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学校とは仲良くしたいよ。そんなのあたりまえでしょう。そっちの方が格段に楽でしょう。
それなのに、子供のことを真剣に考えれば考えるほど「できない相談」になってしまう。 学校って、誰のためにあるの? 先生って、誰のためにいるの? 生徒のためじゃないんかい? なのに、生徒のことはそっちのけで、成績や、教育委員会や、何もわからない保護者に合わせた対応なんてしてていいの? 酷いところだと、学校に入っている出入り業者に合わせて宿題出したりカリキュラム組んだりしてる。 どうして、そんなヘンテコリンなドリルを使うのかな? そこで、学習ソフトだからってテレビゲームを使うの? そんな暗算いらないよね。 なんだ、そのテスト。全くむだだよね。テストしておいて、問題も答えも貰えないってどういうこと?テストってのは、見直しが大事なんじゃないの? これじゃぁ、仲良くなんてできないだろ。 自分の子供を潰されて喜ぶ親は、流石にいないよ。 確かに、子供の状態を全く分かっていない親はいるけどね。 だからって、そんなことをしたくて、先生になったわけじゃないだろ。どうにかしろよ。 小中は義務教育だから学校を選んで転校してでも行くべきです。島や片田舎の小学校なんて本当に素敵ですよ。学力の源も豊富だしね。 ただし、少なくとも楽しめない高校に行く必要性は一切ない。 *高等学校卒業程度認定試験(高卒認定)について *試験に合格すれば、高等学校を卒業した者と同等以上の学力があると認められますが、高等学校を卒業しなければ最終学歴は高等学校卒業とはなりません(中卒です)。ただし、高卒認定試験を合格した後に大学を受験し入学卒業できれば、最終学歴は大卒となります。 ※平成19年度〜(年に2回受験可能・合格科目は次回免除) ・7科目以上9科目以下受験8,500円(つまり、8500円で高卒認定可能とうこと) ・4科目以上6科目以下受験6,500円 ・3科目以下受験4,500円 <資料請求先> http://www.telemail.ne.jp/gakkou/kousotsu/ 高卒認定試験から東大へ行くってのも作戦としては当然アリ。高認から東大は、平成19年度には8人もいる。(東大の大学案内より)今は、そういう時代。学歴を気にするのなら最終学歴だけ自分で取りに行けばいい。それができる。 最新の例では、昨日の新聞に高梨選手のことが載っていたので紹介しておく。使い方の一つです。 http://dl.dropbox.com/u/78229866/admit.jpg *その他数多くの体験記は下記参照 http://www.808dekiru.com/taikenki/ ■東京大学■東京大学医学部医学科■国立大学医学部■九州大学教育学部■早慶理工学部&国立大学 ■一橋大学■早稲田大■上智大学■慶応義塾大学■上智大学■アメリカ州立大&上智外国語 ■明治大学■立教文学部■法政大学■青山学院大学■中央大学■立教大学■中央大学などなど---普通です。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ■就学前学習について(電話相談より) 相談の電話は、毎日のように受けているので、驚くことではないが、今日のTELで危険なことを聞いた。 ネットの掲示板で見た(と思う)とのことだったが、 「〜(家庭学習用プリント教材)をしてから「どんぐり」をする人が多い。と何かに書いてあった。で、今〜をしているのですが、いつぐらいから「どんぐり」をすればいいでしょうか。 という問い合わせだ。 もちろん、直ぐにリセットの話をした。 どんぐりの前は「させない教育」しかない。 だから、知的系統的教育(家庭でのプリント学習も含む)は、何もさせてはいけないのだ。 5才以前の〜教育は、マイナスにしかならないと考えているからだ。 理論的にもそうだが、経験的にも同じ結果を得ている。 表面的な反応が良かったりはする(教えられた反応を示す)ことは多いが、それは、少しもプラスではない。それどころが、現在のみならず、将来的にも、(強度やその子の耐性にもよるが)かなりの悪影響を及ぼす。 決まりきった(正解として覚えた)手順で、素速く答えて、得意気な顔をしている姿は哀れである。 気づいたら、瞬時に止めてもらいたい。 「今までやってきたから、もったいない」とか、 「きりのいいところまで」など、 あり得ない話である。 今まで健康食品だと思って食べていたものが、健康を害する食品だと分かった時の対応を考えてみれば、すぐに考えつくことだ。 残念ながら、学習で入り込んだ毒素は、吐き出して取り除くことができるほど、簡単ではない。取り除くことはできないと考えることが正しい。 つまり、リセットをかけて、自然治癒力に頼るしかたいのだ。 何かしているのであれば、日常生活を見返してゆっくりジックリ丁寧に、子供との時間を過ごし、言葉を大切に使い、余計な知識を与えずに、楽しく工夫ができる環境を作れているのかを検討してもらいたい。 この忙しい現代で、日常的に、上記のことを設定するのは、結構難しい。 しかし、これしか、豊かな学力の素はないのだから、本腰を入れて取り取り組んでいただきたい。 時間と手間はかかるが、タダなので、誰にでもできる。 日常生活をゆっくりジックリ丁寧に過ごすことで、味わう力・感じる力を強化し、読解力・理解力の源となる豊かな原形体験を蓄積することに全ての時間とエネルギーを使うのです。 味わうには多くの時間を要します。 ヘンテコリンな教育などしている時間など1分たりともありません。 それでも、なおかつ、中には、「バランスよく、どっちもやってます」と言う人もいる。 考えて欲しい。 マイナス学習を入れている状態を「バランスよく」とは言わない。 積み木を組み上げて家を作ろうとしているのに、バランスよく、一方で積み木を崩しています。とは、言わないのと同じです。何でもさせればプラスになるわけではないのです。要注意です。 学習という名のマイナス学習があるのです。 ●少なくとも、プリント学習と英語の入力は、お勧めできません。 *英語は、学習と考えずに純粋な遊びとして、体を動かしながら実体験を言葉で補足する形でのみ可です。 もちろん、英語もプリント等不可です。 *本当に水遊びをしているときに、その水遊びで使う道具や動作や感じることを自然に言葉の形で添える(耳にするだけ)までならOKだということです。 ■進度表の弊害(家庭学習教材) プリント学習は、どんどん進まないと力になっていないと思うようになってしまっている。 →どんぐり問題に移る時も、そうやって進めるようになる。 →ノーヒントで待つことができない。 →ルールを破る。最も大事な学力養成の土壌になることを無視してしまう。 *これで進めて、どんぐりをしたことにする。これは、どんぐりをやったことにはならない。 もちろん、表面的には論理的思考くらいは出来るようになるが、そこまでである。 自力学習はできない。そういうひどい勘違いをする温床を作るのがプリント学習。 つまり、進度表があるものはダメ。 部分の寄せ集め(これを「積み重ね」と読んでいるが違います)ってのはダメなんです。 幼児・児童期は全体で捉えるホールで消化するんです。 部分部分を取ってきて寄せ集めても消化はできない。 それは、脳の形成過程も同じ。全体を意識できないほど繊細なことも全て消化して、その中で、生き残らせるものを選択する方式。 部分ではなく、全体を薄く取り込む、これを重ねる。 ■幼児・児童期の注意点(勘違いが非常に多い点) 単純回路の強化と多すぎる体験は幼児・児童期には厳禁である。 1、幼児・児童期のエネルギーは少ない。しかも進化することに使える特別なエネルギーである。 2、単純なもの(作業的思考:代表例→暗記・計算)はすぐに強化される。強化されるとそこの抵抗値が低くなってエネルギーがそちらに流れてしまう。結果として、繊細で複雑な回路の養成にエネルギーが行かない。考える気(エネルギー)にならない。 3、体験は、数ではなく深さが大切(幼児期は全て「量より質」である) 浅く広くでは、一見色々な体験をしており、多様な学習になっているように見えるが、浅い部分の処理は、どれも大して変わらない。そこに、ほとんどオリジナルの工夫もなければ、発見もない。表面的な目新しさではなく、深い部分での新しさ(発見)が、多種多様な体験となるのだ。だから、世界中で、経験することは、場所や時代では違っても、思考のたどり着くところはその経験の深さにのみ比例するのだ。でなければ、場所や時代によって、非常に片寄った進化になるハズである。あるいは、単純に、数多くのことを体験させれば、賢くなるハズだが、全く違っている。 海外旅行に行くよりも、近所を隈無く散策する方が思考回路が増えるということだ。近所を楽しめる人は、どこに行っても楽しめる。が、海外に行かなければ楽しめない人は、実は、どこに行っても楽しめない。あるいは非常に浅い部分でのみの楽しみ方しかしらない。繊細で高度な感覚が育っていないということだ。人生の楽しみ方が全く違ってくるということでもある。 楽しむ対象ではなく、楽しむ方法が大事だということであり、これが育てるべきものであるということだ。 大人が、子供にすべきことは、魚を与えるのではなく、魚の捕り方を教えるということだ。 4、感覚が鈍るようなことはさせない。高速、大量、反復は、感覚、感情を鈍らせる。感覚・感情が鈍ると、入力したものを消化できなくなる。消化できないものは、栄養にはならない。 たとえ対象自体がいいものであっても、高速、大量、反復で使用した時には、それだけで、悪影響を及ぼす。 ■学校の役割(時代の要請) 今、学校の役割は、これまでの整理学習だけでは、全く効果を発揮しないということだ。だから色々する、ではなく家庭ですべきことを示し、そこを確認しながら進まざるをえない状況であるということだ。 役割が違うと言っている時代ではない。 ■どんぐり入門書にはコチラが最適です。Amazon「子育てと教育の大原則」 ※日本ブログ村に参加してみました。 このブログが参考になりましたら、お手数ですが、下記のバナーをクリックお願いします。 【どんぐり倶楽部の公式サイト】 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2012年08月30日 12時10分37秒
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