カテゴリ:管理人の昔話
とりあえず、進級。
なぜか4月からココとかのアイドルのコンサートに行きまくった。 大宮に行ったり、前橋に行ったり。 高校名物50キロ競歩の前日もコンサートだった。 ヒロと一緒に行く。 ぎゃーぎゃー騒いで帰ってくる。 ハチマキが売っていたので買ってきたのを覚えている。 その後、ゴールデンウィークにもコンサートに行った。 半分冗談だがハチマキをした。 ここまで来たら、ヲタとしか言いようがない。 でも、そんなバカなことをするのが楽しくて仕方がなかった。 だんだん宇宙人と離れていくのもこのころだった。 そのかわり、どんどん虹くんと仲良くなった。 映画もどんどん詳しくなった。 集めた映画は200本くらいになった。 そして・・・ 進研模試で再び全校ペケを取った(生徒数360人、偏差値54の普通科公立高校です)。 ちなみに、このころは社会は「世界史」で受験しています。 進路も決めなければいけない時期になってきた。 成績は不動の学年最下位。 総合偏差値30台の前半。 何も考えたくなくなる成績だった。 夏休みが近づいてくると、みんなが予備校に行くと言い出した。 大宮とか高崎とか、みんな夏期講習に行くのだ。 面白そうだなって思った。 予備校って何だろうって思った。 夏休み直前・・・ このときの成績が進研模試で総合偏差値32。 5科目で800点満点で。 全力でやって130点。 やはり高校では最下位。 群馬県で下から12位。 ふむぅ(横山光輝風) 大学は行けないけど。 予備校って何だろうって興味を持ってしまったし。 しかも、毎日都会に行ける。 面白そうだな。 たくさん遊べるなぁ。 また悪巧みをする。 ためしに、親に話してみる。 そしたら、なんと行きたいなら予備校行ってもいいって言ってくれた。 よくOKしてくれたなと思った。 だってずっと遊んでた俺に予備校行かせてくれるなんて。 でも金額を見てびっくりした。 メチャメチャ高い。 俺は遊びで予備校に行きたいと思ったのに、こんなに高いなんて!! そう思ったら、申し訳なくなった。 正直、大学は不可能。 こんな俺にお金を出してくれる親に俺は深く感謝。 一応やるだけやってみろという親に感謝です。 真面目に勉強しなきゃと一応・・・心を入れ替えるが、 参考書も持ってないし、教科書読んでも分からない。 結局ゴロゴロしてしまう。 焦りも感じる。 それに頑張ったところで・・・ なぁんて考えたりする。 俺はとりあえず高校は国立文系クラスというクラスだったが、 夏休みをきっかけに数学と理科を切る。 夏は国語、社会、英語に絞る。 さらに絞る。 国語は漢文はあんまりでないから捨てる。 そうやって、作戦を練った。 絞って集中してやればどうにかなるだろうと考えた。 でも計画だけで実行せずに、夏休みに突入する。 夏期講習は友達のじいちゃんの家に居候しての講習と言うことになった。 俺は東京の立川へ移動する。 次回・・・夏期講習へ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2005.10.15 03:23:05
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