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FAMの日記 [全1526件]
最近知った恥ずかしい事。 お茶を煎れる急須の注ぎ口に付いている透明なチューブ、あれって輸送時に欠けないようにしているだけで購入後は外して使うんですね! 知っている人は「なに!あれ付けたままで使ってたの?!」と驚くかもしれませんが、うちの実家の急須がずっとこれが付いたままだったので、なんとなく意味があるのかと勘違いしてました。実家に帰った際に母親にも話したら「あら、そうなの?」と。 うわあ・・・これって買った洋服に値段のタグを付けっぱなしだったようなものなんですね。はずかしい・・・
以前に聞かれたことがあるのですが。 「同人ゲーム作りたいんですけど、何から始めたらいいですか~?最初はやっぱりC言語とかの勉強がいいですか~?」 いかん!それはダメだ!初心者が一番挫折するパターンだ! ゲームを作りたいのであれば、今の時代、いきなり言語から作り始めなくてもいろんなツールがある。例えばシューティングビルダーとか、RPGツクールとかノベル作るNスクリプトとか、アクションゲームエディターとか。 むしろ、ゲームを作るにはまず何を作りたいか。そしてそれにはどうするのが最短か?を考えるのがよいかと。 もっとも、上の各種ツールを使っても、完成に至れるのは1割。後は大概素材作りの段階で挫折すると思います。そのぐらいゲームつくりというのは素材を作るだけで大変なのですが。 ゲーム作りのポイントは結局本業でも同人でも同じで「まず一通り遊べるものを完成させる」のが最初の試練です。
自分も年齢柄、立場上否応なく会社の採用面接する立場になる事があるのですが。 で、そんな際に自分はその人のどこを見ているのか?と考えると、申し訳ないですが基準が「よくわからん」のです(汗 例えば私のような技術職の場合、作品選考の段階で8割以上の人が落ちている。つまり、残った人は十分な実力を持ち合わせている、ということで。 で、面接当日に 1、遅刻しない 2、日本語で会話できる 3、自分の提出した作品について技術的な説明が出来る 4、極端にアレな人じゃない これだけ守っていれば、ほぼ自分は採用としていますが。 だから逆に「元気ではきはきした声」とか「入社の明確な動機」とか「椅子に座るタイミングやお辞儀の角度」みたいなのはほとんど考慮しません。 というか、むしろ技術屋にとっては腕が全てですから。就職活動と称して何十社も廻るより、提出する作品を磨く事の方がよほど近道です。 あ・・・一つだけ基準があった!他の人はどうか知りませんが、私は基本「オタクを好みます」というか、ゲーム会社にいる時点でオタクであることは確定しています。だからこそそれを恥じない、胸を張って「自分はこのジャンルのオタクだ!」という人は、思わず贔屓してしまいますねえ・・・自分もオタクなだけに。 なんか、一般の会社ではオタクというのは印象良くないようですが、私はゲーム開発者としては物事に深く集中できる人と一緒に仕事がしたいので。
先日放送されたアニメ「坂道のアポロン」はすごかった!文化祭のライブでアンプの音が切れてしまい、その場つなぎに主人公2人が即興でジャズ演奏をする、というシーンですが、3分にわたるこれまで放送した楽曲のメドレーに生き生きとした作画や遊び心あるアレンジも絡んでとにかく圧巻、というしか・・・ で、思い出したのですが、自分が高校生だった時の文化祭でもステージでの演奏会などがありまして、様々な軽音部の演奏の後、飛び入りでステージに教頭先生がひょっこり一人で現れる。何事かと思ったらアコースティックギターで洋楽を歌う。 これがハンパなく上手い!普段地味な先生ですが、体育館に響く甘く伸びやかな声に、「うおおおお」と地鳴りのような拍手と喝采。一躍文化祭のスターになってしまいました。 こういうインパクトを見るにつけ、心に響く音楽ってのは心を一瞬にして鷲掴みにするパワーがあるということをヒシヒシと感じます。。
ゲーム作りの仕事場だと、残業とか修羅場を「当然のこと」とする風潮がありますが。 以前にあった話。開発の終盤に差し掛かったが、プログラムの部分が大幅に遅れている。理由は物量に対する圧倒的な人手不足。その上、追加仕様や変更などが重なり、プログラマーさんも泊まり込みが続く日々。 で、その会社の某カリスマクリエイターは大変に厳しい・・というか、ちょっと人間的にアレな人。作業が遅れていることに怒り、メインプログラマーに対して追い込むような言葉を浴びせ、プレッシャーをかける。時には机をドンドン叩き、人前で大声を上げるような。 しかし、当たり前の事だけど一生懸命やっている人をさらに鞭で叩いたところでどうになるものでもない。それどころか連日の泊り込みと睡眠不足でメインプログラマーが過労で倒れ入院する結果になる。 当然、作業はストップ。残されたプログラマーに「○○は過労で倒れた。何故お前たちは彼があんなにボロボロになるまで頼り切ったんだ!もっと彼の負担をみんなで協力して減らさなかったんだ!」と。そこでプログラマーの怒りが爆発します。 「私たちは半年前からこの状況は人が足りないとずっと言っていた。しかし、何もしないどころか作業を増やしたり余計なプレッシャーを一番与えたのはあんただろうが!」 ・・・この話はもう5年近く前の話になりますが。結局、問題がわかっているにもかかわらず、何の代案も出さず、ただ大声を出すとか、プレッシャーをかけるだけのリーダーは「仕事をしていない」って事になるんじゃないかと。 これがゲーム作りの現場だけでなく、そこら中であるんじゃないかなあ?若い頃の気合いとか根性で乗り越えてしまった人が、状況が違うにもかかわらず全てそれで乗り越えられる、という幻想で他人を使うケースが。 ちなみにそのカリスマクリエイターはその後、独立しましたが、最近まったく名前を聞かなくなりまして・・・結局、その人がカリスマクリエイターでいられた理由は以前の会社にいた優秀な人材によってであった、という・・・まあ、そんなもんだろうねえ・・・
太宰治の「走れメロス」を初めて読んだのは、小学校の国語の授業だったと思います。確か読書感想文の課題図書だったと思うのですが。 で、その当時私は直感的に感じた事は「なんでこれがいい話なの?」と。確かに自らの命を賭けての友情に猜疑心の強い王を改心させる、というプロットは当時も理解できたのですが、その感動の前に何かモヤモヤっとしたものが・・・ で、先日ある人が言った感想を聞いて胸のつかえが取れました 「結局あの話ってさ、ギャンブルで作った借金の連帯保証人になった人のいい友人が内臓売られる寸前に本人が戻ってきた、ってだけの話だよね。そもそもメロスって王を殺しに行ったテロリストだし、本当の親友ならこんな騒ぎに無関係な友人を巻き込まないよな」 ・・・確かに! 似たようなケースで、主君のあだ討ちをした「忠臣蔵」というお話。15年ぐらい前にNHKで「赤穂浪士裁判」という番組をやっていまして。現代の法廷を舞台に検察側、弁護側双方が見解を主張、この話を「忠義の志士か、単なるテロリストか?」という架空裁判を行い、傍聴席の一般参加者に最後にアンケートを取って判決を下す、というもの。 で、結果は「テロだ」と。うん。やっぱり今現代の観念から見ても、当時の幕府の判決を見ても、あれはテロだよね・・・ 物語の面白さは別にして、テロリストを美談にするのはやっぱり受け付けない自分がいます。
おそらく「ヨルムンガンド」のことだと思いますが。 ?深夜アニメに視聴制限がないことに疑問を感じる。今回見たアニメは、武器商人をテーマに傭兵出身の子どもも銃を持ち、人を撃ち殺すシーンがある。原作の漫画は大手出版社から出版されているので、おそらく掲載雑誌も小学生が自由に買えるし、深夜アニメを録画して見ることも可能。原作漫画もアニメも年齢制限に関するルールが曖昧。ゲームや映画には年齢制限があるのに、深夜アニメは暴力的でも性的表現が多くてもそういう規制が全くない。この作品に限らず深夜アニメ等に関して、各局とも野放しになっているようで驚く。テレビ局にも視聴者年齢制限のルールが必要ではないのか。 この意見に関してではなく、これがまとめサイト経由でツイッターで広まった際、「子供に見せないために深夜にやってる。見たくないやつは見るな!」というごく真っ当な意見を書いているアニメファンがおりまして。 しかし、確かそのツイッターを書いていた人、以前、韓流ドラマに対して「見たくもない、つまらない韓流ドラマやくだらない芸能人のバラエティー番組を流すな!」と・・・ あれ?矛盾してませんか? 自分が興味ないものを他人にも見せたくないというのは、こういうことなんです。 で、当然ですがテレビはそのためにチャンネルがいくつもある。自分が嫌いなものを楽しんでいる人もいる。で、マンガ「もやしもん」の教授の言葉 「豊かというのは選択肢があること」 |一覧|Recommend Item
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