■小説「どん底塾の3人」017:いつまで待っているんだ
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◎あらすじ
配置転換、リストラ、倒産で転身せざるを得なくなった3人。つぶれそうな定食屋「どん底」で店主亀さんの熱烈指導を受ける。授業料はいらない。ただし定食屋「どん底」の再建に力を貸してもらいたい。あの「世界一ワクワクする営業の本です」を、新たなものがたりにリメイクしました。(山本藤光)
◎第017話
加納が作ったポスターを店頭に張り、開店時間を迎えた。定食屋「どん底」の新たなビジネスのスタートである。店の前を駅に向かって、足早に通りすぎる人群れが続く。だれもポスターには、着目しない。あわただしい朝の時間が、「どん底」の企画をあざ笑っているみたいだった。
「だれも入りませんね。みんな通勤電車がきまっていて、ギリギリに走りこむのだから、ここに寄る余裕もないのでしょうね」
亀さんのミスジャッジ。そういいたげな加納の言葉に、大河内もうなずく。なにひとつ宣伝もせずにいきなり店を開けたところで、お客さんが店内に流れ込むことはない。大河内は前髪をかき上げ、絶望的な思いを断ち切る。早くお客さんに入ってほしい。そう念じるものの、まったくその気配が感じ取れない。
「おまえたち、いつまで待っているんだ。攻めろよ。それが、営業ちゅうもんだろうが。アホみたいに、指をくわえているんじゃない。風を起こせ。店に向かって、風の道を作るんだ」
亀さんのゲキが飛ぶ。店の外の様子をうかがっていた海老原が、真っ先に飛び出す。大河内と加納が続く。揃いのオレンジのユニフォームが、両手を広げて風向きを変えはじめる。
種をまかなければ、収穫はできない。いまは種まき時だ。亀さんは3人の仕事振りを見ながら、喉元を突き上げてくるヒントを飲みこむ。
相変わらず、左から右へと足早の人群れが移動する。3人には余裕のかけらすらない。海老原は、逆方向の流れに着目する。朝帰りだろうか。同年代の若いカップルがやってくる。
「おいしい朝食、本日からはじめました。バイキングなので、お好きなものが食べられますよ」
海老原の声に、2人が反応する。朝食バイキングの、1号客の入店である。
「……らっしゃい」
亀さんの元気な声が、路上にまで響いてきた。大河内は、赤信号で停車中のドライバーに声をかける。加納は駅まで走った。駅でお客さんを、誘導しようと考えてのことだ。
朝食バイキングは、わずかに9食で終えた。惨敗だった。
「おまえたちは、日雇いか。きょうの惨敗が、明日につながるとは、おれには思えん。いいか、おまえたちは、駅に向かう客を無視した。急いでいるんだから、声をかけるだけムダだと思ったんだろう。そんな仕事では、明日にはつながらん。
海老原、おまえは何人に声をかけた。右から左へやってくる人だけを選んで、おまえは30人ほどに声をかけていた。ところが、逆の流れは、その10倍はあった。おまえは、潜在顧客を無視した。目先の客だけにとらわれているやつには、明日はない。
せめて、加納のポスターくらいには、注目させろ。黙って立っていて、ポスターを指差す。それだけで、客はなんだろうとポスターを注目する。1秒もあれば、ポスターの字面は読める。そうすれば、明日はここに寄るために、早めに家を出るはずだ」
※ダントツ営業の知恵
当たって砕けろ。潜在顧客の発掘は、失敗からはじまる。