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ただいま ニッポン 昨日24時間・・・なんだったんだろう? 順にお話ししたい。 朝1時半起床し、ナンナさんの車でスワンナブーム空港に向かい、きわめて順調に1時間弱のドライブで3時頃空港到着した。 チェックインからケチのつき始め。チケットのデルタ航空(LA行き)は台風のため欠航で、TG(タイ航空)に振り替えるがどうか?と職員が言うので、TGならJALかANAのようなものなので、ノーはなく、2時間遅れではあるが、同意した。しかし、ここで”デルタが欠航なのになぜTGが、しかも2時間後に飛ぶのかよ”と一抹の疑問を持った。 5時頃あらためてTGカウンターにチェックインした。身を粉にして尽くしてくれるナンナさんと別れを告げ、搭乗した。食事もフライトが順調で、座席のTVで映画を観たり、読書をしたり、バンコクポストを読んで、名古屋で腰まで水に浸かった人々の写真を見たりしたのであるが、間もなく自分にふりかかる火の粉の前触れとは知らないで、のほほんと過ごした。 定刻に近い時間に、成田に着陸態勢に入った。その前に、今日は機の揺れがひどいなあと感じるぐらいの異変があったけど、そんなことはこれまでも何回か経験したことなので、気にはしなかった。映画から、TV画面を情報に切り替えて、着陸航路を見た。驚いた。本来なら銚子沖から、成田にまっすぐ向かうのであるが、銚子沖から北に向かっている。それからUターン。おかしい・・・機の揺れも激しくなる。最後の着陸態勢に厚い雲より下に降りて、成田の農村風景が見えるのに、エアポケットに入ったかのように機急に高度を下げる。機内の女性客の悲鳴が聞こえる。それほどパニック状態ではなかったが、「ヒャー」という声である。それが2度ほどあった。そこで、ぼくは、カメラを取りだした。なぜかというと、機が迷走strayingしているように感じたので、もしこのまま墜落したら、この迷走を残しておこう・・・これはしまおかこういちことひかるの生き様のダイイング・メーッセージである、などと気取った考えが浮かんだからである。ところが、機体の揺れがひど過ぎ。カメラもぐらぐら揺れて、うまくフォーカスできない。それが掲載の写真である。 無事着陸したとき、乗客のため息が「フー」と一斉に漏れた。そうしたら、いきなり携帯電話が鳴った。妹からである。なにかせっぱ詰まった感じなので、「どうした?」と尋ねると、「どうしたって?ともかく出てきてよ」と。何か怒っているのかなあという感じたのは、日頃のぼくの兄ぶりから、何か気付かないで怒らせているのかと気を回したりした。 外に出て、妹が硬い表情で待っていた。ここまで来るのが大変だったという。ああ、台風が直撃してるんだとやっと気がついた。それにしてもTGのパイロットの至芸に驚いたり呆れたりした。京成スカイライナー上野行きに乗った。ここまでは何とか進んだが、乗ったが最後、電車が動かない。車内放送で「復旧の見通しが立たない」が繰り返されるばかり。昼飯を食ってない。妹にあんパンを買いに走らせたりしたが、ぼくは着陸のあの揺れで、乗り物酔いがあって、あんパンはおいしかったが、吐き気に困った。駅員と相談した結果、じっとスカイライナーの中で復旧を待つことに賭けた。それから妹と馬鹿話(こういう危機の時にぼくのジョークは冴える<と自分では思っている>)をして笑っていた。友人から携帯にメールが入った。「流石嵐を呼ぶひかる ひかるの缶詰ね」と暢気なメール。「流石という日本語間違っていない?飛行機で6時間半後に この缶詰めも流石に腐った(流石という日本語はこういう風に用いる)」と教えてやった。約6時間車内にいた。ようやく電車が動き始めた。 22時18分。スカイライナーが動いた。途中、通過駅で乗客がプラットフォームからこぼれ落ちるのではないかという鈴なり状態を目撃して、台風の影響を思い知った。日暮里で妹と別れた。心から妹に感謝の言葉を重ねた。ぼくは京浜東北線に乗った。12時を回っているのに、何十年も経験していないラッシュアワー状態で、ぼくは偶然座れたが、目の前の立っている乗客が斜めになったきり。しかも「安全点検のため一事停止します」の繰り返し。ホテルの最寄り駅に着いた頃、午前1時。街を重いスーツケースを二つゴロゴロ頃がして、ホテルを探した。もうそろそろそのホテルが見えてもいいのにと暗い歩道で立ち止まって、プリントアウトした地図を拡げて思案していた。 そこへ、若い女性が歩いてきたので、こんなところで声をかけるのはためらわれたが、やむを得ず「すみません道を教えてください」と地図を差し出した。逃げられても構わないと覚悟をして訊いた。しかし、その女性は立ち止まって、地図を一緒に見てくれた。あれこれ地図と自分との位置関係を考えてくれた。「山一証券がこの辺にあるはずですがどこでしょうね?」「山一ですかぁ?さぁ?」と考えている。やがて「あ~~蟹食い道楽があるじゃないですか! ここならそこを右に入ってすぐ見えます ホテルはその隣です いらっしゃればすぐ分かります!」と生き返ったような明るい声だった。ぼくは「山一なんかじゃなくて 食べ物のお店ならすぐにおわかりになる?」と言うと、その若い通行人女性が深夜の闇の中で明るくケラケラと笑った。丁寧な感謝の言葉と頭を下げて、無事ホテルに着いた。その時刻1時30分であった。 この見かけ24時間。時差分を引いて、21時間30分・・・なんだったんだ! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2011.09.22 09:28:42
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