世界史工房李香日録

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• 1989年の出来事

  レギュラーの授業がいよいよ大詰めを迎え，戦後史に入っている。世界史において1989年は，ベルリンの壁崩壊に象徴される東欧革命と冷戦終結の年，あるいは中国における第二次天安門事件の年なのだが，私にとっては高校教員の２年目，初めてクラス担任を経験した年，そして高校の教員を辞めることを決断した年でもある。クラスの文集を作成し，その中で冬休みの宿題として出していた「今年の10大ニュース」を収録していたことを思い出して，ひっぱり出してみた。当時の高校１年生の10大ニュースを見ると，やはり東欧革命関係と天安門事件をあげた人が多いがそれ以外にも重要ニュースの目白押し。昭和天皇崩御，手塚治虫と美空ひばりが亡くなったのもこの年。昭和が終わった年でもあった。一方で，礼宮と紀子様が婚約し，消費税がスタートしたのもこの年。事件関係では，リクルート事件，幼女連続殺人事件，中森明菜の自殺未遂などなど。歴史が動く時には，まとめて動くということか。

  2011.12.04

• 皆川博子に震えたまえ

  八十年戦争について触れたからには，三十年戦争についても紹介せねばと。皆川博子「聖餐城」。三十年戦争を，庶民の視点と，鳥瞰的な視点の双方から，その全体を描ききった傑作。実は，初出時に当ブログでも紹介している。女性のお年をうんぬんするのはあれだけども，今年出版された短編集『少女外道』は，終戦時に15歳だった少女のみが書き得る奇跡の作品集で，80歳になってまだこれが書けるということに瞠目するしかない。山田風太郎好きとしては，忍法帖シリーズの劈頭を飾る傑作「甲賀忍法帖」の英訳を読んで日本語学習を志したものの，志賀直哉の「清兵衛と瓢箪』を読まされて鬱屈するポーランド人大学生を主人公にした『猫舌男爵』の抱腹絶倒も捨てがたい。が，一応，このブログは世界史関係として運用することにしたので，『聖餐城』以外の皆川博子の歴史物を紹介しておこう。まず，その評価を決定的とした『死の泉』。第二次世界大戦中のドイツにおける民族純化計画を背景とした，背徳と狂気の耽美小説として始まり，どんでん返しに告ぐどんでん返しの怒濤のメタフィクションとして終わる傑作。戦時と戦後復興期のドイツの学習にも，使えなくはないかも。より，史実によりそった作品としては，ヒトラーユーゲントの青年を主人公にその目線から第二次世界大戦を描き出した『総統の子ら』や，戦間期ドイツの移り変わりを背景とする『伯林蝋人形館』。以上の作品は，いずれもドイツを舞台としたものだけど，ロシアものもあって，『冬の旅人』19世紀末のロシアに17歳の画学生として留学した日本人少女が，革命へと流れ込むロシアの歴史の濁流に巻き込まれ，皇帝一家の最期に遭遇することになる。近代ロシア史の学習に，マジ使える。皆川博子の文章力・構成力に酔いたまえ。皆川博子こそ，ジャンルを問わず全ての日本人小説家の頂点に君臨する「作家」である。そして，「幻想小説」の魅力をも湛えた皆川博子の歴史物が，いかに綿密な調査と膨大な資料の精査を踏まえたものであるかに思い至り，震えたまえ。

  2010.07.10

• 八十年戦争

  早朝の５時に起きたら，ドイツとスペインのワールドカップサッカーの準決勝が大詰め。と思う間もなくスペインが１点とり，結局そのまま試合は終了。決勝はスペインとオランダ。オランダとドイツだと，第二次世界大戦中にドイツがオランダを占領し，ユダヤ人少女のアンネ・フランクが日記を残してという因縁があったけど，オランダとスペインとはこれまた。ハプスブルク家の結婚政策でスペインに統合されたオランダが，フェリペ２世の旧教政策への反発を強め，独立戦争を開始したのが1568年。ユトレヒト同盟で結束を図る北部七州が，オラニエ公ウィレムを総督にネーデルラント連邦共和国の独立を宣言したのが1581年。1609年に休戦条約（12年の休戦を約束）が成立して事実上の独立達成。しかし，ドイツ三十年戦争が始まると，これに連動する形で1621年にオランダとスペインの戦いも再開され，最終的に1648年のウェストファリア条約（に含まれるミュンスター条約）で独立が正式に承認。1568年に始まって，1648年に終結（間に休戦期間あり）したので，この長い独立戦争を，八十年戦争と称する（教科書では山川出版の「新世界史」のみ載録されている）ことがあるわけです。ヨーロッパ勢同士の戦いになると，何かしらの因縁はあるものだけど，オランダとスペインとは，濃いのがきたな。

  2010.07.08

• 妖異金瓶梅

  妖異金瓶梅「金瓶梅」は，中国四大寄書の一つで明代の万暦帝期に成立した小説。高校世界史でも，三省堂以外の主要教科書には全て載っているという，超メジャー級重要事項。でも，教科書では書名が列挙してあげられているだけで，唯一帝国書院の教科書の表で，「社会小説」という，素っ気ない説明があるのみ。「社会小説」か。なるほど。広辞苑の説明が簡にして要を得ているので引用。水滸伝中の武松らの物語をもとに，富豪西門慶に毒婦潘金蓮を配して家庭の淫蕩で紊乱した状態を巧みに描写し，それを通じて明代政治の腐敗，富豪階級の頽廃を活写する。という訳で，「金瓶梅」は，まず水滸伝のスピンオフ小説です。水滸伝中，豪傑の武松が，兄の武大を謀殺した兄嫁の潘金蓮と，潘金蓮の愛人の西門慶を成敗するエピソードがあるのですが，その潘金蓮と西門慶を主人公に持ってきている。次に，「金瓶梅」は，中国が世界に誇る愛欲小説です。ポルノ小説と言い換えてもいいぞ。今でも中華人民共和国では，事実上の発禁本だ。物語は，山東の薬問屋西門慶が，政治家に賄賂を使ってのし上がる一方，第５夫人となった潘金蓮やその他の妻妾と愛欲生活を繰り広げる前段と，潘金蓮に媚薬を飲まされすぎて西門慶が急死した後，その一門が没落していく後段からなる。そして最後に，「金瓶梅」は，万暦帝期の社会を描き出した，「社会小説」でもある。万暦帝期は，海禁政策の緩和で，当時の世界最大規模の交易と目される日本銀と中国生糸の交換貿易が活発化し，大量の日本銀と，日本銀に加えてフィリピンのマニラを経由してスペインが新大陸から運び込んだメキシコ銀が流入した時代。世界の銀の1/3が最終的に中国に飲み込まれたと推計されている。この銀の大量流入で沿岸都市を中心に経済は活気づき，桁外れの大富豪が出現。度はずれた贅沢がもてはやされ，皇帝である万暦帝自身が後宮に籠って宦官とともに金儲けのための悪巧みに熱中するなど，拝金主義と物欲主義による腐敗と頽廃が支配層を覆う一方，地方農村は銀納の一条鞭法の全国的施行によって貨幣経済に巻き込まれ，景気拡大に伴う物価上昇と重税に苦しむようになった時代。大量の農民が都市に流入して都市下層民を形成し，ことあるごとに民変と言われる都市暴動を引き起こし，さらに農民の不満は，最終的に明を滅ぼす李自成の乱に結実する。急激な経済成長で沿岸と内陸，持てるものと持たざるものの格差が拡大し，一部共産党高級官僚の腐敗が取りざたされる現在の中華人民共和国の社会となんだかオーバーラップする時代です。その時代の実相をえぐり出したリアリズム小説として，「金瓶梅」は高く評価されているわけだ。さて，そこで今回紹介するのが，山田風太郎の「妖異金瓶梅」。バラしてしまいますが，前段は，愛欲渦巻く西門慶の一家で次々に起こる怪事件を，西門慶の義兄弟の応伯爵が，見事な推理で解き明かしていく推理小説になっています。でも，応伯爵は，その真相を自分の胸におさめ，決して口外しない。なぜなら，犯人が常に絶世の美女潘金蓮であり，応伯爵はこの可憐な毒婦を愛し抜いているから。そして後段の一気の破局。これが凄い。「金瓶梅」に描かれているのは明代万暦帝期の社会なのだけど，一応「水滸伝」の外伝なので，時代を北宋に設定してある。その設定を生かし，宋を脅かしていた北方の契丹と，武松を初めとする水滸伝の英雄達を登場させ，壮絶にして哀切な最後につなげていく。「忍法帳」シリーズや，一連の明治もので知られる大作家山田風太郎の，これは畢生の傑作。

  2010.06.09

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  古典古代

  ギリシア・ヘレニズム関係で。ヒストリエ（1）寄生獣で一世を風靡した岩明均の作品。現在も連載中です。プルタルコスの『対比列伝』に記された実在の人物エウメネスが主人公。エウメネスは，マケドニアに書記として仕え，アレクサンドロスの東征において軍人として頭角をあらわし，アレクサンドロス死後のディアドコイ戦争で重要な役回りを演じた人物。にもかかわらずその前半生が未詳であることを生かして，遊牧騎馬民族スキタイの出身で，アテネの植民都市カルディアでギリシア人として育てられ，一時奴隷に売られたという設定で造形し，マケドニアの台頭からヘレニズムに至る時期の歴史を描き出そうという壮大な作品。月刊連載であるにもかかわらず，しばしば休載され，いつ完成するかわかりませんが，現段階ではフィリッポス２世が王子アレクサンドロスのために，哲学者アリストテレスをまねいて学園をひらくところまで進んでいます。先は長いぞ。学べること。ギリシアのポリスや植民都市のあり方。ギリシアの奴隷制の実態。アリストテレスとマケドニアのかかわり。フィリッポス２世の軍事改革とマケドニアの台頭。などなど。テルマエ・ロマエ各種マンガ賞を総なめ中。ローマ時代の浴場設計士が，浴場の構想に悩むたびに，現代日本のお風呂にタイムスリップし，日本の様々な風呂文化に刺激を受けては，ローマ時代にかえって日本文化に学んだ新機軸で局面を打開する話。学べること。時代が，五賢帝の一人，ハドリアヌス帝の時代で，主人公はハドリアヌスに仕えることになり，帝によるユダヤ人の第二次反乱鎮圧にも同行する。頻度はちょっと低いが，ハドリアヌスによるユダヤ戦争と，ユダヤ人のイェルサレムからの追放と離散（ディアスポラ）は，入試でも出題されることがあります。おまけ。授業の場では紹介できない，五賢帝の最後マルクス=アウレリウス=アントニヌス帝の「自省録』の，18禁かもな部分。「肉の料理やそのほかの食物については，これは魚の死体であるとか，これは鳥または豚の死体であるとか，パレルノスは葡萄の房の汁であるとか，紫のふちどりをした衣は貝の血に浸した羊の毛であるとか，また，交合については，これは内部の摩擦といくらかの痙攣を伴う粘液の分泌であるなどという観念を我々はいだく。（岩波文庫）」「我々」というのは，ストア派の学徒のことですな。禁欲主義で知られるストア派の，食欲と性欲に関する真面目な考察です。念のため。

  2010.04.26

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  マンガで知るオリエント

  まずは山岸凉子「ツタンカーメン」ツタンカーメンの生涯を題材にした大歴史ロマン，ではなくて，ツタンカーメンの墓を発掘したハワード=カーターが主人公の発掘ロマン。ツタンカーメン（トゥタンクアメン）は，アトン神の宗教改革で有名なアメンホテプ４世（イクナートン）の息子で，少年王として即位し，若くして死んだエジプト新王国第18王朝のファラオ。テーベ神官勢力の巻き返しにあってアトン神信仰からアモン神信仰に復帰した。生前の事績はそれだけの短命な王なのだけど，1922年のハワード=カーターによるその墓の発掘は，副葬品が盗掘されず，手つかずで残っていたことで，考古学上の大事件となった。実はカーターの発掘当時，ツタンカーメンは，実在が疑われていた。歴代のファラオの名は，第19王朝３代のファラオで新王国の全盛期を築き，シリアにおいてヒッタイトとカデシュで戦ったことで知られるラムセス２世が作成させた王名表によって知ることができる。ところが，アメンホテプ４世の宗教改革の後遺症と，ツタンカーメン死後の王位継承をめぐる混乱から，ツタンカーメンの名は王名表に記載されていなかった。実在したかどうかもわからない王の墓を６年の苦闘の末に発掘したカーターの物語に，ファンタジーをまぶして仕上げた傑作。次は，篠原千絵天は赤い河のほとり。現代日本の平凡な女子高生が，ツタンカーメンと同時代のヒッタイトにタイムスリップし，ヒッタイト帝国の皇妃になってしまう話。と紹介すると，なんて荒唐無稽なと思われるかもしれないが，これがどうして歴史考証がしっかりしていてびっくり。主人公ユーリと結ばれるムルシリ２世も，ムルシリ２世に対抗してユーリを妻に望むエジプトの将軍ラムセス（後の第19王朝開祖ラムセス１世）も実在の人物。ヒッタイトとミタンニとエジプトの三つ巴の形勢から，まずヒッタイトがミタンニを屈服させ，ヒッタイトとエジプトの２大帝国が対峙するにいたる歴史の展開も史実に沿っている。ヒッタイトの鉄器製造技術が，先住民ハッティ人のそれを継承したものであることも，物語の展開と上手く結びつけて描かれている。しかし，それよりなによりすごいのは，細部の考証に徹底したこだわりが感じられるところ。一例をあげると，エジプトとヒッタイトの戦いの後，平和条約の粘土板にそれぞれの君主が調印する時，エジプトのファラオは円形のスタンプを，ヒッタイトの皇帝は円筒印章（粘土板で転がして使用するシュメールに始まるメソポタミア文明の印章，三鷹市の中近東文化センターのミュージアムショップでレプリカが販売されている ）をとりだす場面があって，わたくしは痺れまくりました。最後に秋里和国の「青のメソポタミア」。シュメールの古代文明が宇宙からの亡命者によって築かれたものだったという設定の物語。第三部は，シュメール人が残した「ギルガメシュ叙事詩」に出てくる洪水神話をモチーフにしていて，巻頭には「その昔，神々は人を絶やそうと決意し地に大洪水を起こした。王ジウスドラは箱船を造り生命の種を救った。人間を滅ぼそうとしたことを後悔した神々はジウスドラに永遠の命を与えた」という文が掲げられていて，ギルガメシュ伝説を上手く使っていて感心。

  2010.04.17

• ルワンダのコーヒー

  コーヒーは，自分で豆を挽いてネルドリップで淹れている。野暮な私の数少ないこだわりである。豆は，府中市にある自家焙煎コーヒー豆専門店，南方郵便機で，いつも買っている。先日，その南方郵便機に「ルワンダ・ミソジ」という豆が入っていた。ルワンダというと，映画「ホテルルワンダ」に描かれた，多数派フツ人による少数派ツチ人の大虐殺が発生した国というイメージが強い。帝国書院の世界史の教科書にはルワンダ内戦（1990～94年）　ルワンダは旧ドイツ植民地で，第一次世界大戦後はベルギーの委任統治領だった。内戦は多数派フツ人と少数派ツチ人との抗争によるもので，フツ人による集団虐殺が発生した。大量の難民が周辺国に流れ込む事態も生じた。という記述がある。また，2007年の東京大学の第３問６番でルワンダでは，少数派のツチ人と多数派のフツ人が激しく対立する内戦の中で，1994年には大量虐殺が引き起こされた。この事件の背景には，かつての西欧列強による植民地支配の影響が認められる。19世紀末に現在のルワンダ，ブルンジ，タンザニアを植民地化し，ルワンダではツチ人にフツ人を支配させたヨーロッパの国はどこか。その名称を記しなさい。という問題が出題されている。そのルワンダでコーヒーが生産されていて，日本に輸出されるようになっている，ということで，内戦の混乱から立ち直ってきているのかと，驚いたのだ。店長も，「ホテルルワンダ」で話題になった国でしょう，どうなんだろうと思って取り寄せてみたら，これがおいしいんですよ。特に際立った個性があるというのではないんですが，全体にバランスがとれていて，高いレベルで安定しています，おすすめです，と薦めるので，購入してみた。これが，本当に美味い。調べてみると，ドイツの植民地時代に外貨獲得の手段として，各農家にコーヒーの木の栽培が義務づけられ，以来，家族経営の小農場で生産され続けてきたが，従来はブレンド用で，ブランドとして確立していなかった。それが，内戦からの復興をめざすルワンダ政府の，コーヒー豆生産を基幹産業として育成しようとする方針と，国際的な支援と相まって，高級ブランドとして認知されつつあるということのようだ。ルワンダの気候風土がコーヒー栽培に適していたこととともに，家族経営の生産だったため，最初から農薬を使わない有機農業であったこと，生産農家との直接取引を重視するフェアトレードの風潮に合致したことも，プラス要因となっているらしい。ルワンダ大使館のホームページにも，コーヒーに関する特設ページがある。ルワンダコーヒー，私からもおすすめです。

  2009.10.25

• 

  依存性物質に関するメモ

  いわゆる依存性物質とは意識に働きかけて，精神活動を活発化させる物質効果。おちつく，眠気が覚める，気分がすっとするさらに進むと興奮する，攻撃的になる，幻覚を見る問題点依存性・習慣性（やめられなくなる）健康被害理由外部からドラッグをとると，本来脳が自分で分泌していた神経性物質を分泌しなくなる。その後，ドラッグを止めても，脳はすぐには本来の機能を取り戻せない，つまり必要な神経物質を分泌しない影響ドラッグが途切れるといらいらする，鬱になる（落ち込む），動悸や息切れがする，苦しい体温調整が狂ってしまって悪寒，関節に激痛依存性物質から脱却するには，この状態を乗り越えることが必要なので，なかなか大変。効果が強いドラッグを使っていれば使っているほど，困難の度合いを増す。強いドラッグを使うことは，細い電線に高圧電流を流すようなもの。脳の機能が損なわれ，廃人となり，死に至る。ドラッグの種類合法的なものタバコ，アルコール，カフェイン（紅茶やコーヒーに含まれる）タバコは，新大陸でインディアンが宗教儀式などで使用。16世紀半ばからヨーロッパに紹介され，17世紀中にアジア各地にも広がる。初期には，法的な規制や抵抗も。17世紀初期のイギリスの国王ジェイムズ１世は，タバコの煙を「地獄からたちのぼる煙」と評し，煙草にかかる税金を40倍に引き上げ。同時期の江戸幕府も，喫煙が火事の原因になったことから，しばしば煙草禁止令を出すアルコールは，20世紀初期のアメリカで，禁酒法運動の結果，1920年より禁酒法の実施。イタリア系ギャング（マフィア）が酒の密造で大もうけ。非合法なものアヘン，大麻，コカアヘンアヘンは，イギリスが18世紀末から19世紀前半，インドで栽培させ，中国に輸出して利益。アヘン戦争を引き起こす。ケシの花から取れる。精製したものが，鎮痛剤として医療などにも使われるモルヒネ。さらに，そこから麻薬成分を強化して作られるものがヘロイン。日中戦争期から第二次世界大戦期に日本軍が満州で栽培し資金源。現在でも，アフガニスタンなどでイスラーム原理主義のゲリラ勢力が資金源として栽培。大麻大麻は，日本では古くから様々な用途に使用。大麻から抽出・精製した麻薬成分がマリファナ。1960年代の対抗文化で，ロックミュージックなどと一緒に若者の反抗の象徴。マリファナの効果は軽微→他の麻薬への入り口になりやすい→多くのミュージシャンが麻薬の過剰摂取で死亡。1980年，元ビートルズのポール=マッカートニーが，日本公演のため，成田空港から入国しようとしたとき，大麻取締法違反（不法所持）で現行犯逮捕。９日間拘留。公演は中止。コカコカも，新大陸のインディアンが用いていた植物。コカの葉を噛むと，鎮静効果が得られる。白人たちに強制された鉱山などでのつらい労働に耐えるために使用。コカから抽出，精製された麻薬成分がコカイン。昔のコカコーラには，もちろん，コカインも含まれていた。現在は，脱コカイン処理をしたコカの葉を，原料の一部に使用。合成麻薬覚醒剤（アンフェタミン，メタンフェタミン）MDMA化学的に合成された麻薬物質日本では，第二次世界大戦中，疲労倦怠感や眠気を除く目的で大量に合成され，戦争遂行に使用。終戦後，軍の備蓄品が民間の市場に出回り，依存者，中毒者が大量に発生し，副作用が明らかになって社会問題化。1951年に覚醒剤取締法が制定され，使用や製造・所持が禁止。現在の違法覚醒剤は，北朝鮮で製造されたものが，日本の暴力団を通じて取引され，流通していると言われている。押尾学事件のＭＤMＡ1967年以降，精神病の治療薬として使用。その後一般に合法ドラッグとして普及。1985年にアメリカで麻薬として非合法化→日本でも非合法に。イギリス発のダンス・パーティーミュージック＜レイヴ＞に際し使用され，レイヴの会場で使用されることが多いと言われる。レイヴ・ミュージックは，日本では小室哲哉プロデュースのＴＲＦ（TK Rave Factory）から普及。参考文献「ドラッグは世界をいかに変えたか」

  2009.09.29

• オシム離日

  前日本代表監督イヴィツァ・オシム離日。丁度この日，普段なら絶対買わない週間現代（案の定，スピリチュアルの江原某がいたるところに露出していてとても気持ちが悪い）を買い，『オシムの言葉』の木村元彦が寄稿した「オシムを弄んだ日本サッカー協会」の記事を読んだ。あおりは「「失言」で始まり「不意打ち」で終わった12・11退任劇のこれが真相だ」。前日本協会会長川淵氏の「もう岡田で大丈夫」の発言で，オシムとの契約延長が打ち切りになったという趣旨の記事だということは，事前に情報として知っていたし，タイトルとあおりから，怒りにまかせた感情的なものではと危惧していたが，杞憂だった。「献身的にオシムを支えた協会のスタッフには本当に頭の下がる思いをしていた。」「不測の事態に火中の栗を拾った岡田監督には敬意を表すべきである」といった配慮に満ちた記述をちりばめながら，冷静な筆致で日本協会の問題点を追求する内容であり，それだけに，抑えた怒り，いや，単純な怒りではなく本人言うところの「余りに礼を失した１年半ではなかったかという日本人としての忸怩」の念が滲み出てくる記事であった。そして，その「忸怩の念」こそ，私もまたいらだちとともに感じてきたものだったのだと得心できた。で，つらつら思うに，我慢がきかない子供のような日本協会首脳と比較して，理事の人数分のケーキを用意して会見に臨んだオシムの大人（たいじん）ぶりと配慮は，際立っていたなと。そして，離日にあたってのコメントのこの謙虚さと奥深さ。「いままで私は自問自答してきました。私自身、日本で何事かを成し遂げたのだろうかと。 その答えはいまだに出ていませんが，今日この時この場に私を見送りにきてくれたたくさんの人々がいることで，そんなことは考える必要がないと思い直しました。 何かを成し遂げたかを自問するより，私が日本の人々から受け取ったものを感謝し大切にしてゆくことの方がはるかに重要だということです」今年は，あなたの教え子であるペドロビッチの広島と，ストイコビッチの名古屋の試合を楽しみにしています。そして，祈るように思っています。もしあなたの健康がベンチで指揮をとることができるまでに回復されたなら，どのような形であれ，もう一度日本に戻ってきて，われわれにその勇姿を拝させてほしいと。

  2009.01.04

• マケインはえらい

  町山智浩氏の紹介によるオバマ候補演説。 私はケニアから来た黒人の父と、カンザスから来た白人の母の息子です。 私を育ててくれた母方の祖父は、大恐慌を生き抜き、パットン将軍の下でヨーロッパ戦線を戦いました。彼が戦場にいる間、祖母はリーヴェンワースの爆弾工場でアメリカのために働いていました。 私はアメリカの中でも最も優秀な大学で学業を修めましたが、世界でも最も貧しかった国の一つで少年時代を送りました。 私は奴隷の血と奴隷主の血を継ぐ女性と結婚し、私たちの血を二人の大事な娘に引き継ぎました。 私の兄弟は、姉妹は、姪や甥や、叔父や叔母は、あらゆる人種、あらゆる肌の色で、三つの大陸に住んでいます。 そして、私は、生きている限り決して忘れません。 私のような者が大統領候補になれるのは、アメリカだけだということを。 マケインの敗北演説（gooニュース） これほど長く困難な選挙に、オバマ氏は勝利した。ただそのことだけでも、私はその能力と忍耐を尊敬します。しかも彼はそれにとどまらず、何百万人というアメリカ人の希望をかきたてた。アメリカの大統領の選出は自分にほとんど何の関係もない、あるいは自分は何の影響ももてないと、誤って信じ込んでいた何百万というアメリカ人の中に、オバマ氏は希望をかきたてた。私はそれを深く敬服すると共に、オバマ氏を称えます。 これは歴史的な選挙でした。アフリカ系アメリカ人にとってこれがいかに特別な意味をもつのか、アフリカ系のみなさんが今夜どれほど誇らしく思っているか、私は承知しています。 機会のために勤勉に働き、機会をとらえようと意志をもつ全ての人に、アメリカは機会を提供する。私はいつもそう信じてきました。オバマ上院議員も、そう信じています。この国の名誉をけがした古い不平等の時代から、一部のアメリカ人にアメリカ市民権の恩恵を全て認めなかった時代から、この国は多いに前進してきました。しかし当時の記憶は未だに、心を傷つけることができる。そのことも、私たちは共に承知しています。 この二つの演説で共通しているのは，「国民」を「民族」に限定しない，アメリカのナショナリズムを，共に誇りとしていること。 ナショナリズムを，民族主義と訳す場合，それは「一つの民族で一つの国家を形成すべき」という思想として理解される。現在では日本を含めてほとんどの国のナショナリズムは，このような民族主義として認識され，往々にしてそれは，過激化・偏狭化すると他の民族や少数派に対する排斥，迫害の思想となってしまう。しかし，歴史的には，民族主義は19世紀初頭のドイツでナショナリズムに導入されたもので，それ以前に成立したフランスやアメリカでは，ナショナリズムは，「共有する価値観や理念」のもとに集まった人々を国民とし，「民族」には限定されないものだった。もちろん，アメリカでも，当初はアメリカ国民は「白人」に限定されていたし，WASP（白人・イギリス系・プロテスタント）と呼ばれた多数派の白人が，1920年代の共和党政権の繁栄の時代に保守化してしまった歴史がある。それはマケイン自身も指摘しているように。 マケインは，立派だと思う。今回の選挙の自らの敗北すら，アメリカの国歌理念の進歩，前進ととらえ，それを多様な人々をアメリカという国に結束させるための機会に変えてみせたのだから。

  2008.11.10

• 帰省中

  午前中，思い立って山へ。故郷新居浜市には，かつて世界最大の産出量を誇った別子銅山の跡地がある。車で１時間ほどで1700メートル級の山々が並ぶ明石山系の向こう側に出て，旧別子史跡登山口へ。そこから山道を30分ほど歩くと別子銅山関連の小学校跡や劇場跡などの史跡に出る。明治期には山中に数千人の人口を誇った面影は，石組みの基礎に残るばかり。山中の自然の美しさと人間の営みの諸行無常の対比は，感慨深いものがあり。その後，森林公園ゆらぎの森http://www.shikoku.ne.jp/yuraginomori/hyousi.htmに立ち寄り，あめご（アマゴ）の塩焼きのランチをいただいて帰宅。夕方，思い立って徒歩10分ほどの海岸へ。瀬戸内海の四国側なので，海辺が北側に，四国山地が南側に並ぶ。海岸に出ると，本当に海と山の狭間の土地にわが故郷はあるのだと実感する。夜，大雨が降った。夕方にはもう空気中の湿度が高く，いつもは青くかすむこともある山系が，緑色にくっきりと迫っていた。うねりの全くない瀬戸内に，雲間から太陽の光が漏れて伝わり，金色に輝く道を作る。明日には帰京します。

  2008.08.14

• 

  少しは文化的な１週間

  ７月６日の日曜日，夕方６時過ぎより渋谷屋根裏にてラジオデパートhttp://wave.ap.teacup.com/radiodepart/のライブを鑑賞。20年以上継続してるバンドはやっぱ上手いと感服。ベースとドラムの音と音の重ね方などもはや絶妙。持って生まれた才による到達可能な域の差はあるにしても，楽器演奏などの芸術系から大工や料理人に至るまで，手業の世界というのは，日々の修練によって少しずつでも進歩していくものなのだろうなと変な風に連想した。自分の授業の腕はどうよと振り返ると汗顔の思いを禁じ得ない。少なくとも板書の字はもう少し上手くなりたい。 それはともかく，ライブハウスの狭い空間での大音量の物理的な刺激が，仕事やら何やらで溜まっていたストレスを解きほぐすのに効果があったようだ。按摩効果。ついでに文化的快楽を求める欲求が久しぶりに全開。ライブ終了後，書店のマンガコーナーにて，ゆうきまさみのＳＦ美少女活劇鉄腕バーディー（19）とこうの史代の原爆症マンガ（コミック）夕凪の街桜の国／こうの史代と諸星大二郎の怪奇ユーモア譚栞と紙魚子の百物語を購入。いずれもオススメ。 月曜日，以前から気になっていた打海文三の裸者と裸者（上）を購入。内戦状態が固定化した近未来の日本を舞台としたビルドゥンスクロマン。むさぼるように読む。火曜日，下巻を購入。水曜日第二部愚者と愚者の上下巻を一挙に購入。金曜日，再び『裸者と裸者』上巻から再読。で，土曜日の今日，全４巻をランダムに読み返す。特に『裸者と裸者』の上巻，もう何度読んだか。

  2008.07.12

• もう新年度が始まってますがな

  久々でございます。２月以来花粉症が続いていて，ちょっと外出恐怖症気味な山内です。加えてここんとこはまたもや模試だとかテキストだとかの原稿に追われ，土日が完全につぶれています。ゴールデンウイーク完全平常業務だったし。そういうわけで，連絡もせず不義理をしっぱなしの皆様方。なんとか，ぼちぼち，やってます。

  2008.05.11

• コーヒーの起源

  コーヒーを買いにいった。今回はエチオピアのモカハラー。コーヒーの原産地はエチオピアとされ，そこから対岸のアラビア半島に伝わってイスラーム教神秘主義者スーフィーの修行用飲み物になり，やがて一般の人にもイスラーム教で忌避されるワインの代わりに愛飲されるようになって，港市モカがコーヒーの輸出港として繁栄するようになる。というのは，受験世界史でも教える。モカから輸出されたコーヒー品種にモカの名がついたと。すると，エチオピアからアラビアに伝わった最初の品種はやはり現在のモカなんだろうか，エチオピアでは今でもモカが主品種なんだろうか。

  2008.03.01

• 年度終了

  本日一橋大学の解答速報作成会議。これで2007年度の仕事は全て終わった。後期試験がある人を除いて，受験生諸君もほぼ終戦だろうか。お疲れさまでした。

  2008.02.28

• 集中豪雨で遭難

  受験シーズンたけなわ。受験生とは逆にこの時期われわれは普通暇になるのだけれど，偶発的な仕事がたまたま集中してしまうこともある。ここ数日がそうで，本日が京都で来年度の教材の検討会議，明日が早稲田と慶應の解答速報作成会議。往復の新幹線の中で明日の解答速報作成会議の原稿をしあげなければならないという，かなり追い詰められた状況になった。で，追い詰められて余裕がなくなると，普通やらないようなミスをしでかしたりする。悪いときには悪いことが重なるし。今朝。京王線に乗って新宿に向かう途中，車両内で急病人が発生し，電車が遅れた。その段階でほぼアウトだったんだけど，ＪＲ線に乗り換えダッシュして階段をあがったところへタイミングよく中央線の特別快速が入線。「らっきい」と思いつつ飛び乗って，ドアがしまったあと気づきましたがな。上りと下りを間違えた。京都の会議には40分遅刻。

  2008.02.20

• センター試験

  センター試験の問題をざっと解いてみて。やはり今年も前後関係や因果関係の理解を求める問題が多かった。もう少しぶっちゃけて言えば，何世紀，いつ頃の出来事であったかの理解。形を変えた年号・世紀の理解を問う問題。対応するためには，大きくは，単純な用語の暗記に走るのではなく歴史の流れの中で事項を理解する意識を常に持つこと。技術的には要となる事項（たとえば中国史だったら王朝の成立と滅亡）の年号を暗記すること。センター試験は年号が直接問われないことから，年号暗記を必要ないと考える受験生がいるが，センター試験は一般的な私大の問題よりよほど年号暗記が役に立つ。年号暗記を，前後関係の整理や同時代史理解の手がかりと意識づけて行うことが，センター試験の場合には非常に効果的。あとは，地理的理解の重要性。今年度もスマトラ島とジャワ島の位置関係が前提となっている地図問題が出題されていた。そして最後に，もう中国史とヨーロッパ史をやっていればすむ時代ではないなということをあらためて。

  2008.01.20

• 明日は休み

  12・13日センター試験対策の直前講習，14日は15日のテキスト会議の原稿作成に１日中追われる。朝７時から15日午前１時30分まで粛々と。15日午前６時起床。11時より名古屋で会議。何とか無事終了。16日朝一で直前講習。そして本日，論述問題集付録の添削を仕上げて河合出版に発送。二山越えた。

  2008.01.17

• 

  こまごま

  １月６日冬期講習了。７日そのまま直前講習センター対策。８日休み。日帰り温泉でぐったり。９日会議。10日から11日の午前中にかけて論述の添削。11日午後出来上がった添削を立川校と新宿校に持って行く。ひと山なんとか越えたかという状況です。世界史関係で読んだ本。物語イタリアの歴史（2）本来文学畑で，「歴史科学と歴史叙述は違う」が持論の作者は既にその面白さに定評のある『物語イタリアの歴史』をものにしており，本書『物語イタリアの歴史?』はその続編。文学畑の人が著す歴史関係の書には「ちょっとそれは」と言いたくなるような独断に満ちたものもありますが，「二十世紀にはイデオロギーが主役の時期がありました。でもそれが限界を呈すると，こんどは過去の歴史＝物語を記号に解体して，いくつかのパラダイムに還元しようとする風潮が広まった」と歴史学を痛烈に批判する著者は，それでも歴史学の成果にはきちんと目配りして尊重しているなと思わされる記述が随所にあり，何というか「信頼して」読めます。グレゴリウス１世やボニファティウス８世といった受験世界史でも馴染みの人物が取り上げられていて，お勧め。もっとも個人的には受験ではあまり出題されないカラヴァッジョの話が一番興味深かった。先頃読んだ津原泰水のルピナス探偵団の憂愁（感想はこちら）の第一話でカラヴァッジョの名が引用され，カラヴァッジョ自体が作中の重要人物のモデルになっていることが読む人間が読めばわかるようになっていてなるほどなと感心したばかりだったので，そのシンクロになおさら。

  2008.01.11

• 失敗国家としてのパキスタン

  １月３日の朝日新聞「私の視点」に，パキスタン出身の在英歴史家タリク・アリ氏が「パキスタン　戦略的視点だけで見るな」という記事を寄せている。パキスタンの現代史や，失敗国家の問題を理解するに簡潔にして要を得た優れたテキストであるが，ウェブ版には見あたらないので，紹介しておきたい。　タリク・アリ氏はまず殉教者として持ち上げられようとしているベジナル・ブット氏について「彼女がパキスタンとその民主主義の救世主になりえたとはとても思えない」と斬って捨てる。「２回目に首相の座に就いたとき，彼女と夫の腐敗は最悪だった。パキスタンがアフガニスタンに介入し，タリバーン政権樹立に動いたのも彼女が首相の時だ」［1］ さらに，夫と息子によるパキスタン人民党継承についても，「政党の私物化，グロテスクとしか言いようがない」と批判する。そして，失敗国家としてのパキスタンの歴史を振り返る。「パキスタンは60年前の建国の際，イスラムを統合の核にしようとしたが，それだけでは近代国民国家のアイデンティティーにはなりえない。人権などの価値観の確立が必要だ。結局，国家はできても人々を統合して国民を形成することができないまま，1971年にバングラデシュが分離独立することにもなった。」［2］さらに大地主制と，エリート層の対米盲従がパキスタンの問題であること，アメリカの対イラク・アフガニスタン政策に反発する大半のパキスタン人が，彼女をブッシュ米大統領の手駒だと感じていたことを指摘する。では，もう一人の野党指導者，シャリフ元首相はどうか。「シャリフ元首相はもともとビジネスでサウジアラビアとつながりが深い。だがサウジは巨額の資金でイスラムの過激な宗派ワッハーブ派の宗教者を送り込み，時のパキスタン政府の支持を得て体制内の一部をワッハーブ化した国だ」［3］「軍政と，さらにまして嘆かわしい政党。それがパキスタンの政治状況だ。」そう指摘するタリク・アリ氏は，米国をはじめとする国際社会がパキスタンを戦略的，軍事的視点からのみ見ることが悲劇を招いている［4］とし，腐敗したエリートの着服した金を回し，教育と医療の充実を図る社会改革こそ必要なのだと訴える。［5］［1］補足すると，パキスタンは核濃縮技術とバーター取引で北朝鮮から長距離ミサイル技術を入手したのではと言われているが，12月28日の朝日新聞記事の武石英史郎記者の署名記事に，「インタビュー中，ブット氏は，「93年12月の北朝鮮訪問を経て，長射程のミサイル技術を（北朝鮮から）入手した」と認める一方，「国家の安全保障にかかわることだから」と繰り返し，核開発の細部に関しては明かそうとしなかった」という，けっこうとんでもない記述がある。事実ならば，北朝鮮に核兵器技術を提供したのも，アメリカが民主化の旗手として担ごうとしていたブット元首相ということになる。［2］このあたりは，二次世界史で論述問題対策を必要とする受験生は要注意。国民国家と国民統合の問題は近年の頻出テーマ。ヒンドゥー中心の国民会議派に対抗してイスラーム国家パキスタン構想を掲げ，第二次世界大戦中にイギリスに対する積極的支援政策をとって発言力を増した全インド・ムスリム連盟は，インダス流域を中心とする西パキスタンと，ガンジス下流域のベンガル地方を中心とする東パキスタンの連合国家としてパキスタンを建国した。しかし，東西に分離している上に，言語も肉体的特徴も風習も異なる西パキスタンと東パキスタンの統合は失敗し，東パキスタンはベンガル人意識を高めて西パキスタンからの分離独立を目指すようになり，インディラ・ガンジー政権下のインドの支持を得て第三次印パ戦争によってバングラデシュとして独立した。［3］またしてもワッハーブ派である。サウジアラビアの国教であるワッハーブ派は，アルカイダの思想的背景であるだけでなく，各地のイスラーム原理主義組織に直接的な影響を与えている。シャリフ元首相について，過激派育成に関わったとの批判があるが，サウジアラビアとのつながりからワッハーブ派をパキスタンに導入したこともそうした事態を促進することになったと思われる。核兵器保有国の有力野党指導者が，ワッハーブ派を介してテロ組織とつながるならば，テロ組織への核兵器流出という悪夢が現実のものとなる。問題は，中東における親米勢力の要としてアメリカが頼るサウジアラビアが偏狭な原理主義の源でもあるという二律背反にこそある。［4］ヴェトナム戦争も，ユーゴスラヴィア紛争も，イランイラク戦争も，アメリカによるイラク戦争も，アメリカが介入して悪化した紛争には一貫してこの軍事的戦略的視点の重視の問題がある。短期の成果を求める余り，結局事態を悪化させ，自らの敵を自ら作り出してしまうことが屡々である。［5］これはパキスタンを初め近代国民国家建設に失敗した国々の共通した課題だ。国家が，国民に対して基本的なライフラインを提供し，国家が自分たちを平等に保護していると感じられてこそ，国家への帰属意識は生まれる。しかし実際には失敗国家の多くは身近な「敵」を作り出し，偏狭なナショナリズムを煽る誤魔化しによってのみ，国民統合を行おうとする。もっとも，新自由主義路線で突っ走り，格差の拡大とワーキングプアの問題を生みだす一方，ナショナリズムを煽ることで国民統合を図って誤魔化そうとしていた小泉・安部政権のことを考えれば，この問題は現在から未来にかけてのわれわれの課題でもあるだろう。ただし，ここで注意しなければならないのはファシズムである。ファシズムは偏狭なナショナリズムを煽る一方で，国民保護を志向するものでもあるからだ。ムッソリーニ政権の労働者保護と娯楽提供，ナチス政権の失業対策や国民車計画を想起。偏狭なナショナリズムと国民切り捨ての新自由主義の組み合わせは論外。では，偏狭なナショナリズムと国民保護は？

  2008.01.03

• あけましておめでとうございます

  皆様いかがお過ごしでしょうか。私は家族ともども新年の瞬間を近場の健康ランドで迎えました。年末年始の家族行事はこれだけ。しょぼい。庶民。でも30日まで仕事で，２日の今日からまた仕事だから仕方ないのさ。ちなみに31日も１日も，日の半分以上は２日からの冬期講習の準備。なにしろ90分の講義が４コマだ。仕込んでおかないと間に合わない。実際今日は朝９時30分に家を出て，帰ってきたのは夜９時30分。大晦日と元旦の貯金がなかったら，このタームは厳しかったとつくづく。本日の発見。麹町の吉野屋が休みだった。吉野屋も休みになるのかと驚いた。しかしそれも当然。街に人影まったくなし。デパートの初売りでごった返していた立川と好対照。東京は，本当に街によって性格が違うんだと，あたりまえのことをいまさらながらに認識いたしました。

  2008.01.02

• 

  民兵と紛争

  12月15日付け朝日新聞朝刊《異見新言》に明治大学准教授佐原徹哉氏が『中世化する戦争』 という文を寄せている。近代は，暴力と交戦権を独占する主権国家の成立が画期となっているが，現在の紛争地域での民兵組織の活動は，国家による暴力装置の独占が無効化した中世的な状況を引き起こしているという分析である。中世化した紛争の最大の問題は，曲がりなりにも国際社会が積み上げてきた戦争のルール（戦時国際法）を民兵組織が無視し，民間人に対する虐殺や暴行がしばしば引き起こされることにある。民兵が残虐事件を引き起こすことについては，私も“ホテルルワンダが問いかけるもの”という拙文でルワンダ虐殺を例に紹介した。佐原氏はバルカン史が専門なので，悪名高いフーリガンが元になったセルビアのアルカン部隊について触れられているが，ボスニア紛争で様々な残虐行為を引き起こした（オシム監督が倒れる３日前に推薦のコメントを寄せた映画「サラエボの花」は，この悲劇を背景としている）セルビア民兵組織が，続くコソヴォ紛争で衝突した相手のコソヴォ解放軍（ＫＬＡ）も民兵組織であり，彼らもまたセルビア人に対する虐殺暴行事件を引き起こしている。コソヴォ紛争では民兵と民兵による“汚い戦争”が行われていたことになる。当時日本の一部には，コソヴォ解放軍を英雄視する報道があったが，実はこれはとんでもないことであったわけだ。さらにコソヴォ解放軍に関しては，アルバニア人がイスラーム教徒であることから，アルカイダ系の組織の支援があることが指摘されている。テロとの戦いを宣伝するアメリカが（佐原氏はそのような非国家組織との戦いを非国家組織を利用してアメリカが率先して行うことが，戦争の中世化を進めていると指摘されている）コソヴォにおいては，アルカイダ系と仲良くコソヴォ解放軍を支援していたわけで，これはブラックジョーク以外の何者でもないだろう。もっとも，アルカイダもまた，アフガニスタンでアメリカが対ソ連との戦いのために支援したイスラーム戦士たちがそのもとになっているわけだが。さらにイスラーム系の民兵組織の問題として，活動資金を麻薬によって得ている点が指摘されている。当然，そのような麻薬組織の関係者が民兵組織に入り込むことで，民兵組織自体が犯罪組織に浸食されていくという問題が出てくる。同様の構造は，ロシアにおけるチェチェン紛争についても指摘されている。ところで，コソヴォではコソヴォ紛争後は，コソヴォ解放軍の幹部がそのまま警察機構の幹部に移行した。犯罪組織の幹部がそのまま警察の幹部を兼ねているわけで，コソヴォは現在ではヨーロッパにおける一大麻薬流通拠点となってしまったという指摘もある。日経ＢＰのスティーブ・モリヤマ氏の記事によれば，現在のコソヴォは若年層の失業率が50％を越えていると推定され，事実上犯罪組織にしか若者の就職がない状況であるという。朝日新聞では，松本仁一氏が「カラシニコフに続いて，ジンバブエを題材に「国を壊す」を連載し，「失敗国家」の問題を提示した。現在のコソヴォもまた，典型的なそのような失敗国家であり，佐原氏が示した「中世化する戦争」と，松本氏が示した「失敗国家」が通底するところに，われわれが生きるこの世界が直面する問題があるのではないかと，愚考している。

  2007.12.16

• 

  『バルカンの心』

  バルカンの心『バルカンの心，ユーゴスラヴィアと私』（田中一生，2007年，彩流社）読了。バルカン研究を切り開いた在野の碩学の，結果的に遺著となった論集。後書きの日付が2007年２月25日，執筆者紹介の最後が，2007年３月９日没。この間の事情は，編集者の方がご自身のブログにて紹介されている。論考，研究，エッセイや翻訳本の後書きなどを集成したもので，収められている文章は1972年から2007年までに及ぶ。内容の紹介は，私などがなすより，版本の彩流社の書評に詳しいのでそちらを参照してください。拙い感想を少々。まず何よりも，文章が素晴らしい。文学の翻訳，しかもノーベル賞受賞作品から19世紀の韻文の叙事詩まで手がけられた方だけあって，端整で格調高く，情景描写に優れ，それでいて読みやすい。「地域学の研究は，最終的には精神史だと思います。その精神史に最も深いところで一番関わるのは文学であり，あるいは哲学です」という信念が，このような仕事を可能にしたのだろう。そこから，次のような辛辣な言葉も出てくる。「ユーゴスラヴィアが解体する中で，卑劣な政治家と彼らに踊らされた人びとが，互いに「正義」を称えて汚い戦争をしてきた。コソボも例外ではない。そして何か事があるたびに「バルカンは民族の坩堝」である，だから「バルカンはヨーロッパの火薬庫」なのだといった式の解説が，即席の東欧ないしバルカン専門化によって，まことしやかに語られてきた。確かにそうした一面もなくはない。だが，あくまでも一面であるに過ぎない。〔中略〕バルカンといえども多民族が共存してきた時間のほうが戦争をした時間よりも遥かに長く，多彩な文化を生みだしてきたことを，決して忘れてはならない。（中略）それにしても文化を抜きにした民族論議はあまりにも空しい（同書pp.71-72）この書を知ったのは，「季刊サッカー批評35」の木村元彦氏の追悼文「追悼田中一生　小国の大きな一歩，モンテネグロ代表初来日に向けて」であった。『バルカンの心』の巻末には，2006年９月のNHKの「ラジオ深夜便・こころの時代」に「我，バルカンとの架け橋とならん」と題して出演した際のインタビューが採録されている。その中で，「オシム監督，知り合いですか」とのインタビュアーの問いに氏は「いちど雑談したいですね，まだお会いしたことはありません。幸いストイコビッチ選手とは２，３度インタビューとかその他でお会いして一緒に写真を撮ったこともあります。オシム監督，楽しみにしております」と答えている。そして前述の木村元彦氏の追悼文には，「私にとって痛恨の極みは生前，田中さんにオシムを紹介できなかったことである。〔中略〕オシムにも「あのニェゴシュを翻訳した凄い学者がいる」と伝えたら驚いていた。それはさながら吉田松陰の著作をボスニア人が翻訳するようなものである。引き合わせる間も無く，闘病生活に入って行かれた。」とある。オシム監督と田中氏の語らいには，民族と民族との，いや人間と人間との架け橋たらんとした人同士の間には，どんな共鳴が起こり，どんな深淵な言葉が生まれてきたことだろう。是非田中氏自身の文章でそれを読んでみたかった。もっとも，田中氏やオシムのような人を持つことができたことがすでに僥倖であって，そこから先は残されたものの課題であるのかもしれない。オシムの快復を祈念しつつ。

  2007.12.02

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  オシムの回復を祈って

  まったく何てことだろう。オシム師の「日本人よ」を一緒にまとめられた長束恭行氏のブログクロアチア・サッカーニュースにあった言葉も引用させていただきます。NE DAJ SE SVABO!　(諦めるな、シュワーボ！)

  2007.11.18

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  イラク代表の勝利を祝す

  サッカーのアジア杯で，「メソポタミアのライオン」ことイラク代表が優勝した。イラク代表については，2004年に木村元彦氏がNumberだかSportivaだかに「イラク代表随行記」を発表したのを読んでからずっと気になっていた。（ちなみに「イラク代表随行記」は2007年に発売されたルポルタージュ集『蹴る群れ』に所収されているので，是非御一読を。）木村氏は，アメリカの侵攻以後，内戦に引き裂かれていくイラクで，スンニ派もシーア派もクルド人も関係なく，イラク代表チームの選手達が結束しているさまを描き出していた。今回のアジアカップにおけるイラクチームの進撃にイラクの人たちが快哉を叫んだのは，まさにイラク代表がイラクのあらゆる集団から選抜され，「イラク」の名のもとに結束したチームだったからだ。そしておそらくそれゆえに，イラクの平和と統一を望まない勢力は，準決勝の勝利を祝って街に繰り出した人々に爆弾テロを決行した。50名が犠牲になった。今回の決勝にあたって，イラクの選手達はテロの犠牲になった人々を悼むため，喪章を身につけてプレーした。試合中の彼らは，試合終盤までまさに鬼気迫る動きを見せた。疲労の極にある筈なのに，爆発的なランニングを繰り返した。相手がサウジアラビアだったことが，イラクの選手のモチベーションをさらに高めていたのだろう。イギリスのガーディアン誌のホームページに，イラク代表の勝利を紹介した記事があった。その中の一節。イラクの一部の人々にとっては，この勝利はサウジアラビアに対してのものであることで，より甘美さを増していた。隣接する両国の間には長きにわたる競争関係と不信の歴史がある。多くのイラク人が，サウジが彼らの国の暴力を助長していると批判している。「奴らは俺たちのところに狂信者と自爆テロ決行者を送り込んだ。俺たちはそれをゴールで打ち返してやったんだ」と北部の都市スレイマニアの学生アフマド・フセインは語った。引用終わり。自爆テロを繰り返すアルカイダ系組織に影響を与えているのがサウジアラビアの国教であるワッハーブ派であることは，隠れもなき事実であり，しかもそのサウジアラビアこそが，現在のイラクの悲劇の引き金を引いたアメリカ合衆国の最大の同盟国でもある。イラクの人々のサウジアラビアを見る目が厳しくなるのは，無理からぬところではある。私は偏狭なナショナリズムを忌み嫌うものであり，スポーツをナショナリズムに利用しようとする動きには基本的に反対であるが，旧ユーゴにおいてサッカーが人々の分裂と敵対に利用されようとしたのに対し，イラクにおいて相争う人々を共存させる方向に作用していることは，素直に評価したいと思う。それにしても，サウジアラビアに日本が敗北したことが，この劇的な幕切れを生んだことを考えると，ちょっと複雑。

  2007.07.30

• 

  アジアカップを振り返って。オシムは凄い。

  オシムは凄い。優勝は逃したが，これでもかという逆風に次々にさらされながらも，ワールドカップアジア枠内に入るベスト４をきっちりゲットした。戦績は６戦して２勝３分（ＰＫ戦は公式記録では引き分け）１敗。日本と並ぶアジア強豪国のサウジアラビアには負けたが，これは巡り合わせが悪かった。ワールドカップでカイザースラウテルンの屈辱にまみれたオーストラリアと対戦し，相手のエースＦＷビドゥガを完璧に封じ，内容面でもオーストラリアを完全に圧倒して引き分けた後のＰＫ戦勝利。あれで感情を爆発させてしまった。特別な試合で勝利し，喜びすぎると，どんなに頭で分かっていても，次の試合は緩む。で，往々にして負ける。古今東西あらゆる競技でそうした例は腐るほどある。対策としては，どんな相手にも平常心で臨むように日頃からつとめるしかないだろうが，今大会のオーストラリア相手に平常心で臨めというのは，無理な注文だったろう。雑誌ナンバー682号のアジア杯プレビュー特集冒頭記事のタイトルは，「ドイツでの傷をいやしたい」だった。「カイザースラウテルンの惨劇」は，あの試合を観ながら日本代表を応援していたすべての人を，そしてもちろんあの場にいた選手たちを深く傷つけたはずだ。オーストラリア代表は，監督こそ代わったものの，主力はほぼ同じ。オーストラリア戦は，少なくともあの挫折感と喪失感から立ち直るきっかけを与えてくれた特別な上にも特別な試合だったのだ。サウジアラビア戦とオーストラリア戦の順番が逆だったら，結果は違っていたのではないか。そのオーストラリア戦を含め，引き分け３という数字は，ゴール前最後のフィニッシュに意欲と精度を欠く現代表の問題点を浮き彫りにした。これは確かに解決すべき課題。しかし，その引き分けの内容はというと，オーストラリア戦とは逆にＰＫ戦で負けた韓国の試合を含め，ほとんど相手に何もさせず，終始ゲームの支配権を握り続けてのものだ。オーストラリアと韓国相手にだ。これは尋常ではない。アジアの中堅国相手でも，試合の主導権を握られることがままあった前監督時代の日本代表チームと比較して考えれば，驚くべき進歩だ。今大会の日本の決勝トーナメントの相手チームは，オーストラリア，サウジアラビア，韓国。いずれも昨年のワールドカップに出場した国だ。それに対して，前大会優勝の決勝トーナメントの対戦相手は，バーレーン，オマーン，中国，いずれも２年後のワールドカップに出場できなかった国だ。その３国を相手に「奇跡」を演じ続けての優勝。当時の反日感情渦巻く中国での優勝は，確かにカタルシスがあった。三浦淳を中心に結束したあの日本チームには，観る者の心を打つ何かがあった。しかし，ワールドカップに出場出来なかった国々に「奇跡」がなければ勝てなかった前代表と，現代表のアジアカップ６試合を比較したとき，そしてアジアカップを，ワールドカップという大目標への過程と捉えたとき，どちらが喜ばしい結果を残したかは明らかだ。しかも，前代表のアジア杯時のチームの特徴であり武器であった結束力は，ワールド杯本戦時，三浦淳を外し，中田英と小野伸二を加えた代表チームで，無惨に崩壊してしまったのだから。はじめに，「これでもかという逆風」と書いたが，よくぞオシムは耐えたと思う。アジアカップの代表チームについて，ドリブルで仕掛けられる選手がいない，個性を発揮できる選手がいない，シュートまで持って行ける選手がいない，そういう選手を入れるべきだという批判が渦巻いた。だからオシムのパスサッカーではダメだと。そういう意見を口にする人，同調する人は，私の観察では海外組を使え，中村俊輔を使えと言ってきた人にかぶる。みんな都合良く忘れている。本来，オシムのチーム作りにおいて，中村俊輔のポジションに誰が起用されていたか。誰が，オシムのチームの中心メンバーだったか。遠藤，闘莉王，安部，鈴木と共に，チーム立ち上げ以来常に起用されていた選手が誰だったか。いたでしょう。縦への突破力を誇り，ドリブルで突っかける個人勝負が大好きで，速くて鋭いクロスが蹴れて，シュートもうてる個性豊かな選手が。そう。三都主アレサンドロ。中村俊輔ではなく，三都主がいるチームこそが，本来のオシムのコンセプトのチームなのだと私は思う。ところが，三都主は，オーストリーに移籍してしまった。オーストリーは，レギュラーシーズンの開幕が早い。アジアカップ中にシーズンが開幕してしまう。三都主は，アジアカップでは使えない。では誰を使うか。三都主と同じ役割をこなせる選手はいる。ドリブル勝負を武器にクロスを蹴れてシュートも打てる速い選手。今大会にも連れて来ている。その名は水野。でもまだ若くて未熟だ。だから，オシムは中村俊輔を使わざるをえなかったのだろう。そしてスピードに劣る中村俊輔を使うためにはチームコンセプトの修正が必要だ。オシム自身が日韓戦の後の会見で示唆しているが，今大会の４バックは，中村俊輔を融合させるためだったのではないか。そして４バックならば，阿部ではなく闘莉王こそが，センターバックだったのではないか。闘莉王だったら，いくらオーストラリア戦後の試合とはいえ，サウジアラビアに３点とられることもなかったろう。ところが，闘莉王は，直前のＪリーグの試合で負傷してしまう。その可能性は，オシム自身が指摘し続けていた。直前まで試合を組むことで，負傷する選手が出るかもしれないと。今回のオシムのチームは，チーム立ち上げ以来の不動の中心メンバーを２枚欠いた，飛車角落ちのチームだった。アジアカップは開催年が代わって監督就任１年目で迎えることになった。２年目であれば，各ポジションにチームコンセプトをこなす換えの選手を育成できたかもしれない。水野も間に合っていただろう。でも１年目では困難だ。しかも，他の国が，例えば日本が負けたサウジアラビアが，事前に１ヶ月もの合宿を組んで大会に備えたのに対し，オシムに与えられた時間はあまりにも短かった。このような状況で，短期間のうちに，まがりなりにも統一的に機能するチーム，しかも本来のコンセプトとは異なるチームを組織してみせたオシムの手腕は，驚嘆に値すると私などは思うのだが。ところが，世の中にはそうは思わない人が多いようだ。韓国戦後の感想ブログを検索してみると，普段はサッカーなんて見ないけどと断っている人の大半が，オシムに批判的だった。そしてそのようなブログ主の多くが「解説の松木さん」に言及していた。オシムに吹き付けた，そして今も吹き付けている逆風の最たるものが，実は「解説者」松木安太郎氏なのかもしれない。『イビチャ・オシムのサッカー世界を読み解く』を著した西部謙司氏は，みながオシム丸に載ってしまったこと，ジーコの時には常に一定の批判が存在したのに対し，オシムに対しては日本サッカー界の解説者やコーチなどサッカー関係者がすべて支持にまわってしまったこと，だからオシムでダメだった時に日本サッカーは立ち直れないくらいの打撃を受けるのではないかというようなことを指摘している。西部謙司氏は，どうやら松木安太郎氏をサッカー関係者にカウントするのを忘れたようだ。無理もない。この人物は，ヴェルディ川崎の監督として開幕時のＪリーグでチームを優勝に導いたことで知られるが，この時の事実上の指導者は後に日本代表監督候補にも名があがったネルシーニョであると言われており，その後指揮をとったセレッソ大阪と東京ヴェルディではさんざんな成績を残した末，それぞれ１年と半年で退任している。その後は，現場のコーチングスタッフとしては関わらず，「解説者」を務めてきた。ところが，私は，時々買うサッカーマガジンとサッカーダイジェストやほぼ出れば買うエルゴラや，必ず買う「サッカー批評」で松木安太郎署名の解説記事を読んだ記憶が一度もない。にも関わらず彼はその庶民的で情熱的な語り口で一定のファンを持つテレビ朝日のサッカー解説者であり，そしてなぜか彼は，オシムが日本監督になって以来，首尾一貫してアンチオシムの言動を貫いてきた人物なのだ。不幸なことに，アジアカップの放送権はテレビ朝日が持っており，アジアカップの日本戦は，松木安太郎氏と，もう一人のアンチオシムの極北，セルジオ越後氏のコンビの「解説」によって放映された。たまにテレビでサッカーを観るだけの大多数の人には，解説コンビが「日本サッカー界」では例外的なアンチオシムであることなど，知る由もないだろう。残念ながら，サッカー専門誌に精緻な解説記事を発表する専門家集団より，テレビで絶叫する松木安太郎氏一人の方が，一般世間には，大衆世論の誘導には，影響力がある。ファシズムの可能性に，想いを馳せざるを得ないほどに。きわめて残念ながら。

  2007.07.29

• 宙船愚考

  中島みゆきの「宙船」は，どんな形式の船なんだろう。いや，この場合の「船」は，あくまでメタファーなんだから，ぐにゃぐにゃと不定形なイメージ，あるいは夢の中の出来事が常にそうであるように，場面場面で小型のボートから，帆を備えた大型のガレー船へと，刻々と姿を変え続けていても全然かまわないし，宙に舞い上がってしまうんだから，現実にある船とは異形のものであってもかまわない。そもそもメタファーとしての船を現実に存在する船に無理矢理固定しようというのも野暮な話だ。などということを考えたのは，キーワード検索で「宙船」の感想をあさっていたら，櫓で漕ぐ「舟」は，「舟」という字を使わなければならないのだから，「船」という字を使っている時点で「宙船」の歌詞は間違っている，といったイチャモンに遭遇してしまったからだ。「舟」という字は，確かに手で漕ぐ小型の船艇に使われることが多いが，櫓は和船の推進道具で，西欧の「オール（櫂）」とは別物。「宙船」はオールで漕ぐわけだから和船ではありえない。漕ぐ船は全て「舟」という字を使わなければならないという主張にしても，地中海世界で発展した手漕ぎのガレーには，「船」という字を使うのでこれもあてはまらない。小型かどうかという点では，「宙船」は少なくとも「全ての水夫が逃げ去っても」の部分でのは水夫が乗り込むような船なんだから，ボートではないだろう。だいたい豊臣秀吉の朝鮮出兵の時に李舜臣が率いた亀船も，櫂を使った小型の船艇だったが「船」という字を使ってるし。そういうわけで，上記のイチャモンは私の中で即座に却下されたわけだが，個人的な疑問が浮上した。「全ての水夫が逃げ去っても」や「全ての港が灯りを消して黙り込んでも」の部分での「宙船」は，水夫が乗り込み，港を目指してある程度の距離を航行する船なわけで，イメージ的に合致するのはやっぱり14世紀のイタリアあたりで，香辛料貿易や軍船として用いられたガレー船なわけですよ。すると乗組員およそ200人。漕ぎ手はそのうち150人ほど。この手のガレー船を一人で漕ぐのは，やっぱりちょっと無理があるんでないかい。ここで，冒頭の野暮な話という感想にいたると。

  2007.01.08

• あいかわらず

  なんだ，またまたかとお思いでしょうが，土日，引きこもって仕事してた山内です。次男のサッカーの試合，味の素ドーム隣の関東村芝コートだったのに，観に行けなかった。津原泰水の先着30名ライヴ，予約していたのにキャンセルせざるを得ず。観に行けなかった。いろんなものを犠牲にしながら，本日，直前の模試の原稿１本初稿あげ。論述問題集の担当分修正を了。しかし，23日までに学童保育夏休みキャンプの会計処理（会計係です）が。10月７日までに学童保育夏休みキャンプの文集が（文集制作担当も兼ねてます）。

  2006.09.17

• またまたまたご無沙汰。

  ６月。全然全く休みなし。嗚呼。それでも７月１日の土曜日は久々に余裕があったので，６月９日に受け取ったままだった第８回高円寺エンターティメント研究所の原稿を編集し，UP。遅れてすまねえ。でも，本当に時間なかったんだよ。許しておくれよ。と，謝ってみる。そんなこんなしてるところに，オシム日本代表監督誕生かのニュースが。木村元彦の「オシムの言葉」を２冊も買ってしまった私としましては，この件については気になってしょうがなく，作業の合間に，検索エンジンで「オシム」とか「オシムの言葉」とか「ジェフ千葉」とか打ち込んでは，憑かれたように情報収集に走ってました。その余禄で，サラエヴォ・サッカープロジェクトという，サラエヴォで，民族融和のための少年サッカークラブを運営しているNGOを発見。７月９日に「決勝直前！オシム氏が見たワールドカップ」というトークイベントを，オシムと木村元彦をゲストに開催という，すんごくおいしい情報が。しかし，６月29日告知で，６月30日には既に定員で〆切。残念。その代わりと言ってはなんですが，ヤフーで募金受け付けてたので，ささやかながら協力。壁紙購入という形式だったので，ダウンロードした壁紙に設定してみたんだけど，これがパープルで，この下品を如何せん。

  2006.07.03

• またまたご無沙汰です

  今週は河合塾が高２お休み習慣。すると，木曜日は藤沢で高２一コマのみというコマ割なので，本日はお休み。新年度が始まってから，事実上，初めてのお休みでした。今までは月曜日にテキストやら模試やらの〆切が設定されていることが多く，土日ずっと自宅にこもって作業してるか，それとも会議が入っているか。ここ数日は，眩暈がしててさすがにやばいかと。で，休みに何をしたかというと，健康ランド行ってマッサージ。自分で言うのもなんだが，まさに純正おっちゃん。図書館行くとか，美術館行くとか，映画見に行くとか，いくらでも有効な時間の使い方はあるはずなんだけどさ。でもやっぱり，次の休み（ってそれがいつかわかんね）も健康ランド行ってしまいそうだ。別館の高円寺エンターティメント研究所を更新。「第６回　３月のマンガには３言くらい」。１週間ほど前に原稿はもらってたんだけど，編集する時間がホントなくて。お待たせしました。

  2006.05.25

• 告知など

  ご無沙汰です。新年度が始まり，尋常ではなく忙しい状況が続いています。ゴールデンウイーク関係ないのは例年通りですが，今年は５月６日の土曜日が名古屋で会議。普通の一週間よりも休みが少なかったのはさすがにつらい，高円寺エンターティメント研究所2006年第５回の原稿UP。本館の工房李香世界史ページも，論述問題のページに2006年東京大学と2005年一橋大学の問題と解答例を追加。

  2006.05.07

• Ｊリーグ開幕

  Ｊリーグ開幕に合わせて，高円寺エンターティメント研究所の2006年第３回原稿が送られてきたので早速UP。題して「Ｊリーグの順位予想をしてみよう」。愛媛ＦＣは一応，ザスパ草津よりも上にしてもらっててブービー。まあ，そんなもんだよな。目標10勝とか言ってるし，と思いつつ，愛媛ＦＣオフィシャルページのリアルタイム速報で試合経過を追いかけていたら，スコアレスで推移したあげく，最後の数分で愛媛ＦＣがゴール！いや，興奮しました。城とカズの横浜ＦＣにいきなり勝っちゃったよ。その間ＴＶモニタではザスパ草津VSヴィッセル神戸戦が映っていたわけだが，こちらは草津が３点とって神戸に圧勝。ダントツの下位予想チームが勝って始まったＪ２リーグ。所長の原稿を編集しながら気がついたんだけど，愛媛ＦＣには広島から高荻という，将来を嘱望されながら昨年度出場機会に恵まれなかった若手選手が移籍してきているし，草津にも湘南から高田保則が移籍してる。ヴェテラン・中堅・若手おりまぜ，Ｊ１で中心であってもおかしくないような選手がＪ２の下位（あくまで予想）チームにも数人はいるという状況が存在するわけだ。日本サッカー界の層が厚くなってる。面白くなりそうだ。

  2006.03.04

• 忘れてた

  高円寺エンターティメント研究所の原稿，１週間以上前に届いてたんだけど，２月末は解答速報関係で忙しかったんで，３月１日になってやっと編集してUPしてたんだった。というわけで告知です。お待たせしました。高円寺エンターティメント研究所2006年第２回，「退屈の虫よりマンガの虫，野球の虫は31匹」３月１日にUP済みです。所長，すまねえ。

  2006.03.03

• ナショナリズムがきた

  ２月26日河合塾の会議で東京大学，28日に一橋大学の解答速報作成に参加。05-06年度の仕事は全て終了した。いや，同時進行で既に06-07年度のテキスト作成その他の仕事は始まってはいるんだけどね。とりあえず一区切りということで。さて，東京大学の第一問です。リンクは以下問題及び解答例　近代以降のヨーロッパでは主権国家が誕生し，民主主義が成長した反面，各地で戦争が多発するという一見矛盾した傾向が見られた。それは，国内社会の民主化が国民意識の高揚をもたらし，対外戦争を支える国内的基盤を強化したためであった。他方，国際法を制定したり，国際機関を設立することによって戦争の勃発を防ぐ努力もなされた。　このように戦争を助長したり，あるいは戦争を抑制したりする傾向が，三十年戦争，フランス革命戦争，第一次世界大戦という３つの時期にどのように現れたのかについて，解答欄（イ）に17行以内（注：１行は30字）で説明しなさい。その際に，以下の８つの語句を必ず一度は用い，その語句の部分に下線を付しなさい。ウェストファリア条約　　国際連盟　　十四ヵ条『戦争と平和の法』　　総力戦　　徴兵制ナショナリズム　　平和に関する布告　戦争と絡めて出題するという出題形式までは読み切れなかったので，ずばり的中とまでは言わないが，今年度河合塾論述チームが「絨毯爆撃のように」（byＹＮ先生）こだわり続けた「主権国家とナショナリズム」の問題だ。塾生諸君は書けていてほしいぞ。　「ホテルルワンダが問いかけるもの」で触れたように，私は「帰属への欲求」は，ヒトという生き物にとってどうしようもなく存在するものだと考えている。そして国民国家の成立によってわれわれの「帰属への欲求」は，ナショナリズムと多かれ少なかれ一体化してしまっていると考えている。国家の自縛で佐藤優は，人類，平和，愛といった究極の価値には，われわれが生きている時代においては，個人はネーション（民族/国家）を介さなければ到達できないという，非常にシビアな指摘をしている（pp.81-82)。その指摘の重さを受け止めつつ，私はわれわれが生きている間は無理としても，できるだけ近い未来にネーションを越えることができる時代が来ることをあきらめてはならないとも思っている。何に期待しているかというと，これがスポーツ（ヨーロッパの一体化にチャンピオンリーグが果たしている役割はマジで大きいんではないかと。）だったり，東アジア共通文化としての大衆娯楽文化（マンガ・アニメ・ドラマ・映画）だったりするんだが。まあ，それはともかく，ナショナリズムが現時点で避けて通れないものであることは確か。でもそれは，コントロールしなければならない危険性を伴うものであることも十分認識しておく必要がある。前述の国家の自縛で佐藤優はこうも言っている。　ナショナリズムというのを中国や韓国は感情の論理で今表現しています。ナショナリズムを感情の論理で表現すると，それは必ずより過激なものがより正しいということになるんです。そして最終的にはジェノサイド（虐殺）かエスニック・クレンジング（民族浄化）になるんです。これはセルビア，クロアチア，アゼルバイジャン，アルメニアでの民族対立の例が示しています。これは国際スタンダードに受けいれられないですし，そういうことをやっている国や民族は顰蹙を買うんですよ。　しかしナショナリズムはもう一つ別の表現の仕方がある。理性の言葉でナショナリズムを表現するというやり方です。（pp.147）　私がまだ20代の前半だった80年代半ば頃まで，感情の論理で表現する連中は，たいてい社会主義的なものにくっついていて，どちらがより過激かを競いあっていた。文化的にはまだサヨク的なものが優勢な時代だった。そして今，ウヨク的なものが優勢な時代となって，感情の論理で表現する連中は，ナショナリズム的なものにくっついているように思える。困ったもんだ。

  2006.03.02

• 「ホテルルワンダ」が問いかけるもの

  立川のシネマシティで「ホテルルワンダ」を観た。「ホテルルワンダ」は，1994年にアフリカのルワンダで起こったフツ族によるツチ族虐殺事件を背景としている。主人公はベルギー資本の高級ホテルの現地支配人であるポール。彼は，フツ族でありながらツチ族出身の妻と虐殺を逃れてホテルに逃れてきた避難民を守ろうとする。映画の詳しい紹介はこちら。ホテルルワンダ以下に，映画を観て考えたことなどを。一部ネタバレあり。民兵は暴走するルワンダ虐殺は，身近な他者を敵として否定することで，民族ないしは国家への帰属意識を高揚させる偏狭なナショナリズムが引き起こした悲劇のうちでも，最悪なものの一つである。そしてその虐殺の主役は，民間人が組織する民兵だった。民兵は，非公式の軍でありながら過剰に「民族」あるいは「国家」の大義と自己を同一視し，非常時において国家組織の管理を離れて暴走する傾向がある。現在問題になっているスーダンにおける虐殺も民兵。ユーゴスラヴィアでの戦争でも，虐殺事件の主役は各民族集団の民兵組織。パレスチナでも，第一次中東戦争に際し，ユダヤ人の民兵がパレスチナ人村落の虐殺事件を引き起こしている。外国に例をとらなくても，関東大震災に際し，朝鮮人虐殺を行ったのは，「自警団」という名の民兵的な組織だった。国際法に縛られる公式の軍は，一般的にはそうした行動に抑制がかかる傾向がある。第二次世界大戦モノの小説や映画で問答無用で敵役を割り振られることが多いドイツ軍将兵などは，戦時国際法の遵守に比較的よく努めていた。戦争映画ではドイツの連合軍捕虜収容所は，古くは『大脱走』以来の定番の舞台であるが，これはドイツが1929年のジュネーヴ条約に定められた捕虜待遇規定（注）に忠実であろうとしたからこそ成立しているとも言える。「ホテルルワンダ」でも最後に民兵に襲われたホテルを救ったのは，ポールに説得され，戦争犯罪での裁判を有利にすすめようとしたフツ族将軍が率いる公式軍だった。関東大震災でも，虐殺の事実を掌握した軍司令部や警察の上層部など国家機関は早期の段階で事態の収拾に努めている。「官」よりも，われわれも簡単に参加することができる「民」の集団こそが，民衆こそが，暴走しやすく危険なのだ。マスコミは煽動するルワンダ虐殺で大きな役割を果たしたのは，ツチ族をゴギブリと罵り，ゴキブリを殺せとあおり続けたラジオ。関東大震災における朝鮮人虐殺では，朝鮮人が混乱に乗じて井戸に毒を投げ込むなど暴動を起こしているという流言飛語を真に受けた新聞（当時まだテレビはおろかラジオ放送もなかった）が，競ってこれを報じたことが自警団による虐殺事件の要因となった。「言葉のチカラ」というキャンペーンを現在展開中の朝日新聞も当時，これに荷担していたという指摘もある。ユーゴスラヴィア解体に直面したオシムの言葉。「新聞記者は戦争を始めることができる。意図を持てば世の中を危険な方向に導けるのだから。ユーゴの戦争だってそこから始まった部分がある」ナショナリズムは性欲に似ている。「やつら」と「われわれ」を区別し，「われわれ」の大義に身をゆだねること，すなわち「帰属への欲求」には快感と陶酔が伴う。サッカーのサポーターや，オリンピックの応援に熱狂する人々を例にとれば，そうした光景はこの日本の日常にも多く存在する。それは性欲に似ている。誰しも逃れることはできない。だから，他人に危害を加えないようにコントロールするしかない。贔屓のサッカーチームの応援などで，少しずつその欲求を発散することは処方箋の一つ。しかし，より大きな帰属への欲求を求め，より大きな大義を追求するようになると，危ない。セルビアの民兵組織のボスは，サッカーのサポーター組織のリーダーだった。そして偏狭なナショナリズムは性犯罪と似ている。「ホテルルワンダ」でポールは民兵のたまり場で檻に入れられ，慰みものにされるツチ族の女性たちを目撃し，その帰路，道路に並べられた数知れぬ死体に遭遇する。ナショナリズムが「やつら」に危害を加えることを目的とする偏狭なものになることと，性欲が一線を越えて性犯罪となることは似ている。それは共に他者を否定する。しかも偏狭なナショナリズムは，「やつら」に対する陵辱や殺戮の欲望を解放し，それを正当化する。繰り返す。「帰属への欲求」は，「性欲」と同じく誰もが持つものであり，現代社会においては「ナショナリズム」という形で身体化されているものである。全否定することは困難である。だから，暴走しないようにコントロールするしかない。しかし，誰もが暴走してしまったら。「民兵」のような組織に「民衆」が熱狂的に参加するようになったら。マスコミが煽動し始めたら。どのようにしてわれわれは，その誘惑に抵抗できるのだろう。その答えも，「ホテルルワンダ」にある。社会人としての矜恃がわれわれを救う「ホテルルワンダ」の主人公ポールは，ランボーやターミネーターのような現実離れしたスーパーヒーローではない。非常事態に巻き込まれた一般人である。彼がホテルを守ろうとする時駆使できるのは，それまでホテルの支配人として培ってきた人脈であり，追従や脅迫も含む話術であり，ヨーロッパ本社の責任者（ジャン・レノが好演）を始め，助けてくれそうな人々への電話戦術である。彼を支えるのは客をもてなすサービス業に従事するホテルマンとしての職業倫理である。どれも，実は特別なことではない。彼は非常事態に，良識ある社会人として対応したのだ。社会人としての良識と矜恃を，日常から培っておくこと。そしてそれを非常時においても失わないこと。だからこそ，「ホテルルワンダ」は観客一人一人に問いかける。あなたは，欲望を解放し肯定する偏狭なナショナリズムの熱狂にのまれることなく，日常の倫理を維持し立ち向かうことができるのかと。その準備はできているのかと。注。日本は署名はしたが，批准はせず「準用」にとどめた。ソ連も批准しなかった。

  2006.02.07

• フィニッシュ

  １月27日からの９連チャンが昨日２月４日で終了。これで今年度の講習は全て完了。あとは，受験生の合格報告を待つのみ。いや，すぐにテキストの校正〆切とか模試の準備とかが始まるわけだが，12月中旬からほぼ切れ目なく続いた仕事地獄からやっと抜け出せたということで。なにしろ久しぶりに連休だった１月25日と26日は，学童保育の冬のお楽しみ会が，実施４日前になって予定していた会場が使えなくなるという突発事に見舞われ，代わりの会場決めたり，会場変更のお知らせの手紙作って封筒につめて学童に持っていったり，それだけでは連絡回らないんで，参加予定者の電話連絡簿作って，手の空いてる委員の人に連絡して電話まわしてもらったり……ということでつぶれたんで，本日はホントに久しぶりの休みらしい休みだったりする。で，何をやってたかというと，高円寺エンターティメント研究所http://www.koubourico.natsu.gs/_t4SSSfF.htmlの所長から，１年ぶりに届いていた原稿のUP作業だったり。前回取り上げるつもりで予告だけしていた木村元彦の『オシムの言葉』についても言及があり。2005年度のちょっと辛口なマンガガイドにもなってるので，皆様是非ご一読を。

  2006.02.05

• ようやく浮上

  あ～，大晦日以来久しぶりの休日だ～。前日，名古屋でテキスト会議があって睡眠時間が２時間30分だったこともあり，１日寝倒しました。朝７時，「かいけつゾロリ」を見んとする下の息子に，無理矢理一緒に起こされるも，８時から11時まで再び朝寝。午後も２時から４時30分まで昼寝。

  2006.01.15

• 一年の計が元旦にあったらとっても嫌だ

  みなさま，あけましておめでとうございます。でも，個人的には１月１日の本日は，なんだかとってもしょぼい一日でした。だいたい，12月12日から30日まで，ずっと仕事。正確には出講日ではない日が２日ほどあったのですが，その２日も講習の予習とテキストの準備に追われ，12月31日の大晦日と本日の元旦，久しぶりに２日連続で休みだったので流石に大晦日の１日だけは，ひと息。NHK教育の山田風太郎特番を見ながら年を越しました。んで，今日は，家から一歩も外に出ず，年賀状チェックとかした以外は，ずっと明日からの５日間の講習の予習・準備をやって，あと５分で日付が代わるわけです。１月２日から６日までは，移動込みの一日４コマ。朝７時頃家を出て，帰るのは夜10時くらいの予定。あちこちに不義理をしてます。お心当たりの方，そういうわけですので，どうかご勘弁を。

  2006.01.01

• おやまあ

  私が出講している河合塾の年間スケジュールは，前期（基礎シリーズ）12回，夏期講習，後期（完成シリーズ）12回，冬期・直前講習と大きく４つに分けられる。前期と夏期，後期と冬期の間には例年１週間ほどの休みが挟まっている。ところが今年は，後期の授業が終わったと思ったらそのまま冬期・直前のタームが始まり，しかも来年度のテキストの会議などもこの時期にやるもんだから，ホントに休みがない。ただでさえ，受験生の最後の追い込み時期だから，同伴して走るわれわれ予備校講師にとっても一番忙しい時期になるというのに，こう仕事が重なるとぼやきの一つも出てくるというものである。同じ世界史のＳ先生など，ついに12月31日にテキスト会議の日程が入ってしまった。会議参加者全員が開いている日がそこしかなかったという話だが，まことに惻隠の情にたえない。私にしても，大晦日と元旦は休みになっているが，その２日以外年末年始は仕事で埋め尽くされているわけで………以下延々と愚痴が続く。そういうわけで，しばらく更新が滞っていました。この間の最大の驚き。うちのかみさんの職場の先輩が，山田風太郎の実の娘さんであったことが発覚。

  2005.12.15

• 

  山田風太郎

  先週から読み継いできた山田風太郎の戦後日記シリーズ，戦中派焼け跡日記，戦中派闇市日記，戦中派動乱日記，戦中派復興日記をついに読了。いや，すごいね。昭和21年（1946年）から昭和27年（1952年）までの同時代の証言としてももちろん第一級の史料であるが，山田風太郎という希有の作家の誕生の過程がうかがえて，そちらも興味深い。戦後史に関心がある人にも，小説というものに関心がある人にもお薦め。

  2005.11.20

• 昨日は大阪今日は名古屋

  名古屋で朝10時より参考書会議。前日の夜10時から午前１時まで３時間ほど睡眠。そのあと，６時まで会議の準備。ただし，その間２時間ほど長電話していたのは秘密だ。６時40分に分倍河原を発。車中にてカレル・チャペックの古典的名作『ロボット』を読了。論述参考書は，ようやく完成が見えてきた。ただ，今年度はどう考えても間に合わないので，出版は来年度にずれ込む予定。

  2005.11.14

• 

  出張が続く

  朝９時30分より大阪にて会議。時間が時間なので，12日の夕方に東京を発って大阪に入り，前泊。車中にて山田風太郎『戦中派焼け跡日記』。この日記を，当時の山田誠也青年と同年輩の頃に読むことが出来ていたらとヒリヒリと思うが，山田風太郎が21世紀最初の年に没した後になってようやく『戦中派不戦日記』以後の日記が刊行されたのもわかる。敗戦という体験が，日本社会と山田青年にどのような影響を与えたのか，あるいは与えなかったのかが徹底的に省察されている分，本人にとっても生前これを他人に公開することには抵抗があっただろう。ホテルに入ったのが８時過ぎ。宿泊したビジネスホテルは，シャワートイレを初め備品は一応新しいものになっているが，何分建物自体が古く，天井の低さによる圧迫感と，風呂が極端に狭いのにはまいった。バブル期以前の日本社会には，こうしたせせこましさが横溢していたなと生意気なことを思う。月曜日の参考書会議のため，12時頃まで持参したノートパソコンで過去の入試論述問題の解析。ただし，最初期型のPower Book G4なので，最新のソフト群を駆使するには能力が足りず，データの打ち込みなど基礎的な作業のみ。会議は午前中に無事終了。帰りはＳ先生と。市場縮小時代の予備校のあり方などを肴にビールのロング缶１本とワインの小瓶半分。飲める人にとってはなんでもない量だろうが，近頃の私には，これが酒量の限界。明日はまた，朝10時から名古屋である。

  2005.11.13

• 

  堪能

  午後１時より，サッカーのヤマザキ・ナビスコカップ，ジェフ千葉VSガンバ大阪をTV観戦。両者無得点のまま延長戦に突入し，さらにPK戦へ。その間，COOPで購入した一本600円ほどの安ワインをあおりながら観ていたので，些か飲み過ぎてしまう。いや，それにしても緊張感に満ちた名勝負でした。PK戦の時，オシム監督の映像がなかったので，ああ，また観てないなと思ったらやっぱりそうだった。「また」というのは，木村元彦の著作のどこかに，オシム監督がユーゴスラヴィア代表監督としてワールドカップ準々決勝で，アルゼンチンとのPK戦に突入した時，ベンチに引っ込んでPK戦を観なかったエピソードが紹介されていたので。PK戦はそれまでのゲームとは別物で，PK戦の勝敗の有無にかかわらず，引き分けたゲーム自体を引き分けとして評価すべきだという認識は，ヨーロッパの監督には基本的な前提として共有されているみたいですな。もっとも今回に関しては，後でインタビューで「私の人生においてPK戦はいいものではなかったので」ということも言っているので，やっぱりアルゼンチン戦のPK負けのことは，頭にあったらしい。ワールドカップのベスト４をかけた，しかもアルゼンチンとの戦いと今回のナビスコ杯では，まだまだ天秤の釣り合いがとれるとこまではいかないだろうけど，オシム監督のためにも，Ｊリーグとサッカーのためにも，今回のジェフ千葉の優勝は良かったと祝福したい。その後，『下妻物語』のDVD鑑賞。メールマガジンの『日刊デジクリ』の映画コラムで絶賛されていたので。東京近郊の田舎を舞台とした深田恭子扮するロリータ少女と，土屋アンナのヤンキー少女の友情物語。これがまた良かった。昼間から酔っぱらいながらモニターを見すぎた結果，夕方以降頭痛に悩まされはしましたが，いいものを連続で堪能して，清々しい気分になれた。よい休日でした。

  2005.11.05

• 

  かつてソヴィエト連邦という国があった

  授業が「第一次世界大戦とロシア革命」に入った。この項をやるときは，いつも鬱々とした感傷に浸ってしまう。かつて賞賛に包まれていたロシア革命とソ連邦の歴史は，1991年のソ連邦解体後，公文書館（アルヒーフ）の未公開文書が閲覧可能になって，大幅に書き換えられるようになった。例えば，『ボリシェヴィキ権力とロシア農民』など未公開文書を駆使した梶川伸一の一連の研究は，ロシア革命が労働者と農民が協力した労農革命であったという神話を徹底的に粉砕し，戦時共産主義や第一次五カ年計画の時代において農民がいかにソヴィエト権力の犠牲となり，農村社会が破壊されていったかを明らかにする。また，名越健郎の『クレムリン秘密文書は語る』では，戦前の日本に衝撃を与えた大女優岡田嘉子と杉本良吉のソ連への亡命行が，考え得る限りの最悪の悲劇となった顛末を暴き出す。手に手をとって樺太を越えた二人は，スターリン粛清時代のソ連においてスパイ嫌疑によって捕らえられ，岡田嘉子は，恋人をスパイであると強制自白させられ，杉本良吉は銃殺されていた。そしてまた，アルヒーフ文書の綿密な取材と自身の留学経験をもとに組み立てられた米原万里の『オリガ・モリソヴナの反語法』は，フィクションの形をとりながらもスターリン粛清時代の世情と強制収容所の悲惨を，そしてそれに屈することなく生き抜いた魅力的な女性ダンサーの造形を通じて人間の尊厳を描き出していく。それにしても，当事者の主観では，全ての虐げられた人々を解放するためだったはずのロシア革命が，なぜあのようなどうしようもない顛末にいたってしまったのか。イデオロギーと権力が結びついたとき，かくもあからさまな暴力が許容されてしまうのはいったい何故なのか。

  2005.11.03

• お知らせ

  工房李香の本館と別館を移転しました。それにともない，メールアドレスも代わります。いろいろと，御迷惑をおかけしますが，よろしくお願いします。

  2005.11.01

• 

  西太后

  タイトル通り，清朝末期の実力者西太后の評伝。著者の加藤徹氏は，中国文学の研究者。中国文学畑の人が著した中国史に関する著作は，ぶっちゃけ解釈に大胆すぎるものが多かったり，紹介されているエピソードの信憑性に疑問符つきまくりだったり，近年の歴史学の研究成果を一切参照せず，古い定説をそのまま採用していたりすることがままあり，警戒して読むことにしている。実際本書にも「清朝の洋務運動の成功は，他のアジアの大国，たとえばオスマン・トルコなどと比べると際だっている」（p.159)などという不用意な断定がある。近代化改革という点でいえば，オスマン帝国（オスマン・トルコという表記自体が，近年では用いられなくなっている）のタンジマートの方が，軍事技術を中心としたヨーロッパの技術導入とその背景としての近代工業の育成に限定され，体制変革には手をつけなかった清朝の洋務運動よりも，改革の範囲も深度も上だったと評価することも可能だろう。第一次世界大戦後，中国が軍閥割拠の混乱（本書も指摘しているが，このような軍閥の出現自体が，洋務運動の負の遺産である）に苦しんでいる時期に，トルコではタンジマートによる近代化の成果を前提として，ケマル・パシャによるトルコ共和国の国民国家への転換がいち早く進んでいたのだから。（新井政美『トルコ近現代史』など参照）が，本書の本筋である西太后の生涯と清末の政治史の展開については，唸らされるところが多かった。政敵打倒の権謀術数に長け，カリスマ的支配を確立した老練な政治屋でありながら，国家経営のヴィジョンも定見もなく至高の生活文化の満喫に権力欲の根源を持っていた「女性的」権力者という西太后像には納得させられた。「はじめに」にあげられた「本書の目的は，従前の誤った俗説や偏見を排し，彼女の生涯の真実を浮き彫りにすることにある。その作業の過程で，現代につながる中国社会の深層や，中国人の特質なども，おのずから明らかになるであろう」という意図は達せられているのではないか。本書によって，清末の授業を行うに際しまずは西太后の怪物ぶりを紹介して生徒の関心を引きつけるという導入は使えなくなってしまったなあ，と慨嘆しつつ。

  2005.10.20

• 

  下流社会

  現在何かと問題となっている日本社会の階層分化を，消費行動の視点から分析した本。各種調査の成果をふんだんに応用して，“中流”社会の分裂を例証する手法は説得力がある。著者自身の問題意識は，少数のエリートが国富を稼ぎ出し，多くの大衆は，その国富を消費し，そこそこ楽しく「歌ったり踊ったり」して暮らすことで，内需を拡大してくれればよい，というのが小泉－竹中の経済政策だ。つまり，格差拡大が前提とされているのだ。しかし失業率５％，若年では10％以上の状態が恒常化し，毎年４万人近くが自殺して，それでも大衆はそこそこ楽しく生きていると言えるのか？(p.270）あたりにあるのだろう。「おわりに」で，「階層格差の固定化を防ぐための「機会悪平等」が主張され，具体的な政策として低所得過程の大学合格点数を下げる「下駄履き入試」などが提案される。これは，発想的には階層格差が明らかに固定化されていたアメリカ合衆国やインドで，現在実際に行われているアファーマティブアクション（積極的差別是正措置）と同じである。アファーマティブアクションの必要性が提唱されるところまで，社会の階層化が進みつつあるということか。入試世界史的には，社会の経済的な階層化について，軽工業中心で中小企業が主体であった第一次産業革命において労働者階層が出現，続く重工業中心で企業が大型化する第二次産業革命において，事務を担当するホワイトカラーが出現し，新中間層の中核となるあたりが重要。産業革命の性格の相違が，社会層の成立にも影響しているという理解だな。このパターンで現在進行中の第三次産業革命を考えてみると，情報と通信の革命である第三次産業革命では，事務仕事の大部分をパソコンやインターネットが代替してしまう結果，ホワイトカラー層は縮小し，一握りの高度専門職とその他大勢の低賃金労働者に分解してしまうという推論が成り立つ。そうすると，第二次産業革命に基盤を持つ社会において実現した中流社会は，第三次産業革命に基盤を持つ社会ではごく一部の上流と多くの下流という社会にならざるを得なくなるという結論になって，それが現在実際に起こっていることなのかもしれないと思うと，なんだかとっても嫌なんだが。

  2005.10.18

• ひと山越えた…かな

  木曜日・金曜日と学童保育の文集作成（40部印刷してホッチキス止めまで）でほぼ徹夜。土曜日は学童保育のスポーツ交流会で午前中会場係をつとめ，保護者参加の綱引き競技に参加。運動不足と睡眠不足の身に突然の綱引きはけっこうつらい。しかも４連敗。対照的に，子供会のサッカークラブに入っている次男は，キックベースでホームランを連発するなかなかの活躍で鼻高々。でも，ご褒美にカードゲームのパックを買ってくれとねだるのは，ちょっと違うぞ。スポーツ交流会が終わった後，７時30分からの学童保育夏休みキャンプＤＶＤ上映会のため，生涯学習センターに出かけて液晶プロジェクターを借り出す。自宅のＤＶＤデッキと液晶プロジェクターの接続に悪戦苦闘したあげく，何とか正しい設定を探り出すことに成功。上映会兼文集の配布を無事終えたあと，打ち上げに参加。せっかくの久しぶりの宴会だったのに，後半は爆睡してしまった。もったいない。日曜日，午後は立川校にて特別講習。夜，１月の直前講習の問題の修正案など，月曜日〆の原稿２つを仕上げる。９月に完成シリーズが始まってからこっち，通常の講義に加え，直前講習のための論述問題を合計５題新規作成し，文集を作成し，遅々とではあるが参考書の原稿を執筆してきた。参考書はまだ残ってるけど，これで大きな〆切は，全てクリアした…んだよね。

  2005.10.16

• 新自由主義でホントにいいのか

  選挙。事前の予想通り小泉与党の圧勝。民営化中心の構造改革路線といい，イラク戦争への荷担といい，小泉政権が結果的に追求してきたのは，アメリカ発のネオコン的新自由主義であり，小泉政権の「改革」の行きつく先は，強いものはますます強くなり，弱いものはますます弱くなる，アメリカ的弱肉強食社会であろうと愚考するわけだが，みんなそれでホントにいいと思ってるのだろうか。弱者切り捨てのアメリカ型社会の闇をハリケーンのカトリーナがえぐりだした後も，ついでにいうと，規模でカトリーナを上回る颱風14号に襲われながら，アメリカのそれと比べればはるかに僅かな犠牲で乗り越えた日本型社会の健全さを体験した後も，従来型の日本社会をアメリカ型に「改革」することに意義を見いだせるというのだろうか。しかも，ブッシュ政権の支持基盤が，ブッシュ政権によって虐げられているはずの地方の低所得層であるのと同様，今回の小泉政権の大勝を支えたのは，小泉改革の犠牲になるはずの社会層である可能性が，選挙前の世論調査でも浮上してきていた。もっとも，選択肢がなかったのも事実で，民主党も煎じ詰めれば，目指すところは結局，新自由主義。唯一，小泉政権は新自由主義であると喝破し，従来型の官僚主義の弊害を批判しつつ，公平配分と機会の平等を保証する日本型改革を提唱する素晴らしい政党があって，それがなんと鈴木宗男の新党大地だった。正直，以前は私も鈴木宗男のダーティーなイメージや恫喝的な言動（マスコミによって過剰に増幅されていたにせよ）に嫌悪感を持っていたし，利権談合型の政治が日本の地方政治の痴呆化の大きな要因であったことへの批判は今でもあるが，今回の選挙にあたっての鈴木宗男の新自由主義批判は率直に評価したい。でも，新党大地って，私の選挙区からは比例でも投票できないんだよな。比例代表制は，少なくとも全国区にするべきだと思う。

  2005.09.11

• 『冬の旅人』

  大阪で河合出版から出る予定の論述問題集の会議。執筆メンバー４人で書けた分の原稿を持ち寄り，検討を加え，修正していく。だから，原稿を書く事前の準備も，それを検討していく本番の会議も，やたら密度が濃くて消耗度も高い。今回も，ぎりぎりまで原稿を準備していて，睡眠時間３時間。その大阪の会議への往復と，さらに12時過ぎに帰宅後の数時間で皆川博子の『冬の旅人』を読了。1880年にイコン（聖像画）技術習得のため17歳でロシアに渡り，数奇な運命の果てにロシア皇帝一家の随員として1917年を迎える日本人女性を一人称で描いた，歴史小説。幻想小説でもある。体調が体調だったので，少しづつ読み進めるつもりだったのが，意に反して読み通さずにはいられなかった。麻薬的な傑作。

  2005.09.10

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