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にきちょう [全1067件]
怒涛の日々だった。まだ過去形では全然ないけど。年末ハフラに向けて振付を考えるに当たり、諸々の感情にぶち当たっては打ちのめされてきた。先生が「1回人前で踊るとものすごく成長する」と言っていたけど、本当なんだな。まだ踊ってない、振付さえ完成してない段階でこんなに荒れ狂うとは。 まずは曲を選ぶ段階で苦戦した。お得意の優柔不断が大活躍!散々迷った末に「これにします」と言った曲は、アップテンポのノリノリ系。そんなに長い曲ではないものの、テンポが速い分、音数がいっぱい詰まっている。これでしばらくの間振付を考えていたが、そもそも持っている動きのネタが少ない私にはどーにもこーにも埋められなかった。全身ガチガチになって頭から煙が出るほど悩み抜いて「やっぱり無理です」と音を上げた。そして代わりにスローで短い曲を提案。しかしその曲は、既に他の人が踊ることが決まっていたのだった・・・。 ギャース!どうしよう!また一から探さなきゃ!慌てて手持ちのCDやDVDを漁るも、ストレス全開すぎて何を聴いても良いとか悪いとか感じない。もう何でもいいから短くて簡単そうなので済まそう、と投げやりになる。この頃、既に踊るのが楽しいとかいう感覚ゼロ。 うつろな目でレッスンに出た朝、着替えながら先生や先輩と雑談、現状を愚痴ると「みんな通る道だよ」と励まされる。先輩は「私もこの前泣いたよ〜」と言う。自分だけじゃなかったんだ、とかなりホッとする。曲が決まらない焦りのみならず、発表会ぐらいでこんなにテンパってる私って一体、と自分を責めてもいたみたいだった。無意識だったけど。ここでかなり復活し、帰宅後そういえば数年前から大好きだった曲があるじゃん、と気付く。ベリー教室に通えなかった時期、自宅で赤子とともにノリノリで踊っていた曲だ。時間もそんなに長くないしテンポも速すぎない。何より楽しんで踊れる。早速先生にメールすると、幸い先客はいないようだった。再びかなりホッとする! そうしてまた振付作業に取り掛かる。自宅だとついダラダラしてしまうので、近所のモスにiPhoneとノート持参で通った。だいたい自分の人生にまさかダンスの振付を考える日が来ようとは予想もしないじゃん?振付の考え方なんて誰も教えてくれないじゃん?そこからもうハテナでいっぱいだよね。鏡の前でテキトーに踊ってる時は当然なんとなくテキトーな動きが出てくるが、人前でやるからにはある程度「見られる」ものにしたい。よく分からないなりにやってみた、私のやり方はこんな感じ。 1.曲をブロックに分ける。 同じメロディが何度か繰り返し出てきたりするので、記号化してメモり、全体の構成を目で把握できるようにした。 AメロBメロみたいな。 2.ブロックごとの音のイメージを簡潔に言語化する。 「ゆったりまったり、最後でアクセント」とか「せつなく」とか「ここが一番ノリノリ」とか。 3.ブロックごとにノートに数ページのスペースを取り、ネタを書き込む。 まずは今までテキトーに踊っていた時の定番の動きを書いていった。 棒人間みたいな簡単な図で。 盛り上がる部分はついついやってしまう定番の動きがあるが、 そうでもない部分は毎度やる気なくさらっと流してるのでイマイチ出てこない。 4.手持ちのネタが尽きたらいったん全てを忘れ、何も考えず曲を聴く。 聴いてると所々、また新たな動きを思いつくのでメモる。 複数の候補が出る部分もあるので後々選ぶことにして、どんどん書く。 2でメモったブロックのイメージと照らし合わせ、やっぱこっちかなーなどと悩む。 5.そろそろ何も出てこなくなったら、DVDなど見て新たなネタを仕入れる。 しかし習ったことのない動きは、映像で見るだけじゃやり方が分からないこと多し。 こうやって言葉にすると相当めんどくさい作業のような。いや実際相当めんどくさいんだけどね!ふつー皆さんどうやって考えてるのかなー。 元々私は音楽を聴いてる時、音の持つエネルギーの動きを映像&体感として感じるタイプなので、テクニックの引き出しさえ増えれば案外振付は得意なのかもしれない、と思う。ここはこんな感じの動きだよね、だって音がこうニョロっとしてズーンとしてペペンしてるじゃん?・・・ととにかくイメージだけは明確なのだ。エネルギーの動きをそのまま体で現す能力はあると思う。ただそれを「ベリーダンスのやり方で」となると途端に分からないんだよなー。初心者すぎて、知識がなさすぎて。 そんなこんなである程度ネタが出尽くすと、それ以上進まなくなる。時間だけが過ぎて焦りが増してくる。ついつい現実逃避してしまう自分を責め、頑張らないと!早くしないと間に合わない!と思うが出てこないものは出てこない。出ないなら出ないなりに出来ることがあるだろう、とにかくDVDでも見ようぜ、と思うのだけど、DVDをプレイヤーに突っ込むまでに数時間葛藤したりする。そんな自分のダメさをまた責める。現実逃避したいあまり、やたら眠くなる。日頃そんなに長時間寝ない私が、何だか異様に毎晩よく眠る。日に日に頭も体もガチガチになってきて、頭が痛い首が痛い肩が痛い。踊ろうにも体が全然動かない。無理やり踊ったところで楽しいわけもない。もはやベリーのベの字を見ただけで吐きそうな心境に。 こうして絶不調の日々を過ごすうち、一昨日ついに高熱を出した。そりゃそうだ、心身ともに相当緊張してたもんな、ゆっくり休もう、と思う自分もいる。と同時に「また現実逃避のために病気になる癖が出たよ、弱い自分・・・」とも思う。自分のやりたいことをやろうとしてるのに、思うように向き合えない自分がふがいない。誰に強制されたわけでもないのに。ただ自分の楽しみのためなのに。またか、いつもそうだ、こうやって毎回自分のやりたいことから逃げてきた、と呪わしく思う。 さすがに動ける体調ではないので、ほぼ寝たきりで過ごしつつ、頭の中は休まることがなかった。隙あらば振付のことを考えている。これでまた数日ロスだ、と焦っている。こんなに寝てばかりいたら筋肉落ちちゃうじゃん、とかそんなことまで心配する。 こういう時は何も考えずに休むのが一番、それは頭では分かってるんだよ。ここ数年でそのことは痛いほど学んだ。体は休んでても気持ちが休んでなかったら、それは全然休んだことにならないって。でも気持ちまで完全に休める勇気がどうしてもなかった。だって誰のためでもない、投げ出すこともできない、何より投げ出せば楽になるわけじゃない、やりたいんだもん!そこが手放せなかった。 今朝起きたら熱は少し下がっていて、まだ動き回れるほどじゃないけど、回復の兆しが感じられた。DVDをプレイヤーに突っ込む元気はなかったけど、youtubeで映像を見てまた色々考えた。考えているうちにどうしようもなく辛くなってきた。たくさんの、自分を責める声。追い込む声。レッスンに行けなかったことも悔しくてたまらない。もうだめだー本当にしんどい、誰か助けて、どうやって自分に向き合えばいいの、と思った。声を上げてわんわん泣いた。諦めてとりあえず寝ることにして、夕方起きたらまた熱が上がっていた。ふらっふらだった。 ふわふわした頭で天井を見上げていたら、急にハッとした。そういえば私、少し前には曲が決まらなくてあんなに悩んでたよね?でも今は振付の一部が決まらなくて悩んでるんだよね?前に進んでるじゃん。よくやってるじゃん。これがたぶん初めて、振付の件で自分を褒めた瞬間だった。散々責めて責めて追い込むだけ追い込んで、全然自分を認めてあげていなかったことに、ようやく気付いたのだった。 現実逃避?確かにしてた。散々してた。でもなんで逃げたくなるかって、追い込むからだよ。私は弱くてダメな人間なんじゃない。もっと頑張らなきゃいけないわけじゃない。自分を責めるのを、追い込むのをやめなきゃいけないんだ。何の課題もなくただ楽しくベリーダンスをしてた時、あんなに毎日楽しかったじゃん! やっとやっと気が楽になって、熱が下がるまで本当の本当に何も考えず寝ていようと思えた。ベリーのことを手放す勇気が出た。熱が下がるまでじゃない、また勝手にやる気が出てくるまでやらなくていい。湧かないアイデア、いくら急き立てたって湧かないよ。(ここで心の声→でも現実問題、さっさとやらないと時間ないじゃん?)いーや違う、時間がないからこそ焦っちゃいけない。焦れば焦るほど湧くものも湧かない。別にいいや、大丈夫だし〜と思えてこそ逆にうまく行くものなのだ。今までだってそうだったじゃん、何でも。 そんなにキリキリしないで、嫌だよー苦しいよーと熱を出して体をゆるめようとしてくれている、私のせいめいりょく。ベリーダンスはせいめいりょくで踊るダンスだ、と私は思ってる。初めて見た時あんなに衝撃を受けたのは、ダンサーの発する生命のヨロコビをまともに食らったからだ。せいめいりょくを抑えつけようとする「頭」で必死になってどうする!? (ちなみに私が「せいめいりょく」と平仮名で書きたいのは、漢字だと何だか無味乾燥な違うものに思えてしまうから。もっと子供みたいに無垢で不可思議ではじけるエネルギーなのだ) もう、いいじゃん。なんなら腹にマジックで顔描いて踊ったっていいよ。ダメならダメさで笑いを取ればいいじゃない。私が楽しまないでどうするよ。必死で踊ってるの見ても誰も楽しくないよね。 「やらなきゃいけないこと」(と世間で言われていたり、自分で思ってること)に関しては、別にやらなくてもいいんだよ、と自分を許してあげることで、楽に生きられるようになったこの数年間。「やっちゃいけないこと」に関しても、やっていいんだよ、と許してあげたら、結果かえってやらなくなったりした。べき、べからず、と力むことがどんなに苦しみを生むか、もう嫌ってほど学習したつもりだった。 でもねー今回は「やりたいこと」だったの。私の中ではだいぶ違ったんだよね。別に投げ出しても誰にも怒られないし責められない、ただ自分だけが「やりたい!」と思っている。むしろ他人から見たら「何それどーでもいいじゃん」レベルなのは充分分かっている。でもベリーが大大大好きだからこそ、今の自分にできる最高のものを作りたい、その力みが手放せなかった。こんなに心身ズタボロになるまで。 できない自分もやりたくない自分も下手くそな自分も焦る自分も何もかも、ありのままを許す、責めないこと。それでこそ現時点での実力が発揮できる。それ以上にはどうしたってなれないし。だいたい、ダンスはテクニックじゃないって、他人のダンスを見る分にはあれほど実感してたのにね。 まさにこの前アカシックのリーディングで言われた「魂が黄色の人独特の完璧主義」「ダメな時は諦めて休め」そのまんますぎて笑っちゃう。ほんとに私、落ちてるもんとか平気で食っちゃうし、部屋がゴミの山でも全然ニコニコだし、子供のしつけとか全然しないし、テキトーな部分はアホほどテキトーなんだけど。こだわる部分のこだわり方が半端じゃないんだよねー。「考えすぎによる脳の病気に注意」とも言われたな、これもそのまんまだ、わっはっは。 そんなこんなで、ハフラ見に来てくださる優しいアナタ、予約をお早めにー!お店が小さいので、そろそろ席が埋まりそうみたい。当日腹に顔描いてたらごめーんね。 そんでもって熱あるのに何こんな超絶長い文章書いてんの、と思う方もおいででしょうが、私文章書くのは全然疲れないのよー。書きたくない時は無理だけど。うんこするみたいなもんだから、出る時は出る。つーわけで全然大丈夫でーす。寝るぜ!
最近もう必死な毎日でございます。発表会に向けてベリーの振付を考えねばならん!こんなド初心者が一から自分で振付考えるってものすごーく無謀だと思うんだけど、この無謀な挑戦によりきっと大幅に成長できることでしょう・・・。にしても引き出しが少なすぎてアワワアワワなので、片っ端からDVDとかyoutubeとか見てネタ集め状態。見れば見るほど自分の好みの動きが変化してしまって焦点が定まらない。だーれーかーたーすーけーてー!そして日々の練習によりどんどん肉体が改造されていくのがすごい。動かなかった部分が動くようになり、ぐんぐん均整の取れた体型に。ああすごい。持って生まれたカラダ、使ってこそ。 さてさて、アカシックの続き。質問編。 まずは身近な家族たちと、過去生でどんな関係があったのか聞いてみましたよ。すると【夫】夫婦だったことが2回。1回は今と同じで、もう1回は男女逆転で。一番最近のいわゆる前世では、夫が兄で私が妹だった。【モモ】姉妹だったことが2回。幼馴染だったこと1回。【マナテ】男女現在と同じで夫婦だったことが1回。結婚なしの恋人だったことが1回。【父】あちらが父でこっちが息子、という親子だったこと2回【母】姉妹が1回、あちらが母でこっちが娘1回、親友1回、仕事のパートナー1回。 というわけで回数的には母との縁が一番深いのかな。ちなみに夫が兄だった直近の前世はイタリアで、私は結婚してたものの子供を持たず、保育士をしてたそうです。兄妹だった名残があるので、夫との関係はあんまり男女!という感じじゃないでしょうと言われたけど、確かに。女として男に甘える、みたいな感じになりにくいのはそのせいだとか。本当にそのせいかどうかは分からないけど、ふざけ仲間という感じで、あんまりベタベタごろにゃ〜んと甘えることはないですな。過去の恋人にはそういうことも多々あったんですけどな。 モモとの関係についてはどっちが姉だったのか聞かなかったけど、何となくモモが姉だったような感覚があるですよ。それこそモモが赤子だった頃から。何となく私の方が見守られてるような感覚ねー。そしてマナテと恋人は、すげー分かる・・・今生でもベタベタデレデレしまくってます。って母親と息子なんてそんなもんかもしれんけど。 あーそんでもって保育士というのは意外だったけど(だって子育て嫌いだもん!)そういえば今生、子供の頃から育児書とか大好きで、いろんな育児論片っ端から読んでて、早く子育てしてみたくてしょうがなかったのは、そのへん関係あるのかも・・・。前世では育児のプロで、でも自分の子供はいなくて、今度こそ!みたいなね。で、いざ自分の子を産んでみたら育児の知識なんかまるでカスみたいなもんで、全て白紙に戻してガチで向き合うことになり、育児に興味なんてすっかり無くなりましたよ、と。 夫との関係は、そんなわけで全然「大恋愛!」みたいな感じじゃなかったし、運命の人だわ〜的感覚もゼロだし、趣味も価値観も丸っきり合わないけど、今回の人生は自由にやりたいことをやりまくる予定なので、これぐらい束縛のない関係がちょうどいいんだそうです。確かに私が何やってても文句は言われないわな。私も言わないし。そして一緒に子育てすることで色々学んでいくんだとか。 そして更に質問。パフォーマンスが好き、人と関わるのが好きなのに「ものすごく」緊張してしまうのは何故か。→これは魂の色が黄色い人独特の「完璧主義」によるものだそう。とにかくテキトーさが大切だとか。ふむふむなるほど。パフォーマンスに関しては、過去生ではダンスをやっていたこと、楽器をやっていたこと、さらにダンスの伴奏として楽器をやっていたこともあり、才能としては問題ないはず。ただとにかくテキトーであれとな。 そういえば前にもこういう感じの過去生やらが見える人に会ったことがあって、その時も過去にインドでダンサーだったことがあると言われましたな。すごいジャラジャラした衣装を着て踊ってる映像が見えると。その人はアカシックって名目じゃなかったけど、たぶん同じことよね。 そしてベリーダンスがものすごく好きで、できればいずれ人に教えたりできるようになりたいのだけど、今後の進展は?→これは自分で思ってるより随分早く展開していくそうです。わー楽しみ。 今までの人生が色々と苦しかった行きがかり上、数多くのセラピーやらヒーリング系を経験して時には学んで、引き出し的にはたくさん持ってるのだけど、どうも職業としてそれが自分に合ってる気がしない。→その手のことは自分の中でもう過去になってしまっていて、前に進むのに多少足を引っ張られるような、過去を掘り起こすような感じで面白くないかもしれないとのこと。まさにそういう感じ!問題解決はもうたくさん、楽しいことだけ創造していきたいんだぜ、という気分なわけですよ。もしやるならきちんとお金を取って、そして純粋にエネルギー的なものより、手を触れたりとか「目に見える」要素のあるものが良いとか。そんでもってダンスがモノになるまでの間と割り切ってなら、テキトーにバイトとかで稼ぐのも良しとのこと。(あ、これは黄色の人は雇われ仕事に向かないって話に対応してのこと) 過去には常にひどい自己嫌悪に悩まされていて、今はもう基本的に大丈夫・・・なのだけど、たまに何かの拍子で調子が悪くなると途端にドーンと自己嫌悪が噴き出す。鏡を見るとそこにバケモノが、みたいな。これ結構しんどいんだけどどうすれば。→調子が悪い時は何もせずとにかく休むこと。ダメな時は諦める!ははー、これはかなり納得。そういう時って疲れてるんだよね。疲れてるのに休まずジタバタしてしまうこと多いというか、そもそも疲れを疲れとして感知する能力が鈍ってる。自己嫌悪が出てきたら、疲れのサインと思って寝るのが一番かも。ほんとほんと、そうだわ。そして黄色の人は基本的に浮き沈みが激しいんだそうです。いやこれもほんとほんと、そうだわ。 これからすぐ、何かやってみた方がいいことはある?→リラックス。散歩。ぷらぷらする。・・・あはは、これも超なるほどだわ。そしてとても心が軽くなる答え。黄色の人はとにかく目的に向かってまっしぐらでビシバシやってしまいがちなので、何も考えずぷらぷら歩き回るような時間が大切だそうですよ。 と、他にも細かいことは色々聞いてみたんだけど、大まかには(そしてここに書ける範囲では)これぐらいかなー。あ、あととにかく経験することで自信がつくから、深く考えず経験経験!と言われたね。 過去生情報とかはお遊び程度というか、へ〜そうなんだ〜面白いね的な感じだけど、疲れたら休めとか、ぷらぷら散歩しろとかは、本当に超なるほどな答えでした。初めてなのでどういう質問をしたらいいのかイマイチ分かってなかったところがあるけど、これで様子がつかめたので、こういうことならもっとこういう質問をしてみればよかった、というのが後から色々浮かびましたですよ。なのでまたいつか受けてみるかもなー。 とか思ってたら本屋にて、こんな本発見。 サブタイトルは『宇宙のデータベース「アカシックレコード」読み出し術』ですよ。この本によると、アカシックレコードは練習すれば誰にでも読めるらしい。よくよく読んでみると、無意識のうちに時々入ってくる情報が、どうもいわゆるアカシックからのものっぽい。というわけで、わざわざ他人に読んでもらわなくても本当はいいのかもねー。でも練習しないとやっぱり自在には読めないから、人に頼るのもいいかもねー。
アカシックレコードの話は一時中断して(笑)この前、某学園祭で見てきたフラメンコの公演が凄かった。来春卒業する人たちの公演は毎年かなりの悪ふざけというか、フラメンコの衣装着てた人なんていたっけ?状態なのだけど、今年も同じく。ガングロの人、ナース姿の人、バニーちゃんの人、ピカチュウの着ぐるみの人・・・。で、このピカチュウの人がマジで凄かった。 だっぼだぼの着ぐるみを着てるので、体のラインなんて全然分からない。ピカチュウだし美しいとかかっこいいとかの要素はゼロ。顔も黄色に塗っちゃってるし、ほっぺは赤い●。にも関わらず!鳥肌なんてものじゃなく震えが来るほどの迫力と感動! ![]() 無許可なので小さめに(笑) 前々から思ってたんだけど、今回ますます思いました。ダンスって技術じゃない。見た目の美しさでもない。技術も見た目もあるに越したことはないけど、なくたって全然大丈夫。たましいで踊れるかどうか、なんだ。大事なのは、人を感動させるのはそこ。 自分が踊っていても分かる。湧き出すエネルギーを動きに乗せて、ヨロコビと情熱を持って踊ってる時、鏡の中の自分も明らかに何かキラキラしたものを放っている。ところが体調が悪いとか気分が乗らないとかでレッスンに出たりして、形だけ一生懸命体を動かしている時。そこには「死んでる何か」が映ってるだけ。技術的には同じ「いつもの私」なのに、全くの別人。 うまい人ってもちろん技術もあるけど、たましいを動きに乗せるのが上手なんだなー。いや動きをたましいに乗せてるのか・・・? 自分が踊るのも楽しいけど、すごい人のすごいダンスを観るのも相当楽しい。その人のたましいのヨロコビが直接こちらに飛び込んできて、どうしていいか分からないぐらいぶるぶるする。いやマジで凄かったわ、ピカチュウの人。あの格好で感動させられるのはかなりの本物だわ!! |一覧|樹 音さんのお買い物
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