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colorful days ~ 絶滅危惧種★専業主婦(注:ちょっと在宅ワークしてる)の加齢なる日々

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2013.05.30
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カテゴリ:カテゴリ未分類

 私はこどもを二人とも混合栄養(ミルクと母乳)で育てていますが、
 世の中は「母乳神話」というのか、完全母乳で育てることを最上とする人が多いです。

 だからかどうか、私が赤ちゃんに粉ミルクもあげていると知ると、

 「わたしは完全母乳で子供を育てたよ」と誇らしげに言われたり、
 「なんで完母にしないの?」と訊かれることもあります。

 
 確かに、完全母乳(完母)だと衛生的かつ経済的で大変良いのですが、

 わたしは何事によらず、
 「絶対こうでなければならない」「絶対これがいい」と決めつけるのは嫌いで、

 
 ましてやそれを人に押し付けてくる人などは天敵に値する(!)と思っているので、

 完母自慢や完母押しつけの面々に遭遇すると、とりあえず、
 にこやかにスルーすることにしています。
 

 私自身が赤ちゃんのころは、今とは180度異なり、粉ミルクをあげて
 赤ちゃんを大きく育てようという風潮があったようなのですが、

 その当時はその当時で、母乳で育てようとすると怪訝な顔をする人も
 いたそうです。


 昔も今も、こんな風に育てた方がいい、なんておせっかいを言う人は
 たくさんいたのでしょうが、

 実はそういう人に限って、その時々の風潮に乗せられているだけで、
 自分で確信した、明確な根拠などないんじゃないかな。


 だから、言いたい人には言わせとけばいいんです(笑)



 子供の育ちに本当に必要なものは何か?と考えたら、
 母乳で育てるか、粉ミルクで育てるかというのは、そもそも根本的な問題では
 ないように思います。


 以前、角田光代の「八日目の蝉」を読んだとき、
 ヒロインが、自分を誘拐した犯人と過ごした小豆島での日々を思い出している
 箇所があり、そこからこの物語の本筋とは別の意味で、
 子育てに、ある啓示をいただきました。


 主人公は、本当の肉親のもとへ戻ってからも、
 小豆島での日々をいとおしく、懐かしく感じながらも、

 本当の親に対する罪悪感と後ろめたさもあって、
 そんな気持ちをずっと抑圧し続けていたのですが、


 その、主人公が「帰りたくてたまらなかった」という暮らしの描写が、
 なんというか、子どもにとって必要かつ、最小限のことがコンパクトに
 網羅されている文章だなという印象を持ちました。


 主人公は赤ちゃんの時に誘拐されており、誘拐犯を本当の母親と信じて
 生活していたのですが、

 逃亡して行きついた果ての小豆島の生活が、この「母子」を豊かに包み込み、
 ひと時の平和をもたらします。


 主人公は、誘拐された身なので、
 もちろん保育園や幼稚園に通っていないし、習い事もしていない。

 男の子の服を着せられたりしていて、
 かわいい洋服を着せてもらっているわけでもない。


 だけど、毎日遊びに誘いに来る近所の仲間がいるし、
 ご飯を手をかけてちゃんと用意してくれて、家の中をいつも整えている人がいる。

 海と緑に囲まれたところに暮らし、町行く人々も、自分に笑いかけてくれる。

 「母」は、一緒に散歩したり、寝入るまで絵本を読んでくれる・・・・。

 

 
 そんな風に、子供が守られ、環境を整えられ、
 そして、何よりもめいっぱい愛されているならば、

 子供の健康的な育ちのためには、

 幼稚園や習い事、可愛い洋服etc は無くてもかまわないし、

 母親が遺伝子上の母である必要すら、なくてよいのかも。



 なんだかそんな風に思って、目からうろこだったのでした。


 
 そうそう、誘拐犯は自分で子供を産んだわけじゃないから、
 ヒロインを育てるのに粉ミルクを与えたんだったっけ。


 
 だから、何が言いたいかというと、

 母乳か粉ミルクか?なんていうのは、子育てのほんの一部の些末なことだし、

 母乳で育てないと母親の愛情が伝わらないわけでもなく、 
 子供が健康に育たないというのでもない。

 
 この物語の誘拐犯が持ち合わせたような圧倒的な「母性」の前には、
 生物学上の「母」であることも、
 もしかしたらかすんでしまうのかもしれない。


 いろんな意味で「血」にこだわらずとも(というのは、母乳のもとも血液であるから)、
 
 
 こどもにほんものの愛情をかけて、手をかけて育てることが
 できたらいいな、とこの本を読んで思わせられたのでした。

 

  今母乳育児にこだわっている人も、母乳は母乳でも、自分のおっぱいでないと
 嫌な人がほとんどなんじゃないかな。

  「自分の愛情が、自分の体をとおして自分の血を分けた子どもに
  伝わっていく」 ということにこだわっているのであって、

  
  それは確かに母親にとっては母乳育児の喜びの肝の部分だけれど、
  
  一抹の疑問が残る部分でもあるかな。


  まあ、母乳をあげることで、子供をいとおしいと思う物質が脳から
 どんどん出てくるようになるらしいので、

  私もせっせと母乳をあげて母性を開発しようと思いますが、


 そんな俗説があるからこそ、母乳が出ない人が苦しめられている点もあるのでね。
 
 
 同じ母になるなら、自分の子育ての喜びを追及するのもいいけど、

 同時に他者の痛みも慮れるような、
 そんな「グレートマザー」でありたいではないか??

 それが「母性」の一端ではないのかい??

 なんてね。
 
 
  

 

 


  


 


 
 
 
 

 

 

 




 

 

 

 

 
 





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最終更新日  2013.05.31 00:48:35
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