せめて朝の陽が差すまで
Were DREAMS, now it is...ぼんやりとした意識の中で何度もそのフレーズがこだましていた。「かつて夢だった、そして今は……」今は、なんだというのだろう。古い歌謡曲のフレーズだったように思う。インディゴブルーに占められた憧憬は、未明独特の静寂を伴って、あたしと惑う。あのひとは大きなオレンジ色のスーツケースを曳きながら現れた。でも、ちっとも重そうではない。キャスターが地面を転がる音が軽いから、すぐに判る。あのひとは何のためにスーツケースを曳いているの?それは誰の為?あのひとの旅行は本当なの? それとも偽装?それは誰を欺く為?海辺のちいさなアクセサリーショップへ来た。バス停から、砂にほとんど埋もれた私道を長いこと歩くと、その店はひつもひょっこりと防風林から顔を出す。本当にちいさくて、台風がやってきたら吹き飛ばされてしまうのではないかといつも思う。海風から店を守る為に、申し訳程度に囲われた薄い板塀は、白いペンキもほとんど剥げおちていて、よく見るとあちこちがささくれてざりざりになっていた。この店は、元々サーファだったのだろうと思う店主がひとりでやっている。だから彼が気の向くままに作ったものなら、ショーケースから選んですぐに買って帰ることができるけど、あのひとはわざわざ店主に作らせた。最初半年待ちだと言われ、それであんたが心底満足できるものができるのか、とあのひとが訊くと、わずかに考え込んでから一年後に、と言った。あのひとは短く頷いた。そして、今日がその一年後だった。店主は、まるでずっとそこでアクセサリー作りに没頭していたかのよう見えた。絵本を開くたびに同じせりふを繰り返すおとぎ話の鍛冶屋のように。絵本が紐解かれない時はただずっと同じ姿勢で眠りについているに違いない。たぶん、かつてはダイニングルームだったろう場所が、いまは店になっている。米軍の払い下げ官舎か、そうでなければ古い「醫院」のような板張りの室内は去年とまったく様子が変わっていなくて、あたしはこの店と主が絵本の住人なのではないかと確信を深める。もしかしたらあたしが目を閉じたら活動を停止してしまうのかもしれない。店主は「できあがったよ」とだけ言って、後ろのケースからアクセサリーを取り出した。それは伝説の妖精の王女が細い首元に輝かせているような銀のロケットだった。そっと持たないとすぐに崩れてしまうくらい繊細な仕上がりは、見るほどに吸い込まれていく、恍惚の時間を約束してくれるものだった。あのひとは満足そうに受け取ると、あたしよりも先にその店を出た。なぜなら店主との契約は終了したからで、その場所に居続ける理由は他に見当たらないからだった。店主もそれは承知していて、あたしの事など、最初からここに居なかったかのように作業に没頭した。真鍮のバーを押して扉を抜けると、海を背にしてあの人が佇んでいた。隣りに並んであのひとを見ると、頬の線が硬くなっていた。水平線がオレンジ色が現れ、周囲の蒼い翳を払拭していった。あたしは夢から覚醒した。朝が来たのだった。