|
全て
| 目次
| 2nd ライフ
| ネットワーク社会と未来
| マルチチュード
| アガルタ
| シンギュラリタリアン
| 地球人スピリット
| マーケットプレイス
| ブログ・ジャーナリズム
| OSHOmmp/gnu/agarta0.0.2
| mandala-integral
| レムリア
| スピノザ
| ブッダ達の心理学1.0
| シンギュラリティ
| agarta-david
| アンソロポロジー
| バック・ヤード
| チェロキー
| 環境心理学
| osho@spiritual.earth
| スピリット・オブ・エクスタシー
| 22番目のカテゴリー
カテゴリ:osho@spiritual.earth
<3>よりつづく 「21世紀への指導原理OSHO」 <4> スワミ・パリトーショ 1994/08 壮神社 単行本 465p
OSHO 意識は静止したままだ。 見張りは見張りであること以外、何もできない。 マインドとは副産物を意味する。 大脳の一部は目覚めたままだ。ちょうど立会人が窓を通して見ているようなものだ。 立会人は大脳の一部ではない。 最後に、あらゆるものが消え去ったとき、その見張りだけが残る。 その体験はあなたのマインドのどんな体験とも比べることはできない。 大空はいたるところにあり、しかも何処にも存在しない。
OSHO あらゆる欲望は狂気だ。欲望そのものが狂気だ。 存在するものを、存在しないもののために犠牲にすることこそが狂気だ。 欲望そのものがマインドの一部だ。 仏陀の信頼とは、どんなものを欲望しようと間違うことになるという事実の、深い理解のことだ。 オーガズムの体験は、肉体が支えうる究極の体験を与えるだけでなく、これがすべてではないという洞察も与える。 ひとたび意識エネルギーの領域に入ったら、人は最も素晴らしい生の体験、最も明るい、最も彩り豊かな、最も詩的な、最も創造的な体験を持ち始める。 その素晴らしい体験は、肉体とマインドとこの世に関する限りの充足と満足を与えるが、一方では、途方もない神性な不満足を生み出す。 p268
OSHO 他人は味方ではありえない。他人は敵だ。他人であるというそのことで敵なのだ。 貧欲は、人生を意味あるものにしようとする愚か者の努力だ。 いななる量的変化も、人生を真の意味で変容することはできない。 比較は病いだ、最大の病いのひとつだ。 比較は競争をもたらす。 比較は、傷とエゴをもたらす。劣等感という傷と、優越感というエゴを。 賢ければ、生きるための比較より、むしろ生きることを始めるだろう。 あるがままの自分を受け入れた瞬間、あらゆる重荷、山と重なっていた重荷はただ消えてしまう。 あなたのような人は、この世界にひとりもいない---これまでいたこともなかったし、二度と現れることもない。あなたひとりだけだ! 一人ひとりの個性がユニークだ。ユニークさとは、存在からの贈り物だ。 p312
OSHO 私たちはマハヴィーラと仏陀の後、インドが解体したことを知っている。 まさに死が個人の目前に迫る時のように、今は全文明の集団無意識の前に死がその暗い顔を見せている。 人の手は別々に見えてはいるが、ひとつの手がもうひとつを叩けば、両方がその痛みを感じるのだ。 危機とは危険でもあり、好機でもある。それはあなた次第だ。 どんな既得権益にもこの惑星を破壊させはしないということ、それがすべての知性ある人の、確固とした決意になるべきだ。 p362
OSHO 新しい世界とは、もはや誰にも、どんな美名のためにも、自分を犠牲にさせはしないということだ。 私たちは、いろいろな理想に合わせるのではなく、自分自身の憧れ、自分自身の熱烈な直観に従って自分の生を生きていく。 この地球はひとつの輝き、魔法、奇跡になることができる。 人間は、喜ぶために、可能な限り生を美しく、平和に満ちて、快適に生きるためにここにいる。 コミューンとは、非野心的な生と万人のための機会均等の宣言だ。 貨幣は社会から消えなければならない。 p420 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2009.09.23 00:00:23
コメント(0) | コメントを書く
[osho@spiritual.earth] カテゴリの最新記事
|
|