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カテゴリ:国内「い」の著者
僕がマユに出会ったのは、代打で呼ばれた合コンの席。やがて僕らは恋に落ちて…。甘美で、ときにほろ苦い青春のひとときを瑞々しい筆致で描いた青春小説―と思いきや、最後から二行目(絶対に先に読まないで!)で、本書は全く違った物語に変貌する。「必ず二回読みたくなる」と絶賛された傑作ミステリー。(「BOOK」データベースより)
乾くるみ『イニシエーション・ラブ』(文春文庫) ◎「タロット・シリーズ」第2弾 『イニシエーション・ラブ』の初出は、2004年原書房からです。文庫化されたのは、それから3年後。そして芸能人(しゃべくり有田)がテレビで火をつけました。2015年には映画化もきまって、ついに100万部突破とのことです。 本書は「タロット・シリーズ」の第2作にあたります。シリーズの第1作『塔の断章』(講談社文庫)は1999年に発表されました。タロット・カードの「16番・塔」をイメージにした作品です。 ――作家・辰巳まるみが書いた小説『機械の森』。そのゲーム化をはかるスタッフ8人が湖畔の別荘に集まった。その夜に悲劇が起こる。社長令嬢の香織が別荘の尖塔から墜落死したのだ。しかも彼女は妊娠していた。自殺なのか、それとも? 誰もが驚くジグソー・ミステリ、著者自身による解説を加えた「完全版」で登場!(文庫案内より) この作品はあまり評判にはなりませんでした。そして『イニシエーション・ラブ』(文春文庫)は、タロット・カードの「6番・恋人」がもちいられました。『イニシエーション・ラブ』初出(原書房)のカバーは、セピア色の写真になっています。テーブルの上には、ホットコーヒーとアイスコーヒとともに、タロットカード6番とカセットテープがのせられています。私はこのカバーが好きだったのですが、文庫になったのをみて驚きました。手を固く結びあっている、2人の写真になっていたのです。タロット・カードは小さく右下にそえられていました。 そして第3作『リピート』(文春文庫)には「10番・運命の輪」がつかわれています。そのあたりについて、乾くるみ自身はつぎのように語っています。 ――何かいいカードはないかとめくっていて、「運命の輪」のカードが使えるんじゃないかと。輪廻とか時の循環を連想させるでしょう。だからタイムトラベルを繰り返す話。タロット・カードには番号がついていて、「運命の輪」は10番なので、10人、10カ月……と連想してつくりました。(『文蔵』2014.7)より) 『イニシエーション・ラブ』は、レコードのようにside-A、Bの表裏のような構成になっています。この方法は以前に本多孝好が『真夜中の五分前』(2分冊、新潮文庫、「山本藤光の文庫で読む500+α」推薦作)で試みており成功しています。『真夜中の五分前』は、驚愕のエンディング(side-B)で評判となりました。「かならず(side-A)からお読みください」と帯に警告がなされていたほどです。 『イニシエーション・ラブ』もまったく同じ構造になっています。(side-A)は甘いラブソング、(side-B)には別れをにおわせる曲目を見出しにしています。乾くるみは、おそらく熱烈な本多孝好の読者だと思います。 ◎亀裂の間から、きなくさいにおいが 物語の舞台は、1980年代の静岡です。乾くるみは、1963年に静岡で生まれた男性作家です。黒々としたあごひげをはやし、縁なし眼鏡をかけています。大学も地元の静岡大学理学部数学科を卒業しています。 本書は恋愛小説というよりは、まぎれもなくミステリー作品のはんちゅうにおさまるべきです。ただしミステリー小説に変化するのは最後の2行からですが。それまではタイトルどおり、ごくごく普通(イニシエーション)の、少し退屈なラブ小説です。 主人公の鈴木夕樹(たっくん)は就活中の大学の4年生。人数あわせで誘われた合コンで、歯科衛生士の成岡繭子(マユ)と知り合います。2人は、恋におちいります。夏休みがすぎクリスマスを迎えて、2人のぎこちない恋はすこしずつ進展してゆきます。たっくんの就職がきまります。配属先は東京となりました。ここからが(side-B)となります。 静岡と東京。2人の遠距離恋愛がはじまります。たっくんは毎日電話をして、毎週末に静岡にもどろうと心にきめます。ところがいろいろな予定がはいって、それらの実行が難しくなっていきます。文面から亀裂がはいる音が聞こえてきます。たっくんは必死の努力をしてマユに会いにいきますが、マユは東京に出てこようとしません。亀裂の間から、きなくさいにおいが、たちのぼりはじめます。 『イニシエーション・ラブ』は、書評家泣かせの作品なのです。ここまでに私は、乾くるみの仕掛けたいくつかの地雷(伏線)をふんでいるはずです。しかし古風な恋愛小説を読んでいる感覚から、脱しきれません。就活、合コン、遠距離恋愛など、ありきたりなお膳立てにへきえきしてくるような展開です。B面の収録曲が残り少なくなってきました。この先にはふれられません。 私は個人的に、存分に楽しませてもらいました。文句なしに日本の現代文学125+α入りの作品です。 (山本藤光:2014.12.05初稿、2015.05.22改稿) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2017年10月09日 03時07分14秒
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