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カテゴリ:映画
その2006年度受賞のドイツ映画、しかもこれが処女作というフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルクの「善き人のためのソナタ」(2006)がやはり渋く静かに胸に迫る。 ドイツ統一前の東独、その秘密警察の実態を、監視される芸術家と、監視する側の人間とを克明に追う。ひんやりとした硬質のドイツ映画独特の肌合いも久しぶりなら、寡黙に堪える監視される側と、できぬことはなしとする権力の酩酊状態の追う側の静かなサスペンス、監視国家としての旧体制は崩壊後、こんな形で明らかにされるというまことヴィヴィッドな仕上がり。 いつも権力の危なっかしい実態を眼のあたりにすると、人間に権力の味を覚えさせてロクな事にはならないと、改めて確認するが、それもこうした実態を観てしまうと、それは安っぽい自由と表裏でもあると感じざるを得ない。 この作品の優れて特異なところは被害にあう芸術家側だけでなく、まさにその加害者である盗聴者の心理と生理が静かに跡付けられていることだろう。 善き人のためのソナタという曲は、その調べを聴いた人が悪いことができなくなるという、暗示的なものだが、その主題もまた軽く蹂躪して、権力の足跡は恐怖の調べに変えてしまう。 しかもきっかけは劇場で見た女優(マルティナ・ゲデック)への劣情を抱いた文化省大臣だから始末に負えない。その指示を受けてまこと鋭利に職務に精励するこのテクノクラート(ウールリッヒ・ミューエ)もまた、日常よく見かけるところの組織人に過ぎないのだ。 役者陣もそれぞれ渋く魅力的、その女優もまた知的な魅力も放つが、時代に翻弄されていく人の弱さ哀しさの中心に位置して、その変節さえ誰が責めることができよう、という次元である。解放されてその大臣にじかに「クズ!」と言い放つ盗聴された作家(セバスチャン・コッホ)の、怒りも超えるやり場のない心性。それにうすら笑いをするその大臣こそまたまこと恐ろしい。 Copyright (C) 2007 Ryo Izaki,All rights reserved. お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Dec 11, 2007 11:31:28 AM
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