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FAMの日記 [全641件]
コンビニのDQN店員が態度悪かったので制裁を加えてやったw 恐らく意図的な釣り記事だと思うのですが、読んで思ったのは「ああ、こういう人間にならないようにしよう」という、自戒の言葉として。 こういう形で相手を泣かせてストレス解消、気分すっきり、という人格になったら人間としておしまいだよなあ。というか、ちっさ! この文面を読んで気分が悪くなった人が大半だと思うのですが、それは自分の普段の生活に活かしたいです。こいつと同じこと(権力や立場を利用して高圧的な態度で暇つぶしにストレス解消をする人間)をするのが、傍から見てどれだけ見苦しく、あさましいか。 また、2ちゃんにこういう書き込みをスレッドを立ててまで書く人間の日常はたかがしれている、きっと日常のストレス発散にこういう書き込みをして「釣れた釣れた」とモニターの前でニヤつくのが関の山。事の真偽は別にして、すでに歪んでいるよなあ・・・ 私達がドラマや時代劇で悪役として描かれる側に、容易になる事が出来る。それは日常生活でも同じですな。
以前、あるマンガの評論家の方がマンガのすばらしさを表わすのに「マンガは漫画家一人のペンの力で、映画と同等の、役者もセットも芝居もシナリオも描ける総合芸術。唯一の違いは音楽がないぐらい」と語られている本を読んだことがありました。 ですが、この「音楽」すらマンガに取り込んでしまった作品がありまして。 BECK / ハロルド作石 平凡な毎日に不安を持っていた主人公の少年/田中幸雄(通称:コユキ)は、南竜介との偶然の出会いによって、音楽の世界に入り込むことになる。南竜介・田中幸雄を中心に、バンド:BECK(ベック)・英語名:Mongolian Chop Squad(モンゴリアン・チョップ・スクワッド、M.C.S)が結成され、失敗・挫折を繰り返しながらも、音楽への信念を原動力に一歩ずつ前進してゆく様を描く。 この作品の印象的なところはライブ会場での演奏シーンでしょう。背景ベタで主人公が口を大きく開いている、たったこれだけなのに「すげえ歌を歌っている!」というのがビンビン伝わってきます。歌詞すら出ていないにもかかわらず。 かといって、このシーンに実際に耳に聞こえる音楽が作れるか、というと疑問で、100人の読者がいれば100人の自分の脳内で想像する名曲でなくてはならない。これは不可能に近い。 でも、それが出来てしまう、まさに「マンガでしか見えない音楽」ですな。
「ゲームのクオリティを上げるより広告にお金をかけるべき」−海外の調査結果 これは私のような開発者にとってはやりきれないところがありますが、事実です。と、いうのは大概のゲームの売り方として基本「先にお金を払って遊ぶ」というシステムなんですよね。そのゲームが面白いかどうかはやってみないとわからない。だから、どんなに作品内容に自信があっても、プレイヤーがパッドを握ってもらえるところまで到達しなければ意味がないという。最近では体験版をダウンロードしたり、初回無料でアイテム課金のゲームもありますが。 口コミで人気が出るソフト(最近ではシュタインズゲート)もありますが、「名作なのに何で売れないんだ?」という隠れた作品のほうが圧倒的に多い。口コミで話題になり、それが売り上げに繋がる、というところまで到達するのは、すでに知名度が上がっていることでもありますから。 かといって、広告費というのがこれまた際物で。30秒のテレビCMで数千万が吹き飛び、後に何も残らない。広告によって知名度は上がっても、興味のない人が何万人見ても購入には至らない。あれだけCMしたのに数万本程度、などはよくあります。しかし、広告費だけは確実に消えていく。 我々開発側の人間としては「いいモノを作る」ことが使命ですが、そのいいものが知られ、そしてユーザーに財布を開かせるところまでいって初めて評価の対象になる世界。そして何より、そのゲームが面白かろうがつまらなかろうが、その評価を今のゲームに反映できない(一部ネットゲームを除く) ゲームの開発予算に膨大な金が掛かりますが、それ以上にユーザーに伝えるのはもっとお金が掛かりますねえ。広まったとはいえ、まだまだネット広告はマイナーですし。
人気ドラマ『JIN 〜仁〜』で偽造10円硬貨を製造か ガジェット通信はネット上のそれこそ2ちゃんの噂レベルの話を「まるで記事のように」書くゴシップメディアですが・・・これはひどい。 ひどい、の意味は「発言元の責任を逃げつつ言いがかりで石をぶつける姿勢」そのもので。 ちなみにこの平成22年の十円玉は公式HPに「CGであった」と解説されていますから、完全にいいがかりだった訳ですな。 何より記事中の「何度見てもCGには見えないのだが……。もしもこれがCGだとすれば、かなりの技術力をこの10円玉に注ぎ込んでCGを作ったに違いない。」 というのが仕事で3Dソフトを使っている私としては失笑モノで。あの程度の合成は私にも出来るようなプラグインが数万円レベルで売ってます。(対象物にマーカーを付け撮影し、その位置をトレースして3Dモデルを貼り付ける画像編集ソフト)特にドラマの「JIN−仁」は時代劇でありながらCGを多用している作品だけに、こういう処理などスタッフにとっても造作のないこと。むしろ、たった1カットのために偽の硬貨を偽造する方が手間がかかりますから。 しかも、散々煽っているくせにどこか逃げ腰で、「取材を申し込む予定だ」って・・・普通は取材してから記事にするのが順番のはずですけど。 自分が「JIN−仁」を好きなこともありますが、何の確証も、知識も、取材力も、責任も覚悟すらない人間が「○○らしい」と煽りたて、間違いが公式にわかったら知らんぷり(公式発表の後に追加取材記事はなし)。という、何とも気分が悪いものです。 「ネットの噂」という枕詞をつければ何を書いても許される。テレビのワイドショー以下だよなあ・・・
電車内で聞いた会話。大学生ぐらいの男性2人 A「そういえば○○ってゲーム、買ったよ」 B[マジで?」 A「仕方ねえだろ。ネットでどこにもおちてねえんだから。欲しいけど買うしかないじゃん」 ・・・金を出して買う、という選択肢が最後になっている人間もいるのね・・・
アリカ副社長の『シュタインズ・ゲート』感想にファン激怒、犯罪予告される ゲームに限らず、個人には嗜好というものがあります。それが大多数の人に受け入れられたからといって自分にも合うとは限らないし、自分は楽しめなかったからといって、それを楽しんでいる人間はわかっていない、ということでもありません。 上記のゲームは最近口コミで人気が広がっているゲーム。そういう作品というのはゲームに限らず「信者」と呼ばれる熱狂的なファンを産みます。 が、それも度を過ぎると「自分には合わなかった」という意見に対しても強烈に非難し始めたり。カルト教団的な狂信が生まれるんですよねえ。 例えば私も実はメジャーところだと、「富野ガンダム」と「東方」があわない人間で・・・どちらも評判がいいと聞いたので体験したのですが、どうにも・・・この・・・楽しめない。あの監督の演出が苦手らしくキングゲイナーもターンAガンダムもダメでしたが、別監督のGガンダムや08小隊は楽しめましたから。また、東方シリーズもシューティングゲームに私はどうやら弾避けより破壊の気持ちよさを求めるタイプみたいなので、こちらもキャラ人気にまでハマる、ということもありませんでした。 だからといって、その作品は自分以外の多くの方が支持しているという実績がある以上、絶対に面白いはずです。単に自分の嗜好があわなかった、というだけで。 贔屓の引き倒し」ということわざがありますが、あまりに狂信的なファンの行動は、むしろ興味のある人を遠ざけたりしますからねえ。プレイした上での感想ぐらい、相手に任せましょう。
めちゃイケ』に限らず、ある世代のお笑い芸人は「権威を傘にしたいじめ」を肯定している ああ・・・私の嫌いなタイプのお笑い番組って、これに当てはまることが多いです。 例えば、私は伊集院光さんは大好きですが、そんな彼も時々、自分の後輩の若手芸人を使って、ある意味イジメに近い、無茶なねたをやらせる時。好きなタレントなのにそこはちょっと嫌な気分になります。 普段の自虐ネタとか、自分の体を張ったギャグと違い、先輩後輩の上下関係を使った理不尽な要求を強要し、そこでひどい目にあう芸人を無邪気にゲラゲラ笑えないんですよ・・・ これがテレビのバラエティーの世界だけであればまだ納得できるのかもしれませんが、それを学校生活などに持ち込まれると悲惨です。 いじめを「いじり」と変換し、片方が一方的に辛い部分を押し付け、それを見て笑う事に何の不思議とも思わない。そうなるといじめられる側が、たとえ死を考えるまで追い詰められても、きっと彼らは笑っているんだろうなあ・・・本気の悲鳴を聞いてもゲラゲラ笑いながら「あいつ、おいしい」と・・・ 別にTVのお笑いからそういうのを排除しろ、とは言いません。それこそチャンネルを変えればいいだけですから。ただし、それはあくまでテレビや芸人の世界。勘違いした人間がうわべだけお笑いの世界を持ち込むのは、とんでもない悲劇を生み出す事にもなります。 |一覧|Recommend Item
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