1000文字エッセイ「プリンスからプリンシパルへ」
6日に東宝ミュージカル『モーツァルト!』再演の幕が開きました。モーツァルトに扮するのは、右の写真が初演から務めている井上芳雄さん、左が今回初参加の山崎育三郎さんです。初日は今年デビュー10周年を迎えた井上芳雄さんの日でした。 話は変わりますが、1000文字エッセイを書いています。原稿用紙にすると、2枚と10行に収まる程度で。今回は、一観客の目線でその成長を見てきた井上芳雄さんについて書いてみました。タイトルは、「プリンスからプリンシパルへ」 「ルドルフが良いらしい」ミュージカル『エリザベート』を観劇した友人の間で噂になった日から、もう10年。初代ルドルフを演じたのは、藝大在学中の学生だった井上芳雄である。今や押しも押されもせぬミュージカル界のスターとなり、長身で細身の可憐な風貌から‘プリンス’と称されている。 当時のミュージカル界では、有名なポピュラー歌手や既にスターとなった俳優が主演を務めることが常であり、若くしてクラシックの経歴を持つ無名の俳優の登用は珍しかった。実力で注目された彼は、デビューから2年後には、音楽の神童とも異端児とも言われたモーツァルトの生涯を描いたミュージカル『モーツァルト!』、初演のタイトルロールに抜擢されていた。初日の観劇者として、瑞々しく新鮮な衝撃を受けたことが忘れられない。 さらに躍進は続く。翌年の2003年には蜷川幸雄演出の『ハムレット』に、レアティーズとして出演を果たした。 経歴だけを見れば、順風満帆な歩みに見える。ところが、ストレート・プレイの『ハムレット』では、演技で定評のある藤原竜也のハムレットを相手に得意の歌声を封じられ、舞台という土俵の上で少々心細そうに映った。 数々のミュージカルの主役、そしてリーディングなど様々な経験を積んだ彼が、時を経て、ついに観客を唸らせた。2009年、井上ひさしの最後の戯曲となった『組曲虐殺』で、彼は主人公の小林多喜二を演じきった。 音楽劇であるが、本質的には演技中心の作品である。警察による拷問で死に至った小林多喜二。虐げられた人々の代弁をし、体を張り、命をかけて主張を続けた芯の強さを見事に表した。カーテンコールでは観客だけでなく、舞台の上の出演者も涙を流して感動を分かちあうほどに素晴らしい出来だった。 そしてデビュー10周年の今年9月、記念コンサートが行われた。彼の代表作が歌で綴られ、その歌に込められた想いが伝わる。井上芳雄は言葉で作品を伝えられるほどの表現者として成長していた。バレエで言うところ同様に、彼にしかできない唯一の最上級の演じ手、という意味の‘プリンシパル’が相応しいエンターテイナーなったのだ。 さて、この11月にミュージカル『モーツァルト!』4度目の幕が開いた。新鮮さから成熟味のある役柄と作品へと、期待が高まっている。