雪月花

今、矢も盾も堪らないくらいに恋人に会いたい。
でも、今からじゃあ電車も飛行機もない。
糸目をつけずに車を頼めばいずれ着くにせよ、
そんなんじゃ気持ちに到底間に合わない。
私が走ったところで然り。

恋人に今夜会いたい、という望みが叶わない可能性は、
限りなく100％に近い。

世界が平和になりますように、という望みが叶う確率よりも
徹底的に低い。

じゃあ明日にでも新幹線に乗って、という話じゃない。
そんな悠長な、というわけではなくて、
そんな種類の話ではないのだ。

今夜、私がどんなに会いたかろうが、
どんな手をもってしても今夜は会えない。


こういうのを、「どうしようもない」って言うんだろうな。


とりあえず声だけでもと電話をしたら逆効果だった。
いつもなら「声を聞きたかった」とそのまま言えるのに、
今夜はそれを口にすることさえ憚られるような有り様で。

胸の奥、肉の下、肋骨の中をひどく蚊に刺されたみたいに、
手の届かないもどかしさに震えるほか手だては無く。







ああそうか、これが「遠い」ってことなんだな。






追伸；
愛しい人が、どうにかすれば今夜中に会いに行ける距離にいる人へ。
私が今までなおざりにしてきたその「距離」の貴重さと有難さと幸運さを、
ぜひ愛情という形で、あなたの愛しい人に還元してあげてください。