渉外的親族相盗例?
刑法244条1項の「配偶者」に該当するかどうかについて、外国人の場合はどうやって判断するんですか。刑法は公法だからという素朴な理由で、抵触法ルートを通らずに独自に判断していいんですか。以前もこの類の話をしましたが、別の例ってことで。以下、私法と民法、国際私法と抵触法を互換的に用います。あと、裁判管轄は日本にあるって前提で。刑法は幸か不幸か属地主義だから、日本で行為したと設定するだけで管轄ありになりますし。・独自に判断できれば抵触法的判断をしなくていいから楽だ、となるのかもしれませんが、独自に判断するにしてもいったい何を手がかりにすればいいんですか。たとえば、ともにA国を本国とする甲男・乙女が、A国での実質的要件を満たした上で、B国でB国上の方式に従った婚姻の届出をし受理された、その後、日本に入国し、甲が乙のお金を盗んだ、という場合に、もし抵触法ルートで判断するならば、日本の国際私法によれば、乙は甲の「配偶者」となり、親族相盗例は適用されるという結論になりそうです。抵触法ルートに忠実に従うなら、どうやって判断したらいいかは明確なわけです。これを刑法独自の判断でやれ、となったらどうすればいいのか。日本の刑法(判例)上、配偶者に「内縁関係」は含まれない、とされていますので、要するに、婚姻の実質的要件と形式的要件の双方を満たしていないといけない、ということなんでしょう(ただし、実質的要件、形式的要件という言葉自体私法上の概念の借用であって、婚姻と内縁を分けるのも刑法独自の考えではない)。この議論、外国人犯罪の場合の配偶者判断はどうすんの、ということなんかはおよそ考えないで、あくまで国内的な事情だけで争われているんでしょうから、そのままここにもってくるわけにはいかないんでしょうが、その点は置いとくと。で、両要件を満たさなきゃいけないとして、外国人の場合は何国法上の実質的要件と形式的要件を満たさなきゃいけないことになるのか。まさかどっちも「日本の」なんてことはないんでしょうが、どうにも雲をつかむような話です。また、何某かの刑法独自の判断をしたとして、日本の抵触法に従えば(成立・方式につき送致される準拠実質法に従い)両要件を満たし婚姻は有効でだったはずなのに、日本の刑法上は婚姻は無効だというように、結論を異にする場合があってもいいのか。私としては、「配偶者」のような明らかに私法上の概念を借用している用語については、あくまでも抵触法ルートで判断しなければならないんだろう、と思います。こうなると「できるだけ日本法で」を望むのが法務省だけでなく、捜査機関もそうなってしまうかも。密接関係地法の原則から離れていく要因として、戸籍実務上の都合だけでなく、刑事実務上の都合が加わるってこと。○ついでにいえば、「民法と刑法」として論じられているものも、私法上の概念を借用している場合には当該私法に従って判断しなければならないと思います。とはいえ、あくまでもそれは「実体法」としての民法にあわせるということであって、仮に民事裁判でも同じ事実が争われていても、刑事裁判では刑事裁判の手続に乗っかって、民法上の要件を検討すればいいということです。また、民法学上、ある論点につきA説・B説と解釈が分かれている場合でも、刑事裁判では裁判官が民法学説上存在しないC説をとったからといって、それが法解釈として成り立つものであれば、何ら責められる理由とはならないはずです。ただ、C説が最高裁判例に反していれば上告理由にはなるってだけです。ちなみに、ここでいう最高裁判例は、民事判例でも刑事判例でもそれ以外でもかまわないはずです。民事事件では民事判例だけに、刑事事件では刑事判例だけに、それぞれ拘束されるなんて変でしょ。事実上、民事事件で刑事判例に違反するってことがあんましないんでしょうけど。・ただ、たとえば、財産罪の保護法益に関する議論(本権説×占有説×その他)なんかは、ここでいったことだけでは解決できないんですよね。私が、「私法上の概念を借用している場合」と控えめに言っているのは、たとえば、刑法235条にいう「財物」みたいに、私法上の概念の借用とはいえないものをどう判断するかが、決めがたいからです。占有説という名付けられた説も、そこでいう「占有」を私法上の概念に完全に一致させる説から刑法上の占有という概念を生み出す説まであるわけです。他方、本権説だって、私法上の本権と完全に一致させる説から刑法上の本権なる概念を生み出す説まであるわけです。図式的に言えば、横軸に占有説と本権説があり、縦軸に刑法独自説と民法従属説があるということ。で、ものによっては「配偶者」のようないかにも借用しました的な用語とは事情が違ってくるんじゃないかと。これをさらに進めてしまうと、「配偶者」概念についても、内縁関係は含まれないなどと、私法上の形式的要件を満たすかどうかという私法上の概念に引っ張られた結論をとるのではなく、刑法独自の観点から判断することで内縁関係も配偶者に含めることができる、という方向にすすむということもありうるでしょう。で、この裏返しで、形式的に結婚していても、偽装だったりとか、あるいは、婚姻関係が破綻している(が離婚届はまだ出していない)場合には、「配偶者」に該当しない、ということにもなるんじゃないかと。というか、ある場面では刑法独自の云々、といっておきながら、244条の「配偶者」には内縁は含まないと私法上の概念に引っ張られた見解をとるのは、一貫しないよね。婚姻届を出すか出さないかで区別することが、刑法独自の観点からみてどういう意味があるのか。「いかにも借用説」で「配偶者」は違う、というしかないですか。極めて頼りないけど。○このへん話は、不作為犯における作為義務の発生根拠についても若干かかわっていそう。つまり、形式的に結婚しているってだけで作為義務が発生するのではなく、当該作為義務を負担させるだけの実質的な夫婦関係がなきゃいけない、逆に、形式的に結婚してなくても、実質的な夫婦関係があればいいと。これによれば、もはや形式的な婚姻というのが作為義務発生にとってほとんど意味をなさないということになるわけです。他にありうる考えとしては、少なくとも形式的な婚姻を必要とした上で、これにプラスして実質的な夫婦関係を必要とするか。244条の「配偶者」を形式的に判断する見解からすれば、こっちの説のほうが整合的でしょうが、たぶん、場面が違うって理由でそういう整合性は無視されるんでしょう。内縁で一切不作為犯が成立しないのはおかしいし。刑法総論上は、単に、作為義務発生の根拠を形式的に判断するか実質的に判断するか、と二者択一で論じられていますが、私法とのつながり重視しつつ刑法独自の不法性をも重視するならば、形式的かつ実質的に判断するという見解もありうるわけです。ここでは、刑法総論上の議論にあわせて、形式的/実質的といいましたが、これは不正確でしょう。つまり、法令や法律行為により作為義務の有無を判断する説を「形式説」と呼びがちですが、民法上も「形式的要件」と「実質的要件」があるのであって、決して形式的要件だけで判断しているわけではありません。ことの中身からすれば「民法だけで判断する説」ということになるんでしょう。他方で、実質的に判断する説のことを「刑法だけで判断する説」、形式的かつ実質的に判断する説を「民法と刑法で判断する説」ということになりますよね。上の例で両方を要求する説(民法だけで判断する説も同じ)が不当な見解となったのは、形式説という名前に惑わされて、婚姻の形式的要件を満たさない内縁では作為義務の根拠とならない、と勘違いしたからです。内縁も、条文に書いてないってだけで、その存在は認められているから、いわゆる形式説であっても、ちゃんと作為義務の根拠となりうるわけです。・このことからすると、244条の「配偶者」につき私法上の概念に従うからといって、当然のごとく内縁関係をここから排除していいとはいえないんじゃないか、となってくるわけです。つまり、私法上の解釈として、一定範囲で内縁者に婚姻者と同じ地位を保障するのであれば、当該場面では内縁者も「配偶者」と呼びうるわけです。だから、私法上の「配偶者」には場合によって内縁者も含む、のであれば、それを借用した244条にも内縁者を含めてもよい場合がある、ということになるのではないかということです。○不作為犯の話になりましたが、ここで抵触法上の議論に戻ると、C国人親子甲乙について、甲が乙を保護しないってことで不保護罪(刑法218条)が問題となった場合、本国法であるA国法が、親は子を育てる義務がおよそなく族長のみがその義務を負う、みたいな法だったらどうするのか。本国法なんか無視しちゃって、日本の刑法独自の判断で甲に作為義務をおわせちゃっていいのか(条文上は「保護する責任のある者」とする)。抵触法ルールに従うとしても、国際私法上の「公序」があるから、結論のまずさはどうにか防げそうですが、公序の中身をどう構成するのか。公法たる刑法上の規律そのものが公序だ、といってしまうのはなんとなく循環論ぽい。それでは結局刑法独自の観点で判断するのと同じことでしょうし。それはそれでいいのかもしれませんが。・244条の話に限りませんが、たとえば、「親族」概念は抵触法ルートを通らずに日本法に従って判断するという見解をとったとして、親族概念について日本とD国でずれがあって、甲は被害者乙が親族だと思って盗んだが、D国法上の概念では親族だが日本法上の概念では親族でない、という場合でも、何のためらいもなく244条不適用って結論でいいんですか。逆に、日本法上の概念では親族だがD国法上の概念では親族でない、という場合には、244条適用って結論でいいんですか。・また、所有者と占有者双方との間に親族関係が必要なわけですが、この「所有者」ってのもどうやって判断するのか。E国法上のゆるーい取得時効で所有権を取得した甲が日本に持ち込んだ物を、甲の親族乙が盗んだ場合、所有者は甲ってことでいいのか。ゆるーい取得時効は日本では正当性をもたないとして所有権は元の持主丙のままだと判断するのか。抵触法ルールに従えば、物権の得喪の準拠法は原因完成地なので、E国で取得時効が完成していれば甲が所有者ってことになると。ゆるさ具合によっては公序が発動することになるんだろうけども、E国で負けてる丙のために公序を発動してあげるのはどうだろう。公序は個人の利益の保護のために発動するのではない、とでもいうんですか。○以上、短い文章にもかかわらず、考えがあっちいったりこっちいったりで、散らかしっぱなしで、なかなか落ち着きません。サイバー犯罪とかそういうハイカラなものよりも、こういう地味な議論をしてほしい。