ずるずるべったん、剛毅果断に生きる

2010/09/03(金)22:26

添田町立津野中学校前の稲刈りを見て、日本の稲作文化を考える

農業を守れ(33)

収穫の秋である。 【写真】は、英彦山のふもと、油木ダムの脇にある添田町立津野中学校の隣の田んぼ。9月2日、すでに稲刈りがおこなわれていた。 選挙期間中は、どの党も、農民票欲しさに、とりわけ米作農家に対する支援策を争点にして、いいことを並べる。 民主党が、政権とるために、「農業者の戸別所得補償制度を導入する」なんていっておきながら、農業予算さえも減らしていっているペテン振りには唖然とする。 さて、今日は、まじめに、日本の米の話。 日本の米は、主食として、特別の地位にある。 和食の米は、ご飯として、おかずとは厳格に区別される。 そして、1日に3度も、毎回、食べられる。 当たり前? でも、そんな主食は、世界中探してもないそうだ。 たとえば、欧米では、パンは和食の米のように、毎日、毎食、食べられるわけではない。 アジア諸国でも、和食の米のような地位は与えられていない。 米が主食になると、甘味、酸味、塩気、苦味など、あらゆる味のおかずが並ぶ。 そして、何よりも、米から転じた清酒が主役に座ると、おかずは酒の肴と変身する。 米が主となって、食べてよし、飲んでよしの日本独特の盛り場が生まれたのである。 その点、中華料理は、主食がいろいろと変化する古今東西の食がミックスされた味かもしれない。 和食は、主食とおかずを、それぞれ役割を尊重し、純粋分離した味覚の食文化なのである。 小皿がたくさん並び、そこに陶磁器の存在も大きくなる。 これも、米が主食の食文化のなせる業なのだ。 すごいぞ、日本民族! ところが、そういう食文化の日本の稲作農家の収入は、時給換算で179円ぐらいだと、ネット上の情報にある。 これでは、米を主食としている日本の食文化が泣く。 泣かせているのは、間違いなく、日本の貧しい政治家たち。 決して奴らの懐が貧しいのではない。 日本人としての民族的精神が貧しいのだ。心がないのだ。 瑞穂の国の民族としての誇りなき政治家には、日本人を名乗る資格なしだ! さて、さて、ここ福岡県には、とんでもない政治家がいる。 板橋元昭県議と縣善彦県議という輩は、3泊5日でハワイを訪問し、6人乗りのリムジンを31万円あまりで借り上げて、税金90万円を浪費している。 こんな政治家は、日本から出て行け! 冨原茂昭県議と後藤元秀県議という輩は、税金で官能小説を買いあさっている。 破廉恥な政治家は、日本から出て行け! 「みんなの党」さんよ、政治家は、数が多いからと削減する必要はない。 まじめな政治家を増やさなければ、庶民の苦労には光が当たらない。 不真面目すぎる政治家を日本から追い出せばいい。 政治家をただ単に減らせばいいということには、私は反対する。 米の話から、政治家追放の話に発展したが、お米のことを考えると、どうしても熱くなるのであった。 お許しを。

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