■小説「どん底塾の3人」019:仕事が楽しかった
◎あらすじ
配置転換、リストラ、倒産で転身せざるを得なくなった3人。つぶれそうな定食屋「どん底」で店主亀さんの熱烈指導を受ける。授業料はいらない。ただし定食屋「どん底」の再建に力を貸してもらいたい。あの「世界一ワクワクする営業の本です」を、新たなものがたりにリメイクしました。(山本藤光)
◎第019話
4人は椅子にへたり込んでいる。嵐が去った。全部で87食。企画はみごとに当たったのだ。
「すさまじかったな」
大河内は水ぶくれになった指を冷やしながら、まだ肩で息をしている。慣れない調理で、指にやけどをしたのだった。
「加納が静めてくれなければ、暴動が起こりかねない状況だった。たいしたもんだ。あれができるんだから、おまえは十分に営業向きだ。おれが保証するよ」
亀さんは満足していた。朝食は失敗だったものの、昼にはそれを挽回した。お客さんの誘導。そして加納のクレーム処理。彼らは手際よく立ち回った。
加納が手帳を取り出し、読み上げはじめる。
「えー、お客さんの声を拾ってあります。いちばん多かったのは、おいしかったで23人。楽しかったや面白かったが19人。またくると帰ったのは16人でした。一方、不機嫌な表情で帰ったお客さんも、3人ほどいました」
「おまえ、お客さんの声をメモしていたのか」
亀さんは思わず立ち上がり、加納の手帳を覗きこんでいる。
「簡単なことです。あらかじめ、お客さんの声を予想して書いておいたので、ただ正の字を書けばいいだけだったのですから」
「いや、おまえはすごいよ。食べ損なった客に、半額と妥協しなければ、もっと完璧だったけどな」
加納が頭を下げた。顔は笑っている。
「楽しかったな。久し振りで、汗をかいたよ」
「大河内、いま、なんていった?」
「仕事が楽しかったと。海老原はどうだった?」
「めちゃ、楽しかったです」
「それだよ。おまえたちは、本業で楽しいと感じたことはないのか? ちょっとの工夫で、仕事は楽しくなる。楽しくなれば、それが相手にも伝わる。だから、結果が出る」
「楽しかったというお客さんが、たくさんいました。これって、感激ですね」
「営業職のだいごみは、客から直接ありがとうをいってもらえるところにある。ありがとうをいってくれた客は、営業マンの財産だ」
※ダントツ営業の知恵
ちょっとした工夫が仕事を楽しくする。仕事が楽しければ成果も上がる。