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カテゴリ:小説
「あの三人、毎晩してたらしいのよ」
「な、何を?」 秘密ありげな悠実の口調にただごとではないものを感じる。きょろきょろと辺りを見回してから、顔を寄せて悠実は耳打ちしてきた。 「いわゆる3P、ってやつよ」 「それって……」 「そう、三人でしちゃうことよ」 生々しく卑猥な映像が頭の中を駆けめぐり、胸がえぐられるように痛くなる。 (先生、たしかに経験豊富だって自分でも言ってたけど……そんなことまでしてたなんて……) やはりゲイは自分とは感覚が違うのだろうか。そう考えた後に、玲は同性愛者を差別してまで自分を慰めようとしているのを自覚した。それほどまでに今、嫉妬を感じているのだ。自分は勇作たちを裏切った人間だから、ジェラシーなど感じる権利はないというのに。 まっすぐ座り直してから、悠実は玲を観察するかのように顔を正面に向けた。どうせ自分の反応を編集者として楽しんでいるんだろう、と暗い気持ちで考える。 もう一口コーヒーを飲んでから、ふたたび悠実は口を開く。 「もともと玲ちゃんの先生――後藤勇作さんはレイと恋人同士だったの」 それはもう知っている、と言いたくなったが、逆に根掘り葉掘り訊ねられそうなのでやめた。複雑な思いで、話しに耳を傾ける。 「レイこと本名・大槻逸樹は彼を茂内氏に会わせたの」 「ちょっと待ってくれよ。レイさんと茂内氏は親子だったんだろ? どうして名字が違うんだ?」 「以前もちょっと話したでしょ。レイは茂内氏と秘書だった女性の間に生まれた子で、二人は結局入籍しなかったのよ」 「けど、茂内氏はゲイなんだろ? どうして女性と子供を作ったんだ?」 口に出してから、「ああ、そうか」と納得する。姫子ママが以前話していたが、ゲイでもまったく異性とセックスできない人間は少数派だと言う。それまで異性とだけ付き合っていて、なおかつ結婚して子供がいても、突然ゲイに目覚める人間もいるのだと。勇作も異性の恋人がいたし、第一、玲自身も数ヶ月前は同性と性関係を結ぶとは夢にも思わなかった。 一人うなずいていると、なぜか悠実の憤ったまなざしを感じた。あわててそちらを見ると、彼女の頬がこわばっていた。 「何だかずいぶん納得してるみたいね。玲ちゃんも経験してるの? 同性同士と」 衆人環視の前でいきなり何を言い出すのかと思い、ぐるりと辺りを見回す。幸い、まあまあ混んでいる店はそれなりにうるさく、誰も自分たちの話を聞いていないようだったが疑問は残った。空気を読むことにかけては玲より悠実ははるかに高い能力を持っているはずなのに、なぜこんなうかつなことをするのだろう。それになぜこんなに怒っているのだろう。 刺々しい目で、悠実はため息をついた。 「玲ちゃんが小説書けない理由が分かった気がする――先生でしょ?」 「……」 「昔から本当に嘘が下手ね。顔色、真っ青よ……私、先生に負けちゃうのかな」 寂しげにぽつり、と悠実がつぶやいた。それまでの怒りがはがれ落ちて、中に隠されていた悲しみが顔を出したようだった。 どういう意味だ、と訊ねる隙を与えず悠実は話し続ける。すでに編集者の顔に戻っていた。 「子供を生んだ女性――レイの母親は妊娠を茂内氏には知らせず、姿を隠したそうよ。レイが生まれたこともずっと知らせなかったんですって」 「それは大変だっただろうね。女手ひとつで子供を育てるなんて。でもどうしてそんなことしたんだろう? ちゃんと二人で話し合って……」 赤ん坊を抱く母親を思い浮かべ、悲しい気持ちになる。小説家を目指して失敗し、実家と絶縁状態になっただけでもあれだけ不安だったのに、未婚の母ならもっと精神的にも経済的にもきついものがあるだろうに。またもや悠実が嘆息する。 「玲ちゃん、やっぱり男ね」 「え、どうして?」 呆れと悲しみの入り交じった表情で、悠実が答えた。 「その女性、きっと茂内氏がゲイだって知ってたのよ。けど彼のことが好きで、子供も欲しかった。でも妊娠を告げて彼の同情を買い、お情けで結婚してもらうなんてプライドが許さない。女を武器にしたくなかったのよ――女だからこそ」 つづく ポチっと押していただけると嬉しいです! ↓ ↓ ↓ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2008年06月13日 18時00分04秒
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