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 月光院璋子の日記  beside you

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Ms gekkouinn

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Nov 28, 2007
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カテゴリ:眼差し
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久々に朝刊を開いて、
憂鬱になりました。

金銭トラブルでの惨劇がまた起こりました。
容疑者の供述通りなのか、詳細は現在取調べ中ですので
今日は、金銭の貸し借りについて
書いておこうと思います。

当時幾つくらいだったのか覚えていないくらいなので、
随分小さかった頃だろうと思いますが、
わたくしが子供だったとき、
お金に関することで、
二つのことを大人たちから教わりました。
教わったというより、絶対的な教えとして、
肝に銘記されたといってもいいでしょうか。

それは、

「絶対、お金というのは、盗んではいけない」

という教えと、

「お金は、貸すくらいなら、差し上げなさい」

という教えです。

まず、最初の「盗んではいけない」ですが、
小さな子供というのは、お金を持ってお店に行くとモノが買えるということを無意識の学習で知るようになると、店先に並ぶオヤツであれオモチャであれそれを「欲しい」という思いになったとき、「お金があれば買える」というその学習体験が初めて浮上します。
そのとき、そのお金の在り処を知っていれば、そこからお金を取り出します。このときの子供は善悪の判断のつかない時分なので、そのときの大人の態度がとても大事になります。

「まだ小さな子供のやったことだから」と言って、
「今度からこういうことしちゃ、駄目だよ」
といった軽い扱い(やさしい対応)で済ませるのは、
もっての他です。
けれど、問答無用でたたいたり、
「てめえ、なにやってんだ」
「駄目だろう~がア」
と怒鳴って叱ることも、
小さな子供の心に恐怖や暴力でトラウマを作ってしまいかねず、
善悪の判断をつけさせる上でも実効性はありませんので、
要注意です。

が、
「ヒトの財布からお金を取るというのは、絶対しちゃいけないことなんだよ」と≪やさしく≫教え諭したり、「お金を盗むというのは、悪いことだから、これからはしちゃいけないよ」と≪やさしさいっぱい≫で対応することも、
実はそれと同じくらい駄目だということ。

3歳くらいの小さな子供が、

「欲しい」+「お金があれば買える」=「お金を盗る」

という、ある意味で自然な行為に及んだとき、
ただ怒ったり叱ったりでは駄目で、
やさしく諭すのも駄目、暴力的なのも駄目。

なら、どう対応するか。

子供の心に、

≪何か大変なことをしちゃったんだ≫

という思いが、
自ずから生まれるように対応するということ。

親や周りの大人が≪普段とは違う態度≫であるというだけで、
子供の心は緊張します。
怒鳴り声や暴力による恐怖ではなく、
その緊張感が大事なんですよね。

その緊張感の中で子供が悟るということ

≪ああ、ヒトの財布からお金を抜く盗るという行為は、絶対やっちゃいけないことなんだ≫

と、大人の対応で子供が悟るということ、悟らせるということ。
ねこなで声や明るい話し方、
そういう≪やさしい≫イメージでは駄目だという意味が
お分かりいただけるでしょう。

我が子の心に、小さな子供の心に、
初めて道徳というものの種を植え付けるのは、
社会の中で生きていく人間の子供に対して、

  欲しい→盗る

といった直截な行為の抑制→道徳、
その種が子供の心の中に育たなければその子はどうなるのか。

そういう愛情と責任感が大人にあれば、
決して難しい対応ではありません。

親が、大人が、

「こういうことは絶対しちゃいかんのだよ」

と緊張感を持って語り教え諭すなら、
その子は、以後、「盗み」という行為とは無縁な一生を送ることができるでしょう。


そして、二つ目。
友達や誰かがお金に困っていて、
もしあなたに貸してくれと言ってきたらどうするか。

余裕がなければ、そもそも貸したくとも貸せないでしょうけれど、
余裕がなくても何とか力になりたいと思う相手だった場合、
そういう相手だったならなおさら、

「お金は余裕があっても貸してはいけない。そのときは、貸すのではなく、上げなさい」

と教えられて育ちました。

小学生の頃だったので、
そういう対応は、とても冷たい対応だと思われ、
反発する心が生まれたわたくし。
けれど、そのせいですごく考えさせられ続けたように思います。

長ずるに従い、
お金の貸し借りで親戚関係が壊れたり、
友人を失くしたりという人たちが
世の中いかに多いかを知るようになると、
そしてまた、
人間というものがいかにお金に左右される存在か
というものも学ぶようになり、
またお金の使い方で人間性が分かるほどに
人間とお金の関係は大きいものだと知るようになって初めて、


「友達にお金は余裕があっても貸してはいけない。そのときは、貸すのではなく、上げなさい」


という子供の頃に教えられたの大人の、
親の教えというものが、

「お金を上げるのは惜しいという気持ちが少しでもあるなら、貸してはいけないということ」

ということだと知り、それが人間性というものへの深い洞察があってこその教えだと知りました。


「その友達が大事なら、お金は貸してはいけない」

ということの意味の大きさ深さを、
しみじみ了解できたわたくし。


安易にお金を貸すことで、
果たしてお金を借りた相手は本当に助かるのか。
安易に借りてしまったお金は、
容易に返すことはできないものです。

貸したものをなかなか返してはもらえないという事態になったとき、両者の関係は果たしてどうなるでしょう。ましてや余裕がないときに貸したお金であれば、なおさらでしょう。

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「親の教えに無駄なものは一つもない」


という古人の言葉をかみ締めつつ、
安易なお金の貸し借りが横行する世相のもとで、
子供たちが金銭トラブルに巻き込まれないよう祈りつつ、

お金の貸し借りで起こる悲惨な事件が、
少しでもなくなるように、
わたくしが子供の頃に大人たちから教わった教えを、
是非ご紹介させていただきたいと思った次第です。










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Last updated  Nov 28, 2007 07:01:54 PM
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