--鎮魂と後悔と焦燥、そして忸怩たる思いと 東日本大震災--
今回は、投資の話ではありません。 あの未曾有の大災害、東日本大震災の発生から、もう4年も経つんですね。思い返してみると短かった様にも長かった様にも思えます。今では被災地から遠く離れた前橋で暮らす私は、あの時の恐怖や焦燥感すら忘れかけています。最近、テレビや新聞等ではで”被災地の現状”を伝える企画を多く目にしますが、その度に被災され亡くなられた方々(私の中では石巻の大川小学校の生徒さんへの思いが一番強いです)への鎮魂の想いを新たにしています。 あの大地震があった時、私は仙台市に住民登録していたのですが幸いにも前橋の自宅にいた事で被害に遭う事はありませんでした。被災したエリア、特に仙台市内には会員さんに購入してもらった物件数が非常に多かった事、自分自身も複数棟を所有していた事もあり、当初は完全にパニック状態に陥りましたが、地元の管理会社さんや現地スタッフの奮闘で幸いにも各物件の被害は非常に限定的であった事が分かりホッと一息、やっとまともな精神状況に戻りました。気持ちが落ち着くと、今度は被災地の状況が気になり、報道に釘付けに、そして余りの被害の大きさに焦燥感にも似た何とも言えない想いを感じていましたが、何もする事の出来ない自分に更にその想いは強まるばかりでした。 そして、大川小学校の皆さんや南三陸町役場の皆さんや多くの方々の被災を知るにあたり、自分が出来る支援に付いて考えるに至りましたが、反面、実際に自分で出来る事の余りの少なさに愕然とした事を今でも憶えています。かなりの時間を掛けて悩んだ結果、私は納税を通して復興に貢献する道を選び、約1年半を掛けて自身の物件の売却と購入を進め登録免許税、取得税、消費税、さらに所得税を含めると〇千万円の税を収める事ができました(何と言っも不動産の取引は売る方にも買う方にも大きな税金が掛りますので、相当の貢献ができると考えたのです)。その為に売りたくないものまで売りましたし、自分なりに満足もしていました。ところが、この1年ほどの間、何とも言えない、そう”忸怩たる”と言うのでしょうか、自分のやってきた事が本当に正しい選択だったのか?強く疑問に思えてきたのです。もっともっと自分自身の手や足、頭を使った支援があったのではないか?自分は逃げていたのではないか?と・・・この気持ちは強まったり薄らいだりしながらも、きっと一生消える事はないのでしょう。 東日本大震災で亡くなられた皆様へ「何もする事ができずに、本当に申し訳ありませんでした」