我思う、ゆえに我あり

2008/07/10(木)14:57

「母べえ」鑑賞

映画(27)

行きの飛行機ではやたら映画の選択肢があったのに、なぜか帰りは数本しか選択肢がないコンチネンタル航空。不思議だ。 で、その少ない選択肢の中で一番まともそうなのが、「母べえ」。吉永小百合主演である。父はドイツ学者でハイカラなはずなのに、なぜか家族全員最後に「べえ」をつけてる、不思議な家族の物語。もうロードショーをしていないからストーリーを書いてもかまわないだろう。 時は太平洋戦争前夜。ドイツ学者の父べえは日中戦争反対と書いただけで、治安維持法違反扱いでしょっ引かれる。そして、母べえと二人の女の子、初べえ(初子)と照べえ(照美)が取り残される。 何とか母べえは代用教員になり、女の細腕一つで二人の娘を育てる。そうはいっても大変なので、父べえの教え子の山崎が何かと世話を焼き、父べえの妹、久子がときどき顔をだす。その一方で、母べえは何度も拘置所に足を運び、弁当、本、着替えなどの差し入れを渡すのだが、そのうち、父べえは拘置所の中で死んでしまう。 落胆している暇もなく、子供を二人を抱えて母べえは奮闘。けれど、太平洋戦争が始まったある日、極度の近視と左耳が聞こえないので徴兵をそれまで逃れていた山崎にもとうとう赤紙がきてしまい、戦後戦友が尋ねてきて太平洋の海で溺死と告げられる。 そうして、時はながれ、娘たちは大人になり、次女の照べえは中学校の美術の先生になっている。と、母べえ危篤の知らせを受けて病院へ駆けつける。 そこで、母べえは父べえの元へいけてうれしい?と問う照べえに、生きてる父べえを返してといって、照べえをなき崩させる。 というのがストーリーだが、美人女優、吉永小百合と檀れいを配して、美しい映像になっている。さらに、吉永小百合がでているせいか、優等生っぽいというか、美しき古き時代になっているというべきか。でも、昔はもっとしつけができてるからかしらというべきか、もっと庶民的にできている私的には、「氷点」の陽子のように素直じゃないように思える。まあ、周りもずいぶん協力的だし。本当ならもっと娘たちはいじめられて家に帰ってくるような気がするんだが。。。 まあ、前者の方が正しいのかもしれないが。一応、ドイツ学者であるおうちなのだから、インテリのおうちだし。 けれど、この映画のテーマはそんなところにあるのではない。 「世間にこびずに、正直に生きる。」 である。父べえも反省文を適当に書いておけば、出してもらえたのに、正直に生きることを貫いたために、死ぬまで出してもらえなかった。母べえもとっとと離婚すれば、あれだけの美人なら二人の子持ちでも後添えに入れたはず。でも、父べえを待ちたいから、さらに正直に生きる父べえを応援しているから、別に文句も言わず、事実上の後家を貫く。肝心なところは頑固一徹。父べえが間違っているとはかけらも思っていないし、弁護するし、父親に勘当と言われても、意志を曲げない。 父べえはひたすら世間にこびなかったけど、母べえはさすがにしゃばにいる以上、そんなことは100%はできない。隣組の寄り合いがあれば、最初にみんなで宮城遥拝。でも、葉山の御用邸に避暑中だったりして、どっちに遥拝すればいいの?なんてたあいのない議論をしてたり。戦勝祈願で学校をあげて八幡様へ参拝の引率をしたり。 「世間だとうそばっかりいわないといけないでしょ?」 かなり頑固一徹でも、こういわざるをえないほど、世の中がおかしくなっていった。「草枕」の冒頭「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」まさにこれを地で行く話。 正直に思ったことをいう勇気。自分の心に忠実に生きる勇気。大事ですね。報われるかどうかは別ですが。 今、世間ではKYとかいうけれど、ある意味、父べえはKYといえる。だが、父べえは間違っていたか?といわれれば、間違ってはいない。間違っているという人たちに、己の思考停止を見透かされるのが怖くて、政府の政策が間違っているといわれるのが怖くて、本来聞くべき声をみんな共犯でふさいだだけの話だ。 なので、今の世の中でもKYといって人を非難するのは、ある意味非常に怖いと思う。世の中、そんなに正しくもないから、ききにくいことも山のようにある。けれど、耳が痛いことを世の中がまったく聞かなくなったとき、破綻しか道はない。 思想統制、言論統制をするような政府は大概それでつぶれる。都合のいい事実しか伝えないから、都合の悪い情報は流さなくなり、改ざんさえも行うようになる。(外務省なんていい例だが) もちろん、そうでない場合もあるでしょうが、多様な意見をつぶすことだけはやめたがいい、と思います。

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