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「歩く姿が武である」
植芝盛平翁 (塩田剛三著合気道修行より) 好きな言葉です。"合気道の命は、身体の中心線であり、それが膝を使いつつ、巧みに地面に対して垂直に移動する事であり、その様な動作で養われた中心力が肩で途切れず肘、手首を通じて指先に通うことにある"という解釈もあるそうです。 セキソンが一歩を踏み出すには、その足をまず床から浮かせなくてはなりません。健常者にも当てはまることのようですが、健常者はすり足ができます。セキソンの軟弱な下肢では、床と足裏の間の摩擦力に打ち勝つ推進力を生み出せません。摩擦は、ミクロレベルでの、床の突起と足裏の凹凸の衝突です。すり足は、床の突起や足裏の凹凸を変形させるだけの力を加えながら進んでいるのでしょう。そんな馬力はとてもありません。 足首を背屈させられない、つまり、つま先を上げられないDrop Footでは余計に足を上げなくてはなりません。私の左足の場合、膝を引き上げ、足首を数cm上げても、つま先は床についています。 "通行する自動車の速度を抑制するために道路上に設けられたカマボコ状の突起"をhump(ハンプ)と言います。 歩く姿は 突起の存在を知らせるでしょう 歩く姿は You'll know hump 歩く姿は ユールノーハンプ 歩く姿は ゆりのはな よし、できました。 歩く姿は百合(ゆり)の花 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008.05.23 19:02:21
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