私の好きな詩

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  『凍える』僕

  あの時雪がふっていなかったら、僕たちは離れてしまっていたんだろうか。「覚えてる？」あたたかい部屋の窓から、ふりだした雪に気が付いた僕は、彼に聞いてみた。「バスがきてたら別れてたよね。」長年続いた恋人との結論がだせないままで、僕と彼は真冬のバス停で、暗くなるまでバスを待っていた。雪の為、バスがこなかったのだ。随分考える時間をあたえられてしまった彼は、寒さで死にそうになっている僕にようやく、「一緒に暮らそう。」と言ってくれたんだけど。あとからあとからふってくる雪に、埋もれてしまいたかった。そばにいれないのなら、もう生きてても同じだと思った。「よかった、雪がふってて。」基本的には無口な彼の返事は期待せずに、僕はテキパキと部屋を片付けて、掃除機なんかをかけようとしている。「それは関係ない。」と声がして、いつのまにか背中に彼の気配。僕に腕をまわして、ギュット抱きしめてくれた。「バスがきても、バスにのっても。　離れても俺は、やがて気が付いて連れ戻したと思う。」だからあの時のことは許して、と、つぶやくように言った。僕だって同じだ。やがて耐えられなくなって、自分でもどったに違いない彼のもとへ。「・・・ごめんな。」本当にすまなさそうに言って、僕の首にキスをしている彼の頭に手をのばしてなでてみた。大きな図体をして、こんな彼はとてもかわいらしい。あたたかい体温に包まれながら、僕はまるでお母さんみたいにため息をついている。仕方ないから許してやるか。　→ 　　

  2006.02.13

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  『フェイク』彼

  大人しい彼が、わざと高い声で笑う。大袈裟にはしゃいでいる部屋への帰り道で、最近少し短くされた髪が、冷たい風に揺れていた。「だからね。」彼の顔は笑っているのに、悲しそうに見えてしまう。「僕がそばにいてあげるから、寂しくないでしょ？」内心はきっとドキドキしているはずだ、俺の様子をうかがっている不安そうな瞳に、俺はなるべく穏やかに、「そうだな。」といった。「お前がそばにいてくれるんなら、　それでいいよ。」手をのばして彼の頭をそばにひきよせる。黙ってしまった彼のほうが、俺はよほど心配だった。「だから・・・・。」わざと自分を殺して、俺の好みになるように、誰かの真似をしたりするなと、言いかけてやめた。気になって仕方がない。いなくなってしまった元の恋人よりも、こんなにも俺のこと思ってくれている、彼のほうが。　→ 　　

  2006.02.12

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  『時間がすぎれば』僕

  いつになれば平気になるんだろう。夜ごと繰り返される情事を、ちっとも受け入れることが出来ないでいる僕に、彼はとても根気強く、つきあってはくれているけれど。「ごめんね。」二人きりの部屋で、彼の腕につかまりながら言ってみた。「なにが？」不良みたいにガムをかみながら、彼はテレビのリモコンに手をのばす。「いつも、なんか・・・うまく出来ないから。」上手いとかヘタとか、そういう問題ではないことはわかってた。だけどなにか言わずにはいられない。日々静かに、わずかにめばえる彼の不満が蓄積され、次第に嫌われていくような気がしている。しがみついている腕に自然に力が入り、絶望的な気持ちに襲われそうになった時、「バ～カ。」大きな彼の手のひらが、僕の頭をガシガシとなでた。「そうやって余計なこと考えてっから、駄目なんじゃん？」そーっと確認した彼の顔は、なにも心配することがないほど、あざやかに微笑んでいる。「余計なことなんて考えてないよ・・・。」考えているのはいつも、あなたのことだけ。我を忘れて夢中になった僕のことを、あなたはどんな気持ちで見つめるのだろう。「いいって別に。」僕の顔を覗き込むように近付いてきた彼の唇は、「毎日してりゃなんでもなくなるだろ。」といって舌を出し、僕の耳をすばやく舐めた。　→ 　　

  2006.02.11

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  『時間がすぎれば』彼

  白い肢体が赤く染まっていく、たしかな手ごたえ。こんなにも体は、素直な反応を示している。「駄目か・・？」恥ずかしさに震え、身動きさえままならない彼に、俺は聞いた。「よさそうだけどなぁ」なにも言わない唇を、わざとひらかせるようにキスをする。俺のいいなりになって無抵抗でいてくれる彼から、その先のアドリブの部分をひきだすことはままならいでいた。一体どうすれば、二人が快く通じあえたという満足にいたることができるのだろう。「じゃあ、こっちは？」俺は手の位置をかえて、さらに彼を快感へと導く。うったえるような瞳には軽く涙が浮かんでいた。「緊張すんのかな・・・暗くしてみよっか・・・。」わざと冷静な言葉をかけているような気がする。声をあげたりは絶対にしない彼への、ちょっとした意地悪なのかもしれない。「ん？・・・どした？」聞くふりをして唇で皮膚をくすぐる。喘ぐ息を耳にして、俺は満足するのだ、彼がなにか言おうとしていることも、わりと関係ない。「・・・僕だけなんて・・・ヤ・・。」小さい声もとても愛しい。俺は単純に耐える彼を見てるのが好きなのだった。「いいよ、じゃあもう今日はこれで終わりな。」あせらなくてもかまわない、永遠にこの時は、続いていくのだから。　→ 　　

  2006.02.11

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  『そばにいたい』俺

  気持ちはちゃんと伝えたはずなのに、ことごとく無視をされている。はやく返事をもらわないと、俺はもう遠い場所へ行かなければならないっていうのに。「じゃあ、行くから。」彼の背中に言ってみた。本当はまだ行くつもりなんてないけど、一か八かの賭けだった。俺は君のことが好きだよと、心の中でうったえかけている。なるべく時間をかけて、部屋から出て行こうとしてみる。やがて俺の思惑どおりに、泣きそうな顔をした彼が、ちゃんと俺の前にきてくれた。「・・・なに？」頬がゆるみそうになるのをかろうじて押さえる。彼は俺の手をとってなぜか、自分の服の中にひきいれ、ものすごくかわいらしい顔で俺を見ていた。指先にすべすべの彼の肌の感触がする。とまどっていると次にはもっと甘えられて、キスをしてもいいとでもいうように、その唇がさしだされた。「なんだよ・・・。」ひきよせられるようについ口付けてしまう、急に我にかえって怒られたりしないだろうか。「俺は・・・からかわれてるのか・・・？」夢じゃないよな、なんて思いつつ、くっついたままでいてくれる彼を抱きしめた。もちろん離すつもりなんてない。一緒に連れて行こう、他には誰も知る人のいない、遠い町へ。　→ 　　

  2006.02.10

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  『そばにいたい』彼

  部屋から出て行こうとする彼の前、入り口を背中にたちふさがった。ドアの向こうにはまとめられた荷物がある。そして、彼が遠い町へと言ってしまうチケットも。「・・・なに？」喧嘩してるので不機嫌だ。僕が返事をしないから、彼は怒ってしまってる。いかないで、なんて言えなかった。そんなことしたら好きだって伝わってしまう。僕はすぐそばまで来ている彼の手をとると、目を見つめたまま、自分の服の中に入れて、直接胸元の肌に触れさせた。「・・・？」優しい彼の顔にもどっている。怒ってたって好きだけど、やっぱり穏やかないつもの彼でいてほしい。触れている安心感から、僕はこうしているかぎり、彼が出て行かないのだと、心のどこかで漠然とさとった。両手をのばして彼に抱きついていく。なにも話さないけど、甘えるように首をかたむけて唇をねだってみた。「なんだよ・・・。」少し困ったようにも見える彼の顔がゆっくり近付いてきて、柔らかく僕の唇に触れると、軽く音をたてる。「俺は・・・からかわれてるのか・・・？」彼の言っている意味はよくわからないけど、こうしていないと行ってしまうような気がして、今離れるわけにはいかなかった。　→ 　　

  2006.02.10

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  『ドルチェ』俺

  恥ずかしそうに見つめる瞳。キスの後、赤くなる彼の顔を眺めていた。しびれるように甘く感じる、この感情はなんだろう。「なんで見んの？」釘付けになる俺の視線から逃れるように、向こうをむいてしまった彼を背中から抱きしめる。「・・・もっと、したいなぁって思って。」なるべく耳のそばで、低い声になるように言ってみた。「そんなこと言わなくたってすればいいじゃん。」俺が勝手に？そういうのは嫌だな。逃げ腰の彼をつかまえてひきよせると、俺は、「じゃあして？」といって、低くなり目を閉じた。「な、なにが？」あせる彼を薄目で見て、「ん。」催促するように唇を出す。震える手が俺の頬にふれて、「う・・・動くなよ。」ぎこちなく柔らかい唇が触れた。そのまま、腕をまわしてそっと抱きしめる。「ありがとう。」そして、ひとりでに熱を持つ彼の頬に自分の頬を重ねて、「好きだよ。」髪をなでながら囁いた。　→ 　　

  2006.02.09

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  『ドルチェ』彼

  「寒くない？」とても安心する彼の香りに包まれながら、少しだけ露出した肌を心配されている。問題なのはそこじゃなくて、彼の大きな手が直接触れている、僕の真ん中の部分なんだけど、もう口はきくことができなくて、息をつめながら首を横にふるだけにした。「・・・そう？」囁く唇はそのまま僕の頬に口付けていき、ますます甘い疼きが体の中に広がっていく。いつのまにか僕は、彼にしがみついていた。今にも声をあげてしまいそうだ。「もうちょっとだけ我慢しててね。」鼻先でクスリと笑われて、耳に熱い息がかかる。目を閉じて、集中してみたり、逆に気をそらしてみたり、自分で出来る範囲の努力はしてみるけど、僕自身の力では、その状況をどうすることも出来なかった。わざと、じらされているような気もする。「・・・・。」辛いのだと、彼の顔を見つめてみたけど、「・・・駄目だよ。」ますます楽しそうにされて、許してはもらえない。歯の奥が震えだして手のひらが汗ばみ、あとは彼の頭を抱きしめているくらしか、僕には手段がなかった。「言ってみてよ、なんでもしてあげるよ？」あいているほうの手が、僕の乱れた服の間にすべりこんでくる。胸あたりをさぐったかと思うと、急に強くつままれたので、なにをしているのかわかった。「ほら、かわいくお願いは？」下腹に力をいれてこのまま、うずくまってしまいたい。彼が僕になにを言わせたいのか、自分は、どうしてもらえば楽になるのか、いくら考えてもどうしてもわからなかった。「・・・もう・・やだ・・。」ついには涙がでてきてしまって、止まらない彼の手の動きになんだか悲しくなってしまう。「泣いたら硬くなった、ここ。」そしたらどうなるんだろう。たしかにますますきつくなって、大袈裟な息のあがりかたに、どうしようもなさを感じる。「も・・・お願い・・・お願い・・。」なにをどうお願いしているのかわからないけど、彼に頼むしかすべはない。「・・・しょうがないなぁ・・。」彼はからみつく僕の手を優しくときながら、「じゃあ、今日も甘やかしてあげるからね。」唇に深いキスをしてくれた。　→ 　　

  2006.02.09

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  『突風』俺

  あざやかに現れる。本人にはそんなつもりはないだろうけど。俺にとって彼は、いつも突然、風にのってやってくるようだった。あの、見事な笑顔のせいなのか、それとも冗談を言う時の透き通るような声？なににせよ、俺が彼に夢中であることにはかわりない。「はい、そこ。　ボーッとしてるので、次のところから読んでください。」満席の研修室、とてもそうは見えなくても、彼はかなり優秀な先輩でもある。見慣れた顔に少し照れながら、俺は指示にしたがった。出来ることはなんでもしている。少しでもふりむいてほしくて、いつでも必死だった。「とてもわかりやすい発音でした。ありがとう。」読み終えると同時にテンポよく展開される説明。まただ、その瞬間風が吹くのだ。逆らえない。俺の心を見境なくさらう強い風に。「どうしました？」座るのも忘れてつったったままの俺に、「いえ、なんでもありません。」彼は資料を抱きなおしてから、「では続けますね？」俺にだけわかる合図をして、ニッコリと微笑んだ。　→ 　　

  2006.02.08

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  『突風』彼

  外は、別世界のように冷えていて、ヘタをすると雪がふりだしそうでもある、たよりない空模様。「さぶいっっ。」無理やり連れ出されたオフィス街。彼に手をひかれながら、吹き付ける風に声をあげた。「え？なに？」耳に響く轟音で他にはなにも聞こえない。彼の少し拗ねたような顔の表情を見ながら、口の動きを僕は必死で読み取ろうとしていた。結構ハラの底から発声しているのがわかるけど、あまりにもなにも聞こえないので、しまいには可笑しくなってきて、ものすごく笑ってしまっている。「・・・聞こえないってば。」悲鳴をあげながら、寒さに耐える。大きな手がしっかりと繋がれているせいなのか、恐ろしい勢いで空き缶なんか転がったって、不安などなかった。好きだ。と、彼の口元が動いたのがわかる。他にはなにもないこの空間の中で、音だってろくに聞こえないけど、わかってんの？恥ずかしいなんてかまってられなくて、彼は僕の肩をうったえるように掴んでいた。わかってるってば。強風を理由に口の動きだけで答える。いまさらのような気もするけど、愛してるを言葉にだして伝えてみようか。この風がやんだら。　→ 　　

  2006.02.08

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  『さむいあつい』

  「行くぞ！」力強く、手がさしのべられた。僕はまるで魔法にかかったように、その手をとり、なんの迷いもなくついていく。あんなに悩んでいたのが嘘みたいだ。うじうじ考えてても結局は、こうなることが決まっていたかのようでさえあった。「はー緊張した。」僕をさらってくれた彼は、そのままどんどん歩いて、都合のいい建物の影を見つけ、二人きりになると大きくため息をついた。「お前、よかったの？」おそるおそる僕の顔を覗き込む。おかしいの。あんなに自信満々で、強引だったくせに今更。僕は笑ってしまって、ついでに彼の体につかまって甘えてみる。「・・・笑うなよ・・。」彼の声が囁くように小さくなって、チュッとキスが僕の首すじになされた。そんなんじゃ嫌で、自分から背伸びして唇を求める。風が静かに吹き付けていて、服から皮膚がでているところが寒い。だけどゆっくり重ねた彼の唇はものすごく熱くて、触れていない部分がよけいに寒く感じる。僕の皮膚を移動する、彼の唇が熱い。外気にさらされている部分が寒い。あつい、さむい、あつい、さむい。僕はたまらなくなって、大きな彼の首に手をのばしてしがみついた。「風邪ひきそう。」誘ったわけではないけれど、そうともとれる自分の発言に少し驚いて、「じゃあ、俺ン家くるか？」僕は勝手に顔を赤くしていた。　→ 　　

  2006.02.06

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  『手をつなごう』その後

  せっかく恋人になれたっていうのに、俺が喜んで繋ぐ手のひらはいつも、すぐに離れてしまいそうに力が抜かれていた。「今度はいつにする？」不安になって必死で聞いてしまう。「お前が暇な時でいいよ。」それでも、年上で綺麗な彼は落ち着いていた。もっと会いたい、なんてことは全然言ってくれない。そんな時俺はわざと、「だけど、あんたの体がさみしがらない？」などといって彼を困らせる。「そ、そんなこと・・・。」「前に言ってたじゃん。」「あれはお前が・・・　言わないと明るくするっていうから・・。」彼が動揺しているのを見るとやっと安心する。悪趣味かもしれないけど、まだ子供なのだから仕方ない。「もっと一緒にいたいな。もっと長い時間、ずっと。」逃げる手をかまわずに握り締めている。なるべく手をつないでいたかった。今度はいつなのか、なんの保障もない。俺はたよりなく繋がれる手にますますの力を込めていく。「あんまりくっついてたら。」真っ赤になりながら彼がいった。「次に会うまでに、すごく思い出すから・・・。」だからやめて、と。願ったりだ。だったらもっとくっついておこう。「いいじゃん、思い出してよ。」ついでに抱き寄せてキスなどもしてみる。外だけど関係なんかない。「ひどいよ、すごく辛くなるんだから・・。」軽く抵抗する彼の体をおさえながら、ますますいろんなところにキスをした。彼だって俺と同じ気持ちなんだ。よかった。　→ 　　『手をつなごう』

  2006.02.05

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  『毒』2

  なさけない話だけれど、震えるのが止まらない。飲んだのは風邪薬なので、風邪自体の症状は治っているように思うけれど、おそらく多めに服用してしまったことと、僕がどんな薬でもあいづらい体質だから、少しでも力を入れるとその場所が無様なほどに震えてしまう。「苦しいか？」大きな体で僕を包んでくれている彼が、心配して背中をさすってくれている。「・・・大丈・・夫。」せっかく、イマシガタ愛の告白を受けたばかりだっていうのに、こんな状態では、その甘い感情に身をまかせることもできない。だけど、好きだって言った。彼が、僕のことを。「どうした？」軽く息をきらせながら見つめている僕に、「水飲む？」彼は言うと僕を体から離してベットに横たわらせた。冷蔵庫まで行ってしまおうとする彼の手をとっさに掴んで、男っぽい顔をさらに見つめる。「・・誘ってるのか？」僕が手を離さないので、つないだまま、彼はそっと唇にキスをしてくれた。「ここにいてほしいから。」そばにいてくれないと、不安でつぶれそうなのだ。意味もなくドキドキして、異様に震える体。彼を引きとめようと力をこめている指先にももちろん、わざとしているように、かなり大袈裟な震えがきていた。「・・・っ痛！」そして、肩の内側の柔らかい部分に突然、激しい痛みが走った。ゆっくり時間をかけてひどくなるそれは、“ツッ”ているのだとすぐにわかった。「なんだ？」尋ねる彼にも返事はできなくて、ただ震えながら胸にしがみついて、自然に治ってくれるのを待つしかない。全身でガクガクしながら、必死で深呼吸を繰り返す僕のことを、彼は抱きしめながら、辛抱強く待っていてくれた。「な、治ってきたから・・・。」痛かった部分を押さえながら僕が言う。「ここか？」その部分の服をめくって、彼はそこにもキスをしてくれた。「力、抜いてろ。」そういいながら、彼はさらに他の場所にも唇をすすめている。たしかに力さえ抜いていれば、震えはしないのだ。でも、そんなことをされたら、無防備に力を抜いていることなどできなかった。「・・・出来ないよ。」努力はしてみたけれど、ついにはあきらめ、僕は彼に降参の言葉を発する。「じゃあ、そのままで。」かまわずに彼の手は僕を脱がせてさわり、粘膜はいろいろな場所へと触れていた。「恥ずかしい。」抵抗したところで、同じように震えるだけだった。「こんなことしてるほうが、時間が早いだろ？」薬の効力がきれる時間がという意味だろうか。彼は言いながら、僕を背中から抱いて、震えをおさえこむようにして力をこめた。「嘘。」耳元に、普段はあまり聞かないようなトーンの、彼の色っぽい、かすれたような声がする。「そんな理由じゃ駄目だよな。」彼の動きが止まっているので、僕も震えないままで、たくましい腕に身をまかせていた。口ではそういいながらも、また彼の手は動き出して、僕の体は生まれたての動物みたいに、また生理的な震えを思い出す。「最低だって、嫌われそう。」自嘲ぎみな彼の言葉を遠くに聞きながら、それでもやっぱりそばにいてくれて幸せだと思っていた。　→ 　　『毒』

  2006.02.04

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  『境界線』

  女のコみたいに、バスタオルを胸から巻いて。湯上りの彼は赤い顔をして、自分の体を抱きしめていた。恥ずかしそうに俺のこと見上げて、「服かえしてよ。」なんて、恨めしそうに言っている。「まだ乾いてないからさ。」本当にそんな意味で、勝手に彼の服を洗ってしまったのではないけれど、かわいらしいその反応を見ると、つい、意地悪を言ってみたくもなってしまう。「いいじゃんか、そのままでいれば。　どうせ脱ぐんだし。」俺の言葉に、頭の中がショートしてしまったかのように彼は、目を白黒させていた。「な、なんで、脱ぐ、脱ぐとか言・・・。」同じ場所から一歩も動けずに、そのまま立ち尽くしている彼に手をのばしてみたけど、やはり、はらわれてしまった。「だけどさ、いつまでそうしてんの？　あっちいって座れば？」優しく言ってみる。早くしないと風邪をひかせてしまいそうでもあった。「着るものかして・・・？」彼が言うので、俺は自分のシャツを脱いで、「ん。」とわたした。「ちょ、ちょっと、それじゃ、それじゃなく・・・。」彼だけ素肌だと、不公平なのかと思ったのだ。男同士、別に裸を見られたった特別なことではないだろう。パニクる彼に、自分の脱いだ服を頭からかぶせて、ああ、違うか。特別だ、と思った。俺は服を着ていない彼のことが見てみたかったし、なんならくっついて、口付けなどもしたいようだ。「なぁ、ベットあいてるし、行かねぇ？」俺が恋人にでもいうように囁くと、「行か、行かない。絶対行かない。　今日はここから動かない。」彼は激しく首をふりながら、涙目になって、必死の抵抗をみせていた。彼がいるバスルームの前には、まるで見えないバリアでもはられているようだ。そこから出てきてもらうには、いったいどうしたらいいのだろう。　→ 　　

  2006.02.03

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  『泣いていた天使』カタログ

  窓の外の、ちらほらと小雪が舞う空に何気なく目をやりながら、いつになったら暖かくなるのだろうなんて、俺は途方に暮れる気持ちになっていた。「瀬戸さんサボんないでよ。」恋人のシアはモデルをしていて、忙しいはずなのに俺の引越しの荷造りなんて手伝ってくれている。「いいよ、まだ日にちあるし、お前が帰ってから自分でやるからさ。」正直言って眠くて仕方なかった。せっかく一緒にいるのだから、隣に添い寝でもして時間がくるまで眠ってくれればいいのに。「・・・そんなこと言って、俺に見られたら困るものとかあるんでしょ。」冗談で言ったのか、本気なのかわからない口調で言ってから、綺麗な顔が俺を見る。まっすぐな瞳は試されているようにも思えた。「いや、それは別に・・・。」つきあいだして結構になるし、見られて困るようなものはないだろう。「だったらいいじゃん。」やる気マンマンの軍手にエプロン姿をして、しゃかりきに荷物を片付けている。「シア・・・・？」俺がそんな彼の細い体に腕をまわして、動きを静止しようとしたその時、「あっ！」と、彼は声をあげた。俺の荷物の中にあるファイルを開いたのだった。「な、なに？」「瀬戸さん、これ・・・・。」「ん？」言葉につまるシアに耳をかたむける。なんの変哲もない、仕事で使うカタログの見本。それがどうしたっていうんだろう。「・・・瀬戸さんが、とじたの・・？」本当のカタログが出来上がる前の段階で、バラバラの写真を組み合わせる作業を、俺がしたのだ。そのファイルは、打ち合わせの時に試作で見せたものだったので、まさに俺が閉じたものだった。「そうだけど、なに？」だから、どうしたって言うんだろう。俺の仕事の内容の中に、そういった、カタログの編集をすることもあるってこと、彼だって知っているはずなのに、なんで今更あらためて聞くんだ。「綺麗な表紙だよね。」衣料品を扱っている俺の会社の商品を、光と影のコントラストでわかりやすく伝えたその表紙は、はかなげにたたずむ少年の後姿がうつっていた。まさか。そのカタログは俺が彼と出会う前につくられたものだ。俺は、間抜けに肩からずり落ちそうになっている、エプロン姿のシアと、モノクロの綺麗な背中がうつっているカタログの表紙をみくらべ、「・・・これ、お前？」って聞いてみる。今気が付いたところだが、それは確実に若い彼の写真だと思った。「瀬戸さんたら、そんなに前から俺のこと好きだったんだね。」うれしそうに頬を赤くして無邪気に微笑む顔。仕事でのとりすました笑顔よりも、俺は彼のそんな飾らない顔が好きだ。「ああ、もういいから寝よう。」愛しい彼をそのまま抱きしめて、乱雑な部屋のまま、ベットに転げる。彼だってあまり眠ってないに違いない。「瀬戸さん。」片付けはあきらめて、笑ったままのシアは、「引っ越したら、もうずっと一緒にいられるんだね。」俺に確認をした。「そうだな。」我ながらよく覚悟したもんだ。有名人の彼と男同士で一緒に暮らすだなんて。「・・・早く時間がすぎないかなぁ。」目を閉じた長い睫をなんとなく見ながら、俺もそう思ってしまっていることを感じる。彼が天使のイメージで売り出す前のその写真。出会う前からなにか感じるものがあったのだから、いまさら後悔しても仕方がない話だろう。　→ 　　『泣いていた天使』

  2006.01.21

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  『香りが掻き立てる』

  なんの香水だろう。思わず抱きしめて接近した体から、いつもの香りが、より鮮明になる。俺は、少しの抵抗をみせる彼をかまいながら、その心地いい気配に気をとられていた。「離してよ。」悲しそうな顔をして、あくまでもドアを開けようと試みている。かたくなな彼の態度のわけはだいたいのところわかっていた。「なんで？今、せっかくふたりっきりじゃん。」「そんなこと関係ない。」「あんだろーが、誰かいちゃ、駄目なんだろ？」俺はいいながら、彼をまた、部屋の中にまで誘導していた。出来るものなら早く抱き合いたい。彼が思っているほど、俺にも余裕があるわけじゃなかった。「それ以前の問題だろ！」涙目になって必死でうったえている、たちのぼるいい匂いが俺を襲う。怒っている彼は、眩暈がしそうなほどに魅力的だ。「全然会えないのに、それだけなんて出来ない。」押し殺した声を震わせて、瞳からついには涙が落ちてしまった。なんとなく意識はしているものの、つきあってんのかハッキリしない関係は、俺達をつねに不安におとしいれている。「・・・時間がないのはそっちだろ？」これ以上刺激しないように、慎重に言葉を選ぶ。「俺はいつだってそばにいてーよ、　あんただってそうじゃねー？」と続けた。黙って静かに泣いている彼に、「わかんない人だね、あんなに欲しがってたくせに。　いざ、手に入りそうになったら拒絶すんの？　・・・俺はいらない？」意地悪く言ってみる。返事なんて聞かなくてもわかっていた。体のどこにつけているんだろう。まるで宝探しでもするみたいに、俺はなめらかな肌に鼻をよせていた。「エロい触り方すんなよ・・・。」まだ逃げようとしている彼をとらえながら、どこまでもその香りをあじわう。「だって俺、エロいもん。」なんだか笑ってしまう。果てしなく遠く感じていた彼も、今はこの手の中にあった。なにもかも、彼自身の無防備で大切な場所も。「やめて・・・。」裸に剥かれた全身に汗をかきながら、あくまでもどこかに行こうとする彼を捕まえて、「いいじゃんか、」耳に囁いた。「汚れるから。」彼はか細い声をだして乱れる息の下から、なんとかそれだけを訴えている。「シーツが、汚れる。」彼の言っている意味を理解した俺は、それ以前に流れ落ちる汗が、かなりの量であることを、彼に告げた。「いまさらだろ、いいよあとで洗うし。」そしてますます夢中になっていった。いつまでも待たせる彼が悪いのだ。「達けって、今だってもう、こぼれそう。」汗ではなくて、感情を殺した分出ている涙が、彼が気にしているシーツにしみこんでいく。どうしようもなく色っぽいその状態に酔って、彼が泣いているのにやめてやれない俺は、自分でもひどいかもしれないと思う。やがて耐えられなくなった彼が吐き出す様子をも、俺は幸福感をともないながら見届けた。目撃者は俺だけなのだ。こんなにすごいことはない。「かわいかったってば。」あわてて頭からうわがけをかぶり、隠れている彼をそれごとなでながら言った。「すねんなよ、もっと見して？」文句を言うわけではなく、泣き声だけが聞こえている。あまりの恥ずかしさに驚いただけなんだろう。俺はそれさえも穏やかに聞いていた。彼の存在が部屋にあるという贅沢な雰囲気。この香りはどこのなんていう香水なのか、彼が泣きやんだら、聞いてみることにしよう。　→ 　　

  2006.01.19

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  『毒』

  おかしい。さっき飲んだ薬のせいだ。僕は異常なまでに鼓動を刻む心臓に手をあてながら、頭痛のする頭で必死に考えていた。風邪ぎみだからといった僕に、彼が用意してくれた薬。疑いたくはないけど、どうしても思ってしまう。この症状には覚えがあった。騙されやすい僕には、すぐに誰にでも、やらしいことをされそうになるという特技まである。ついこの前のことだ、僕は得体のしれない薬を飲まされて、こんなふうに体の自由がきかなくなったばかりだ。「どうした？」心配そうに僕を覗き込んでくる瞳を睨んでいる。こんなに穏やかな顔をしているくせに、彼だって考えることはそんなやつらと同じだっていうのか。「つらいのか？」触れられた頬にも悪寒がはしる。「なんだ？苦しい？」話すこともままならなくて、てのひらには汗がにじんできた。ただ、涙目になって肩で息をしている僕のことを、冷静に見ている彼に、不信感がつのってゆく。わからないふりなんてしなくても、彼には予定通りの結果なんじゃないのかな。過去の嫌な記憶がよみがえり、朦朧とする意識の中、彼の表情を見上げた。あなたも僕のことだますの？そんなに優しい顔をして？「・・・こんなことしなくたって・・。」声が震えた。でもうったえずにはいられなかった。「好きだったのに。」と。「・・・僕はあなたのことが好きだったのに。」言ったと同時に、くやしくて涙があふれてくる。ひどいことをされても、この瞬間でさえも、僕は彼のことが好きなのだ。僕にのばされた彼の手が、僕の手首をとらえる。自由になんてなってたまるかと、僕はせいいっぱいの力で、その手から逃れようと試みていた。「ちょっと落ち着け。」だけど、そんな薬におかされた弱い力では、なんの抵抗にもならなくて、僕のすべてを包み込む、大きな体にたやすく、だきしめられてしまう。「量を間違ったんだ、悪かった、　俺がちゃんと出してやればよかったな。」泣き崩れる僕のことを、彼はいつまでも撫でてくれていた。ビンごとだされていた薬を、僕が自分で飲んだのだ。どのくらい飲めばいいのか、たしかめなかった食欲がない弱った体に、それは必要以上に効いてしまったらしい。「・・・ごめんなさい。」痛みをともなう胸のドキドキに耐えながら、それごと押さえてくれている彼に謝罪の言葉をのべる。今日自分から勝手におしかけたのだって僕だ。「わかるよ、あんなことがあったばっかりだし。」そうだ。あの中から助け出してくれたのだって、彼だった。覚えてる。この感じ、香り、てのひらの感覚。なにかするつもりなんだったら、あの時にだってできたはずだ。僕はホッとして力を抜くと、信頼がおける彼にもたれかかった。そばにいてくれるなら、なんとか乗り越えられそうだ。「俺のほうこそ、毒に犯された気分だよ。」ふいに言われた彼の言葉の意味を考えていると、耳に口付けされてから、「好きだ。俺も。」もう一度ささやかれた。こんなにも、しびれるように甘い毒になら、やられてみてもいいかもしれない。　→ 　　

  2006.01.17

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  『くちづけからはじめよう』

  了承は得たはずなのに。何故か、狭い部屋の中を逃げ惑う彼を追いながら、俺まで疲れてきた。「ちょっと待てっつってんだろうが！」喧嘩ごしで俺を睨む整った顔立ちは、普段のお綺麗さの微塵もなく、俺を睨みつけている。「なんだよ、またかよ。」ケリをいれられそうになって、俺は彼の手首をつかんだままで、とりあえずの動きを止めた。「ふざけんなよお前、ヘタクソ！」これから、愛の行為に及ぼうとしているっていうのに、何故こんなにも彼はかたくななのか。「てめーが暴れるからだろうが、ヘタクソにされたくなかったら動くな！」俺も怒鳴っていた。あまりにも思い通りにならないのでイライラしている。もう、意地になってきて、そのまま強引に彼を倒すと、力まかせにおさえつけ、首筋に舌をはわせた。「やめろってば！」押さえたけれど、彼の手がスルリとぬけて、次の瞬間思いっきりグーで顔をなぐられた。本当に殴られた。「～～～～！」あまりの痛さにうずくまってしまう。なにも本気でなぐることはないんじゃないか。「あ・・・。」俺が離れたので、冷静になったのか彼は、「ごめん。」といって俺の顔を覗き込んできた。「・・・なに、お前どうしてーの？」もう、それどころではなくなって、俺は本当のことが知りたかった。そこまで嫌なら、無理にする必要もない。落ち着いてみると、お互いにゼェゼェと息を切らせていることに気が付いた。これではまるで格闘技だ。不自然なその状態を頭の中で整理しながら、俺はとりあえず愛すべき対象の彼にそう質問した。「こんなんじゃいつまでたっても無理だろ？」あらそうつもりはないけど、そこまで抵抗されると、俺だってどうしようもない。「だってくすぐったくて、我慢できねーもん。」息を整えながら、すまなそうに視線をそらして、やっといつもらしくなった彼が言った。「あ、なにお前、くすぐったかったの？」ならばまだ、遠慮がちに少し触れただけだったので、もしかするとそれがよけいに駄目だったのかもしれない。コクリと彼が頷いたのを見ると、では。フイをついて俺は、彼の唇にキスをした。気がそれていた彼は、驚いた顔をして俺を見る。「平気じゃん。」俺は微笑んでから、びっくりする彼を観察していた。「もう一回な。」手を触れないようにして、唇だけが彼に届くように、今度はさっきよりも少しだけ長くしてみた。「どう？」身動きしない彼は、頭の中で思考をめぐらせたあと、「全然大丈夫。」と言った。そして、「お前は触るなよ？」言いながら、震える手で俺の頬にふれて、今度は自分から唇を重ねてくる。ぎこちない動き方や、緊張しながら触っている手を感じると、思わずおそいかかりそうになったけど、かろうじて耐えた。また殴られてはたまらない。待っていると、慣れてきた彼が俺の顔を抱きしめてくれて、ああ、いい感じたと実感しかけたその時、すりよせてしまった頬におどろいた彼が、ビクッとなって離れてしまった。「お前！ヒゲぐらいそっとけよ！」自分の頬をおさえて赤くなる彼にため息をついて、まぁ、今日のところはキスができたんだからよしとするか。　→ 　　

  2006.01.16

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  『土砂降り』

  もう、いい。灰色にくもる空から激しくふってくる雨に顔をうたれて、嫌な明るさを心細く見上げながら、僕は思う。目をあけていられないほど雨粒が痛いし、寒くて寒くて、なさけなかった。たしかに僕は、太陽みたいに笑う彼にあこがれていた。マネージャーの僕にまで気をつかってくれるバスケ部のエースは、どんな人にでも好かれるその笑顔で、僕を魅了する。あまりにも気になるので自分でもおかしいとは思っていたのだ。練習のしすぎで体育館のゆかにへばる、汗みどろの体にタオルを渡しながら、突然理解してしまった。僕は、彼に友達としてなんかじゃなく、恋をしている。「サンキュ。」ぼんやりと見つめてしまって、タオルをとろうと急にのばされた彼の手におののき、咄嗟にあとずさろうとした僕は、ゆかにとびちった汗にすべってしまった。「あ、悪い。」彼に、覆いかぶさってしまった僕に、自分のせいで、バランスがくずれたのだと思った彼が謝る。「大丈夫か？」大きな両手で脇をささえられて、ビクッ。と、大袈裟にみじろいでしまった僕は、急激に赤面してしまい、その場から逃げ出した。彼は僕のことなんか好きにならない。そういった意味では絶対に。洪水のように地面にたまっていく雨の中で、シンから冷えていく体をかばうことが、面倒に思えた。風邪をひかないように、なるべく早くタオルで拭って、あたためて・・・？そんなことしてどうなるのだろう。いっそ、このまま死ねばいいのに。「・・・なにやってんの？」心配して追いかけてきてくれた彼の声が聞こえたが、雨音にかきけされかけている。視界もよく見えない。打たれる雨を全身に流しながら、彼は黙ってたちつくす僕の手を強引に引くと、どこかに向かって歩きだした。僕の想いはバレていないのだろうか。どうしようもないほどのずぶぬれさ加減に、お互いがなにも言わずに、そして速度も急がなかった。「母さん！タオル！」玄関先で彼が言って、彼のお母さんは僕の分までタオルを貸してくれた。水を多量に含んだ上着をとりあげられると、玄関からすぐそばの風呂場に通される。「早く脱げよ、フロはいろ。」神様は意地悪だ。そのシチュエーションはまずい。普通の友達に言うような彼の口調。友達なら。そしたら、ずっと一緒にいられるかもしれないのに。でたらめに騒々しい雨音を遠くに聞きながら、二人して湯船につかっている。それでもたりないのか、シャワーも出してくれて、彼はお湯を、僕の頭の上からもかけてくれていた。「なんで、さっきとびだしてった？」核心をつく彼の質問も、お湯の心地よさからか、落ち着いて聞くことが出来ていた。さっきまで死のうと思っていたけど、どうだろう。死んでもいいくらいなら、やってみたいことがあるかもしれない。僕は答えずに、近いところにある彼の肌に手をまわして、しがみつくと、ゆっくり、すがりつくみたいなキスをした。不思議なことに、なんの抵抗もされなかった。「あったかいな、口の中。」唇をはなすと、彼のそんな言葉がこぼれる。彼がどう考えてるのかわからなかった。かといって、自分がどこまでを望むのかも。聞こえてくるのは、雑音のようでいて音楽のようでもある、雨音が奏でるしらべだけで、いつまでもなりやまない、その乱雑な音に気持ちが散らかっていく。狂ったようにふりしきる、外は、寒い雨。　→ 　　

  2006.01.14

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  『優しい腕の中』3

  タバコの煙がたちこめて、乱雑にちらかっている広い部屋の中、よかった。見知らぬ場所のソファーで酔いつぶれる彼を発見すると、俺は安堵のため息をついた。何事か始まる前にここに到着できたことに感謝する。「すいません、ちょっと連れて帰りますんで。」愛想笑いしながら、そこらへんでハベル人達の間をわけて、俺は夢見心地な彼を肩にかついだ。見張りにつけていた仲間が小声で俺に耳打ちする。“遅せーよ。”と。「恩にきる。」 俺もまわりには聞こえないような声でそう述べると、別の人に曖昧にいいわけをしながら、なんとかその場を後にした。彼のご乱行があまりにもひどいので、見張りをつけておいたのだ。うちの店の看板でもある彼なのに、ここのところ特に節操がなさすぎる。そのままつれて帰って自分のベットにそっとおろす。眠っているような気がしていたけど、意外にしっかりしている強気な瞳は、俺を睨みつけていた。「なんだ、起きてたんですか。」わざと余裕があるように笑って、俺は彼をなだめるように、鼻先からすりよっていく。「・・・なんで、怒らないんだよ・・・？」キスがしたいのに逃げられてしまった。うつむき加減の彼の顔を下から覗くように、俺はゆかにひざをついている。「怒られるようなことしたんですか？」クスリ、と笑ってしまった。すねているように見える彼が、なんだかとてもかわいらしい。気まずそうにしている彼の柔らかそうな髪に手をのばして、うなじ近くのそれを指先でもてあそんでみた。かすかにあたる感覚がくすぐったいのか、たおやかな彼は首をすくめたりしている。「・・・たよりないですか、俺は年下だし。」ベットにひじをついて、彼に手をのばしたままで俺はそうつぶやいた。彼の行動がおさまらないのは、俺のせいのような気がしている。無言のうったえを続ける彼のことが、愛しくてしかたがない。「お前は若いよ、どうせ僕なんて・・・。」あきらめたようにため息をついて、今にも泣きそうな彼は俺から視線をそらした。「どうせ・・・なんですか？」追いかけて問うように彼の目を見て、俺は横になりそうにくびをかしげている。彼が無抵抗なので、今度はその細い手をとって自分の頬にすりつけたりしていた。「男にだらしないし、あばずれてるっていいたいんだろ・・・？」おそるおそる俺を見る彼に、「だけど、精神的には一途でしょ？」すかさず問いかける。「いつから俺のこと好きでした？出会った時からっていうなら、そうとう気が長いはなしだと思いますけど。」なんだか上の空だ。そんなこといいながらも俺は、彼の返事なんか待ってはいなかった。早く触れたい。この腕に包み込んでしまいたい。「・・・っ。」なにか言葉を発しようとした彼の口に唇を重ねて封じる。閉じ込められたその想いが、彼の中をぐるぐるに巡ってしまえばいい。「今日は途中で寝ないでくださいね。」彼を倒しながら、優しくお願いをしてみる。以前にはじめて行われたその行為の最中に彼は、あまりの俺の執拗さで、意識をうしなってしまっていた。力なく俺をおしとどめようとする彼を、強引にひろげていく。「体だけ・・？」彼が弱々しくいった。「だから怒らないの・・？」と。「違います。」彼の耳を噛んで、その顔を両手で包むと俺は、言い聞かせるように言った。「べつにいいですよ、はじめの何年かくらいよそ見してくれてても。」大好きな彼の顔。柔らかい髪の毛、額、俺を不安そうに見上げる瞳、少し小さめの鼻、くだものみたいな唇、「一生しばりつけることになるんで、かわいそうだから、自由にさせておいてあげてるんです。」その全部を唇でたしかめていた。はやく同化したくて仕方なかった。　→ 　　

  2006.01.13

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  『優しい腕の中』2

  ハリのある歌声が店の中に響いている。毎夜、彼が披露してくれる甘い声は、贅沢な時を求めてやってくる客達を魅了していた。そして、その中性的な容姿も。かるくウェーブのかかった髪は動く度にフワフワと揺れて、ゆっくりと空間に手をさしのべる柔らかそうな体も、まるで猫みたいだと思う。常連の席に呼ばれて、優しげに微笑む彼を横目で見ながら、その体に触れることを想像してしまっていた。この腕に静かに乗せてみたい、優雅な猫。ざわめく店内で、あわただしく食器をさげる俺に、客を見送った後の彼が近付いてきて、小声でささやいた。「妬ける？」からかうように笑っている。「・・・なに言ってんですか、いい歳して。」彼がいくつなのか俺は知らなかった。けど、俺よりは確実に年上のはずだ。「好きって言ったくせに。つまんないの。」かるく唇をとがらせて、上目遣いに俺のことを見ている。俺はかがんでテーブルを拭きながら、忙しいんです、という態度で、「あんな子供みたいな泣き方されたら、　そういうしかないでしょ？」そっけなく言ってみた。だいたいあれからも、彼の男癖が治ったとはとうてい思えない日々が続いている。彼こそ俺のことをどう考えているのか。ふと見上げると、素にもどってしまっている彼のぼんやりした顔が、伏目がちにうつむいていて、「・・・そっか。」といってからなにも言わなくなってしまった。あからさまに落ち込んでいる雰囲気で、かわいそうにまでなってきてしまう。その睫毛はズルい。俺は食器をたくさんのせたトレイを持って立ち上がると、上半身でだけ彼の耳元に近づいて、「嫉妬で狂いそうです。」と耳元に囁いた。本当に忙しいので、すぐにその場から立ち去る。気になってちらりと確認した彼は、遠目で見てもわかるほどに顔を赤らめていて、それをまわりにばれないように必死で両手で覆い隠そうとしていた。裸にするとよけいに細い体を抱くと、柔らかくしなって、からみついてくる。「・・・ほんとに・・いいの・・？」この後におよんでまで、まだ俺の気持ちをたしかめようとする彼に、もどかしさを感じた。「じゃあ、やめますか？」言いながら口付ける。やめる気なんてまったくない。「そうじゃなくて・・・嫌なんじゃないかと思って・・・。」慣れているはずの彼が、緊張してぎこちない動き方をすることに心がざわめく。受け入れてくれるつもりまではなかったんだろうか。「ずっと、こうしたかったんですよ？　嫌なわけないじゃないですか。」彼はどうなんだろう。俺とこうすることに抵抗は。「・・でも、したことないだろうし、男となんて・・。」いわれてみればそうだ。気が付かなかった。「急がないようにしますから、そんなに心配しないでください。」彼の頭を手のひらでこちらによせて、おでこにキスをする。もっと、他の場所にもしようと思った時。「僕がしてあげようか？」と彼が言った。「・・・口で、してあげる。」と。「いいです。」なんだかおかしくなってしまって、頬がほころんだ。こんなことにまでなっているのに、彼はまだ気を使ってくれている。「なに、ニヤケてるんだよ・・。」ムッとした顔で、俺を睨むかわいらしい瞳に、「気持ちよくなりたいんじゃなくて、あなたを確かめたいんです。」続きで口付けた。ついばむように両方ともに、何度も、何度も。俺は心のままに、彼を味わってみたかった。詳しいことはもちろん知らないんだけど、きっとそれでいいに違いない。　→ 　　

  2006.01.12

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  『優しい腕の中』

  綺麗な人をこの腕の中に抱くことを、繰り返し心の中で思い描いていた。俺が想いをよせるあの人は、今日もその愛しい眼差しで愛想をふりまきながら、お気に入りの相手の元へと向かうのだ、俺の気持ちなどつゆもしらずに。「なんでそんなんなんですか？」夜中に突然訪ねられた俺の部屋で、気まぐれな彼の言動に、少しのイラツキなどを覚えている。「だって、嫌だったから。」悪びれる様子のかけらもなく、彼は誰かの誘いの途中で抜け出し、偶然近くにあった俺の部屋へと逃げ込んできたのだ。俺の不機嫌などおかまいなしに、無防備な彼はもうすでに、勝手に漁った俺のパジャマに着替えようとさえしている。「どーせ俺がなにもしないって思ってんでしょ？」おもしろくなくなって、つい、誘うようなことを言ってしまった。着替える途中の細い背中をスルリとシャツがすべり落ちる。いくら見ないふりをしても、抱きしめたい衝動はおさえきれなくなりそうだ。彼はそんな俺のことを鼻先で笑って「なに？お前が僕になにかしてくれるの？」といい、そばまできてしなやかな指先で俺のアゴをくすぐった。からかわれている。どうせこの人は、俺がなにもできないって思ってるんだ。呆然と彼の顔をただみつめていた俺のことを、彼もまた真剣な顔で、たしかに見ていたはずなのに、急に表情をくずして、「心配しなくても期待してないよ。」というと、声をたてて笑いはじめた。「あの・・・。」おかしくて仕方がないというような笑い方で、不自然な程大袈裟に、彼はてのひらで俺の胸を叩きながら、「お前にそんな度胸あるわけない。」などといっている。「ちょっと待ってください。」目に涙を浮かべて、笑い続ける彼の手首をとって、俺は、「どうしたんですか？」彼の顔を覗き込んだ。態度が不自然だ。笑いがおさまった今も、涙がとまらない。「わからずや・・・。」瞳を閉じて、泣いたまま子供みたいに。彼は肩を震わせている。「なんでですか・・。」抱きしめてみてもいいだろうか。そばにいるとよけいに小さく感じる、俺は手を伸ばして、ゆっくり、夢にまで見ていた彼の体をこの腕の中に包み込んだ。「泣かないでください。」「・・・だって・・。」小刻みに、何度も鼻をすすりながら彼は、「だってお前は、僕が誰といても別に。　なんとも思わないんだろ・・？」とだだをこねるように俺にうったえている。「そんなわけないじゃないですか。」いつもは大人っぽくて落ち着いている彼のそんな姿が、なんだかかわいくなってしまって、「もしかして、俺にあてつけてたんですか？」俺は彼の頭をなでてやりながら、おでこにキスをした。「・・・もう一回して。」涙を残したままの瞳で、上目遣いに俺を見上げる。「答えてください。」お預けしたままで、彼の目を見つめる。「お前は・・？僕のことなんか好きじゃないくせに・・・。」いったんおさまっていた涙が溢れる。色っぽさのかけらもないような無邪気な泣き方だ。やれやれ、と。俺は彼を頭からギュッと抱きしめて、「好きですよ？あなたこそ俺一人で満足してくれるんですか？」と言った。満足しないって言われたって、俺が彼のことを好きな事実はかえることなんてできない。「ほんとに・・？ほんとに・・？」不安そうな表情を目にすると、もうそれ以上待っているのは無理だったので、俺なりにとびきり優しく、彼のおいしそうな唇に口付けた。とろけるように甘い疼きが、触れた粘膜から全身にひろがっていく、彼も俺と同じ気持ちでいてくれることを祈って、今日からは節操のない男癖がちゃんと治まればいいんだけど。　→ 　　

  2006.01.11

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  『大切な恋』

  「入らないのか？」いつもは、駄目だって言っても強引に入ってくるくせに、彼は自分で小さな体を抱きしめたまま、俺の部屋の玄関先で固まっていた。迎えにいって身をかがめ、顔を覗き込んでみる。「どうした？」俺がいうと、やっと顔をあげて、「忘れ物とりにいけって・・母さんが・・。」いつもの強気な態度のかけらもなしに、彼は弱々しくそう言った。そう、俺が電話したのだ。親同士が友達なので、彼の家でマージャンなんてする時には、以前受験生だったことがある彼はよく、近くの、この俺の部屋に非難させられていた。ついでに俺に勉強を見てもらえるという、配慮もあったのかもしれない。「じゃあ、とれば？」いつも通りに、まるでなにも気が付いていないふりをして、彼にうながす。おそるおそる、本棚のところにいって、自分のノートをさがす彼に話しかけてみた。「彼女と・・。」気になっているはずだ。俺があの後、彼女とどうなったのか。「う、うん。彼女と・・？」案の定やっと反応をしめした彼は、本棚から目をそらさないままだった。「まだなにもしてないんだよなー、キスも。」「・・・そう・・なんだ・・。」どんどん距離をつめていってみる。ぐっと、耳元に唇をよせて、「また、練習させてくれよ・・・。」熱っぽくささやいた。そして、返事を待たないで、押し倒す。「れ、練習なんてしなくても・・。」うまいじゃん。迫る俺を両手で押しとどめて、彼が必死の抵抗を見せる。「そうか？でもちゃんと練習しないと・・俺だって・・・。男の子とするのは、はじめてだし。」縮こまる幼い体に無理やりなにかすることは出来ずに、俺は服から出ている首の部分を中心に軽く唇で触れたりしていた。「お、男の子・・？」両手でガードしながら、彼の不思議そうな顔が覗く。「ああ、練習じゃないか。これが本番だった。」鼻先でクスリと笑って、彼の白い顔を見ていたけど、「わからないならいいさ。」しばらくしても身動きしなかったので、あきらめて彼の頭をなでた。「・・わかった・・けど・・。」彼の赤い唇が開かれる。「そうか？わかってるのか？」俺が聞くと、彼は体をおこしてうなずき、座っている俺の胸にそっと抱きついてきた。「彼女とは、つきあう話になんかなってない。　俺はどうも、お前のことが好きらしい。」頭をなでながら、教えるようにそう言って、俺は彼の顔をあげさせようとする。キスがしたかった。だけど、とっさに力がはいった彼の体は、みるみるうちにガチガチになってしまい、俺にしがみついたまま動かせなくなってしまう。「こわいか。」優しく言ってみる。「じゃあ、キスしないから顔を・・・そうだ。」俺の言葉にしたがって、そーっと顔を上げた彼に、「服も脱がさないから、俺の膝にのってみて？」次の要求をして、小さな彼を本当に膝に抱えた。服なんか着ていたってかまわない。俺は薄い布ごしの彼の体を、存分にてのひらで確かめてゆく。首元に口付けをしながら。「くすぐったいよ。」彼の緊張もほぐれてきて、少し笑顔も出てきた。「我慢しろ、それがよくなるから・・・。」服の中に手をいれて、素肌に触っている「エッチ・・。」彼の顔がかわいらしい色に染まった。「そうだよ、だからお前ももっと乱れていいんだよ。」心のそこから湧き上がるうれしさをかみしめながら、同時に発生するうしろめたさ。ああ、なんていいわけをしよう。俺にとっては大切な恋だっていうのに。　→ 　　

  2005.12.10

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  『心を奪われる』

  「彼女が出来たって？」こまっしゃくれた瞳が俺を見上げる。なにかとまとわりついてくる小さな体は、今日も理由をつけて俺の部屋におしかけてきていた。「誰に聞いたんだ？」もうすぐ仕事にでなければいけないので、俺は着替えながら質問をする。「誰でもいいじゃん。」彼はもう興味なんてなさげに、勝手に俺のCDや本を物色していた。「ほら、もう行くから、お前も帰れ。」後ろをむいてしゃがんでいる背中にそういってみる。時間はまだあるけど、彼がそこにいる意味がよくわからなかった。「なんだよ、教えてよ。彼女のこと。綺麗な人なんだって？」拗ねたような顔がまた俺を見た。その綺麗な人からの申し込みに、本当はまだ返事なんてしていないことを、俺は彼に告げる気になれない。「まぁ・・・。」言葉をにごして、視線をそらした。この後ろめたい気持ちはいったいなんだろう。「もう、キスとかしちゃった？」「え？」キスって・・。どうしてそんなこと、こいつに言わないといけないんだ。不思議な思いで彼を見ていると、「なさけないなぁ、もしかして、したことないとか？」小悪魔のように笑いながら、彼が近付いてきた。「簡単なことだよ。練習とかしてみる？」俺の服のすそを掴んで目を閉じ、アゴをあげてみせる。「いや、別に・・。」いい歳をして、まさか、したことがないわけではなかったので、断ろうとした時、彼のもう一方の手も俺の服を掴んだ。震えている。何故？よくみると、年齢どおりに幼いその全身も硬く力がはいっていて、頼りなげに震えていた。口紅なんてぬっていないのに、綺麗な赤い色の唇。俺は今まで彼の、何をみてきたんだろう。はじめて見るような彼に手をまわして、おいしそうな唇に誘われ、キスをしてしまう。言葉とはうらはらに、とても緊張していたそれをぎこちなく押し広げて、あまりにもひどいので、「大丈夫、力抜いてごらん。」と低くささやいてみた。素直に抜かれる力を確認してから、もっと中を味わう。逃げられないように、両手で彼の顔を固定していた。「・・・んっ・・。」苦しそうに喘いで、それでも必死で俺に答えようとする彼は、途中からかわいそうなくらいに、涙をこぼしだしている。気の毒になって、もう許してやることにして。唇を離すとすぐに、おぼつかない足取りで俺から離れようとする腕をあわてて掴む。そして、力なく抵抗する体を後ろから抱きこんだ。「・・・なんだ、簡単だな。こうすればよかったのか。」キスのことではなくて、自分の気持ちのことを、俺はやっと理解したのだ。泣いている彼のことをはじめてかわいいと思った。いつも意地をはっているからわからりづらかっただけだ。もっと早くこうすればよかった。「・・・うん・・・だからちゃんと・・。」彼女とキスすればいいよ。俺の腕に抱かれているのに、まだ意地をはる彼は、いつから俺のことを思ってくれていたんだろう。今気が付いたばかりなのに、もうすっかり彼に心奪われている。彼はとてもかわいい。そう、かわいいのだ。俺が好きなのはこの人。間違えなくてよかった。　→ 　　

  2005.12.09

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  『本当は大好きです』

  自分には出来ないことだからなのか、どうも僕は大きい声を出す人のことは、じっと見てしまう癖があるみたいだ。僕の好きな彼も結構発声がいいけれど、新しく入ってきた職場の人もすごい腹筋で、部屋の隅にいても聞こえるほど響いていた。その人が出て行った後にも残る存在感。男子というもの、ああでありたいって、僕は羨ましいのかもしれない。「すいません、これ、手伝ってもらえませんか？」大きな声がして、驚いて見上げると彼だった。会議で使う資料を手に持っている。大量にコピーをつくるのだ。「あ、はい。」立ち上がってついていく。びっくりした。あんなに近くにいたなんて気が付かなかった。部屋のコピーですると邪魔になるので、空いている部屋のコピー機でつくる。すぐに紙がきれるので、補充するのが忙しいのだ。二人きりだ。機械の音で、沈黙も気にならないし、あとで資料を綴じる時に、たくさん顔を見よう。内緒だけど、僕は彼のことが好きなので、この状況はとてもうれしかった。にやけそうな顔を我慢しながら、なるべく見ないように気をつけている。？しばらくすると背中に彼の気配がした。なんだろう。コピー機から出てくる紙を見てるのかな。それにしても、手が。僕の手の上にかさなってきて、次の瞬間、いきなり体を抱きしめられた。それはそれは息もできないくらいの力強さだった。？？でも、ほんの数秒間の後、“紙を補充してください”のマークが点滅したのをきっかけに、彼はあっさりと離れていった。何事もなかったかのように、コピーされた紙をテーブルの上に並べている。夢だったのかな。いや、夢じゃないよな。たしかに今、ぎゅって。腕の感覚が残ってるもん。「・・・あの・・？」確かめたくて彼に近付いてみる。「はい？」彼の態度は普通だった。「なんですか？」そして大きな声でそう言われる。やっぱり夢なのか。夢じゃなくても、なにか僕の勘違いで・・・。「いえ・・・。」わからないままに引き下がってしまう。そうだ紙、補充しなきゃ。仕事にもどろうと一歩踏み出した途端に、また後ろから、抱かれた。現実だ。逃がさないように、自分にまわされた腕をしっかりと掴む。「・・・勘違いですか？」囁くような声。ほとんど息だけで話してるような。彼のそんな声ははじめて聞いた。「君は私のことを見てると思ってたんですが、　私の勘違い・・・？」なんで、ズルい。こんな時にだけそんな声だして。いつもみたいにもっとはっきりしゃべってくれればいいのに。「し、仕事・・中・・。」「鍵は閉めました。」好きな人に迫られてるのに、僕はなにを焦ってるんだろう。きっと後ろにいて顔が見えないからだ。それで、いつもと違う声をだすからだ。「もう、我慢できないんですけど、　そろそろ許してもらえませんか？」僕を抱いた腕がもっとまわって頬に触れ、反対側の頬に口付けされた。ガンジガラメで動けない。「どうして・・・急に・・そんなこと・・。」僕の言葉に、手をといてくれた彼は、「ライバルの登場で急展開。さらわれたら堪らないので、　待ってあげるのはやめることにしました。」そういって、うやうやしくひざまづくと、僕の手のこうにキスをした。　→ 　　『本当は好きです』

  2005.12.08

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  『華』

  想いは、確かめあったはずなのに、彼が僕のことをあまり見てくれていないような気がして、無関心なのはやっぱり不安だから、というようなことを、伝えたほうがいいんじゃないかと、僕はなるべく落ち着いて、彼に「どうして。」って言った。もっと会いたいっていう意味だった。「なにが？」ぶっきらぼうな手つきで服を脱ぎながら、覆いかぶさってくる大きな体を両手で押しとどめて、僕はなんとか話をしようとしている。「こういうことばっかりするから。」体だけ、みたいですごく嫌だ。最近ではますます、普段は目もあわせてくれないのに。「じゃあ、やめる？」あっさりと僕から離れて、彼は壁にもたれた。悲しくなってしまう。彼が僕を呼んでくれるのは、好きだからとかそういうことじゃなくて、抵抗なくいいなりになるからなんだろうか。僕はすがるように、そっと彼の隣によりそって、上半身裸の腕につかまった。「嫌になった？」静かな彼の声。「俺とこんなことするの。」視線は僕からそらしたままで、投げるようにそう言う。僕はあわてて首をふった。「そんなことない。ただ・・・。」今も見てもらえない。「カイが僕のことどう思ってるのか、わかんないから。」こっち見てよ。触らせなかったら、もう僕に興味はない？泣きそうになりながら必死で、僕は彼の顔を覗き込んだ。そしたら、僕が見たのは、照れて少し赤くなりながら、僕から顔をそむけるカイの顔だった。「カイ・・？」僕が問うと、あっという間に彼の素肌の胸に抱きこまれ、顔が見えなくなる。もうちょっと、見ていたかったのに。「俺はなんか、信じられなくて・・・。」なにが？なにが信じられないんだろう。「お前が・・ワタルが、俺とつきあってくれてるなんて。」「・・・ホント？」そっと顔をあげてみる。僕の大好きな顔がすごく近くにあって、ゆっくりと、僕の反応をうかがいながらキスをした。「・・・こうしてる時だけやっと実感できるから。」唇をはなして、もう一度口付け、力の抜けた僕を横にさせた。「嫌なんだったらやめる。俺はどうしたらいい？」「嫌じゃないよ。やめなくていい。　でももっと、普通の時も会いたいし、話したい・・。」なにも問題ないような感じがして、僕はあっさりと希望を口にする。たやすいリクエストだと思った。「何度も会いに行ったけど。　俺は黙ってあの中にまじることなんて出来ない。　わりこんでって暴れそうになったから、嫉妬で。」「・・・会いにきてくれてたんだ・・。」「そりゃ、会いたいから。　でもお前にひかれるのは俺だけじゃないもんな。」隣にヒジをついて、僕をみおろしている。「そんなこと言ってくれるのカイだけだよ。」「そうかな？お前だけ、なんか明るくて、優しくて。　オーラがかってるっていうか・・。」彼はその時のことを思い出しているのか、視線が宙を泳いでいた。「華があるってああいうこというのかな・・・。」ほんとに俺だけのもんなの？不安そうに僕の髪に手を入れて聞いた彼は、かわいらしいというか、笑っちゃうくらい、僕のことだけを本当に好きでいてくれるんだなぁって思う。少し笑ってしまいながら、僕は、「あたりまえだよ。」と言って彼に身をまかせた。僕も負けないくらいに彼のことだけを見ていたい。これからはもっと。もっと、もっと。　→ 　　

  2005.12.07

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  『交換ノート』

  「先生あの時ボクのこと、どう思ってた？」おたがいに裸で腕枕をされ、少しまどろんだまま、ボクは先生に質問をした。「あの時っていうのは・・・。」大きな手がボクの髪に手をいれてなでる。先生の体に包まれるように視界をふさがれて、ふんわりとその香りにつつまれていた。ボクは眠気に勝てずに目を閉じてしまう。すごく幸せだ、なんて思いながら。先生からの長いコメントをきっかけに、自由学習のノートに、勉強したついでの短い文章で、ボクと先生は交換日記のようなことをはじめていた。たわいもなく、その日にあった出来事や、思ったことなどを、ボクは先生に知ってもらいたくて、毎日ノートを提出し続けた。別に好きとか嫌いとか、恋人同士が書くような内容ではなかったけど、ときどきボクへの返事ではなくて、ふいに先生の日常のことなども書いてくれる日があると、すごくうれしくて、もっともっと先生のことを好きになっていた。「こら。」おでこへのやわらかいキスの感覚で、眠ろうとする意識をひきもどされる。ボクはうっすらと目をあけて、「だって・・・眠いよ・・。」そういうと、先生の胸にあまえ、ぎゅーっと抱きついてみた。「もうすぐ時間だぞ。それに話の途中だろう？」真面目な先生は、ボクのした質問のことを、ずっと考えているようだ。「・・いいよ・・わかんないなら・・。」頭の中に、ふいに浮かんだ映像を口に出しただけだのだ。そんなあやふやな質問の意味は、わからなくても仕方がない。あの時、走って逃げるボクをつかまえてくれた先生は、ボクが手をとって自分の首にあてると赤くなって、「・・・やめなさい。」って言ったんだ。かわいいって思った。ボクが先生への気持ちに気が付いたのはあの日だったけど、先生はどうだったのかなって、ちょっと聞いてみたかっただけ。もうすぐ帰らなければいけない時間なんだったら、少しでも長く、先生にくっついていたかった。卒業式が終わってからはじめて、ボクは先生とキスをした。離れ離れになる辛さが、恋人としてそばにいれるうれしさにかわり、今ではときどき、こうやって先生の部屋に泊まったりしている。自分の家よりも先生のところのほうが、ボクの大学に近いのだ。「意識してくれてるんだと思って、うれしかったよ。」優しい瞳でボクを見つめながら、先生が言った。「え？」それが質問の答えだとわかるまでにしばらくかかった。「あの、お前が走って逃げた時のことじゃないのか？」詳しく言わなくてもわかってもらえたことが、通じ合ってるようですごいって思う。「・・・そう。ボクはあの時から先生のこと好きになっちゃったの。」ボクがそう言って首をかたむけ、先生の胸にこめかみをあてると、「俺はもっと前からだな・・。」つぶやいてまた、頭をなでてくれていた。いつからだろう。いろんなことを思い出すけど、肝心なことは思い出せない。ノートを読み返してみるとわかるだろうか。あの頃二人で書き綴った数冊のノートは、ボクの部屋の押入れの中で静かに眠っている。不安な時やこれからなにかあった時には、読み返してみようと思う。今でも大切に置いていることは先生には内緒だけれど。　→ 　　

  2005.12.05

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  『今日のノート』

  ばれた。と思うと同時に、急速に赤面して、ボクは先生の驚いた顔を確認するとその場から逃げ出した。「待て、小岩井！」後ろから追いかけてくる先生の声が聞こえる。校舎の中に行けばよかった。ひとけのない草むらの中を走りながら、どんどん中庭からはずれていることに気が付いて、あきらかに駆けだす方向を間違えたと後悔している。自由学習というのは、担任の前原先生から、一日一ページだけ、大学ノートになんでもいいから、勉強してくるようにと宿題がでる。漢字とか計算とか、英語の教科書をまる写しでもいい。はじめは適当にやっていたけど、ある時思ったのだ。先生が赤で丸だけつけて、返してくるのが気に入らない。俺は自分で答え合わせして赤で丸をつけて提出した。その日のノートにはすみっこに短く、がんばってるね。って赤で書いてあった。なんだかちょっと嫌になってきて、先生の担当教科が理科だったので、すごく難しいと思われるような問題を書いて、先生わかりますか？と提出したノートには、正解が書かれてあり、あってますか？と余裕のコメントがしてあった。よくわからないが、はらがたつ。今日のノートには普通に計算練習をして、自分で丸をつけ、どこにもコメントなんか書けないように、空白なくびっしりと書き込んだ。内心得意気になって、一階の渡り廊下を歩く先生のことを呼び止める。「先生、ノート・・。」息をきらせて、先生に追いつくと、「なんだ、さっき出さなかったのか？」教室では、タイミングがずれて提出できなかったのだ。「だしそびれちゃって・・。」ボクがハーって息を吐くと、白い湯気が空に上がっていった。渡り廊下といっても、屋根はあるけど外なので、気温が低いのだ。「先生？」白衣のくせに、寝癖がついている。すこし野暮ったいけど、優しい目がボクを見ていた。「なんかついてるぞ。」ぬっ、とのばされた手がボクの首に触れた瞬間。「やっ！」大袈裟に身じろいでしまう。なんだろう。自分でもびっくりした。とっさに見上げた先生の顔。ああ、そうか。ボクは先生のことが好きなのか。そう思ったら恥ずかしくて堪らなくなって、ノートを握ったまま走り出していた。木々が立ち並ぶその場所では足場が悪く、思い通りに走ることもままならなくて、追いついてきた先生の手に、すぐにつかまってしまった。「逃げることないだろ？」多少息を上げながら、ボサボサの髪をかきあげている。「悪かった、先生が悪かったよ。」どうして先生が謝っているのか、意味がわからなかった。「なんで・・。」ノートで半分顔を隠しながら、ボクの腕を掴んで離さない先生のことを不思議に思っている。「嫌だったんだろ？手。」手が、ボクの首のところに触ったこと、嫌なんじゃない。「ごめんな。」「違う。」ボクは首を横にふって、「嫌なんじゃなくて・・・。」恥ずかしかったから。言いながら、声がしぼんでいった。「そうか。」安心したようにため息をついて、先生は「じゃあノートをもらっておこうか。」手をボクにさしだしたので、その手をとって、さっき先生が触れた自分の首へとあてる。今度は平気だった。そして、逆に真っ赤になっていく先生の顔をじっと見ている。「・・・やめなさい。」なんだ、先生も一緒なのかな。そう思ったら、ちょっとだけいつもの苛立ちがマシな感じがしたのに、その日のノートには、新しい次のページに半分くらい、びっしりと赤字でコメントが書いてあった。内容はとても褒めてあったけど、なんとなく腑に落ちないのはどうしてだろう。　→ 　　

  2005.12.04

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  『本当は好きです』

  彼はとても声が大きいし、僕はいつも緊張してその無愛想な顔を見ていた。あの大きな声で意見なんてされたらかなわないと思って。だから、ようするにいつも。彼のことを見ていたのだ。自分でもどの時点から好きだったのか覚えてない。彼とする事務的な会話は、冷たく感じるほどたんたんとしていた。なのに、ある時急に見せた一回の笑顔で、僕はすべてを理解してしまう。彼の冷たさはただ、真面目なだけなのかもしれない。本当は不器用なところがある彼は、真剣に仕事をこなそうと集中しているだけなんだ。そう思って見ていると、普通以上にドンくさい部分も発見したりして。懸命に作業する彼に、「お上手ですね。」なんて言っちゃったけど失礼かな。ドキドキしながら次の言葉を待っていると、彼は穏やかに笑ってくれた。「・・・そうかな・・。」照れてる顔なんてはじめて見た。僕にだけ見せてくれたのだと思うと、もうそれだけで駄目だ。もっと彼のことわかりたい。目をこらしてよく見るから。どうか、あなたのことを勝手に好きでいることくらいは許してください。ずっとこの気持ち、言わないで黙ってるから。　→ 　　

  2005.11.28

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  『かわいい恋人』

  普通の恋人ではないせいなのか、何度か家にも遊びに行って、二人きりですごしてみたけど、これではただの友達とかわらないような気がして、じれていたのは僕のほうだ。無邪気に笑う彼の顔がすぐ近くにあったのをいいことに、一瞬の隙をついてまた、その唇を奪った。「だ、駄目だよ。」あわてて押しのけられて、赤くなった彼の顔を眺める。「ヘンなの。」僕はすねたように唇を尖らせて鼻先で笑った。「この前もしたろ？つきあってるならあたりまえのことだと思うけど。」黙ったまま恥ずかしそうに僕を見る彼に、「こんなことするの嫌？」と続けた。「そうじゃないけど・・。」うつむいた彼の視界からはずれないようにかがんで、その顔を見上げる。「じゃあ、目つむって？」僕のいうことを聞いて、素直にぎゅっと目を閉じた彼に軽くキスをしたけど、唇までもがかたく閉ざされていた。「もっと、力抜いて・・・。」優しく言ってから、舌でやわらかい唇の中に入る。逃げられないように押さえた両肩とともに、ぎこちなく力のはいった全身がギクシャクしていた。あたたかい粘膜に触れてしまうと、僕は我慢ができなくなって、どんどん奥に進んでしまい、彼が苦しそうに息をしていることもわかっていたけど、止められない。かすかに震える舌の上をサラリと動かすと、驚いた彼にまた、体ごと押し返された。「・・・嫌いになる？」怯えたようなかわいい瞳が僕を上目遣いに見上げる。「どうして？」僕はおでこをくっつけて、穏やかに質問した。「だって、上手にできないから。」泣き出しそうな彼を見ながら、なんて幸せなんだろうと思う。こんなに純真な彼が、僕の恋人だなんて。「僕が上手にしてあげるから、君は楽にしててくれればいいんだよ。」早く彼と肌を重ねたくて、僕の方こそ震えがきそうだった。彼の胸元のボタンをはずしながら、ノドのあたりに口付けていっている。「く・・くすぐったいよ・・。」ちょっとだけ笑い出した彼が楽しくて、僕はわざとこそばゆいように、肌の表面に手をはわせて、サワサワと指を動かしてみた。「あははは・・やめ・・て・・。」逃げながら笑って、緊張がとけていく。かなり脱がせたけど、それも気にならないようだった。笑うのがおさまってから、もう一度キスをする。今度は舌に触っても逃げられなかった。「もっと好きになるから」抱きしめたまま、耳元にささやいてみる。「ほんとかな・・・。」彼の瞳がゆっくりと閉じられ、僕の言葉の通りに全身の力が抜けてゆく。大切に大切にしてあげる。いつか君が見ていたあの二人のように。なにも知らないかわいい君は、僕の恋人なのだから。　→ 　　

  2005.11.16

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  『好きなのは君』

  軒先から落ちる雨のしずくが綺麗だといって笑う彼が、あまりにもかわいかったので、思わずキスをしたら驚いて逃げられた。だから、 僕はまるで逃げた猫を呼び戻す時のように、彼の名前を何度も呼んでそっと手をのばし、なるべく優しく微笑んで見せていたのだ。おびえた目で僕を見た彼がふるえている。彼がそうだと気付いたのは、なにも僕が特別に敏感だったわけではなくて、わかりやすく本人から告白を受けたからだ。「好きなのは君。」だと。あまりに自然な彼のものいいに、最初言葉どおりにうけとることは出来ずに、もちろん冗談なのかと、わからずに笑いかえした僕に彼はさみしそうに笑った。それ以上のことを彼は望んでいないようだった。告白を受けたあとも、それまでとなんのかわりもなく接する彼に、もしかするとからかわれたのかとさえ思っている。「ひどいよ。」僕が彼の腕をつかまえると彼はいって、泣き出した。「僕の気持ち知ってて、なんでそんなことするの？」いつも冷静な顔をくずさなかった彼の、それははじめてみる、感情を表にだした顔だった。暴れる彼をますます手にいれたくなって、僕は無理やり彼の体を抱きしめて、かろうじて出来るおでこやコメカミへ、何度もキスをする。「やめて・・。」「どうして？」「からかわないで。」「からかうだなんて・・。」僕がいつまでもキスをやめないので、彼はやがてあきらめたように力を抜いてくれた。その隙をついて、唇に深い口付けをする。思ったほどの抵抗はなかった。「好きになったから。」はっきりと口にだしてみると、自分でも納得がいった。僕はどうやら彼に恋をしているらしい。涙目のまま不思議そうに僕を見つめる彼に、「両想いじゃないの？」と問いかけてみる。「・・・・いつから・・？」混乱した瞳が抱きしめている僕の肩越しの雨の方へ泳ぐ。いつからだろう。彼から目が離せなくなって、自分の気持ちを隠したまま、仲のよさそうな恋人同士の姿を何気なく眺める彼のこと、僕が守ってあげたいなんて思っていた。「・・・だって、君は女の子と何度もつきあって・・・。」女の子なんかに負けないくらい、魅力的な顔で、彼が僕をまっすぐにみている。「今、僕が好きなのは君。」いつか彼が僕に言ってくれた言葉を真似して言ってみた。彼が自分から僕の背中に手をまわしてくれた後、ずいぶん長い時間僕の胸に顔を埋めていて、やがて「ありがとう。」雨音にかき消されそうな小さな声がやっと聞こえた。ポロポロと軒先から落ちる雨のしずくは、彼が言うようにとても綺麗だった。　→ 　　

  2005.11.15

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  『煌夢』3

  夢にまでみた王子様は、その体をベットに横たえて、息もたえだえに僕の顔を見てくれた。「・・・お返しします。」預かっていた大切な首飾りを彼の首にかけると、不思議なその宝石の力できっと、病気もよくなるに違いない。「大丈夫か？」王子様は体を起こすと、優しく僕の頭をなでてくれた。なでられながら僕は、今まで僕がしてきたこと、一緒にいた首飾りが目撃したことは、すべてこの瞬間に、王子様に伝わってしまったのだということがわかった。「大丈夫です。」みっともないことはわかってるけど、もうすぐ僕は力つきるのだから、せめて綺麗な彼の顔をたくさん見ていたい。こんな自分なんてどうなってもかまわないあなたは僕の希望の光。美しいあなたのそばにこれてよかった。それだけでもう充分だ。想いが通じなくても、彼が、僕の大好きな彼が、幸せになってくれるのなら僕はそれでいいのだから。「どうした？」彼の声で目を覚ますと、僕は自分が泣いていることに気が付いた。黒髪の恋人の顔は、さっきまで眺めていた王子様にそっくりだ。「・・夢・・。」とまらない涙を拭ってくれる指先の感触に、やっと目が覚めてくる。これは現実なのだと。彼の胸元に首飾りが揺れている。そして僕にも。二人でそろえたばかりのペンダントにやどった、あれは記憶なんだろうか。それとも僕自身の中の。彼は。僕にとって彼は。とても綺麗な存在で。なにものにもかえがたい美しい姿。これからはずっと一緒に、いつまでもいつまでも・・・。　→ 　　

  2005.11.14

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  『煌夢』2

  高そうな石の首飾り。キラキラと月の光を蓄えている。僕はこっそり胸元からそれをとり出すと、毎晩内緒で眺めていた。みすぼらしい僕には似つかわしくない綺麗な宝石は、遠くにいる彼のことを思い出させる。本当に会えるのかどうかわからなかった。ろくに食事も与えられずに、熱をだしても無理やり、口での奉仕を休むことが許されるはずもない。乱暴な男に支配をうけながら、気が遠くなっていく。気が付いた時には荷馬車はなく、冷たい石畳の上にほうりだされていた。誰もいない空間で、少ない手荷物さえもないことに気が付く。首飾りは身に着けていた為にとられなかった。誰もこんなボロをまとう僕が、立派な首飾りをしていることなど思いもよらないだろう。ここは、王子様のいる町。どうやら男は、約束だけは守ってくれたようだ。「どうしたの？」親切な女の人に声をかけられて、あたたかい食事を与えられ、とりあえずの寝床を確保した。熱に浮かされて見る夢は、やはり彼の美しい姿。やせ細って起き上がる力さえ、本当はないけれど。僕はなにかに動かされるように、その家を抜け出して、王子様の元へ向かった。貸してもらった服をそのまま盗んで、整えてもらった身支度のお礼もなにもいわずに。忍び込んだお城には、巨漢の衛兵が何人もいて、僕はたちまち囲まれてしまった。弱ったこの体では、逃げることも出来ずに。怯える小さな僕のことなど、害ある敵などとも思われず、飢えた彼らに次々と犯される。命がなくならなかったのだから、これは運命だといえるのだろうか。　→ 　　

  2005.11.13

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  『煌夢』1

  彼は。僕にとって彼は。とても綺麗な存在で。なにものにもかえがたい美しい姿。一度しか会ったことがないけれど、それはそれは大切な思い出。森の奥の湖のそばで、彼に出会った。お忍びで旅をしていた遠い国の王子様は、何者かの追っ手におわれていて、腕から血を流し、その場にいて目をあわせた僕に首飾りをさしだした。「これを持っていけ。」僕はなにか重大なことをおおせつかったような気がして、あわててそれをうけとったのだった。「早く、行け。」ひとめで彼だとわかる見事な黒髪が揺れた。まもなくおとずれた人の気配に怯えて、僕はその場所を後にする。大切な首飾りをこの胸の奥に隠して。「だから、無理だって、積み荷はもういっぱいなんだから。」男はけだるそうに酒を飲みながら、馬につないだタズナを握っていた。「でも、お願いします。どうしてもあの町まで行かないと・・。」男の目が僕を値踏みするように見ている。「・・・いけないんです。」どうすればいいのかなんてわかってる。なにも持っていない僕には、そうしなければ、何かを手にいれることなどできはしない。やがて、なにもいわずに、その男の手が伸びてきて、乱暴に僕の頭をつかむと、僕の口元にはそのまま彼の中心部分が押し付けられた。あきらめて目を閉じて、促されるままに舌を使う。「・・よし、続けろ。」男の気持ちよさそうな息遣いが聞こえる。これでいい。こうしていれば馬車に乗せてもらえるだろう。行くんだ、あの綺麗な王子様のところへ。首飾りをなくした王子様が、しだいに力をなくしていくさまを、風の噂で耳にした僕は、おそれ多くも、尊い王子様を助けるべく、はるか遠いそのお城を目指したのだった。　→ 　　

  2005.11.12

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  『執務室で囁いて』

  彼のサポートによるところも大きく、ここのところ俺の仕事は順調に行くようになっていた。二人だけの執務室。俺はさっき手に入れた合格の企画書を上原さんにさしだして、「ありがとうございました。」と満面の笑みを浮かべていた。「やっとみなさんに認めてもらえたんだよ。」でも彼は、ちらりと目だけで俺のほうを見ただけで、「そうですか。」と仕事している手を休めることはない。今はなにか書類をしわけて、とじている最中だった。俺がなにもいわずにジッとたちつくして、彼のことをぼんやり見ていると、「・・・なにか？」少し冷たいとさえ思えるような態度で彼は言った。「あ、ごめん、見とれちゃって・・。」あわてて視線をそらす。俺は彼の仕事してる時の真剣な顔がすごく好きだった。「翔さん・・・。」やっと手を止めて俺のほうをちゃんと見てくれた上原さんは、「お上手ですね、心にもないことを。」少し曇った表情でため息をついた。「なんで？本心だよ？」心配になってきて、書類を置くと俺は「どうしてそんなこというの？俺は・・・。」俺は、なんだろう。俺は上原さんのことを・・・。「上原さんだって、口ばっかりじゃない・・・。」うつむいてしまう。二人の今の関係がよくわからない。恋愛感情なのか、それともただの信頼関係なのか。子供な俺が判断してしまって、あきれられないのだろうか。「そんなこと言われるのは心外ですね。」なんだか険しい顔がそこにはあった。俺は彼のことを怒らせてしまったみたいだ。「ごめんなさい。でも、上原さんがなに考えてるのかよくわからないから。」なるべく落ち着いて彼がどうするのかを見ていた。彼は立ち上がると眼鏡をはずして、応接のソファーへと移動する。「どうぞ？」腕を背もたれにのせ、俺にうながした。「・・・うん。」動揺をさとられないようにうなづいて、彼の隣にちょこんと固まって座る。「まだわからないなんて言ってるんですか？」スッと彼の唇が俺の首筋によせられ、あたたかい息がかかった。「だ・・だって・・。」積極的になにかをしてほしいわけではないけど、彼が言うほどには求められたこともなくて、そう、キスくらいしかした記憶がない。どこまでが仕事なのかよくわからない彼の態度には、正直とまどいを感じてしまう。「あなたの風邪が治るまで待っていただけですよ・・・。」急に優しくなった口調に彼の顔を見ると、いつかのあの色っぽい表情がそこにはあった。考える間もなく唇が重ねられ、はいってきたものに息ができないくらいしびれが走る。焦らすように少しだけあたえられたその行為は、それだけで充分に俺の胸を熱くさせた。「ここではマズイと思いますので、帰宅してからにしましょうか。」本心なのか、わざとそう言ってるだけなのか。上原さんの楽しそうに微笑んだ口元に、まるで磁石に吸い寄せられるように、俺は自分からまた唇をくっつけていく。もっと、もっと。「翔さん、ほら、止まれなくなりますから・・・。」困った顔をして、優しく俺の体を離す。泣きそうだ。上原さんはこんな状態でもまだ、我慢できるほど余裕があるのかな。涙目になって見上げる俺のおでこに彼は、一度キスをすると「あなたがあまりにも、みなさんに愛想がいいんで、　おしおきです。」少し赤くなって囁いた。　→ 　　

  2005.11.07

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  『執務室で眠りなさい』

  「お疲れさまでした。」執務室のドアを開けると、当然のようにある上原さんの笑顔。それは、どうしても必要だと自分でキープした大切なもの。張り詰めていた気が、いっきに抜ける。「どうしました？顔色がすぐれませんね。」俺がなにも言わなくたって、彼にはなにもかもお見通しだった。役職は上でも、新人の俺にあたえられた任務は荷が重過ぎて、まわりにも、そうたやすく受け入れてもらえるはずもなく、緻密に作戦をねった会議もうまくいかなかったのだ。内容なんてまるで関係もなく、いちいち言葉尻をとらえられ、ほら無能だと、まつりあげられる。「上原さん・・・。」机についたまま仕事をする彼の近くまで行くと俺は、座ったままの彼を後ろから抱きしめた。「辛かった・・・。」なんていう名前の香水なのかわからないけど、彼からは落ち着く、とてもいい匂いがする。「いいんですか、そんなことして・・・襲いますよ？」小さなパソコンの画面を見たままで、彼の穏やかな声がした。ちょっとだけ笑ってしまう。たしかに以前、彼とキスをしたことはあるけど、その時になされた、告白めいた発言なんてなかったかのように、彼が俺になにかを仕掛けてくる、なんていうようなことはなにもなかった。襲うなんていわれたって、冗談としか思えない。俺はかまわずに、ますます上原さんにすりよって、挑発するように彼の頬にキスなどしてみていた。彼がどんな反応をするのか興味があったのかもしれない。「仕方がない人ですね。」俺がいつまでも離れなかったせいなのか、上原さんはキーボードを打つ手をとめて、ため息をつくと、急に俺の顔を両手でとらえ、いきなり、俺のすべての思考を中止させた。えも言われぬ大人のキスで。「私としましては、かなり遠慮してたんですが。　あなただって急に慣れない業務につかれたわけなので。」まるで仕事をするみたいに、手際よくテキパキと俺の体を持ち上げ、運びながら彼は言った。上等なソファーの上に緩やかにおろされ、あたりまえのことのように、くちづけの続きがはじままる。「待っ・・・。」あまりにも展開が早すぎてついていけない、ジタバタして、やっとのことで彼の動きを抑えた時にはもうすでに、服の前はすべて開けられていて、彼も半分脱ぎかけていた。「許可は得ているはずです、私がここに残る条件のこと、　お忘れですか？」俺の上にのしかかったままで、眼鏡の奥からするどい眼差しがひかる。本当に同一人物なのか疑わしく思えるほど、普段の彼の温厚な様子からはかけはなれている姿だった。心臓がどきどきいっている。男の人にそんなこと思うのは間違っているのかもしれない。色っぽいだなんて。そんなに見る機会がない上原さんの素肌は、意外と鍛えられているのか、とてもひきしまっていた。実際の年齢よりもずっと若く思える。俺は手をのばして、彼がかけている眼鏡をはずしてみた。「翔さん？」俺の目を覗き込む顔がなんだか幼い。「・・・やっぱり俺じゃ、駄目なのかなぁ。」こんな時になんだけれど、さっきの会議での失態をまだひきずっている。俺がやっとのことでひねりだしたアイデアは、役所だか、弁護士だかの承認があれば実現するのだろうか。「翔さん・・・熱が・・・。」俺のぼんやりしている表情に気がついたのか、上原さんの冷たい手のひらが俺のおでこにのせられた。熱？ああ、だからだ。なんだかダルかったのだ。俺は心配そうに見つめる上原さんに、「もう終わり？」って言って微笑んだ。いつの間にかまた、いつもの落ち着いた表情に戻った彼は、俺の手をとって甲に口付けると、「どうしましょう？」困りましたねって顔をしながら、少し笑っている。余裕なんだなって思うと、やっぱりとても安心した。彼がいてくれる限り、なにが起こっても大丈夫そうだ。それから服をなおされて、毛布をかけられると、子守唄のように彼が電話で話す声を聞いていた。何度も何度もいろんな場所にかけて、同じ話を根気よく繰り返す。俺を助けるその行為に包まれて今はただ眠っていよう。明日からまた戦いの日々がはじまるのだから。　→ 　　

  2005.11.06

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  『執務室で泣かないで』

  あわてて駆け込んだ執務室。後ろ手に扉を閉めた俺は、息をきらせながら、自分の荷物を片付け、荷造りしている彼に言った。「上原さん、やめるって本当？」　上着を脱いで胸元を少しあけ、腕まくりをしている。そんな彼ははじめて見た。いままでは、キチンとした姿しか見たことがなかった。「ええ。」ダンボールに入れてしまう前に、手にとって中身を確認していた本を広げたままで、彼は俺のほうをむいて、細いフレームの眼鏡を中指でなおす。「翔さんにもお世話になりました。」あくまでも大人で冷静な対応。幼い頃から見ていた彼の有能さは、こんな時でもちっともかわらない。「なんで、そのままいてくれないの？」父の他界で、あまりにも突然、これから重要な仕事をまかされてしまう俺から、どうして彼は逃げるように去っていこうとするんだろう。俺の問いかけにも彼は穏やかに微笑んだだけで、また、たんたんと荷造りをはじめてしまった。彼は父の有能な秘書だった。幼い頃から、ときおり見かけた彼の端正な姿を、俺はいつでも尊敬と、恋にも似たあこがれの眼差しで見つめていたのに。なにもわからない俺が、今回の大抜擢を承諾したのも、きっと彼が俺のことを助けてくれると思っていたからだ。父にしていたように彼が、ついていてくれると思ったから、なのに。一人じゃ無理だ。とても戦えそうにない。「俺を捨てるんですか？」考えるよりも先に口をついてでていた。年上の彼に対するわがままなのかもしれなかった。「・・・そんな。」そういうと上原さんはやっと手をとめて、部屋の入り口で動けなくなっている俺の近くまできてくれる。「そんなこと言わないで、しっかりしてください。　これからあなたは新しい風を吹き込んで行くんでしょう？　私は邪魔なはずです。」俺のやりたいことが、もうすでにわかってる。古い考え方の他の重役達とは違う。「・・・お願いだから。」頭のいい彼には、俺のどんな言葉も覆されてしまうだろう。どうやったって引き止められない。俺は無力感から悲しくなってしまった。こんなにも急に、お別れだなんて。父の仕事の邪魔ばかりする幼かった俺にも、優しく接してくれていた彼に、もう会えない。「泣かないでください・・・。」涙で滲む視界に、彼の顔がものすごく近くにあった。頭の中も、胸の奥も、ぎゅっと締め付けられてしまっている俺のことを、上原さんは優しく抱きしめてくれた。そして、あいさつのように自然に唇がかさなる。そうされることによって、俺はとりみださずにすんだのかもしれなかった。「そばにいて・・・上原さんがいないと駄目なんです。」今伝えないと、最後なのだと思うと、俺の言葉はよけいに切実に響いた。「行かないで。」涙が流れるのもかまわずに、彼に訴える。みっともなくたって、いっこうにかまわない。「まるで愛の告白に聞こえますよ？」俺の頭を抱きこんで、上原さんはなでてくれていた。なだめられている子供みたいだと自分で思う。「二人きりになると無理そうだったので、　去っていこうと思ったんですけどね。」「・・・無理って？」上原さんの指が俺の涙を何度も拭って、俺は次第に落ち着きを取り戻していった。「あなたに愛を告白して、　あなたの体にいろんなことを、　してしまいそうになるんじゃないかって・・・。」意味を理解してから俺は無言のままうなづき、彼の胸を抱き返した。「さっきキスをしたでしょう？冗談や脅しじゃないんですよ？」とまどうように囁く彼の声を夢見心地で聞いている。止まらない涙は恐怖や嫌悪なんかではなくて、うれしさで。彼はここにいてくれるのかもしれない。「でも、そんなに泣かれると難しいものですね。」頭をなでる彼の頼れる腕に身をまかせながら、両方の意味で俺は、安堵の胸を撫で下ろしたのだった。　→ 　　

  2005.11.05

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  『だから僕は意地悪をする』

  窓から星が見えていて、もう日が暮れている。島谷の大きな家に来て、彼の部屋で、ようやく俺達は深い深いキスをしていた。なにか話しかけようと思った時に、ふいに重ねられたその唇は、いつも余裕の彼には似合わないほど、ぎこちなくて、ただでさえ緊張していた俺は、すべての動きをこわばらせた。「ごめん・・。」唇を離すとため息をついて、島谷は言った。その長い腕を腰にまわされて、彼のおでこを俺の肩にくっつけられる。「なんで、謝んの？」あまりにも島谷が不安気で、それをまた、俺がかわいらしいなんて思ってしまったので、まるで、なにをされても平気だよと伝えるように、俺は島谷に笑いかけていた。「上手に出来そうにないから・・。」島谷は俺の肩からおでこを離さないままで、ぎゅーっと俺の体を抱きしめたりしている。「・・・上手・・・って・・・。」具体的にイメージしていたわけではなかったけれど、やっぱり、そんなことに上手いとかヘタだとかあるんだ。「竹河がなんにも知らない分、僕がしっかりしなきゃね。」やっと顔をあげた島谷は、ちょっとだけからかうみたいな目をして、僕を見ていた。眼鏡の奥にあるその瞳は、やっぱり苦手だ。なんだか冷たい感じがする。俺は視線をそらすと、「なんにも知らないなんて、勝手にきめんなよ。」と言って、俺を抱いている島谷から逃れようともがいていた。力でおさえつけるでもなく、俺を自由にさせながらも彼は、けして離さずに、俺の体に逆にますます腕をからめている、「竹河、駄目だよ、いまさら・・・。」ついに、しっかりととらえられて、動けなくなる。背中から抱きしめられ、両手を押さえられて、「もう逃がさないよ？」後ろから耳元に囁かれる。コメカミあたりにかすかにあたる、島谷の眼鏡の感触。なにが怖いと思っているのか、自分でもよくわからなかったけれど、この眼鏡のせいなんじゃないかって、後ろを振り向いて島谷の顔を眺めながら思った。俺は押さえられている手にゆっくり力をいれると、島谷に手首を握られたまま、彼のかけている眼鏡をはずす。ほら、優しい顔になった。島谷は眼鏡をかけていないほうが柔らかい表情になる。俺はとても安心して、手にとったその眼鏡を、少し離れたテーブルの上に置いた。「暗くするから、力抜いててね。」島谷の声がして、本当に部屋の明かりが消えると、窓からのかすかな月明かりだけの部屋で、彼の暖かい手が、俺の服の中にはいってきていた。いきなり、確信をつかまえられて、そのリアルな感覚に、どうしていいのかわからなくなってしまう。「島・・島谷、俺・・。」「いいから。」同時に反対の手は、いつのまにか胸のあたりにあって、そこを柔らかくはじくように動いている。息をすること以外には対応できなくて、ただ彼のなすがままになっていた。どうしよう、なんとかしなければ。目が慣れてくると同時に、今度は見られてるんじゃないかという、耐えられないくらいの羞恥が襲ってきた。「・・・ちょっと待って。」泣きそうになりながら、やっとそれだけを小さな声でいったのに、「ほら、恥ずかしいなら向こうむいてればいいから。」島谷は手を休めることもない。「自分の手だと思って・・。」なんて、ますますその器用な動きを繰り返していた。「やめ・・・やめ・・て・・。」声をあげそうになって、こらえる。彼のしたいことって、ほんとにこういうことなんだろうか。「おしおきだよ。僕のこといつもからかってる君への。」気持ちのよさを味わえずに、何故か泣いてしまっている俺に島谷はちょっと困ったようにそういった。「俺がいつ島谷のこと、からかったんだよ。」反論する。いうことを聞いてこそすれ、からかったことなんか一度だってないはずだ。「ほら、そんな顔するから。」めそめそ泣いていた俺の顔。「僕はあせって、なんにも上手くできないんだよ。いつも、僕だけが・・・。」島谷はそう言って、あきらめたようにため息をついた。　→ 　　『眼鏡こわい』『想像で捕らわれる』『守れない約束』『秋晴れ』

  2005.11.03

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  『秋晴れ』

  都合よく晴れた青空に見下ろされて、ものすごい人でごったかえし、ガチャガチャしているグランドにいる。待っていた体育祭、俺は走るのがとっても得意なんだった。さわいでいる声で、テンションもあがる。生徒会長だし、いろいろ実行委員の仕事もしている島谷は、今日もとっても忙しそうに動きまわっていた。だからあんまり会えなかった。でも、俺が走るクラス代表リレーに向かう時、やっと近くですれ違うことができて、言葉はかわさすにジェスチャーで、島谷は自分が持っている一位の旗を俺に見せていた。一位になったら、島谷から旗を貰える。俄然やる気になった俺は、競り合っていたバトンをもらうと、ぐんぐん相手を引き離して、アンカーの任務を無事にはたした。手放しで喜ぶ外野に大きな声をあげてこたえ、集まって来た仲間にもハイタッチなんぞをきめる。一位をつかまえにきてくれた島谷にも、どさくさにまぎれて、抱きついた。キスだってしたかったけど、それはなんとかこらえた。午後から、走る人がトラックの線から入らないように見る仕事を、割り当てられていた俺が、トラックの内側でしゃがんでいると、いつのまにか近くに島谷が来て、並んでしゃがんでいた。「竹河、さっき格好よかった。」言われたので、ちょっと照れて、「走るの得意なんだ。」と、トラックの線を見たままで答えた。そして、「・・・仕事いいのかよ？」気になったので聞いてみる。朝からずっと忙しそうだったのに、こんなところで油を売っていていいのかな。「僕だってちょっと休ませてもらわないとね。」島谷の声が後ろから聞こえている。「明日休みだから、泊まりにきて？」「・・・え？」しばらくぶりに誘われたので、ちょっとびっくりした。次に泊まる時には、なにかが起こるような前置きを、以前に聞いていたような気がする。「うん。」俺はそれには気が付いていないふりをしてうなずいた。「今日は最後までしよーね？」ごまかそうとした俺に、はっきりと島谷が確認をいれる。「最後って・・。」「最後だよ。意味わかるでしょ？もう待たないからね。」今までゆっくりと積み重ねてきた、島谷との恋人のふれあいが瞬時に浮かび、「逃げないって約束してね。」っていう言葉がとても怖く響く。「駄目だよ。」「なにが駄目なの？」ちょっとだけ不機嫌になった島谷が、ぐいっとせまってくる。「そんなこと前もって言われちゃったら、俺・・」離れた場所にたくさんいる人の視線が気になる。そんなに近づかないでほしい。「緊張してきちゃったじゃんか・・」息をつめて、なるべく彼のほうを見ないようにして言った。「さっきは抱きついてきてくれたのに。」ため息まじりに島谷が言う。「あれは・・いきおいで、つい・・。」「煽った責任とってよ。」「あ、煽ってなんかないってば・・。」「僕ばっかり焦らせて、ひどいよ竹河は・・。」あまり聞いたことがなかったけど、甘えたようなそのくちぶりは、別に怒っているわけじゃないんだと思うと安心した。「島谷も焦ったりするんだな・・・。」ほっとして尋ねる。「ずっとだよそんなのはじめから。」島谷はかわいらしく俺のことを見つめながら「君にあってからずっとかもしれないよ？」と続けた。閉会の挨拶を、朝礼台の上で立派に述べた島谷は、俺が並んでいる列のそばを通る時、ちらっと俺の顔をみて、わざと大袈裟に、ぷいっと向こうをむいて見せている。普段は見せない彼の拗ねたような態度に、ふふっと自然に笑みがこぼれた。日焼けしたし疲れたけど、今日は、とってもいい一日だったなぁ　→ 　　『眼鏡こわい』『想像で捕らわれる』『守れない約束』

  2005.10.16

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  『彼の思惑』

  会いたくて会いたくて。つい誘ってしまっている。人前で彼に触れることはできないから、いつでもふたりきりになりたかった。他には誰もいない部屋で、かわいい人をこの腕の中に抱きこんで、素直に身をまかせてくれている大切な体を堪能していた。「最後までする気になった？」俺よりも経験豊かな彼の、積極的な腕が俺にからんできて、誘うように唇を奪われる。俺はなるだけ反応しないように気をつけながらキスを終えて、「してほしいんですか？」近くにいる彼に問い返した。「いいよ、しても。」それは俺の欲しい答えではない。俺がしたいことをさせてもらって、気が済んだだろうとさっていかれるのが不安なのだ。彼のほうから求めてもらったら、どんなにいいだろう。「あなたがどうしてもっていう気持ちになるまで、　待ってるんです。」俺が言った言葉の意味を、よくわからなかったのか彼は、「どうしても？」といってから、俺の体に両手をまわし、「・・・したいなぁ。」やわらかく、だけどしっかりと抱きしめた。「そういうんじゃなくて・・　それは心がないってわかりますから。」わりと受身なことが多い彼からのリアクションは、うれしくて、ついほだされそうになってしまうけど、そんなことでいちいち流されていては、彼に逃げられてしまうかもしれない。「へんなの。」甘い誘惑をこらえた俺のことを彼はからかうように笑って、また自由にキスをする。俺の気もしらずに。「毎日こんなことしてれば、　あなただって俺のこと考えてくれるようになるでしょ？」唇が離れてから穏やかに聞いてみた。それは切実な願いでもあった。「体は反応するよね。」ほら、といって悪びれることもなく彼は、自分の下肢を俺の太ももにあててくる。「体だけですか？」とまどいながらも聞いてみた。彼は俺のことをどの程度まで想ってくれているんだろう。「心もおんなじじゃないのかなぁ・・・。」考えながら彼は言って、「お前は？なんだかんだ言っても、　許してくれるのはキスくらいだから、　僕のこと好きって言ったのは、　本当は別にそういう意味じゃなかったのかなぁ、　なんて最近思ってきた。」と続けた。どうりで、この頃は泣かなくなっていた。常に別れをきりだされそうな雰囲気がなくなったので、よかったと思っていたけど、そうじゃなかったんだ。ますます相手にしてもらえてなかっただけだった。俺は少しくやしくなってきて、なんだかボンヤリしている彼の前から手を入れて、自分にあてられている、少し硬くなっているその場所を、直接手のひらに握った。「ほんとだ、反応・・・してますね・・・。」彼が驚いて、動けなくなっているのがわかった。他人のそこに触れるのははじめてだったので、俺だってとまどっていたけど、気持ちを伝えたかったので、なるべく落ち着いて、丁寧に上下させてみる。「・・・僕・・だけ、　・・・達けばいいの・・・？」彼のこらえて出した声に手を止める。「俺だってそうしたいですけど・・・それじゃあ・・・。」いろいろ考えてそこでやめることにした。自分の心ですら整理ができていない。「すいません。」俺がそーっと彼の顔を伺うように見ると、怒った様子もなく彼はちょっとだけ照れ笑いをして、「じゃあ、いつになったらするんだよ？」と言った。「あなたが俺から離れられないって気持ちになったら　それはわかると思いますから、その時です。」俺がつられて笑って言うと、「もう思ってるっていうのに、わかんないやつだなー。」彼は服をなおしながらつぶやいた。確信が得られるまでは、怖くて無理なんです。少しづつあなたを懐柔して絶対だと思えるまでは。いくらでも時間をかけて待っている。そう決めています。　→ 　　

  2005.10.15

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  『彼のわがまま』

  密やかに密やかに。まるで人目を忍ぶ恋みたいに、また僕は彼の部屋につれてこられていた。「あー、やっぱり雨ふってきちゃいましたね。」いつになく不自然なほど饒舌な彼は、カーテンを少しよけて窓の外を見ている。「間に合ってよかったです、　もうちょっと出るのが遅かったら濡れちゃってましたよ？」あまりにもこっちを見ようとしない彼の背中に手を触れて、おでこをくっつけ、僕が「・・・・する？」って聞くと、急に話さなくなった。僕にとってはそれほど特別なことではないその行為を、彼はしたいのではないのだろうか。長い沈黙の後、ずっと向こうをむいていた彼はそのまま、「我慢しますから。」とはっきりといった。「なんで？我慢なんてしなくていいよ。」僕は両手をまわして、彼を背中から抱きしめる。「したいって言ってたろ？」僕の問いかけに彼はふりかえり、そっと自分にまわされていた僕の手をとると、唇同士がくっつくスレスレの位置にまで顔を近づけてきて、「終わった後、あなたが離れていきそうだから。」と、僕の目をみながらいった。見透かされている。僕はそれで彼の気が済むのを期待していたし、自分でも最後の決心をつける為、というような意味あいを感じていた。「離れたりしないよ。」口先だけで告げる言葉に、「嘘つきですね。」彼はさみしそうに微笑んでいる。「しない限り、別に俺はあなたの恋人じゃないんだから　離れる理由がないでしょう？」不安気に聞かれる。わざとしているのか、今にも重なりそうな唇がきになって、ついつい自分から求めてしまいそうになっていた。「だから、そんなことないってば。」話す度に少しかする。彼はそのまま僕の耳に唇をうつして、「ほんとですか？」と、ささやいた。背筋からゾクゾクする感覚が湧き出してくる。彼と違って様々な経験を抱えた僕の、体にうえつけられた記憶が呼び覚まされる。「大丈夫ですか？寒かったんじゃ・・雨だし・・。」僕の様子がおかしいことに気が付いた彼に、熱くなった顔を指摘され、手のひらで熱を測られた。「違うよ、馬鹿。」すごく恥ずかしくなってきて、彼の胸に顔を埋めてかくす。彼の手が僕の背中にまわされて、首すじを指先でくすぐられた。そんなことされると、よけいに震えてしまう。「・・・お前わざと・・。」乱れてきた息をのがすようにして、恨みがましく彼に言った。わかっていてそんなことしているのなら、彼はすごく意地悪だ。「・・なにがですか・・？」息ができないほど強く抱きしめられて、耳の下あたりのやわらかい場所に湿った感じがしている。なにもかも固定されて、逃れることができない。「キスも駄目？」我慢できないのは僕のほうだ。かろうじてふさがれていない口で、泣きそうになりながら彼にそう訴えた。「・・・友達のキスですよ。」しかたないとでもいうような口ぶりで、でもちょっとうれしそうに、彼は僕を抱いている手を緩めて、そーっと唇をあたえてくれた。僕は待っていた感覚に溺れ、夢中になって味わっている。控えめな彼の動きにはかまわずに、思うまま、舌を奥までのばした。いつまでこうしていられるのだろう。彼への欲求に耐え切れなくなりそうな自分を感じながら、彼の方の忍耐力に激しく期待をよせる。僕の心が許すまで、本当に君は待ってくれるんだろうか。この我儘な僕のことを。　→ 　　

  2005.10.14

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  『彼の綺麗な声』

  愛しくて愛しくて。伝えずにはいられなかった。もう、普通に接することなんてできない。なのに俺が気持ちを伝えた後、彼は泣き出して、微笑みながら、拒絶した。こんなに不安気な彼の顔を見るのははじめてだ。「俺はどうしたらいいんですか・・・。」なすすべもなく、とりあえず彼を抱きしめた手を、絶対に離すことなんてできない。「どうもしなくていいんだよ。」彼の体はこわばって、緊張しているので、やはり受け入れてなんてもらっていないことを感じる。彼は、「僕とばっかり一緒にいたせいで、お前は、思いこんじゃっただけなんだから。」と言って、涙をこぼしながら俺の頭に手をのばして撫でた。「あなたじゃないと、嫌なんです。」「・・・そんなことないって。」人と話すのが苦手で、いつも一人だった俺に、彼は自然に笑って、話しかけてくれた。俺が普通に人付き合い出来るようになったのは、彼のおかげなのに。「お前はあんまり他の人を知らないから、勘違いしてるんだよ。」彼はそんなこと言って、俺の気持ちをうけいれてはくれない。「あなたは俺のことどう思ってるんですか？」「・・・好きだよ。」「だったら・・・。」「駄目。」年上の彼はけしてゆずらずに、きっぱりとそう言った。なにを言っても否定される。彼の中ではもう、別れることになっている。「他の人を知ってからだったらいいんですか？」俺は必死になっていた。なんとか彼を繋ぎとめておきたかった。「俺が誰かと、して、きたら？」「・・・・。」俺がそう言ったあと、気のせいかもしれないけど、彼の目が悲しそうになったみたいに見えた。「俺がそんなことしたいって思うのはあなただけです。」彼を抱いたまま、その頭を撫でてみる。少し力を抜いて、身をまかせてくれたような気がした。離れたら終わりだと思う。今度会った時、もう今とは違う関係になっているかもしれない。「・・・いいのに、そうしたら。」彼が弱々しく俺につかまりながら、「そうしたら、気持ちもかわるかもしれないし・・・。」かすれた声を出した。それは彼の本心なんだろうか、「じゃあ、もういいです。」俺は言った。「二度と会いません。」彼は驚いたような顔をして、ゆっくり、やっと俺の顔をまっすぐに見てくれた。「俺はあなたの目にはいらないように生きていきます、　一生お別れです。」俺は彼に言い聞かせるように、瞳を見つめた。彼はあきらめたようにうつむくと、無言でうなづく。しばらくそのままで、俺も黙っていた。本当は震えてるのに、それを隠すみたいにして彼は、なるべく力を抜いている。抱きしめてるんだから、俺のことはごまかせないのに。「平気ですか？」涙をこらえている彼にそっと囁いた。「・・・それでもいいんですか？」恐る恐る俺を見る彼の目には、今にもあふれそうな涙が溜まっている。「嫌って言ってください。」少し安心した俺は、自然に微笑むことが出来て、「嘘つかないで答えて、”嫌”って思ったでしょ？」強気にそう言って、彼に返事をうながす。「・・・思っ・・・た。」泣きすぎて赤くなった目をそらしながら彼は、俺の好きな綺麗な声で小さくそう言った。うれしくて、ずうずうしく彼のおでこに口付けながら思う。その声にずっと助けられてきたのだ、答えなんてどっちでも同じだ。俺はあなたに拒まれたとしても、一生離れませんから。　→ 　　

  2005.10.13

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  『彼の睫毛』

  穏やかに穏やかに。僕の好きな顔で、いつも彼は優しく笑ってくれていた。なにかにつまづく度に、僕は本当に癒されて、つられて微笑むことが出来た。二人きりの彼の部屋。背の高い彼の唇は僕のことを、　「・・・好きです。」と言ったきり、動かなくなってしまった。夕日がさしこむ窓のカーテンが揺れている。もう閉めないと寒くなってしまうだろう。「うん。」僕は彼の言葉を聞いて、まにあわなかったって思った。もっと早くに離れるべきだった。「ありがとうな。」彼の頭に手をのばして、ポンポンと触れてみる。僕のほうが年上なのに、僕は彼の純粋さにつけこんで、少しでも長くそばにいたいって思ってしまっていた。「僕が女の子だったらよかったのにな。」自分では余裕で微笑んでいるつもりだったけど、苦笑いも涙にかわる。だから、そんなこと言われる前に、離れていなければならなかった。「なんで、泣くんですか？」「・・・・。」「・・・駄目なんですか？」僕は笑った顔のまま、「駄目じゃないよ、全然駄目じゃない。」言って、なんでもないというように、手の甲で涙を拭った。「お前はすごいかっこいいし、全然・・・。」なのに、あとからあとから涙がとまらない。「僕なんかじゃなくても、全然やっていけるから。」これ以上一緒にいたら、どんどん好きになっていくのはわかっていた。さっさと離れてやれなかった僕が悪い。「俺は、あなたと”やっていきたい”んですけど。」ちょっと怒ったような真剣な瞳が僕を見据えて、力強い両手で肩を掴まれた。「バカだなぁ。」触れている手のひらをうれしく思いながらも、同時に悲しさもこみあげてくる。もうほんとうに最後だ。「お前はなにもわかってないよ。」今僕に出来る、精一杯の笑顔でそう言った。「男同士だからですか？」彼の言葉に、一瞬ふっと笑おうと思ったのに、すぐに顔がゆがみ、もう駄目だった。笑顔はつくれずに、あきらかな泣顔になってしまう。「・・・・。」なにも言えずに、ただ涙を流していた。彼をまきこんでしまった罪悪感が沸いてくる。そしてもうすぐ失うのだという悲しさも。「あなたの前の恋人は男の人だったじゃないですか。」小さな声で不安気に、彼はうったえるように言った。「・・・だから、もうやめようと思ってさ。」なるべく落ち着いた声でそういう。嘘だ。多分これからも恋人は男だろう、それはかえられない。ただ、彼のことをまきこみたくなかった。少しだけ人見知りでおとなしい彼は、免疫がないからわからないだけなんだ。僕がしっかりしなきゃ駄目だ。「なんでそんなこと言うんですか？俺のこと嫌いですか？」掴まれている肩を離してもらいたかった。そんなにまっすぐに見られたら、断るのがものすごくつらくなってしまう。「そうじゃないよ、そうじゃないけど・・・。」うまく言葉が見つからなくて、そらしてしまう僕の視線をとらえるように、彼の顔がゆっくり近づいてきて、動けなかった僕の唇に軽く触れた。そして、もう一度、またもう一度。遠慮がちに表面を動くキスが繰り返されている。ぎこちない彼がものすごくかわいいと思った。「もっと、したいです。」熱っぽくささやかれる。「いいよ、なんでもして・・・・練習しといたらいいし。」本気だった。彼には幸せになってほしい。きっと経験なんてなにもない彼の、少しでも役にたつのなら、僕の体に触れることで、それが彼の自信につながるのなら、なにをしてくれてもかまわない。「そんなんじゃ嫌です。だったらなにもしません。」「そか・・・残念。」ふふっと笑って思い出す。「どっちなんですか？」はじめて会った時から好きだった、よくみると長い睫毛がパチパチと瞬いてる。ねぇ、今まで楽しかったよね？　→ 　　

  2005.10.12

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  『ボクの願い』

  あおむけに横になっている彼の瞳がボクを見ている。僕は彼の肩に手をついて体をささえ、自分の中に彼を入れようとしていた。さっきから随分長いこと、ボクのものよりも随分大きいそれを入り口にあてがって、なんとか腰を落とそうとしているんだけど、先どころかなにも入れることは出来なかった。なにかコツがあるのかな。そもそもサイズが違いすぎるような気がしてくる。「どうしよ、どうやったら・・・。」弱ったボクをみかねて、体を起こしてくれた彼は、「いいんだ、いくらなんでも、そりゃ無理だよな。」と言って、ボクの髪をなでてくれた。「無理じゃないよ、やりかたがわからないだけだよ。」あわてていいわけをする。本当に無理なんかじゃない。彼の望むことならなんでもしてあげたい。「・・・でも、相当痛いかもよ？」必死なボクの緊張をとくかのように、彼は優しく微笑んでくれた。「・・だけど・・だけど、ボクの中に入りたいって今・・。」「そりゃ入りたいけどさ、繋がりたいって思ったし・・・。」「だったら・・。」「なんでお前はそんなに俺のゆうことばっか聞いてくれんの？」彼のうれしそうに照れたような顔がかわいらしく首をかしげて、ボクのことを上目遣いに見た。「・・・負けたくないから。」目をみつめたままで、ボクは甘えるように彼の耳の近くでそう言う。「誰に？」「他の女の子とか夢の中のボクとか・・・。」「・・・・・。」「・・・お前はモテルから・・。」ボクが気持ちを伝えるのを、彼は静かに聞いてくれている。いろいろ考えるとなんだか悲しくなってきてしまった。彼の中にボクはどれくらいいるのだろう。「・・・バーカ。お前に叶うヤツなんていねーよ。」ボクがなにを考えているのか見透かしたように、彼はそんなことを言ってくれた。「だから俺のゆうことばっかり無理してきいたりすんな。」彼の手のひらがボクの頭を、彼の胸へと押し付けてくれている。優しくしてもらうと、泣けてきた。「ボク・・・ほんとはすごい・・。」信じてしまってもいいだろうか。「ものすごく恥ずかしかったんだから・・・。」ほんとに彼もボクのことを好きなのかと思ったら、鼻をすすりながら泣いていた。「・・・お前が俺のこと甘やかすから駄目なんだろ？」「でも、でもボクも一緒になりたいって思ったから・・・。」もう難しいことはわからない。「ボクもお前とひとつになりたい。」ただ彼の近くにいたかった。彼の指先がボクのその場所を広げている。「なるだけ力抜いて？」「ん・・。」彼の肩に両手をまわして中腰になり、ぶらさがるみたいに抱きしめていた。「駄目・・前・・触っちゃ・・。」痛みよりも、その動きのほうが気になって集中できない。「なんで？今すごい力抜けてる、そのまま俺に掴まってて。」器用な彼の手の動きだけでも、いっぱいいっぱいなのに、さらに唇に舌をいれられながら、彼のものがボクの中に入ってくる。狭い場所にゆっくりと彼が侵入してくる感覚。最初の部分はどうやって入ったんだろう。少しでも力をいれると、痛くなってしまいそうで、怖くて、ますますボクは彼にしがみつき、その緊張に耐えていた。「はいった・・。」唇がをはなしてから彼が声をひそめてそう言った。実際そうなってみるとあまり余裕がない。まるでうちつけられたように、少しも動ける感じがしなかった。「大丈夫か？」すぐ目の前に彼の顔がある。ボクはコクコクとうなずいた後、「ボクだけにして。」と小さな声で言った。「わかった・・わかってる・・・お前こそ。」彼はボクを抱きしめなおして、「お前こそ、俺だけにしてくれよな。」心配そうにボクを見ていた。もしかすると彼もボクも不安なのは同じなんだろうか。同じくらい好きで同じくらい想っているのなら、なんとかやっていけるような気がして、ボク達は長い時間体を繋げたままで味わうようにいつまでも抱きあっていた。　→ 　　

  2005.10.10

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  『俺の望み』

  俺の望みどおりに、かわいい彼の口の中に、俺自身が含まれていた。夢にまでみていたこの状態にテンションが高まっているのが、自分でもわかる。俺は乱暴に彼の髪を掴み、動いてほしい方向に自由に動かしたりしていた。「もっと、舌使って・・・。」若干命令口調でそう言ってみると、本当に彼の舌は、よりいっそう俺のそれに刺激をあたえた。きっと彼は俺がもういいっていうまで続けてくれるんだろう。俺が望むのならこのまま最後までしていてくれる。そして飲みほすのだ、俺が放つ熱をこぼすことなく。「もーいいよ。」名残惜しいけれど、俺はそういうと彼の顔をそっと両手ではなした。「駄目だった？」不安そうな瞳が俺を見上げる。「いや、そんなことねーけどさ。」彼は潤んだ目のままで首をかしげていた。「好き、は？」そばに来た彼に手を伸ばして、逃げられないように抱きしめる。以前にした約束を思い出した彼は、顔を赤くしてうつむいてしまった。「なんだよ、俺のことなんて好きじゃない？」返事をしない彼がじれったくて、耳を舐めながら意地悪くそういってみる。彼はうつむいたままで激しく首を横にふった。「ホントかな？」俺はそのまま、彼の頬やら首筋やらに唇をはわせながら、同時に手を服の中に入れて、なめらかな肌をなでまわしている。「言わないならどんどん触るけど・・・。」グッと彼のズボンの前を押し下げて、露出した箇所に手を這わせた時、彼は俺の胸を力いっぱい掴んだままで、震えながら、好きだよ。といった。それは囁くように小さな声だった。「聞こえねーなぁ。」まったく手の動きを止めずに俺がいうと、「意地悪・・・。」彼は涙ぐみ、あきらめたように力を抜いて俺に身をまかせた。彼自身からあふれ出す液体で、その周辺が潤んでゆく。俺はそれを丁寧に塗りつけて、ますます彼の、その場所への手触りをなめらかなものにしていった。「すごい出てきてる・・。」気持ちよさそうな彼の息遣いを聞きながら、満足してますますそれを煽るようにささやく。「うん・・。」彼は目を閉じたまま、俺の顔に唇をよせて、少しズレた位置にくっつけていた。「ボクも触る・・・。」彼の手が俺の前に伸びて、まだ慣れない動きでぎこちなくそこを擦る。俺が彼に声をあげさせる度に、その動きは止まるので、少しおかしくなってきて笑ってしまった。「・・・どうしたの？」「いや、気持ちよさそうだから。」少し息をきらしている彼のことがかわいくて仕様がない。「・・・お前は気持ちよくないの？」不思議そうな顔をして、俺にそういう彼に、「気持ちよくして？」といってから俺はおでこにキスをした。「うん。」意味がわかっていない彼の下に手をやって、さっきから触っている小さな窪みを指で押してみる。「ここにはいりたい。」ようやく俺のいいたいことを理解した彼は、固まっていたけど放さずに、「お前のここにはいりたいよ。」もう一度言った。なんでもゆうことを聞いてくれる彼は、無言でうなずくと、俺をまたいで膝立ちになり、俺の肩に手をついて体をささえる。「出来るとこまででいいから。」俺の言葉にも、「・・・大丈夫。」強気の返事がかえってくる。好きっていうことにはあんなに恥らうくせに、こんなことするのには、やけに度胸がすわっている彼のギャップに魅せられて、このまま最後までちゃんと出来たなら、そのままずっと、繋がったまま離れなければいいのになんて考えていた。　→ 　　

  2005.10.09

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  『逃げとオーダー』

  あんなことをしてしまったせいなのか、彼の顔がまともに見れない。昼間だし学校だし、まわりに人がたくさんいるし、ボクは彼の視線からことごとく目をそらしていた。だって、すごく恥ずかしい。思い出して顔が赤くなってしまうから、きっと、ヘンに思われる。あまりにも逃げ回っていたので、放課後にはとうとう彼につかまってしまった。「なんだよ？怒ってんのか？」てっきり怒鳴られると思い込んでいたボクは、彼の自信なさげな声にちょっとホッとする。「・・・違うよ。」なるべく彼を見ないで、逆を向いたまま答えた。「じゃあ、どうした？」声を低くして、近づいてくる顔。耳元に彼の息を感じて、照れてしまう。「ほら、また泣きそうだし・・・。」彼は心配そうにボクの顔を覗き込んでいた。「違うよ、泣きそうなんじゃなくて、恥ずかしいから・・。」口に出していうとますます顔が熱くなっていく。「顔見ると思い出しちゃって・・・。」ボクが彼を見上げると、ボクにつられたのか、彼の顔まで相当赤くなっていた。「あ・・・そか、だよな・・・。」無言で二人、窓の外を見ている。もう冷たくなってきた風が、気持ちよかった。「今度は俺がお前のゆうこと聞くからさ。」空を見たままで彼がそう言ったので、「え、いいよそんなの。」と答えた。「なんで？お前は俺にしてほしいこととかねーの？」してほしいこと・・・？。見つめる彼の視線にまた赤くなってしまう。「俺も自分でして見せようか？」ボクが黙ってるので、彼がそんなこと言ってくれた。あわてて首をふり、お断りする。別にボクは彼のそんな姿を見たいとは思わなかった。「なんでもするから言ってくれよ、俺はなにしたらいい？」相当ボクに気を使っているのがわかる。はっきり言ってそれだけでも充分なほどだった。「ボクは・・・。」「うん。」「ボクはお前が満足してくれれば、それでいいんだよ。」心配そうにボクを見ている彼の顔を、上目遣いに眺めてみる。僕がしっかりと見ると、今度は彼のほうが困ったように目をそらした。「そんなこと言うなよ・・・。」みるみるうちに赤くなっていく頬を、彼は大きな手ですぐにかくしていた。「お前がなにか言ってくれないと、　一人で勝手にしてるみたいで不安なんだよ。」手のひらの隙間から、彼の声がそう聞こえた。「だったら、そういうことじゃなくて・・・。」ボクは少し考えて、「ちゃんと好きって言ってほしいかも。」といってみた。いろいろ言ってくれるけど、肝心のそういうことはまだ聞いていないかもしれない。「好きって・・・？」「うん。」「好きだよ、もちろん。」「そうだよね。」「お前こそ・・。」「え・・？」「あんな、冗談みたいにしか、俺だって聞いてねーんだけど。」「そうだっけ・・・。」たしかにそうなのかもしれない。真剣に言った覚えがない。「言って？」あらためてそういわれると、ちょっといいづらかった。「・・・。」「なんだよ、あんなことは出来るのに、いえねー？」追い討ちをかけるように、この前の自分を思い出してしまい、ますますいえなくなってしまう。「じゃあ、今度でいいや。」困ったボクに彼はそういってくれたけど、「そのかわり、その時口でしてもらお。」そっと見たボクに、やらしい顔で笑っていた。　→ 　　

  2005.10.08

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  『想いと支配』

  夢の中の俺はとても乱暴で、何故か彼にものすごく命令をする。自分で服を脱がせて、俺に甘えさせて。いいなりになる彼を存分に味わうと、泣かせるまで攻めたてる。そうするとやっと少しだけ安心することができるんだ。現実の彼は俺だけのものではなくて、誰にでも優しいから。思い通りにならなくていつも、本当は奪ってしまいたかった。その願望が夢に出ていたのかもしれない。でも、今朝見た夢はいつもとはまるで反対で、俺のことを嫌がって泣いている彼をどうすることもできずに、あせった俺が、ただオロオロしているばかりだった。実際に彼に触った喜びは、嫌われたらどうしようって、不安にかわってしまったようだ。さっき俺は、無理強いしないように気をつかいながら、彼の反応を丁寧に舌で確かめていた。泣くように喘ぐ彼の声を聞きながら、最後までやめずに。俺の口の中に彼の想いが放たれた後、すぐに愛しい人は眠りに落ちた。暗闇の中で今も、俺に腕枕されて眠っている。月明かりに照らされた綺麗な白い顔は、少し身動きをしてから、ふと俺が見ていることに気が付くとボンヤリした顔で「ボク、寝ちゃってた？」と言って、俺のＴシャツの胸元を軽くつかんだ。「平気か・・・いやじゃなかった？」少し前までしていた行為のことをたずねてみる。「・・・うん・・。」彼はかすれた声を出して、もう一度目を閉じ、俺の胸に甘えた。「もう、いいの？続きしなくて・・・。」だんだん目が覚めてきたのか、しっかりした声になっている。「続きって・・。」あっさりとそんなことを言う彼にとまどう。意味をわかって言っているのか。「だって、ボクだけ・・・。」それ以上は黙ってしまい、俺がなんて言うのか待っているようだった。「じゃあ、体見せて？」せっかくなのでゆうことを聞いてもらうことにした。裸も見たいと思ったし、なによりも俺のゆうことを聞いて、自分で脱いだりする彼を見てみたい。「脱いだらいいの？」若干不思議そうな顔で、俺にそうたずねてから、彼は自分の着ているパジャマのボタンをはずしていった。横になっている俺の隣で、脱いでいく彼の動きでベットがゆれる。「全部？」下着も脱ぐのかという質問に、「ああ。」と当然のように答えた。「綺麗だな。」月の明かりだけで浮かび上がる彼の体は、夢で見たよりもずっと儚げで、俺の中の愛しさをますます膨らませていった。「なに言ってんの？」照れくさそうに笑った顔が見える。もっと言ってしまってもいいだろうか。「自分でしてみせて？」「え・・・。」「ゆうこと聞いて？」拒否されても仕方がない。俺だったらきっと断るだろう。だけど彼は、「わかった。」と言って、自分の手をそこにのばした。正座したままそっとする行為を見ながら、「もっと足ひらいて？」注文をつける。「うん・・。」少しつらそうに俺を見た彼の涙目が、やっぱりすごくかわいかった。彼が自分の手によって、息があがっていく。夢みたいだ。俺のゆうことをほんとに聞いてくれている。結構長い時間俺に見せてくれていた彼は、汗だくになってくると、「ごめん・・なんでだろ・・・。」全然終わりがこないことにあせっているようだった。俺は起き上がって彼をねぎらうように抱きしめて、「ありがとう。」と言った。「もう、充分だよ。」ホッとしたのか、じんわりと涙ぐんでゆく彼に、俺のほうが彼を見ながら終わってしまっていることを、告げた方がいいのだろうか。　→ 　　

  2005.10.07

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  『我慢と体力』

  はじめて自分から重ねた唇は、ちっとも加減がわからなくて、そんなに痛くはなかったけど、少しだけ歯と歯がぶつかってしまって、ついでにその時気が付いたんだけど、力がはいりすぎて小刻みに震えていた。それからどう動いていいのかわからなくて、止まってしまった僕の口の中に、彼の舌が様子を見るように入ってきてくれる。緊張しているなりに、ちゃんと力を抜いて受け入れたつもりだった。「いーよ別に・・。」それなのに彼はまたゆっくりと離れていってしまう。「絶対に今日、最後までしようとか思ってないし。」なんて言っている。ボクはそっと彼に抱きついて、「・・・”早くしよ”？」って言ってみた。「おま・・・なに言って・・・」自分ではその言い方に納得がいかなかったので、もう一度、今度はもう少し大きな声で、「早く・・。」って言った。そして、夕べ彼の夢に出てきたというボクを想像しながら、膝立ちになって、彼に腰をくっつけてみる。“ゆらす”ってどうやるんだろ。そもそも、ボクのその真ん中の場所は、夢の中とは違って、今すでに彼の手に握られていた。だから上手に彼の体にくっつくことが出来ない。彼より高い位置にきた頭で彼をみおろしてみると、赤い彼の顔が恥ずかしそうにボクを見上げていた。「・・・我慢できねーから・・そんなことすんなよ。」潤んだ瞳がとてもセクシーだと思った。「我慢しなくていいよ・・。」上半身裸の彼と、胸を露出しているボクは、長いこと肌を密着させていたせいか、ボクの中の緊張は多少おさまっているような気がしている。「こえーんだよ、夢と間違えて、　お前にひどいことしそうだし・・・。」ボクの腰にあいている手をまわして、ギュッと抱いてくれながら彼が言った。その時彼が無意識で入れた、もう片方の手のひらにも力がはいったようで、「あ・・・。」彼に握られたままのボクに圧迫を受けた。思わず膝の力が抜けて、彼にしがみついてしまう。「ご・・ごめん。」また止まってしまった彼の手を残念に思って、「やだ・・・もっと・・・してよ・・。」ボクは泣きそうになりながら、甘えた声をだした。甘えた声ってこうやるのだなぁって、自分でもびっくりするくらい気持ちをのせている。全身に力が入らなくなって、彼のあぐらの上に座っていた。彼の胸に身を任せることだけ考えている。「俺がヘンになったらちゃんと逃げろよ。」遠のく意識の中でそう言った彼の声を聞いた。彼の手の丁寧な動き方に翻弄されながら、ものすごく気持ちがよかったことしか覚えていない。ボクは夢中になって彼の香りに包まれながら、目を閉じていた。夢の中でいろんなことをボクにしている彼の気持ちが、少しわかったような気がする。ボクもどこからが夢でどこから現実だったのか、すごく曖昧だ。夢の中で彼はボクに、「よくしてやるから。」といって、そのままボク自身を口の中に含み、激しいキスをするその動きで、かなり長いこと何度も何度もその行為を繰り返した。ボクは彼の髪の中に汗ばむ手のひらを入れて、自分の痙攣に耐えていた。たくさん声をあげて、まるで自分じゃないみたいなボクのことを、彼は嫌いになったりしないだろうか。夢に浮かされながらも心配になってしまい、本当、いつもそれ以上のことをボクにしているらしい彼なら、もっともっと、その心配は激しいものなのかもしれないと思った。　→ 　　

  2005.10.06

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  『エゴと快楽』

  夢の中のように彼がなんの抵抗もなく、俺に身をまかせたので、急に恥ずかしくなってしまった。愛しい彼の体が、俺の腕の中にあって、俺の手のひらはジカに彼のことを握っている。この手を少しでも動かしたら、彼はきっと俺がいつも夢でみているように、なんらかの反応をするのだろうと思うと、緊張して動けなくなってしまった。ほんとにそんなことしてもいいんだろうか。「ごめんな。」優しい彼に一方的に、俺の気持ちを押し付けているような気がして申し訳ない。拒まれないことがわかっていて、そんなことをするのは卑怯じゃないのか。「なんで？やめちゃうから？」俺の背中に手をまわしたままで、彼が静かに言った。「いや、やめねーから。」俺はそう言うと、ほんとにゆっくりと、指先に触れている彼の表面をたどってく。俺に身をまかせる彼の体が微妙にこわばったのがわかると、それだけでどうしようもなく胸がしめつけられた。「なさけね。」手を止めて思わず言う。「ひとりで終わりそうになるし。」彼の体にはまだそれほどの兆しも現れていないっていうのに、俺だけが激しい盛り上がりを見せていた。「うれしいよ？」服ごしにでも、あきらかにわかってしまっている彼は、気を使ってくれたのか、そういってますます俺に密着してくれた。「だってボクのこと、　すごい好きって思ってくれてるみたいだもん。」すっかり安心しきっている彼に、「みたいじゃねーって・・・。」降参するしかなかった。余裕がないのはあきらかに俺のほうだ。「・・・気持ちいいか？」不安を隠せなくなって聞いてしまう。「うん、気持ちいいよ。」「気持ちいいとかいうなよ・・。」「・・・だってほんとにいいから。」彼がそういっても全然やらしく感じない。俺が言っている意味の気持ちいいではないのかとすら思う。続きをはじめて、彼が苦しそうになる度に、いちいち俺が止まるので、彼は不思議に思ったのか、「・・ボクが、声だしたら・・へん？」と聞いていた。「ちげーよ。かわいくて・・かわいすぎてつらいから。」夢なんか目じゃないくらい魅力的な彼に、慎重になる。彼に嫌われるのがすごく怖い。「毎日毎日、夢ではいろんなことしてんのにな。」思わずつぶやいていた。「どんなことしてるの？」「いえねって・・覚えてねーよ多すぎて。」「じゃあ夕べは？」「あー夕べは・・・お前がすげーねだっ・・・て。・・いや。」調子にのってそんなこと言ってしまったら、引かれるんじゃないのか。「ねだるって？」「だからもういーって。」俺は控えたいって思ったのに、「いいじゃんか別に教えてくれたって。　勝手にボクに好きなことしてるくせに。」彼がそんなこというので、じゃあって思って言うことにした。「だから夕べ見たのはお前が・・　お前がぎゅーって俺に抱きついてきて。」「・・・うん。」「・・・そんで腰を、俺にくっつけて・・ゆら・・して。」「・・・・。」「”早くしよ”ってすげー甘えた声で言っ・・・てた。」だからやめようって言ってるのに。案の定彼は固まってしまって、俺も一緒になって、二人してうつむいた。「しゃべってるだけでいきそう。」彼の耳に囁いてみる。もうどうしようもないくらいドキドキしている。「自分のほうが甘えた声だしてるよ？」彼の震える指が俺のほほに触れてくれて、そう言いながら彼は自分から唇にキスをしてくれた。　→ 　　

  2005.10.05

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  『照れと度胸』

  前に泊まりにきた時、ほんとに彼はキスしかしてこなかった。着ているものも、なにも脱がないままで。ただ抱きしめて眠ってくれた。ボクがみっともないくらい泣いてしまったから、それ以上できなかったというほうが正解なのかもしれない。どうして自分の体が震えるのか、よくわからなかった。あんなにも待ち望んだ行為だったっていうのに。彼はきっといつもボクに、夢の中でそれ以上のことをしている。「今日も泊まり、くる？」嫌味な程さりげなく、彼が言うので。「うん。」なるべく普通に言った。そして今はまた、彼の部屋で彼の腕の中に抱かれている。「今日は落ち着いてんのな。」耳に口付けられて、手を胸元にいれられた。「・・・大丈夫だよ。」頭の中で何度もシュミレーションしたのだ。もうあとは、気合だと思う。「でも、ちょっと力はいってるか・・。」鼻先でクスリと笑われて、上半身に着ているものをすそからまくられ、彼のサラサラした短い髪が、ボクのすぐ近くにきていた。胸の先の柔らかい場所に、彼の舌の感覚がして、自分の顔がみるみるうちに赤くなっていったのがわかった。駄目だ。やっぱり全然駄目だ。そんなことまで想像できていなかった。今更だけど、やったことなんてないから、シュミレーションにだって限界がある。ますますこわばってしまったボクに気が付いて、「まだ無理か。」彼はボクの服をもとにもどしてくれた。「大丈夫だってば。」精一杯平静を装って、そっと彼の顔を見上げた。顔の熱が冷めない。また今日もなにもしてもらえない。「・・脱がなくていいから、前だけ開けさせて？」ボクが身動きしないでいると、彼の手がのびてきて、ボクの胸元のボタンをはずしはじめた。「・・・？」脱がなくていいってどういうことだろう。全部はずしおえると、彼は自分のＴシャツをガバッと脱いだ。「ちょっとだけ広げるな。」ボクの服をよけて、彼に抱きしめられ、素肌の胸がぴたりとくっつく。彼の胸はとても広くて、筋肉がかっこよくついていて、そして、ボクと同じくらいに心臓がドキドキいっていた。すごく落ち着く。今日はこのまま眠るつもりででもいるのか、すごく長い時間そのまま彼は身動きをしなかった。彼が急がなかったので、その状態にすっかり慣れてきてたボクは、「怖がんなよ、ちゃんと我慢するから。」と言う彼の言葉にも、「怖がってないよ、なんで我慢するの？」って、へっちゃらで答える。「いいのかよ、そんなこと言って。」彼の困惑する顔にも、ニッコリと笑って見せた。ボクが彼に自分から手をまわして抱きつくと、彼の手がボクのおなかの下に、ゆっくりのびてくる。よっぽどリラックスしていたのか、なんの動揺もしなくて、逆に彼の手のほうが少し、震えていることにさえ気が付いてしまった。「どう？」遠慮がちにボクを握る手のひらを感じながら、「・・・あったかい。」と答えた。「嫌じゃねぇ？」「うん。」不安そうな彼にますます安心する。「動かすけど・・。」彼がそういうので、覚悟して目を閉じたのに、いっこうになにもおこらずに時間が流れ、「どうしたの？」ボクが見上げた彼の顔は、「お前のが移った。」見てはいけないくらいに赤くなっていた。　→ 　　

  2005.10.04

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