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Apr 14, 2007
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カテゴリ:日記小説
1.

 月も星もない、暗夜。そして、霧雨、梅雨の谷間。その、夜の闇の底に男は居た。
 泥酔していた。
 アルコールは脳を溶かす。
 その痺れる様な感覚を全身でも味わいながら。
 白濁した視界と意識。
 そうしていると、男の姿はそのまま夜の闇に溶け込んでいきそうだった。
 そして男も、自らそれを望んでいるかの様に。
 自ら命を絶つ、そんな恥ずかしい真似はさすがに出来ないものの。
 一人、死に損なった、この身を、と。
 ふと。
 現れた他者の気配に、男の意識が跳ねた。
 幽かに開いた眼から茫漠と放り出されていた視線に、力が、戻った。
 そのまま、気配の方向を睨みつける。
「女豹?」
 いぶかしげに、男は呟いた。

 現れた人影は、男が口にした内容とはおよそ対極にあった。

 それは、薄汚れた、恐らく学校の制服を身にまとった少女だった。年の頃、12、3。いって高校生。
 疲れきり、辺りに注意を払う様子もなく、とぼとぼと歩いて来る。
 
 そして、男がだらしなく身を投げ出していたベンチの反対の端に、ちょこんと腰掛けた。

 何か、口にした。
 二度目に発せられた言葉を、男の聴覚が捕らえた。

「おなかがすいた・・・」

 そう、少女はかすれた声で言った。

「腹、へってんのか」
 男の言葉に、少女はびくりと身を震わせて反応した。
 次いで、初めて男の存在に気付いたように、こちらを振り向いてその眼を大きく開いた。
 過敏な少女の挙動を眼にしながら、男は全く別のことを考えていた。

 お、存外、キレイな顔立ち。
 ローカルミスコンなら余裕で勝ち抜けそう。

 などとしょうもないことを思いつつ。
「何でもいいなら、喰わせてやるぜ」
 そう言い放つと、のっそりと身を起こした。

 何でもない仕草だが見るものが見れば、その男の動きが泥酔者らしい鈍重さではありながら、しかし妙にすきのない、一種、訓練された者のそれであることに気付いただろう。

 突然立ち上がった男に少女は再びびくついたが、後も見ずにゆさゆさと歩き始めた男を見、周辺をきょときょとと見回し、結局男の後を追いかけた。

 それは、霧雨に包まれた暗夜の出来事。
 ふたりに相応しい、夜の闇の底での邂逅だった。

 背中の気配に少女の息遣いを感じ取りながら男は歩を進めていた。
 女豹とはな。
 男は独りごちた。
 女豹どころか薄汚れ、疲れきり、腹をすかした少女、しかも”お仲間”。いやどういう事情かは知らんが。
 全く、鈍ったもんだ。
 いや、ここまでよく鈍らせたというか。
 男は間違っていた。
 先に、男の感覚が瞬時に嗅ぎ取ったモノは、寸分違わず、少女の正体を推し量っていた。
 むしろ、常在戦場の男の基本姿勢が、猥雑なこの町でその感覚を更に研ぎ澄ませていた。
 それは、直ぐに実証される。

 ふと。
 連れ立って歩く二人を、5人の人影が取り囲んだ。
 まるでそれこそ、夜の闇が人影となって二人の行く手を阻んだかの様な俊敏さだった。
 5人は素早く二人を包囲しただけで、手は出して来なかった。その代わりに。
「話を・・・」

 女豹が、跳ねた。

 しなやかで力強いその動きは、正に女豹の呼称が相応しい、一種流麗ですらあった。
 まるで映画のワイヤーアクションのワンシーンであるかの様に、少女の身体は空中で舞い、踊った。
 そして、人影の最後の一人が地に叩き伏せられるのと同時に、再び地上に降り立った。
 そのまま毛づくろいでも始めそうな勢いだったが、しかしまるでスイッチが切れた様に少女の気配は鎮まった。
 そして、再び口にした。
「おなかがすいた・・・」

「ぷっ」男は吹き出した。
「くっくっくっくっ」止まらなかった。
「くわっはっはっはあぁいぃ」爆笑した。
 笑い続ける男を少女は不思議そうな眼で見つめている。
「女豹か、ちがいない」
「なに、なに、どうしたの」
「いいや、何でもない、こっちのハナシだ」
 男はそう言い手をぶらぶらと振ってみせた。
「食わせてやるよ、味の方は保障しないけどな」
 それを聞くと、少女は初めて明るい表情を見せ。
「たいていのモノなら”食べこなして”みせるわ」
 不思議なことをいい、自信たっぷりにうなずいてみせた。

 二人がその場を離れてしばらくして後。

 5人の中で一番体格のいい男がまず初めに気付き、うめき声と共に立ち上がると、まだ倒れたままの仲間たちに活を入れて廻った。
 男3人に女2人の男女混成のチームだった。
 全員が覚醒すると中でも小柄な男が周辺を見て廻ってみたが、ここはジャングルでもコンクリートジャングル。二人の行方を指す、追跡に役立つ様な情報を得ることは出来ず、体格のいい男に向かって残念そうに首を振ってみせた。どうやらその男がチームのリーダーでもある様だ。
「仕方ない。一時撤収だ」
 リーダーが宣言すると、もうそのチームは夜闇の中に溶け込んでいた。

 更にそれからしばらくして。
 近くに小集団が訪れた。
 一見して、全員目付きが悪い。しかも全員が私服姿でガラも悪いとなると、いわゆるアレ、頬に人差し指の集団であることは容易に推察が付く。
 それが、どこにいきやがっただの、あのアマ見つけたらぶっころすなどと息巻きつつ、見ればその全員が手傷を負っている様、中には明らかに身体の動きが不自由かつ不都合なものも見えると、どうやらこちらの集団も”女豹”の被害に遭遇したものらしいが、先ほどの、いかにもプロフェッショナルかと思しいチームが歯が立たなかった(制限は受けているのだろうが)ことを鑑みるに、もしリターンマッチの機会があっても全員再びきれいにのされてオシマイになることは、少なくとも明日もまた朝日が東から巡る程度には確実だろうがどうか。
 そのままその集団は、ぶつくさと怨嗟の声をひり出しながら通りかかったアベックを無意味に威嚇したりして、恐らくは自分達自身何をしているのか良く判らないままに辺りをさんざんねり歩いた後、夜の闇に消えていった。





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Last updated  Apr 14, 2007 08:40:12 AM
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