきくティガシェではない。
「ナーシェ、ファーメイを頼む。」の言葉と共にナーシェの髪飾りもはじけ、ナーシェを包み込んで宙に浮かせた。
「逃がすか。」
近衛隊の隊長が剣をかざして浮かびきれていないナーシェの球に切りかかったが、ゴムのような弾力で刃が弾き飛ばされる。
セムジンが隊長の身体を蹴り飛ばし、球と隊長の間に割り込んだ。
「お前の相手はオレだよ。」
そして大刀を彼めがけて振り下ろす。
「ではオレも加わろう。」
ティガシェが剣を抜き、口の中で何事か唱えると刃の周りに小さな風が巻きついた。
「とにかくファーメイたちを町の外に出すまでの時間をかせぐ。」
ティガシェの刃は風の魔法を帯びている。かすっただけで衛兵達の身体を吹き飛ばした。
「ファーメイのための時間なら、幾らでも作ってやる。たとえここで命を落としてもな。」
そう言うセムジンにティガシェは呆れた顔を見せる。
「お前、あのお姫様が俺達なしで生き延びられるとでも思っているのか。」
問われてセムジンは小首をかしげる。
「それもそうだ。・・・となれば。」
セムジンは大刀を構えなおして振り上げながら、宮庭の出口目指して進みだした。
「何が何でも生きて、ファーメイのところにたどり着かなきゃな。」
ティガシェとセムジン.png

二つの球は風に乗って、北西の方角へと進んでいた。
ファーメイが下を見れば、宴の席は大混乱に陥っている。
臣下達の間でも小競り合いがあちらこちらであり、舞台の上では衛兵達に囲まれながらもティガシェとセムジンが道を切り開こうとしている。宮殿の門がある方向を目指しているのだとファーメイにも見て取れた。しかし相手は訓練された兵でしかも多数とあって、その進みはイライラするほどに遅い。
そして宮庭が誰か誰だか判別がつかない箱庭のようになる前の一瞬、ファーメイはウルムジンが剣を抜くのを見た。
「ティガシェ!!。」
「セムジン!!。」
ファーメイは声を限りに叫んだが、夜の空に吸い込まれて消えていくだけだった。

宮庭のすみの大木の陰から吟遊詩人はこの騒ぎを見ていた。事が起こるや否や、さっさと場を離れ、木々の間に潜んでいたのである。
「うーん、どうしようかなぁ。」
彼は肩の鳥に話しかける。
「可愛いお姫様が殺されちゃうのはちょっとね、とは思うけどさ。」
セムジンが剣の腕がたつのは彼でも分かったが、今、もう一人の剣士・ウルムジンが立ちふさがり、一騎打ちの状態になっている。すぐに決着が付きそうもない。
自然、衛兵達の相手はティガシェが一人で請け負っているが、右往左往する臣下や女官が邪魔で大きな魔法が使えず、荷が重そうだ。
鳥がくちばしを吟遊詩人の耳元に寄せた。
「お前はやっぱりそう言うんだなぁ。」
吟遊詩人は「はぁー。」とわざとらしいため息をついた。
そして目を閉じると大きく息をすって静かにゆっくりと吐き出した。
再び目を開けた彼の瞳は今までとは違い、強い意志の光が存在していた。
「私の名は世流(よる)。私にこの名を下さった天空よ、私に力をお貸しください。」
吟遊詩人の身体がまばゆいばかりの薄青い光に包まれ、人には見えない両手の鎖が光の中に溶けて消えた。
「ハンサ。」と彼は鳥に声をかける。
ハンサは彼の肩から飛び立つと、ぐんぐんと上空をめざす。そして再び彼の前に下りてきた時には、馬よりも大きな姿となっていた。
吟遊詩人はその背に飛び乗った。

突然空に現れた巨大な鳥に、宮庭にいた人々は動きを止めてしまった。声を失い、ただ悠々と翼を広げて夜空に浮かぶ鳥を見あげた。
鳥は宮庭の上を一度大きく旋回した後、高度を落として水平飛行に入った。、人々はとっさに身を低くして鳥を避けようとした。鳥は立ったままのわずかな者のうち、ティガシェとセムジンの背を掴んで、再び上空を目指して頭を上げた。衛兵達が剣を振り回したが、既に届かず、あっと言う間に月の模様の一部になってしまった。


© Rakuten Group, Inc.