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銀魂創作話



rain is gentle 

「雨は優しく」


「…こういう雨をな、小糠雨こぬかあめって言うんだ」


「ど」が3つ付いても足りなそうな田舎の大百姓での仕事が終わって帰ろうとすると、一枚板の立派な式台の向こうでひと抱えもありそうな敷石が雨で濡れていた。
「傘を」とすすめてくれた依頼人の言葉だけをありがたく頂戴してその場を辞したのは、雨があまりにも弱かったからだ。歩いて30分はかかるというバス停への道中ですらあまり濡れなさそうなほどの雨。
それと、仕事で関わった僕たちですら気持ちが穏やかになるような仕事と、報酬であったかかくなった懐具合が後押しして、歩くと言う銀さんに僕も神楽ちゃんも賛成したのだった。
「降っているんだかいないんだか分からないような雨ですね。」
依頼人の家の見事な屋敷林を背にする頃、隣を歩く銀さんに声をかけた。

「こういう雨をな、小糠雨って言うんだ」

ぼそりと呟いた銀時の声が沈んでいるように聞こえて、新八はわざと明るい大声を出した。
「へぇ~、銀さん意外なことを知っているんですね。」
軽口が返ってくるだろうと思いながら、新八がひょいと顔を見上げるとぼんやりと遠くを見ているようで、いつもの銀時らしくもなく新八への応えもなかった。
銀色の前髪から雨粒がひとつ落ちて、顔に当たって涙のように頬を伝っても銀時は表情を変えなかった。
見てはいけないものを見たような気がして、新八はそれ以上は何もいえずに前を向いた。
二人の前を歩く神楽だけがいつもと同じで、傘を差さなくていい事態を喜んで大はしゃぎしている。

霧の様なこの雨降りのせいなのか、元々田舎道ってこういうものなのか新八には分からなかったが、辺りはぼうっと霞んで溶け合っているようだ。
草は草むらに、木は森に、家はその場所、地にあるものは空とゆるく一体となっていて、僕たち三人だけが異質で、よそものだ。
眼鏡に付いた水滴が気になって外して拭いながら見ると、ますます見分けが付かなくて辺りは色ごとの固まりになった。
神楽ちゃんの弾んだピンク色だけがはっきりと見える。

銀時と並んで歩くのはいつものことなのに、今日みたいな銀時が初めてな気がして新八は戸惑ったままだった。
いつも男二人で歩いても話ばかりしてるわけではないし、どちらかといえばぽつりぽつりとしゃべるくらいなんだけど、今日の銀さんはなんか変だ。
三人でいるのに、隣にいて一緒に歩いているのに、僕一人で歩いているみたいだ。
こんななんにもないような道だからなのか、この雨のせいなのか、それともほろっときちゃうような仕事だったからなのか…。

「すごいネ、蛙もアメンボもいるアル!」
時々大声で叫ぶ無邪気な神楽ちゃんがうらやましい。
「ああしてると、神楽ちゃんもかわいいんだけど。」
右に行ったり左に行ったりと忙しく動くピンク色の髪と、振り向いた笑顔で楽しんでいるのがよく分かる。

針葉樹の黒く濃い影のような林を沿いながらゆるやかに曲がる。
葉から伝わった雫がぽたぽたと頭に落ちて顔を上げると、枝葉が頭上に重なりながら覆うように伸びていて、新八はつい見とれてしまった。
「すっごいネ、すっごいきれいアル。」
曲がりきった先にいる神楽の声で、上を向いて立ち止まったままの自分に気がついて、はっと前を向く。
「二人とも早く来るネ。」
曲がり角の先から顔を覗かせたかと思うとすごい勢いで駆けてきて、黙ったままの銀時と突っ立ったままの新八の腕を掴んだ。
「二人とも急いで来るアル、すっごいアル。」
神楽の勢いに圧倒されたまま引きずられるように促され、大人一人じゃ抱えられないほどの杉の角をぐるりと回った。

突然、視界が開けて明るくなった。
今までの道と違う幅の広い通りで、植えられている木も丈が低い。
雨まで上がったような気がして空を見上げると、空もさっきより明るくなったようだが、まだ柔らかな雨が降っている。
「すげえ」
呟いた銀時の声で新八が通りを見ると、青いアジサイの一群れの前で神楽が手招きして笑っていた。
「見て、アジサイの家アル。」
確かに、アジサイの花の山の中に小屋のような屋根が僕にも見える。
バスの停留所のポールが前に立っているから、待合所なのだろう。
待合所の脇にも背後にもぐるりと取り囲むようなアジサイの青こそが、この待合所の主のようだった。
確かに、アジサイの家だ。
たくさんの水を宿したような色々な青でできた、小さな四枚の花びらに見える萼。
近寄って手に取るとあまりにも小さくて潰れてしまいそうだが、集まると僕のほうが青に塗り潰されそうだ。

「こんな、こんなこともあるんだな。」
銀さんはそう言うと、アジサイに顔を近づけた。
銀さんの白っぽく銀色に光る髪や肌や着物にまで目の前のアジサイの花の色が染まっていくような気がして、なんだか寂しい気がした。
「こりゃぁ、確かにアジサイの家だな。」
感心したように言いながら、アジサイの家をぐるりと一周しはじめた。
僕は4つ置いてあった座面のはげた丸いスツールに腰を下ろした。

「ね、言ったとおりアル。だからね、銀ちゃんノドが乾いたネ。」
神楽はにこにこして傍らの自販機を指差した。
「俺にはおまえの言う『だから』の意味が分かんねえよ。」
「銀ちゃんの大好きな苺牛乳もあったネ。」
呆れたような銀時に、お金の催促の手を神楽は出した。
髪をぐしゃぐしゃと掻きあげながらため息をついて小銭を渡すと、神楽は跳ねるように自販機に向かい、苺牛乳を片手に銀時の元へと戻ってきた。
「はい、銀ちゃんの苺牛乳。」
銀時は「缶なんて珍しいな。」と言いながら、手にとってじっと眺めていた。

「新八の分は私が決めてあげるネ。」
「ちょっと、神楽ちゃん!」
急いで新八が後を追って駆けつけると、ガゴンと缶の転がる音がした。
「はい、新八の分。私のは、コレ。」
ガゴンともう一度音がして、自販機から神楽が新八に手渡したのは、お汁粉だった…。あっつあつの。
「ちょっとー、神楽ちゃん?なんで人のを勝手に決めるの。これ『お汁粉』なんだけど。こんな時期にあっつあつのお汁粉なんか飲めないよ。」
「うっせーんだよ、駄メガネ。この時期にお汁粉なのが新八ネ。」
「なんだとぉー。」
いきり立つ新八を前にして神楽はにっこり微笑んだ。
「私のはオロナミンC!」
得意げに神楽は右手に持った茶色の小瓶を高らかにかざした。
「か、神楽ちゃん…。これ、パッチモンだよ。オロナミンCじゃないよ。」
そっくりの外観に書いてあったのはオロ+ミン( 。
神楽の青い大きな目はより大きく見開かれ、衝撃的に地面につっぷした。
かわいそうにとちょっと思いながら新八が自販機を見ると、見たこともない怪しげな商品がずらりと並んでいて、苺牛乳とお汁粉はまともなほうだった。青汁に亀スープ、コーラじゃなくてコラー、何故だか苺牛乳だけ同じのが2本ある。

「銀ちゃーん、新八が勝手に変なのを押しちゃって、私のを買うお金が足りないアル。」
「ちょっ、ちょっと。銀さんウソですからね、勝手に押されたの僕ですからね。」
二人で銀さんの元に戻ると、銀さんは僕たちをじっと見ていた。
びっくりするほど優しい目で、ほんのちょっとだけ笑っているみたいに目尻が下がっている。
「ぎ、銀さん?」
「銀ちゃん、私の選んだ苺牛乳だから特別おいしかったはずネ。」
二人で同時に声をかけると、銀さんは右手に持った苺牛乳をごくりと飲んだ。

「甘え、すっげえ甘え。」
にいっといたずらした後の子供みたいに笑った銀さんは、僕の知ってる銀さんの顔だった。
「銀さん、そんなにその苺牛乳甘いんですか?」
自販機で見たときには、甘さ控えめと書いてあったような気がしたんだけど。
小銭をねだる神楽を軽くこづきながら、銀時はめんどくさそうに新八を見た。
うん、いつもの銀さんの顔だ。
「新八、苺牛乳ってもんはよ、甘いモンなんだ。すっごく、甘いモンなんだよ。」
僕の頭に手をやってちょっと笑って、そんな銀さんを見て僕はほっとした。


「雨、晴れたみてえだな。」
銀さんの言葉に僕と神楽ちゃんが空を見ると、雨は確かにやんでいるようだった。
「明日は晴れますかね?」
「さあな、結野アナに聞いてみりゃ分かるだろ。」
かったるそうにそう言うと、最後の一口を飲んで空き缶をくずかごに投げ入れた。

ファンファンとクラクションの鳴る音が通りから聞こえた。
16時8分、

おかえり



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