カマキリ
冷たい木枯しが荒れ始め、それまで騒がしかつた虫も死に絶え、すべてのものが迫り来る厳しい冬に向かつて準備を整えていた晩秋、我が家の南向きの白い壁に一匹の緑鮮やかな大きなカマキリが昂然と鎌首を高く上げ貼り付いている孤影には、蜘蛛と共に最も苦手とする奴だが、寧ろ好意的な興味を覚え、透明なプラスチツクの箱に収容し、枯れ残りの雑草や野菜屑を入れて様子を見る事にしたが、次の日、相当弱つた小さな褐色のカマキリが、よろけ出て来た。同じ仲間同士、話相手で元気になるだろうと、一緒の箱の入れた。ところが翌朝小さい奴の姿が見ない。はて面妖なと、よくよく見ると小さな奴の肢がバラバラに散らばつているではないか。「弱肉強食」非情だが厳然たる大自然の法則の前には、わたしの様な善意の小細工など全く歯が立たぬ訳だ。しかし、思わざる好餌に元気百倍した筈の大きい奴も数日後には動かなくなつていた。私は「御免よ」とつぶやきながら楊子ほどの小枝を二本庭の隅に並べ立てた。(数年前の話)