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 月光院璋子の日記  beside you

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Ms gekkouinn

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Sep 27, 2007
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カテゴリ:眼差し
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たまたま以下のニュース項目が目に入り、
何だろうと思い読んだところ、「ご機嫌な夜」になるはずが、
驚愕したまま、怒りで震えが止まらない----
わたくしは、この事件を今日まで知りませんでした。

   ***   **   ***

大相撲の時津風部屋で暴行を受け、死亡した時太山(ときたいざん)=当時(17才)、本名斉藤俊(たかし)さん=の父正人さんが二十七日、都内で会見し、斉藤さんの死亡直後に、時津風親方が正人さんら遺族に無断で遺体の火葬準備をするなど不自然な行動があったことを明らかにした。正人さんは損害賠償など民事訴訟の提訴も検討しているといい、「真実を知りたい」と訴え、わが子を失った無念の思いも語った。

正人さんによると、斉藤さんが死亡した六月二十六日に、時津風親方が「通常のけいこで死亡した。急性心不全でした」と電話連絡。「(火葬など)全部任せてくれ」と言われたため、正人さんは「それは困る。息子も帰りたいはずだ」と反論して、申し出を断った。肉親を遠ざけようとしていると感じ、強い不信感を抱いたという。

会見で、正人さんは「暴行があったなら、教えてほしい」と緊張した表情で、何度も真相の究明を求めた。入門後、途中で逃げ出して新潟市の実家に帰りたがっていた斉藤さんを部屋に戻るように諭したことを何度も悔いたと語った。「やられてるなら、逃げれと言った。親のエゴで頑張ってみたらと言ってしまった」

週刊誌が部屋での暴行の事実を伝えた八月上旬、時津風親方が釈明のために自宅を訪問。それまでの説明は一転、「ビール瓶で殴った」と淡々と話した。正人さんは「親方が(兄弟子らの)行き過ぎを止めたと思っていた。開いた口がふさがらなかった」と話した。
六月に自宅に戻ってきた斉藤さんに手作りの空揚げを振る舞うと「久しぶりに食べたらうまい」とうれしそうに話した。その表情が今でも忘れられないという。

最後に斉藤さんと言葉を交わしたのは死亡する前日。
「僕いい子になるから、迎えに来て」。携帯から父に心から訴えるような声だった。
その携帯も、なぜか真っ二つに割れた状態で自宅に戻ってきた。(デイリースポーツ)

   ***   **   ***

これって、相撲の稽古ではなく、リンチではないのか。
そう思い、いくつかの報道を当たって、さらに驚愕。

以下のasahi.comの記事---

県警の調べや遺族の話では、斉藤さんは25日午前9時ごろ、犬山市の部屋の宿舎から実家に「やめたい。もうダメだ」と、部屋の「おかみさん」の携帯電話で連絡してきた。自分の携帯は取り上げられていたという。斉藤さんは部屋を逃げ出し、同日正午前ごろ、部屋近くのコンビニエンスストアのそばから「迎えにきて。兄弟子が怖い」と、その後取り戻した自分の携帯電話で今度はかけてきたという。

電話はいったん切れ、約10分後、兄弟子が「いま本人をつかまえた。これから部屋に連れ戻す」と斉藤さんの携帯電話で両親に知らせてきた。兄弟子らは、その後、斉藤さんの携帯電話を真ん中から二つにへし折ったという。

25日の夕食では、時津風親方がビール瓶で斉藤さんの額を殴打、さらに、けいこ場の裏手で兄弟子ら数人が斉藤さんを取り囲んで暴行。兄弟子らは、金属バットを使って全身を殴打したことを認めているという。斉藤さんの遺体は、顔や肩など上半身のほか、ふくらはぎなどにもあざがあったという。

  ***   **   ***

ここまで分かっている時点で、
日本相撲協会の理事会から、どうしてマトモなコメントが出されないのだろ。
県警から捜査協力を求められ、日本相撲協会はこれまで、事業部長の武蔵川親方(元横綱三重ノ海)と生活指導部長の伊勢ノ海親方(元関脇藤ノ川)が対応してきたというけれど、
「相撲部屋は全部で53部屋あり、それぞれの師匠の考え方によって稽古内容も違う。強くしたい思いから、稽古が厳しくもなる」、「原因もはっきりせず、我々が判断できることではない」という伊勢ノ海親方の話を始め、親方の煮え切らない態度と言葉にも慄然とする。
兄弟子らが、長時間におよぶぶつかり稽古の後に、斉藤さんをバットで殴るなどしたとき、それを制止しなかったばかりか黙認していたというのは、師弟の関係としても信じがたいことだ。時津風親方は、以前の記者会見で「無理はさせていないので、何がいけなかったのか、答えようがない」と話していたそうですが、これは隠蔽と保身ゆえの欺瞞そのものではないかと思われてならないわたくし。

ビール瓶で殴られ、金属バットで殴られた直後に、急死。死因は当初、虚血性心疾患とされたものの、遺体の顔や体に複数の傷やあざが確認され、遺族の希望で行政解剖した結果、「多発性外傷によるショック」が死亡につながった可能性がある」とされたようですが、いずれにせよ、稽古中に具合が悪化し搬送された先の病院で亡くなったのです。
因果関係うんぬんという以前に、他に口にすべき言葉があるのではないか。いかに厳しい相撲の稽古とはいえ、これはもはや稽古ではない。リンチ事件そのものではありませんか。

日本伝統の国技を担うという看板ながら、
日本相撲協会の体質も、社会保険庁と変わらないのではないか。

親御さんの無念の思いは、いかばかりか---
言葉もありません。

時津風部屋といえば、角界屈指の名門。
そこでこうしたリンチ事件が起こり、それが隠蔽されていたということ自体、
日本相撲協会の体質を物語っていると思われ、
不信感と怒りで震えが止まらないわたくし。

力士になることを夢見て荒稽古にも耐えてきただろう17歳の時太山、斉藤俊(たかし)さんの無念の死に対して、ご遺族の戦いはこれから始まります。
見届けたいと思います。









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Last updated  Sep 28, 2007 02:58:22 AM
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