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★★ 高橋信次先生に学ぶ ☆☆




20代の半ば頃でしたか、今は亡き高橋信次先生の著書に出会い、

大きな衝撃と感銘を受けました。


この教えは人間らしく生きるために、誰もが必要とする内容だと思います。

また真の幸せの実現のために必要な、心の価値基準であるとも言えるでしょう。


後を継がれた園頭先生の書かれた当時の月刊誌を中心に、

また他の諸先生が残された多くの文献も引用させていただきながら、

多方面からこの教えを学んでいきたいと思います。





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左 在りし日の高橋信次先生   右 お亡くなり1周忌に写った光の写真


園頭先生   園頭先生光.

左 在りし日の園頭広周先生   右 園頭先生インドで説法中に光が降りる

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2012.05.11楽天プロフィール Add to Google XML

正法の変遷3-5
[ 正法誌No40 ]  

九才の秋もすでに深く、高野や生駒の山に初雪の便りが聞かれる頃、連れて行か

れた先は道頓堀の芝居小屋に仕出し弁当を入れる仕出屋に、子守兼下女として雇

われることになり、その日からかわる自分の運命の急変に、子供心にも冷たい重

苦しいものを感じたものです。



最初に与えられた仕事は、芝居小屋から返ってくる塗りの二重弁当やら幕の内弁

当やらを、丁寧にみがきあげるように洗うことでした。


「わぁ、明日は、千三百五十もあるわ、えらいこっちゃ」心の中で悲鳴をあげる

のです。


弁当箱を洗い上げて、そこらをふきそうじして、ほっとしている間もなく、なべ

かまを洗う仕事が待っています。


やらせてみると比較的段取りもよく、さっさときれいな仕事をするので、これや

らせたらということで、三日目くらいから、なべかま洗いが増え、万一、少しで

も時間があると子供のお守りに使い走りと、完全に寸分のすきもなく働きつづけ

ました。


その家の奥さん(おえはん)がたいそう奉公人には厳しい人で、きれいにみがき

あげるように洗ったつもりでも、弁当箱に一粒の飯粒がくっついて残っていたり

しようものなら「これなんや、もういっぺんよう洗いなはれ」と、目に角たてて

小突き回されるのでいた。



子供心につくづく悲しくなったのは、ご飯をたいて、おはちにうつし、そのあと

のおかまを洗うとき、十分に注意しているのですが、ご飯粒が流れ、それがはし

りの金網の袋にたまる仕掛けになっているのですが、そのいわば、ものの洗いカ

スの中からご飯粒だけよりわけて食べさせられることでした。



正法誌N040号
1981年 12月号より抜粋


人は何のために生まれたのか、何をしなければいけないのか、どこから生まれてどこへ帰るのか、自分自身はいったい何者なのか。悔いのない人生を歩むために日々の暮らしの中に生かしたい「八つの誓い」。

目次 : 第1章 やすらぎの心に至る八つの誓いとは―解説(「やすらぎの心に至る八つの誓い」と「八正道」/ 私心のない見方をします(正見)/ 生かしあう思い方をします(正思)/ 思いやりの言葉をかけます(正語)/ 仕事は奉仕です(正業)/ 自分を厳しく見つめます(正命)/ 家庭の調和を築きます(正精進)/ しっかりとした目的を持ちます(正念)/ 一から七までの反省を毎日いたします(正定))/ 第2章 やすらぎの心に至る八つの誓い―実践(私心のない見方をします(正見)/ 生かしあう思い方をします(正思)/ 思いやりの言葉をかけます(正語)/ 仕事は奉仕です(正業)/ 仕事は奉仕です(正業)/ 自分を厳しく見つめます(正命)/ 家庭の調和を築きます(正精進)/ しっかりとした目的を持ちます(正念)/ 一から七までの反省を毎日いたします(正定))






Last updated 2012.05.11 20:34:14
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2012.04.18

正法の変遷3-4
[ 正法誌No40 ]  

私が小学校に通わしてもらえぬまま、九才の春を迎えた年、父は冨田林の仲居さ

んをしていたといううわさのある女と再婚いたしました。


この後添いにきた母というのが悪妻の見本のような人で、朝寝はする、女房らし

いこと、親らしいことは何一つできず、嫁入り道具に持ってきた三味線をつまび

きで、真昼間から歌を口ずさむという、今考えますと全くあきれた人でありまし

た。


けれどもこの母がきてくれたおかげで、まるまる一年遅れて学校へ通うことにな

りましたが、その遅れを取り戻すのはとうてい不可能なことでした。

おまけにその母が父の留守中に家出をしてしまったのです。


私の小学校の、いや生涯を通じての学校生活というものは、正味二ヵ月足らず、

それもまことに短い時間でした。


しかし私はなんとかしてものを読むことができるようになりたい、なんとかして

一通りの字を書くことができるようになりたいと、おりにふれ、ときにふれ、少

しの暇も文字に親しむように心がけました。


九才の時、仕出し弁当屋の下女になっても、この心はますます盛んになって、そ

のころは油揚げや焼き芋などを買いに行きますと、古新聞を切った三角の袋に入

れてくれるものでした。


その三角袋のシワを伸ばしてふところにひそめ、お便所に入った時、上と下のカ

タカナやふり仮名を頼りに、その袋のむづかしい漢字を一時ずつ覚えてゆく方法

で勉強いたしました。


「おちよやんの便所は、えらい長いやないか、便所の中で昼寝でもしてるのとち

がうか」と飯場のこぞうさんや、先輩の女中さんなどからよくいやみを言われま

した。


父は母の跡を追って、探し出して連れ戻してきましたが、その連れ戻すときの条

件であったと見えて、私は家を出されることになりました。


小学校もウヤムヤのうちにやめさせられた九才の女の子は、無造作に世の中に放

り出されることになりました。



正法誌N040号
1981年 12月号より抜粋






Last updated 2012.04.18 20:34:03
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2012.04.04

正法の変遷3-3
[ 正法誌No40 ]  

母を失ってかまい手のない、きたない小さな女の子の髪の中は、人にさげすまれ

るこの虫たちのかっこうの繁殖場所だったわけです。


結局、近くに住んでいるおばあさんによって、しらみは退治してもらいました

が、それ以来、私は竹やぶの中に、私の安息の場所を見つけていました。


そこには第一に、私を白い目で見る大人たちの目が届きません。

竹と竹の間を一直線に無数の太陽の光線が美しいしまをつくり、極楽のような清

らかな静けさがそこに現出され、まるで自分が、お姫様になったように思えた

り、季節々々で、つばきの花がかわいい花を咲かせ、ぐみやあけびが実り、小鳥

のさえずりは私に歌いかけるように思えたりするのでした。


一年中、私は竹と遊び、竹と語り、竹を愛することに、自分の喜びを見出すよう

になりました。


同じよその子が皆、小学校へ通うようになっても父は私を入学させようとはいた

しませんでした。



小学校へ行く友だちの姿をたいへんうらやましく眺め,行けない自分を悲しくも

思いましたが、私はよその子と違うのだというあきらめの気持ちもあったようで

す。



父は、学校へやれぬ申しわけにとでも考えたのでしょうか、七つになった私への

しつけをうんと厳しくいたし始めました。


おなべやかまの洗い方には特に神経質で、底になべずみが少しでも残っていたり

すると、手ひどくなぐるのでした。

まして、ご飯粒を一粒そまつにしても、それを見たが最後、半殺しの目に合わせ

るのでした。


正法誌N040号
1981年 12月号より抜粋


平和とは何か/死んでからでは遅い/人が時代をつくる/豊かさの中の不安/自分を変える/霊能と信仰

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Last updated 2012.04.04 20:53:36
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2012.03.25

正法の変遷3-2
[ 正法誌No40 ]  

浪花千栄子さんの文章の中から書くことにする


「私には三つ下の弟があり、五歳の時、母は急に亡くなってしまいました。

家はわずかの田畑も持たず、にわとりの行商を業とする貧しい生活でしたから、

母の死後は幼い弟のお守りをしながら、見よう見まねで、父の手伝いにトリのえ

さずづくりなどをしておりましたが、子供心にむしょうに母が恋しくなると、小

さな弟の手を引っ張って母の墓の前に行き、そこで小半月も暮らすことがありま

した。



父が商売物のニワトリを売りに出ると、私は弟の面倒を見ながら一日中留守番を

しているというわけです。


今から考えるとどんなことをしていたやらと思いますが、ごはんの支度やら洗濯

やら、どうせ満足なことは出来なかったでしょうが、五歳の私は同じ年配の子供

よりずっと家の役にたっていたようです。


大人のいない私の家のねこの額ほどの前庭や縁側は、まだ学校に上がらない近所

の子供達のいい遊び場でした。


その子供達がある日からぷっつりと私の家へ寄り付かなくなりました。

たまに、一人、二人来る子があると、その親たちは血相を変えて飛んできて、嫌

がる子をむりやり引っ張って帰ってしまうのです。

「なんでやろか」

はじめ私は大人の行動が不可解に思われましたが、その原因は幼い私にもすぐわ

かりました。


それは母が亡くなってから、ついぞ髪をとかしてもらったことも、まして洗って

もらったこともない。

しり切れぞうりのわらのようにボサボサの私の髪に、おびただしいシラミがわい

ていたからでした。

忘れもしません。

子供心にそのことがわかると、たいそう悪いことでもしたような、なんともいえ

ない劣等感におそわれて、弟の手をとるが早いか、家からほど近い竹やぶの中へ

逃げ込むように走りました。


正法誌N040号
1981年 12月号より抜粋



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Last updated 2012.03.25 22:39:55
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2012.03.11

正法の変遷3-1
[ 正法誌No40 ]  

浪花千栄子さんの生きてきた道

そこには私達が、そうして子供達にも聞かせておきたい人生の生き方があった


この原稿を書いている時に(昭和五十六年十月二十七日)浪花千栄子さんと同じ

ように、ブルーリボン大衆賞、助演男優賞等を受賞された庶民派喜劇俳優の伴淳

三郎さんの死を報ずる新聞がきた。


重度心身障害者のための募金「あゆみの箱」運動が推進されてきたのもこの人の

力であった。


こうした弱い恵まれない人達のために尽くされたのも、貧乏画家の子供のひもじ

さをこらえたり、いろいろな人生の苦しさを体験して来られたからであろう。


この人の自叙伝も私は涙ながらに読んだことがあるが、大教団の教祖になって、

キンキラの立派な衣装を着、多くの信者を前にして、神仏の慈悲を説く人より

も、一人の喜劇俳優として人を笑わせ楽しませながら恵まれない重度の身障者の

ためになろうと「あゆみの箱」運動を続けてこられた伴淳さんの方がどんなに立

派であるかと思う。


年間に何十億、何百億という収入のある教団は、その金を殿堂や神殿を建てるこ

とに使って、少しも弱い人、恵まれない人のためには使おうとはしないのであ

る。


正法誌N040号
1981年 12月号より抜粋

いわゆる原始仏典から「般若心経」「法華経」「浄土三部経」など大乗仏典まで、その内容を初心者にもわかりやすくよみとく「お経」入門シリーズ。本書では、最初期の仏典の中から、ブッダの誕生から最後の説法まで、ブッダの生涯に即して語り伝えられている「お経」をよむ。その力強く智慧に満ちたことばは、我々現代人に「生きる心がまえ」を教えてくれる。ラジオ放送時に大評判をよんだ故・中村元博士の名講義が、いま蘇る。

目次 : 第1回 ブッダの生涯―『スッタニパータ』(1)/ 第2回 ブッダのことば―「スッタニパータ」(2)/ 第3回 悪魔の誘惑―『サンユッタ・ニカーヤ』(1)/ 第4回 生きる心がまえ―『サンユッタ・ニカーヤ』(2)/ 第5回 ブッダ最後の旅―『大パリニッバーナ経』/ 解説







Last updated 2012.03.11 11:52:47
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2012.02.11

体験談-5
[ 正法誌No40 ]  

そうして静かになったと思っていましたら大変なことになってしまったのでござ

います。


今思えば、私が夫の言葉を制したり、愚痴を聞かせたり、甘やかし叱らなかった

り、また私は奉仕するという事について「奉仕は本来、国が行うべきものを国民

に押し着せることによって国の責任を回避するものである」という事を左翼政党

の指導者が教えていましたのでそうだと思っていましたから、街頭で寄付を集め

る人達がいても寄付は奉仕と思っていましたので奉仕するという事はばからしい

と思っていました。


そして私は人を見下していましたから、奉仕する人をバカだと思っていました。

私は感謝するという事も知りませんでした。

いつも不満を持っていました。

それら一連の誤った心の状態で、その子に接していたのでした。



そんな心が、気の優しかった子供に直接伝わっていたのでしょう。

言葉で人の事をバカだと言わなかったにしろ、そういう心は普通でも感じ取れる

ものですから。



夫に対する心の状態、人様にたいする思いの状態等々、たくさんの誤りに気がつ

くのでした。


反省していて、その子に対して涙が出るのでした。

すまんことをしてしまった。

私のために我が子が犠牲になっているのでした。



私はその子に正法を伝え、自分の過ちを話しました。

でも、私の言う事も聞かなくなっていました。

反省のたびに私は泣いています。

見る夢も怖いものでした。


しかし、その子は夫に詫びました。

仕事をするというのです。

就職準備のためのお金を渡し、送り出しました。



正法を知ってからというものは、日に日に家の中が明るくなり、過ぎ去ったあの

どん底の日々が嘘のようです。


人間、幸福になるも、不幸になるも心の中にあるということを身を待って知りま

した。


誠に恥ずかしい次第でございますけれど、老いて初めて人生の誠を知りました。

まだまだ油断は出来ませんが、正法を信じ、反省を行い、心、魂を磨くことを我

が子に教える責任があります。

これからも頑張ってまいります。


どうぞ皆様の中に私と同じ苦しみを持っていられる方がおられましたら、私の恥

ずかしい体験でございますが、参考になるならと書きました。


正法を信じ、反省を行っていかれますならば必ず神様がお導きなさってください

ます。

どうか皆様、お幸せになってください。


正法誌N040号
1981年 12月号より抜粋



仏典が時空を超えて、現代人の心の悩みに呼びかけてやまないのはなぜか。本書は碩学が経済倫理、政治倫理、人生の指針など仏教の社会思想の全体像をわかりやすく説き、混迷する現代の緊急の課題に仏教の教えはどう応えるかを解明しようとした「仏典のエッセンス」である。

目次 : 仏法と人間―プロローグ(無常変遷のうちに道理を見る/ 道理を見るとは自己を実現すること)/ 1 経済的行為の意義―仏教と経済倫理(禁欲的精励の精神/ 施与の道徳 ほか)/ 2 政治に対する批判―仏教と政治倫理(現代の荒廃を予言する/ 「サンガ」の建設と理想的国家 ほか)/ 3 理想社会をめざして―人生の指針(慈悲と奉仕のこころ/ 万人の友となる ほか)








Last updated 2012.02.11 22:29:43
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2012.01.25

体験談-4
[ 正法誌No40 ]  

私達は闇のどん底につき落とされ、ふるえ、おののき、なんとかこの難を逃れ、

救われねばとの一念でした。


ところが捨てる神あれば救う神ありということでしょうか、この哀れな親子を

救ってくれた神様がありましたのです。

それが正法でございます。


この私の家庭内の幸、不幸は家庭の者たちの一人ひとりの心にあるということを

知りました。

他力本願では決して自分は救われない事を教えていただき、昔の自分の気持ちが

どのような状態なのか振り返ってみました。



軍隊出身の夫と結婚し、几帳面で躾が厳しく、しかも何事でも辛抱できるという

夫に対する不平不満や愚痴でいっぱいでした。


たとえば、私は必要だと思う品物は借金してでも買わなければ気がすまず、夫か

らよく叱られたものでした。

いろいろな事でぜいたくだ、辛抱しろと言われ、それらの愚痴をよくその子に話

していました。


気が優しい子だったのです。

そのために、この子が女の子だったら良かったのにと思っていました。

その子が幼いころは女の子のように赤い着物を着せていたものでした。

また、私は貧乏な生活がいやでしたので、その子をエリートにしたいと思い、い

つも、うんと勉強して頭のいい人になるように言っていました。

この子にはなんでも与えたいと思っていたし、少々間違った事や、無理を言って

も、言いなりになり、叱ることをあまりせず、ほめることばかりしていました。


夫が叱ると私は「あなたは厳しすぎる、今の子は昔と違いあまり厳しくしたらい

けないそうだ」と言って無理やり夫の口を封じていました。


そのうちに夫に対して乱暴な言葉を使うようになりました。

そんな時ももう少し辛抱すれば立派な社会人になってくれるから我慢するように

言っていました。


黙ってしまう夫に対して罵声をあびせ、わめき散らし、物を壊すようになり、と

うとう気がついた時には、夫が叱っても、長男が叱っても駄目な状態になってい

ました。


叱るとなお悪く、近所の手前もあり、言い分を聞き要求されるままになるのでし

た。


家を新築しましたが、勉強を一人でするという事で一人借家で別居生活をし、食

事や他の一切の面倒を私に約束させました。







Last updated 2012.01.25 21:45:13
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