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3-6 ケンサヤク

***6*** 

篤は、キミカが連れてきた男の顔を見た瞬間、目を丸くした。

「君は………」

有芯は物怖じした様子を全く見せず、篤を正面から見据えた。その様子を見て、キミカは体中を冷や汗が伝うのを感じた。このバカ、奥さんと不倫したくせに、ちょっとは申し訳なさそうにしなさいよ……っ!!

「雨宮といいます。……はじめまして」有芯は突っ立ったまま落ち着いた声でそう言い、お辞儀もせずにまっすぐ篤の目を睨んでいる。彼は朝子の夫を目の前にし、拳を握り締めていた。あれから10年……こいつはずっと朝子の側にいた……。

態度の悪い後輩にキミカは内心ヒヤヒヤしながら、注意するためひそかに彼のふくらはぎを蹴った。しかしわりと強く蹴られたにもかかわらず、それに気付かなかったのかと思うほど、有芯は微動だにせず篤を見つめ続けている。

これ以上ないほど緊迫した空気の流れる中、キミカはおずおずと口を開いた。

「篤くん、ごめんね。私……騙すつもりはなかったの。でもね、アサはアサなりに悩んで、ちゃんと考えて……」

有芯がキミカの言葉を遮った。「ちゃんと考えてるヤツが一人で出て行ったりするか? キミカ先輩は何も言わなくていいよ」

「キミカちゃん」篤が有芯から目をそらさずに言った。「悪いけど、席外してくれる?」



篤は有芯をリビングに通しながら、眉間に皺を寄せぽつりと言った。

「まさか、君とはね………」

有芯はチラリと篤を睨むと視線を逸らした。「話したこともないのに、俺のこと覚えてるんですね」

篤は眉間に指を置くと、力なく言葉を吐き出しながら座った。「覚えているさ。君は朝子と同じ高校の生徒だったろう? ……成る程ね、成る程………………まあそれはいい。………適当に座ってくれ」

有芯がソファに腰掛け腕組みをすると、篤はすぐに切り出した。

「で……いつからだ?」

有芯は怪訝な顔をした。「いつから……? 何がですか?」

篤は露骨に嫌な顔をするとイライラした口調で言った。「朝子とはいつから愛人関係なんだと聞いているんだ」

「あ……愛人?!」有芯は驚きながら眉を顰めた。「俺はそんなつもりじゃ……。朝子だってそんなこと思っちゃいなかっただろうし」

有芯は自分が朝子を呼び捨てにした瞬間、篤が目を剥いて自分を睨んだことに気付いたが無視した。

「俺たちは付き合っていたわけじゃないし、愛人関係なんかになりたいと思ったこともない! ただ……自分と、相手の気持ちを確かめたかっただけです。そうして愛し合っていることに気付いた時、俺も朝子も互いに相手の幸せを望んで別れた。……それだけです」

「そうかそうか」明らかに激しく気分を害した様子で、篤は吐き捨てるようにそう言うと拳を握り締め俯いた。「だが成人男女が、まさか手を握っただけで愛し合ったわけでもないだろう? ……単刀直入に聞こう、朝子と……俺の妻と性的な……身体の関係があったのか?」

有芯は顔を上げ、俯いている篤の頭頂部を見つめながらはっきりと言った。「………ありました」

途端に篤が拳を振り上げ、有芯に襲い掛かった。有芯はとっさにかわし、篤の拳はソファの弾力で跳ね返った。篤はすぐさま我に返り、荒く震える息を整えながら襟を正し、元通りの位置に座った。

彼は必死で理性を保とうとしている。……取り乱すのは当然だ。自分の女に手を出した男が、目の前にいるんだもんな。有芯はそう考え、俯いた。

篤は、下を向き歯を食いしばっている有芯の目前に、1枚の小さな紙切れを出した。領収証のようだ。

「これが、うちのゴミ箱に捨ててあった。………………産婦人科の、領収証だ」

有芯はこのタイミングで領収証が出てくる意味が分からず、篤の顔を見上げた。「………………え?」

「ここの字を読んでみてくれ」

篤が指した、領収証の明細に小さく印字された片仮名の文字を、有芯は読んだ。

「ニ、ン、シ、ン、ケンサヤク」自分が何も考えずにただ読んだ言葉を耳で聞いて、有芯ははっとした。「……妊娠検査薬?!」

「やはり何も聞いてない、か」

そう言い篤は眉間を右中指で押さえると、事務的な口調で言った。「調べたら、朝子が保健センターで母子手帳を受け取っていることも分かった。彼女は………間違いなく妊娠している」




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