メインデッキ
ホテルのランチを食べている鞠子と喜子。「タイタニック号のことで弁護士になったのです」と鞠子。「何それ」「船で沈んだら今の土地はお兄んにあげたいみたい」 「なるほどね、よくある話」「私はいらないもの」「ホントかしら?」「いざとなれば?」ニヤッと笑う鞠子。 出国ゲートを超えて鈴木さんと別れた裕子はときめき気分で自分の部屋を探す。船の小さな丸い窓から海が漂う。船旅だ!! でも広すぎてまだホテルにいるようで船に乗っている感覚がまるでない。 裕子はやったー自分の部屋を見つけたのだ。小声で叫ぶ。鍵で部屋を開ける!! そしてこっそり開ける!! が入るがすぐに出てきた。それからまた入って大きなバッグを押し込んで出てきた。大きいバッグを中に押し込んでからまた出てきて「私の部屋」 とつぶやく。振り向きながら離れていく裕子。 裕子が階段を上がって行くとメインデッキから賑やかな声が聞こえた。裕子もその声に入りたかったのにもう人が溢れていて座る場所など一つもない。 鞠子と喜子は港の方から船のメインデッキを眺めているが裕子が見つからない。 鞠子はクスクス笑いながら「船からテープを投げるなんて明治時代風ね」 「昔は船で帰れないのも当たり前。それより裕ちゃん、どこ?」 二人でキョロキョロしている。 一方裕子はメインデッキをウロウロしていたら遠くから声がした。「片山さん、片山さん」と呼ばれた。「えっ! 私?」 今度はデッキで裕子の方がキョロキョロした。「片山さん片山さん! 私鈴木です」と手を振っている。「鈴木さん!」大声で叫ぶ裕子。鈴木はちゃんと裕子の席をとっていた。大喜びで飛んでいって「鈴木さんありがとうございます。家族が見つからなくて」 船長の挨拶も途切れるほど家族を呼ぶ声が溢れていた。「あっ、いたいた」 見送り場でやはり鞠子が一番先に裕子を見つけた。裕子に手を振ってみる。喜子も背伸びした。 ほとんど同時に裕子も鞠子と喜子に気づいた。「あっ、あそこ! 娘と姉です」 メインデッキでは鏡割りが始まった。鈴木は裕子にたくさんのテープを渡した。「こんなに! 私一つでいいです」「片山さんは家族がいらっしゃるからいっぱい投げて下さい。私には家族がいないから」「じゃあ鈴木さん、娘に投げて下さい」「では、あちらですね」 鈴木は嬉しそうに鞠子にテープを投げた。テープがひらひらひらひら待っている。さすがに鞠子のところまでは来なかったけど裕子と鈴木は寄り添って見えた。「さっきいた人? もう仲良しね」「パパの位牌持たせたのにね」「位牌!?」「世界一周見せたいもの」「血のつながりって、恐ろしい」 そしてゆっくり船が離れ始めていた。