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加藤浩子の La bella vita(美しき人生)

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February 26, 2019
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METライブビューイングも後半。6作目のチレア「アドリアーナ・ルクヴルール」を見てきました。ネトレプコ主演のプリマドンナ・オペラです。

 「アドリアーナ・ルクヴルール」はあまり上演されないオペラですが、とても「楽しめる」イタリア・オペラです。作曲したチレアは19世紀末から20世紀はじめに活躍した、いわゆる「ヴェリズモ」に分類される作曲家ですが、レパートリーになっているのは1902年に初演されたこの「アドリアーナ」くらい。とはいえこのオペラ、メロディは美しいし、ストーリーは劇的だし、感情表現はリアルだし、舞台設定は18世紀のフランス、実在の大女優が主役と華やか。パーティのシーンもバレエもあって、見応え、聴きごたえ満点なのです。音楽も、もろイタリア・オペラ!というばかりではなく、フランス・グランド・オペラ風の優美さもあります(これは後述するロイヤルオペラの映像のなかで、マウリツィオを演じているカウフマンも語っていました)。
 なぜあまり上演されないのか不思議なのですが、歌手の問題なのでしょうか。
 でも、何しろ実在の大女優が主役で、見せ場もアリアも目白押しなので、主役を演じたいソプラノはあとを絶たないよう。今回の幕間のインタビューで、ラジオで解説を担当しているバーガー氏が、歴代の「アドリアーナ歌い」を紹介していました。テバルディ、スコット、カバリエ、フレーニ。。。。なるほど、一世を風靡したプリマドンナばかりです。

 個人的には「アドリアーナ」というオペラは、1976年の第8次「NHKイタリア歌劇団」における日本初演が鮮烈に記憶に残っています。今名前が出てきたカバリエがタイトルロール、相手役はデビューして間もないホセ・カレーラス(カレーラスはキャリアの初期の頃、カバリエにかなり引き立てられたらしい。同じスペイン、それもカタロニア人ですし)、そして恋のライバル、ブイヨン公妃は、メゾの女王、コッソットという超豪華キャストで、語り草になりました。そのときの映像は、断片的ですがyoutubeでもみられます。とにかく2人の女性のバトルがすごかった。澄んだ、美しい、そして劇的な美声の激突。若くてきゃしゃなカレーラスは、母親のような女性2人にはさまれておろおろする息子のようでした。カバリエの胸に顔が埋まっていましたっけ。。。。なにより「声」の、イタリア・オペラ黄金時代の舞台でした。でもカバリエのピアニッシモの驚異的な美しさや、第2幕冒頭でのアリアのコッソットの毅然と輝かしい声はほんとうに忘れられません。FMで放送されたのをカセットテープ(!の時代でした)に録音し、それこそ擦り切れるまで聴いていました。youtubeで検索すると、いくつか映像の断片がみられます。
 これは第2幕の幕切れ、お互いが恋敵だとわかって激昂する劇的なシーンです。

 ​カバリエ&コッソット

 その後、ボローニャ歌劇場の引っ越し公演で、フレーニ、ドヴォルスキー、コッソットというトリオで再演。これは残念ながら見逃してしまいましたが、これまた伝説的な舞台です。フレーニのアドリアーナはスカラ座の映像と録音でしか知りませんが、リリカルで柔軟な声がつくる品のよさは絶品でした。

 さて、今回のMETの「アドリアーナ」、まずはネトレプコが主役を歌うことが大前提のプロダクションなのだと思うのですが、マクヴィカー演出のこの舞台は、実は2010年にロイヤルオペラで、ゲオルギューのために制作されたものです。相手役はなんとカウフマン。恋敵の公妃役はボロディナ。映像も発売されています。こちらです。

 https://shop.roh.org.uk/products/cilea-adriana-lecouvreur-dvd-the-royal-opera
 
 この映像のボーナストラックに、出演者たちのインタビューがあるのですが、ゲオルギュー本人の言葉で、マクヴィカーに「アドリアーナ」を制作して欲しいと頼んだ、とありました。彼女がやりたくて実現したプロダクションのよう。ゲオルギュー、この役は「エモーショナルな役」「やる時期がきた」と語っていましたので、念願の役だったのでしょうね。
 今回、ライブビューイングで見る前に、この映像で予習しました。18世紀のバロックの劇場の舞台を舞台裏まで再現した装置はほんとうに見応え満点。第1幕ではアドリアーナの活躍していたコメディ・フランセーズの劇場を楽屋裏まで見せ、第3幕ではそれが公爵の邸宅内の劇場に変わります。
 このバロックの劇場、ボーナストラックのインタビューに登場している、装置デザイナーのエドワード氏によると、モデルはなんと、バイロイトの辺境伯劇場(バロック劇場の代表的な建築です)なのだそう。彼はこの装置をつくるために、バイロイトの劇場の機械仕掛けや舞台裏を研究したという。あとこのエドワード氏、子供の頃おもちゃの劇場に魅せられたそう。その延長線上に今の仕事があるのですね。
 このロイヤルの映像、ライブビューイングと見比べると面白いです。演技は大筋は変わらないですが、もちろんそれぞれの歌手に任せられている部分もあるので、細かい表情付けは異なります。カメラワークも違うし、あとアドリアーナとブイヨン公妃の衣装がいくつか違いました。デザインはそう変わらないのですが、色やフリルの具合とか、ね。気になる方は見比べてみてくださいね。本作、衣装もすごく楽しめます。
 
 さて、9年前にプレミエを迎えたこのマクヴィカー演出、好評で、パリやウィーンでも再演。主演はやはりゲオルギューでしたが、ウィーンでは1年前にネトレプコ、そして今回も相手役をつとめていたベチャワが登場し、話題沸騰。そして今回、METの舞台にやってきたというわけです。

 一言で言って、すばらしい舞台でした。主役たちがみな適材適所で、自分のよいところを十二分に発揮し、そしてこれはとても貴重なことだと思うのですが、お互いのケミストリーがすごくて、刺激しあい高め合って、舞台全体の水準を引き上げていた。こういうステージは、めったにお目にかかれないのではないでしょうか。

 まずネトレプコ。今の彼女にぴったりの役です。私は個人的に、(演技云々は別にして)声楽的な面からいえば、彼女は(イタリアオペラなら)ヴェリズモに向いている、とずっと思っていました。やや暗いメッゾのような音色と、声に厚みがあること、そしてベルカントの場合とくに重要な様式感より、声の「色」で勝負するタイプだと思うからです。一時ベルカントを熱心に歌っていましたが、個人的にはあまり好きになれませんでした。技術的にも相当高いものを持っている歌手ではありますが、超絶技巧という点からいえば、今第一線で活躍しているベルカント歌手、たとえばディドナートやダムラウほどではないし、イタリア語の発声がこもっていて、それもあって様式美という点で物足りなかったからです。それより舞台上の存在感とか演技力(声も含めて)で惹きつけるタイプだと思うので、より演劇的な、そして彼女の声の厚みが生きるヴェリズモ作品のほうがいいのではないかと感じていました。ですので、「アドリアーナ」はいずれ歌うときがくればぴったりだろうな、と想像はしていました。何しろ実在の大歌手、スターの役ですから、スターオーラ絶大なネトレプコはその点でもぴったりです。
 さすが、出色の出来栄えでした。今まで彼女を、映像、生、含めて観たなかで、アドリアーナ役が一番しっくりきました。声は湧き出すようで、豊かな音色がすみずみまでコントロールされ、強弱も自由自在。フレージングも美しい。第1幕の登場のアリアでは、驚異的に広い声域と、強弱のダイナミズムを駆使して鮮烈な登場ぶり。以前ちょっと気になったブレス音もぐっと少なくなって、技術的にも進歩したのではないかと思いました。終幕の嘆きの歌も圧巻で、心を揺さぶられました。このような演劇的な役柄だと、彼女のイタリア語のちょっとモニョモニョした感じも、ベルカントものほどは気にならないのです。
 これも予想していたことですが、(私の好みはともかく)「ルチア」のようなベルカントの難曲を歌い込んだおかげで、今この手のオペラを歌うようになっても技術的に余裕があります。一般的には、ヴェリズモを歌う歌手はベルカントをさほどこなしていないことが多く、技術的にいっぱいいっぱいというケースが少なくない(ゲオルギューは正直そういう部分もありました。想像したよりはずっとよかったですが。。)。ネトレプコはモーツァルト、ベルカント、ヴェルディと、レパートリーを時代に沿って順繰りに変えてきているので(第一線の歌手ってたいていそうです。ベチャワもダムラウも)、うまく成熟してきているんですね。そう、「円熟のとき」を迎えた、そんな実感がしました。
 そして何より、彼女の大きな魅力は演技です。冒頭のインタビューで「なりきる」(だから途中でのインタビューは避けたそうです。。。まあ幕間インタビューを拒めるのも、大スターの彼女だからでしょう)と宣言。その言葉通り、コケットリーから絶望まで、「ネトレプコのアドリアーナ」を生ききっていました。
 なかでも印象に残ったシーンを二つ挙げると、第1幕のミショネとのやりとりで、彼女にプロポーズしようか迷うミショネに微笑みかけるシーン。無邪気なのかミショネの本心を見透かしているのか、男性なら誰でもどきっとしてしまうのではないでしょうか。(爪の垢を煎じたい。。)これはたぶんネトレプコ本人にもそういうチャームがあるのでしょう。そして第3幕、これは本作のポートレートでも出ていましたが、舞台上で朗読をし、最後にブイヨン公妃を罵る場面で、一瞬彼女を指差すところ。ここ、ほんの一瞬なのですが、すごい迫力、まさに何かが乗り移ったような演技でした。

 今回の舞台の僥倖は、相方達も息があい、相乗効果で素晴らしかったことです。
 まずはライバル役、ブイヨン公妃のラチヴェリシュヴィリ。黒曜石のようなすばらしい声、厚みも艶も深みもあり、支えも完璧。「声」の魅力だけとったら個人的には彼女の方に惹かれるかもしれません。愛憎の表情豊かな演技もすばらしい。ドスの効いたわがままな悪女役。そして目力が強烈です。彼女の才能がネトレプコと互いに触発しあって、ケミストリーが良い方に働いたと感じました。
 そのことを実感して感嘆したのは、第2幕のラスト、暗闇のなかで、2人がお互いに恋仇とわかる場面です。 
 この場面は、全曲のハイライトのひとつで、音楽が流麗ながら激しく、2人の関係性がわかる場面ながら展開が早いので、え?と思っているうちに過ぎてしまう。下手をすると、2人が唐突に、互いが恋のライバルだと認識する印象を受けます。ところが今回は、刻々と変わる2人の表情と感情が、正直なところ舌足らずなセリフを補っていたので、どんな状況か克明についていけたのです。これは2人の歌手の表現力の勝利ではないでしょうか。
 ラチヴェリシュヴィリ、大歌手になる可能性大ですが、ベルカントよりやはり演劇的な役が向いていそう(ベルカントものは歌ったことがあるのでしょうか?)そうすると、メッゾというのは役が限られてしまいます。今回みたいな恋敵とか、メジャーなところでは「カヴァレリア・ルスティカーナ」のサントウッツァとか。メッゾの場合、ベルカントやバロックのほうが主役、面白い役が豊富なような気がします。ちょっと残念。 

 2人の女性に挟まれるザクセン伯爵役のベチャワ。いいですね。ほんとに。真面目で真摯ででもちょっと優柔不断。そのキャラクターを存分に表現してくれたおかげで、彼が、ブイヨン公妃とも「しっかり恋仲」だったってよくわかりました。そういう風に思わせてくれない歌手もいますので(ロイヤルでゲオルギューと共演していたカウフマンは、素敵なんですがどことなく「あさって」の方を向いた演技と歌で、ゲオルギューとのケミストリーがなかったと感じました)。
 幕間のインタビューもベチャワが最高。「ネトレプコと共演するときはふだんより25%よくなるんだって?』との案内役ポレンザーニの問いに、「たくさん共演して気心が知れているから、やりやすくて冒険できる」とか。今回の役について、「3、4箇所、新しいことを試せる場面がある。今「トスカ」のカヴァラドッシ役を準備しているけれど、この役の方が難しい」。そういう話が聞きたいんですよね。よく、「役になりきるだけ」とみんな言うけど、そしてそれはそうかもしれないけれど、ほんとうのプロなら、どこか冷静で計算しているはず。だから「3、4箇所新しいことを試せる」と教えてくれるのはすごく興味を惹かれるし、うなずけます。

 脇役たちも魅力たっぷり。アドリアーナを愛しながら見守る劇場監督のミショネ役は、イタリア人巨漢バリトンのマエストリ。イタリア語の明瞭さは随一。彼が出てくるとそういう点で「耳」がほっとします。美しい発声というのはそれだけで「歌」になっていることを思い知らせてくれました(いつまでも英語ができなくて、インタビューでもイタリア語で話そうとするのも微笑ましいような)。初老の、人間的で、ちょっと哀しいミショネを好演。ロイヤルではコルベッリが歌っていて、こちらはもうすこしインテリ風。それぞれ味わいがあっていいです。そう、このミショネっていう役、いい役なんです。激しいひとたちばかりなので、笑、こういう存在がいるとほっとします。
 ブイヨン公爵役マウリツィオ・ムラーロはロイヤルと同じ配役でした。小さな役で普通は目立たないのですが、存在感がありました。

 指揮はノセダ。すごくノリノリでオケを煽り、情熱的に劇的に作り上げていましたが、ところどころ煽りすぎたのか、オーケストラがばらけるのが気になりました。とはいえ、現場で見ていたら迫力満点の音楽だったと思います。

 豪華な舞台と演劇性と声の競演。「これぞオペラ!」と実感できる「アドリアーナ・ルクヴルール」。木曜日までですが東劇ではあと1週間。詳細は以下で。
 
 ​アドリアーナ・ルクヴルール





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最終更新日  February 27, 2019 12:14:12 PM


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